あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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11・セバスの報告

 

 

 謁見の間に現れたのは、セバスひとりだった。

 昨夜見た姿とはうって変わって、きっちりと正装に身を包んでいる。もどかしくなるほどの恭しさで頭を下げるセバスを見つめながら、アインズは必死で冷静さを保たなければならなかった。

 

「このたびはご帰還間もないところ、拝謁をお許しいただきありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はよい。それで? 早急に、とはどのような用件だ」

 

「は。昨晩、リ・エスティーゼ地区の郊外でデミウルゴス様と交戦に至りました」

「──……お前ひとりでか」

「いえ、もとは私ひとりでしたが、状況を鑑みてプレアデスたちも動かしました次第です」

 

 静かに語るセバスの表情は冷淡そのものだ。

 腹のあたりでぐらぐらと煮えたつような何かを、アインズは苦労して意識の底におしこめた。

 

「──詳しく話せ」

「は……。しかしその前に、アインズ様におかれましては、過日の侵入者の一件を覚えておいででしょうか」

「ああ、そんなこともあったな。それがどうした」

 

「ある筋から、その侵入者と思しき者がデミウルゴス様の『店』に定期的に出入りしているとの情報を得ておりましたので、事情を確認するため、私は単独でその店に参りました」

「……ある筋?」

「郊外の巡回警備にあたっているデス・ナイトどもでございます」

 

(……‼)

 

「もとよりデミウルゴス様には不審な点が見受けられましたので……念のため該当地区の警備班に連絡を取り、侵入者の外見に近いものが目撃されていなかったかどうか、巡回記録を調べさせました」

 

 セバスがデミウルゴスを疑った点は3つあったという。

「ひとつは、守護者の方々が集められた時のデミウルゴス様のご様子…。侵入者と遭遇していない、とあの場ではっきり言われなかったことが最も気になりました」

 

 ふたつめは『侵入者有り』の報せがナザリック中を駆け巡った直後の、デミウルゴスの行動だとセバスは言う。

 

「……? どういうことだ」

「これも後になって確認したことですが、第七階層のシモベたちが警戒にあたるよう命じられたのは、アルベド様がデミウルゴス様に伝言(メッセージ)で状況を伝えられてからおよそ15分後……。この空白の間デミウルゴス様が何をされていたのか、まだ定かではありません」

「…………」

 

 ドアのない作業部屋の出入口を挟んで、デミウルゴスと目を合わせた時のことが思い出された。しかしあの後、尋問の途中でデミウルゴスが配下に命令を出しているような素振りはなかったが……と内心で首をかしげた。

 

 砕かれた人骨の積まれた作業部屋に引きずりこまれ、さし向いで様々なことを聞かれる間じゅう、まるで品定めをするかのように、舐めるかのように、全身を眺められていた。

 おそろしく長かったような気もするが、あれは15分程度のことだったんだろうか? と。

 

(いや……今そんなことを考えても仕方がない)

 

「そして三つめ、こちらは少々長くなりますが──」

 

 

 

 

 

 

「やあ、レイス。今夜は──」

 

 言いさしたデミウルゴスの笑顔がひきつり、一瞬で険悪なものに変わった。

 少々予想外の反応ではある。

 デミウルゴスがドアを閉めるより先に、隙間に体をねじこんでセバスは強引に中へ入った。

 

「入っていいとは言っていないんだけどね。こんなところまで何の用だい?」

 心底迷惑そうなデミウルゴスの様子に、セバスは眉をひそめる。

「おわかりでないとは思いませんが?」

「……注文に来たわけではないんだろうね。だが今夜は帰ってくれないか」

「それは、あの侵入者がここへ来るから──ですかな?」

「──……」

 

 息を詰めるデミウルゴスに、セバスは多大な違和感を感じていた。

 これがあの、ナザリック一の知恵者と(ほま)れも高い階層守護者その人なのかと。

 

「お見受けするに、先のご忠告は無駄だったようですな」

 

 

 

「──待て、セバス。忠告とはなんだ」

 謁見の間で。

 セバスの話を聞いていたアインズが不意に声をあげた。

 

