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ローブ姿のスケルトンが一体、夜のレンガ道を歩いている。
アインズ・ウール・ゴウン魔道国、リ・エスティーゼ地区。
異形種・亜人種・人間種がともに暮らすこの国では、彼女のようなアンデッドの姿もそう珍しくはない。
ただ、住民の行き来も完全になくなるほどの夜中である。
空に月もなく真っ暗な道を、ランタン片手にスケルトンが歩いていく光景というのはどこか怪談じみてもいた。
表情のわからない骨の顔。
ふと何かに気づいたように視線をあげて、スケルトンは夜道の先を見た。
遠くから、松明の光が近づいてくる。
炎ではなく魔法の光をともした松明を掲げて歩いてくるのは、夜警の仕事に就いているデス・ナイトたちだ。彼らは毎晩、2体1組になって市街を巡回しているのだった。
(…………)
フードを目深に引っ張って、スケルトンはうつむいた。
心なしか早足になりながら、デス・ナイトたちがいる方向へ歩いていく。
松明の光に照らされたデス・ナイトたちの顔が、彼女のほうへ向けられた。干からびた皮をはりつけた骸骨の視線が、圧迫感をともなって彼女に絡みついてくる。
乾いた足音だけが辺りにひびいて、道の両側からデス・ナイトたちとスケルトンは互いに少しずつ近づいていき──
狂おしいほどの静けさの中、両者はなにごともなくすれ違った。
歩き続けながら、スケルトンは後ろをそっとふり返る。
凶悪な戦闘力を持つアンデッドの巡回者たちは、もはや彼女に注意を払っていなかった。ふり返る気配すらない2体の背中は、歩みの速度で遠ざかっていく。
彼女が生身の体であれば、おそらくほっと息をついていたことだろう。
スケルトンはそそくさとそこから離れていった。
それから数分後。
彼女がたどり着いたのは、一軒の店の前だった。
その店はログハウス風の外観で、ほかの建物とは雰囲気がまったく違っていたためにすぐ見つけることができた。
不定期に開くという細工物の工房。時間が時間なのでもちろん看板などは出ていなかったが、中からは煌々とした光がもれている。
スケルトンは腕をあげ、ノックをするかのように見えた。
しかし直前で迷ったものか、腕をあげたままじっと動かなくなってしまう。丸太で組まれたドアをしばらく見据え、やがて静かに腕をおろした。
肩を落とし、しおしおと店に背を向ける。
そのまま立ち去ろうとしていた彼女の背後で、だしぬけにドアの開く音がした。
(──‼)
はじかれたようにふり返れば、焦ったような男の表情。
姿を見せたその男はしかし、次の瞬間にはもう上品な微笑みを浮かべていた。
「やあ、レイス。よく来てくれましたね」
先端に鋭利な棘を生やした鋼鉄の尾が、ゆるやかに波打って揺れている。
言葉を失ってたたずむばかりのスケルトンに、デミウルゴスはもう一度笑いかけた。