あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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12・裏表

 

 

 冷静にふり返ってみれば、そもそもの最初からあの行為(・・・・)は不自然だった。

 赤熱神殿で引き倒されたとき、デミウルゴスは呪いの存在に気づいたのかもしれない。自分(レイス)に興味がわいたと言ったのは、ひと目惚れした、なんてことじゃなかったんだろう。

 

 

 自分のおめでたい思考に反吐が出る。

 

 

 セバスのような特殊技能(スキル)を持たないデミウルゴスが、どうして『呪い』に気づけたのかはアインズにもわからなかった。ただ、それを取り込もうとしているように見えたというセバスの言葉はきっと正しいのだろうと思う。

 

 自分(アインズ)の最大魔力が減らなかったのは、デミウルゴスがChange Avatar00のデメリットを肩代わりしてくれていたからじゃないのか? しかも悪いことに、あの宝玉は自分(アインズ)から奪うはずだった魔力量を、そっくりそのままデミウルゴスから削り取っていったらしい。

 

 ──デミウルゴスの最大魔力の3%、ではなく。

 

 

(……疲れてたんだ)

 

 

 ナザリックの支配者ではなく、ただ、今、ここにいる自分を受け入れてほしかった。

 アインズ・ウール・ゴウンではない自分の居場所が欲しかったんだ、と思う。だけどそれをシモベの誰かに求めるのも無理だろうとわかっていた。

 たとえ否定されたところで、至高の御方だから愛してくれるんだろう? という気持ちが残ってしまうから。

 

 

 自分でも止められない、とデミウルゴスは言ったという。

 

(精神操作なんかじゃない)

 セバスはそうだろうと疑っているが、Change()Avatar00()にそんな効果はないはずだ。

 たとえ最初は未知の呪いに対する興味からだったのだとしても、デミウルゴスは本当に自分(レイス)を好きになってくれていたんだと思う。

 

 

 今の関係を手放したくない、と。

 その気持ちは自分だって同じだ、とアインズは思った。だけど、その深さはぜんぜん違うのかもしれない、とも考える。

 

 自分(アインズ)は、最大魔力の減少というリスクにあれほどためらっていた。

 

 だけどデミウルゴスはどうだ?

 ゆうべセバスの追撃を意識しながら、それでもデミウルゴスは呪いの肩代わりを優先しようとした。自分が逃げられなくなっても、真っ先にレイスを逃がした。

 どれだけ大事に思われていたのか、いやというほどよくわかるのに喜べない。

 

 

 レイスは自分だ。

 だけどデミウルゴスにとって、レイスは自分(アインズ)じゃない。

 

 

(いまさらだろう……)

 Change()Avatar00()を使わなければ手に入らない関係だった。

 崇拝も忠誠も、アインズの時に飽きるほど受け取っている。自分はそうじゃないものが欲しいんだとずっと思っていた。

 

 レイスと、アインズ。

 コインの裏表のように、自分は使い分けられると思っていた。

 

 

 まさかアインズのほうが追い落とされるなんて、考えもしていなかったのだ。

 

 

(俺が始めたことは、結局なんだったんだ……?)

 当たり前のように、この手の中にあると思っていた大切なものが。

 砂のようにさらさらと、とどめようもなくこぼれ落ちていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 黒く湿った岩肌に閉ざされた広大な空間。

 頭上からはつららのような岩がびっしりと垂れ下がり、平坦な部分のほとんどない足元からも、大きさがまちまちな石筍(せきじゅん)があちこちから生えていた。

 

 先のとがったつらら岩と石筍は、上下から繋がって柱のようになっているものもある。

 それらは何本も並んで少しいびつな輪を形成し、罪人を閉じ込めておく檻のようになっていた。

 

 実際、その洞窟は牢獄だった。

 鳥かごのような檻もあれば、岩壁からせり出したような半円形の牢もある。

 どんな形であれ、岩の柱が形成する格子には物理攻撃や魔法を跳ね返す術がかけられていたし、格子と格子の間には、ときおり電気的なきらめきを放つ障壁が存在していた。

 

 そんな牢のひとつに、デミウルゴスの姿があった。

 