「は、これはひとつめの疑惑にも係ることですが……デミウルゴス様は、あの一件があった日より何者かの呪いを受けておいでのようでした」

「呪い……?」

 いぶかしむアインズに、セバスは重々しく頷いた。

「おそらくは、(くだん)の侵入者ではないかと。呪いによる効果は持続するものではありませんでしたが、定期的に何度も受けておられたようで、ずっと放置されているのも不可解でした。しかしまだ確信はありませんでしたので、私が呪いの存在に気づいているとだけ、一度警告を」

「それはどんな呪いだというのだ」

「詳しくは私にもわかりませんが……魔力の低下が著しく」

「──……⁉ まさか、デミウルゴスはいつも通りで……」

「はい。ナザリックにいらっしゃる間は魔法で巧妙に隠しておられましたので。そもそもこのナザリックにおいて、守護者の方々の魔力残存量を確かめようとする者などおりませんでしょうが」

「万が一を考えて、か。隠す相手はおもに私だったということなのだろうな……」

 

 おそらくは、とセバスが言う。

 アインズは自分のうかつさに顔を覆いたくなった。

 いつか聞いたデミウルゴスの寝言。彼が抱えていた罪悪感を思って心が締めつけられる。

 

「呪いの痕跡が見られるのは、決まってデミウルゴス様が『店』に行かれた翌日でした。ここのところは毎週そちらでお過ごしだと把握しておりましたので、警備班に手を回して調べた次第です」

「……しかしお前が警告していたというなら、何故──」

「はい。私も、その点だけが解せないと感じておりました」

 

 侵入者の存在をナザリックから、アインズの目から隠そうとするのなら。

 デミウルゴスは情報が洩れないようになにがしかの手を打っておくべきだったのだ。

 

 該当地区の警備班に調査の命を出したとき、セバスはその労がおそらくあまり役に立たないだろうと考えていたのだという。少なくともデミウルゴスは、セバスが呪いの存在を認識していることを理解していたはずだ。

 もし予想通りに侵入者と接触しているのだとしても、まさか直接『店』で会うことはもうしていないだろうと思っていた。出てくるのはあくまでも過去の記録だけだ、と。

 

「ですが……おそらくデミウルゴス様は、すでに平素の状態ではなかったのでしょう」

「……?」

「魔力の低下は副次的なものに過ぎなかったのではないかと」

 

 

 

 

 ログハウス風の壁面に半ばもたれかかるようにして、腕組みをしているデミウルゴスは薄笑いを浮かべた。

 

「あの時にも言ったはずだ。任務に支障はきたしていないんだから、君にとやかく言われる筋合いはないよ」

「ナザリック髄一の忠臣のお言葉とも思えませんな。こんなことを、この先もずっと隠しおおせるとでもお考えですか」

「……だからアインズ様に、正直に申し上げて手を引けと? 君はいつから気づいていたんだい?」

「ナザリックに侵入者のあった、翌日から」

「──……っ!」

 

 何故驚くのか、とセバスは思った。

 平素であればこの程度のこと、デミウルゴスは看破していてもおかしくないはずだ。

 むしばまれているのは、やはり魔力だけではないのだろう、と。

 

「時を置けば置くほど、状況は悪くなるばかりでしょう。……ご自身のなさっていることをおわかりか?」

「…………」

 肩をすくめ、デミウルゴスは悲しげなため息を洩らした。

 

「君が怒るのも無理はないと思うよ。……だが、自分でもどうにも止めようがなくてね。たとえ身を滅ぼすことになろうと、今の関係を手放したくない」

「──‼ それほどまでに……」

「君にだって、少しは理解できるんじゃないのかい? これまで黙っていたんだから」

 

 ツアレの顔が、ふと浮かんだ。

 だが自分の場合とデミウルゴスのこれはまったくの別物だろうと感じる。

 もしも今、アインズに再び彼女を「殺せ」と言われたら──やはり自分はあの時と同じ選択をするだろう。アインズが今度こそ本気であったとしても。

 だがデミウルゴスはきっとそうではない。

 

「まったくもって理解できませんな。私にとって、いえ、我々ナザリックのシモベにとって、アインズ様以上に優先すべき存在はありません。そもそもツアレは私に生きる意思を示したというだけのこと」

