あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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3・ファーストコンタクト

 

 

 デミウルゴスは、赤熱神殿の一室にいた。

 

 作業台の上には砕いた人骨が山をなしている。

 それらを組み上げて作ろうとしているのは、一見すると何の形なのかもわからないようなオブジェだった。

 

 左から光をあてればタブラ、右から光をあてればウルベルト、正面から光をあてればアインズのシルエットが現れるという構想だ。

 久しぶりの大作になりそうな作業を、彼は心から楽しんでいたのだ。

 

 しかし今は様子が違った。

 作業台に向かってはいるものの、指先で骨のかけらを転がしているばかり。

 肩頬杖でじっと指先を見つめているが、考えているのは目の前の作業のことではなかった。

 

(少し気分を変えてみましょうか)

 

 軽く伸びをして、デミウルゴスは立ち上がった。

 自室に戻ればアインズから贈られた香りのいい茶葉がある。部屋を出ようとしたところで、彼は『それ』を目にした。

 

「──‼」

 

 視界をさえぎるドアのない、四角く切り取られた出入口。

 ちょうどそこを横切りかけたスケルトンが、こちらに気づいて飛び上がる。逃げ出した侵入者を即座に追いかけ、通路の角を曲がるより先に肩口を掴んで引き倒した。

 

 組み敷いたスケルトンはなおも暴れる。

 デミウルゴスを押しのけようと滅茶苦茶に振られる腕を捉え、縫い留めるように床に押しつけた。空虚なふたつの眼窩の奥で、青白い炎が恐怖をたたえて揺れている。

 スケルトンの顔を見下ろしながら、デミウルゴスはいぶかしそうに目を細めた。

 

「動くな」

 

 魔力を乗せた声にぴくり、とひとつ骨の体が痙攣する。

 目を見開くかのように眼窩の炎が大きくなるが、腕を縫い留めていた手を放してもスケルトンはまったく動かなかった。

 ローブの襟元に手をかけて、力任せにそれを引き裂く。

 

 やめ……とか細い声が聞こえてきたが、無視して真っ白な鎖骨に指を這わせた。

 

 

 

 

 赤黒い空を目にした瞬間、マズいとは思ったのだ。

 

 

 第七階層に出るまでにコキュートス、シャルティア、アルベド、アウラの順に遭遇し、そのすべてから逃げきっていた。

 入念な準備があったからこその成果だが、それでもひやりとする場面の連続で、セバスやプレアデスたちの反応まで確かめる気力は既にない。

 ほとんど命がけになってしまった実験に、精神がすり切れて限界だった。

 

 帰り道を間違えてしまったのも、そのせいだ。

 

 赤熱神殿のすぐ裏手、崩れかけた石碑のそばで立ち上がったアインズは、疲れきった頭で考えを巡らせた。

 侵入者の報せはすでに、この階層にも伝わってしまっていることだろう。

 ならデミウルゴスたちは出払っているんじゃないだろうか?

 

 ここから一番近いのは、目の前にそびえる神殿の中だ。

 デミウルゴスがここを空にしているとは思えないが、平時よりシモベの数は格段に減っているはずだった。

 それ以外となると紅蓮のいる領域まで、視界をさえぎるものもほとんどないフィールドを突っ切らなければならなかった。このルートは完全に自殺行為だろう。

 

 

 そうして踏み込んだ赤熱神殿は、アインズの予想通りに閑散としていた。

 だからこそ、デミウルゴスがあの部屋にいるなどとは考えもしなかったのだ。

 

 サブアバターの姿ならバレないとわかった以上、ナザリック内でデミウルゴスと遭遇するのだけは絶対に避けなければいけないことだったのに。

 しかし結果的には上手くいった……ことになるのだろうか?

 

 そう考えたとたん、恥ずかしさで頬骨がかっと熱くなった。

 

(いやいやいやいや‼ 違う‼ 違う‼ あれは本当に想定外だ‼)

 

 ばたばたと手を振って、アインズは豪奢なベッドの上を転げ回る。

 沈静化が働いて落ち着いても、くまなく触れた指先の感触がよみがえって骨の体がじんじんとうずいた。己の体をぎゅっと抱くようにして胎児のように縮こまる。

 

(べつに下までいったわけじゃないし……)

 

 そう思うのに、ないはずの心臓が暴れているかのようだった。

 


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