あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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7・緊急会議 B面

 

 

「あれは絶対に転移魔法などではありんせん!」

 

 同感だ、とセバスは思った。

 ナザリック内で普通の転移魔法は使えないのだから、魔法に詳しくなくともそうだろうと思う。

 

「そうなると背後に未知の勢力がついている、という可能性もわるわ」

 

 何者かの手引き……内に侵入させた者を、外部から転移させる?

 そうではないだろう、と考えた。

 転移魔法を阻害するギミックをすり抜ける別系統の術が存在するかもしれない、とアルベドは考えているのだ、と。

 

 何にせよ、セバスは侵入者と遭遇していない。

 今はただ、謁見の間に召集された守護者たちの話に聞き入るばかりだった。

 

 アルベド、シャルティア、アウラ、コキュートス。

 侵入者と遭遇した時の状況を伝える守護者たちの顔をセバスは順に眺める。

 自分と同じように先刻からずっと黙り込んでいるデミウルゴスが視界の隅に入った。なにかと反りの合わない男だが、その頭脳にはセバスも一目置いている。

 

 なにか気づいたことがないのだろうかと視線を向けた時、セバスの目に一瞬、奇妙なものが見えた。

(………⁉)

 

 マーレのいぶかしむような視線を感じて、セバスは会議に意識を戻す。

 

「守護者の方々の追跡を受けながら、易々と逃れてしまうなど、ただのスケルトンとも思えませんな」

 我ながら間の抜けた発言だと思った。

 だが自分の立場と知識からではそうとしか言いようもない。

 

 シャルティアがしおれ、コキュートスが首をひねる。

 信じられない、というマーレの発言。会議の行方は暗礁に乗り上げそうだと感じた時、デミウルゴスが一歩踏み出して、思わず彼をもう一度注視した。

 

「しかし侵入を許してしまったことは事実でしょう。何か、我々には想像もつかないような手段があったということです」

「…………」

 

 デミウルゴスの全身に絡みついた、黒く細い瘴気のような糸が、やはり見える。

 気を探る要領でよくよく目を凝らしてみれば、糸ではなく何かの文字の連なりのようにも感じられた。いったい何の文字なのかさらに探ろうとしたが、それは認識するより先に溶けるようにして消えてしまった。

 

「アインズ様はどのようにお考えでしょうか?」

「……まだわからんな。いくつか可能性は考えられるが、どれもそう問題ではない気がする」

 

(アインズ様は、お気づきではない──?)

 

 確かにかすかなものではあったが、とても嫌な感じがしたのだ。

 存在を根幹から脅かすような不吉さを例えようとして、『呪詛』という言葉が浮かんだ。

 だがセバスが知っている呪いの系統とは根本的に何かが違うような気もしている。

 しかし目にしたものが放っていた雰囲気に、これ以上ぴったりくる例えも見つけられなかった。

 

(もしや侵入者に?)

 

 呪詛をかけられたのかと考えかけて、ふと気づく。

 デミウルゴスが黙っているのは、自分と同じく彼が侵入者に直接遭遇していないからだろうと当然のように思っていたが、彼だけは「遭遇していない」とも明言していないのだ。

 

 それはたまたまなのか、故意によるものなのか。

 

 セバスにはどうにも、後者であるような気がしてならなかった。

 何かを隠そうとするなら、下手に嘘をつくよりも黙っているほうが有効だからだ。

 

(いや……しかしアインズ様がお気づきでないのなら、デミウルゴス様にも自覚がないという可能性もある)

 

 謁見の間を退去する際、セバスは密かに様々な特殊技能(スキル)を使ってデミウルゴスを探った。 

 そうして、彼の持つ魔力の器が損なわれていることに気づいたのだ。本来の彼の魔力量からすれば、およそ1割近く削れているだろうか。

 

(……しばらく監視をつけるべきか)

 

 だが相手はデミウルゴスだ。

 生半可なシモベをさし向けても気取られる(おそれ)がある。ならばどうするか……。

 

 

 

 

 数日後──

 

 

「お帰りなさいませ、セバス様」

「うむ」

 

 定例の謁見のあと、ある情報を得たセバスが自室に戻ると、吸血鬼のメイドが嬉しそうに彼を出迎えた。

 脱いだジャケットを手渡しながら、セバスはそのメイド──ツアレの笑顔をじっと見下ろす。

 

「どうなさいました?」

「いや……」

 

 ツアレニーニャは、もとを正せばただの人間だった。

 セバスが保護し、ナザリックのメイドとしての教育を受けさせはしたものの、いずれは人間の街に戻して天寿を全うさせてやりたかった娘だ。

 

 しかしどこまでもセバスと共にあることを願った彼女は、セバスの反対をおしきってシャルティアに懇願し、自ら吸血鬼となってしまった。

 セバスにとっては痛恨の極みで、いっときシャルティアと険悪になってしまったほどだ。だが心のどこかで、彼女と同じ時を歩めることを喜んでいる自分がいたことも否定できない。

 セバスはかいがいしく働くツアレの姿を眺めながら、かつて彼女を匿い、そのことをアインズに隠そうとしていた頃の思いを反芻していた。

 

 

 カルマが真逆のあの男にも、

 あの頃の名状つけ難い、不可思議な心の動きが訪れ()るものだろうか?

 

 しかしまだ、すべては自分の憶測にすぎないとセバスは思っていた。

 

 

 

 

 それからまた数日が経ち、数週間が過ぎても問題のスケルトンがナザリックに現れることは二度となかった。

 支配者であるアインズが無関心を貫いていたこともあり、守護者たちの間でも侵入者の捕縛と制裁の優先度はかなり低くなっている。

 

 セバスがナザリックを出ることはなかったが、デミウルゴスと顔を合わせる機会のあるごと、それとなく彼を観察し続けていた。

 

 不可解な呪いは日々作用しているわけではなかったが、ある規則性をもって確実にデミウルゴスをむしばんでいた。

 最初の情報を受け取った時に想像した通り、魔力の器が大きく損なわていれるのはいつも、彼が『店』を開けに行ったあとのことだ。

 

 最初に気づいた時こそ、本人も気づいていないのかと考えもしたが、2割減、3割減と削れていく魔力量に、ほとんどそれによって生命を維持している悪魔が気づかぬわけがない。

 不可解な呪詛を、彼は自ら甘んじて受け入れているのだとしか思えなかった。

 

 

 第9階層で、セバスがデミウルゴスに襲い掛かったのは仲間としての警告だ。

 もとより反りが合わず、善のカルマを持つセバス自身「好きではない」と公言してはばからない相手ではあるのだが、それとこれとは話が別だった。

 

 警告を発した時点で、既にデミウルゴスの最大魔力は半分を切っていた。

 やはり彼自身も気づいているようで、ずっと対策はしているようだったのだが……。

 魔力が激減してから次の『私用』に出かけるまでに、魔力はじわじわと回復していたものの、如何せん、削れていく量に比してあまりにも少なすぎた。

 

 まだ深刻な影響が出てくる段階にはいたっていないのかもしれない。

 しかし不意打ちとはいえあの一撃を完全にかわしきれなかったのが気がかりでもあった。

 

 これ以上の魔力低下が進めば、任務に支障をきたすどころの話ではない。

 魔力に支えられた生命力がむしばまれ始めるのは時間の問題──……。

 だというのに、本人にはいっこうに行動を改める気配もないのだからもどかしい。

 

 

 もはや、黙って見ていられる限度を越していた。

 


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