「……?」

「ですが、あの侵入者もあるいは……アインズ様のご様子を考えれば、大した罪に問われることはないかと存じます。必要であれば私からも口添えをいたしましょう」

 

 これは半分嘘だった。

 とにかく侵入者の身柄を拘束しなければと考えたまでのことだ。口添えなどとんでもないことだった。だが──

 

「ふ……ふふふふふ……っ」

「何がおかしいのです?」

「はははははははは‼」

「デミウルゴス様」

 正気を疑うかのような哄笑は、不意に途切れた。

「君の貧弱なメイドごときと、私のレイスを一緒にしないでくれ。虫唾が走るよ」

 

 

 その瞬間──

 狂気すら帯びたデミウルゴスの顔に、赤黒い光の影がさした。

 突如ふきあがった溶岩に、セバスは不覚にも飲み込まれてしまったのだった。

 

 

 謁見の間で、セバスはアインズに語り続ける。

「私は溶岩球から脱出した後、ナーベラルに連絡を取りデミウルゴス様を捜索いたしました。そこで問題のスケルトンと接触しているところを発見し、交戦にいたった次第です。侵入者のほうは取り逃がすことになってしまいましたが……」

 

「なんということだ……」

 

 うめくようにつぶやくアインズを、セバスは痛ましそうに見つめた。

 懐からダークブルーのハンカチを取り出し、何かを包んでいるそれを開いてアインズにさしだす。

 

「こちらをご覧ください」

「──……?」

 

 セバスがハンカチ越しにさし出していたのは、オパールのような色合いの大粒の宝玉──Change Avatar00だった。

 

「……っ!」

「どうかお手は触れられませぬよう! わずかばかりではありますが、呪いの波動がいまだ沁みだしておりますので」

「これは──」

「デミウルゴス様から感じた呪いと、まったく同質のものです。あの方が接触していたスケルトンが、逃亡する際に落としていきました」

 

「…………」

 

 

「私の目には、糸のようにも文字の連なりのようにも見えます。侵入者が発していたこの糸のような波動を、デミウルゴス様は取り込もうとしていたようにも見えましたが」

(じゃあ……あれは──)

 

 

 暴れないで下さい。

 あまり時間がないんです。

 

 

「しかしデミウルゴス様は、ご自身が呪いを受けていることにもお気づきでした。それを自ら取り込もうとするなど狂気の沙汰……あまつさえアインズ様を欺こうとするなどと、まったく正気ではなかったとしか思えません」

 

 

 

 恋に、狂った。

 

 

 

「呪いがこのアイテムを通してかけられていたことは明白……。ですが精神操作にたけたデミウルゴス様をして、抗いきれぬほどの強力な魅了、あるいは洗脳かもしれませんが、そのような術をかけるような品を、何故一介のスケルトンが所持していたのか……」

 

 

 ナザリックよりも、アインズよりも。

 デミウルゴスは「レイス」を選ぼうとした……?

 

 

「私にはやはり、アルベド様のご見解のほうが正しかったように思われてなりません。デミウルゴス様に離反の疑いの目を向けさせ、ナザリックにあの方を処断させる。同様の手法でほかの守護者のかたがたにも手を伸ばし、こちらを少しづつ切り崩そうとする者がいるのではないでしょうか。アインズ様は問題を感じないとおおせでしたが、いま一度お考え直しいただきたく──」

「もうよいわ‼」

 

 がたん! と音を立て、玉座を倒す勢いでアインズが立ち上がる。

 セバスは慌てて頭を下げた。──口が過ぎたか、と恐縮する。

 自分の進言はアインズの決定に疑いをさし挟むものだ。しかしナザリックに仕えるシモベとして、どうしても言わねばならぬことだった。

 

「アインズ様、どうか──」

「……っ。デミウルゴスは、どこだ」

 

 不意によろめき、まるで糸が切れたかのように、力なくアインズはそう言った。

 一瞬怒りが爆発したかのように感じられたが、そうではなかったのだろうか、とセバスは思う。

 

「捕えてあるのだろう…? 案内せよ」

 

 震える声の響きに、アインズの深い嘆きを感じ取っていた。

 


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