 岩壁に(はりつけ)にされた格好で、頭はがくんと垂れている。

 あらわになった上半身は裂傷だらけだ。青黒い鬱血痕でまだらになった皮膚の上に流れた血が乾き、そこへまた新たな血がじくじくとにじみ出している。羽はずたずたに裂けた飛膜の残骸が、半ばで折れた橈骨(とうこつ)からわずかに垂れ下がっているばかりだった。

 

 ぴくりとも動かない囚人を収めた牢の外で、つらら岩をつたい落ちたしずくが石筍の先にはじける。高く澄んで冷たい音は、聞くものもないまま消えていった。

 あとはまた、かすかな息遣いさえ聞こえてこない静寂──

 

 

 

 

 朦朧とする意識の合間に、よく知っている背中を見ていた。

 偉大なる『悪』の象徴、自分を創りたもうた神にも等しい御方の背中だが、つき従って歩く視線には何の感情もこもっていない。

 

 第9階層の廊下を進み、創造主(ウルベルト)は円卓の間へと足を踏み入れる。

 先に来ていた至高のひとりに声をかけ、端末に見入っているその方のそばまで近づいた。

 

「何を見ているんですか?」

「ん? ああ、モモンガさんがさ」

 

 

 モモンガ様

 

 

「プログラムやってみたいって言うから。基本的なとこ説明して、ちょっと書いてみてもらったんだけど」

 

 

 モモンガ様……

 

 

 御方の声が遠ざかってく。

 円卓の間の風景はかすむように溶け消え、意識は第七階層の作業部屋に座っていた。目の前には小柄な女性骨格のスケルトン。

 ちらちらと机上の『素材』を気にしながら、恐怖まじりの困惑をにじませている。その体に蛇のように絡みついていたプログラム言語の黒い連なりはもう取り去っていた。

 

 

 意識と視覚は侵入者の上に。

 聴覚だけが切り離されて、まだ円卓の間にとどまっているかのようだった。

 

 

「ああ……」

「いや、ぜんぜん駄目って訳じゃないよ。たぶん法則はちゃんと理解してくれてると思う。ただこの書き方だと、サブアバターが背中にくっついて出てきちゃうんだな」

 

「? あの人なにを作ろうとしてるんですか」

「アバターを状況無視で交換するプログラム? いたずら用のアイテムでも作りたいんじゃないかな」

「へえ、珍しいこともありますね。だけど背中合わせとは……一回きりのつもりなら、こっそり書き直しておいてあげてもいいんじゃないですか」

「うん、僕もそうしようかと思ってるんだけど、こことここが──」

「いや、私に見せられてもわかりませんって」

 

 

 目の前の侵入者はただのスケルトンだった。

 同じ系統のアンデッドだとはいっても、アインズ様を思わせるような類似点などどこにもない。まったく異なる気配を持った、不可解な侵入者。目を合わせたときに一番驚いたのはそこのとだった。

 

 呪言で縛ることもできてしまった、低レベルのスケルトン。

 

(しかしそうなると説明のつかないことがある……どういうことだ?)

 視線は舐めるように侵入者を観察しながら、耳だけは無意識に記憶をたどり続けていた。

 

 

「ああ、ごめんごめん。こう書き換えると3Dでの裏表になるんだ。えーっと、2wayのぬいぐるみみたいな感じ? 想像してみてよ。目の前にぬいぐるみがあります」

「はい」

「背中にジッパーがついてます」

「…………」

「ジッパーを開いて、そこからひっくり返すと別のぬいぐるみに!」

「ああ、うん。なるほどね……」

 

 

 記憶の会話を耳の奥にたどりながら、無遠慮に眺める侵入者の体。

 レイヤーがかかるように一瞬その輪郭がぶれるような錯覚にとらわれた後、彼女の空っぽの腹部にぼんやりと、赤い球体が輝く気配を感じた。

 

(…………!)

 

 一度理解してしまえば単純なことだった。それの気配はもうはっきりとレイスの裏側に感じ取ることができ、決して見失うことはない。デミウルゴスは言葉もなくゆっくりと目を細めた。

 

 

 

 

 

 なるほど、そういうことだったのですね、アインズ様。

 知らなければまったく騙されていたところですよ。

 


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