核兵器はいかなる形であれ、人間社会にあってはならない。「核なき世界」をめざすための国際規範が、いよいよ法的な効力を備えることになった。
国連で3年前に採択された、核兵器禁止条約である。批准を終えた国・地域が24日、規定の50に達した。来年1月22日に発効する。
核兵器の開発や製造、保有、使用、さらに威嚇まで禁じる。核軍縮の新たなページを開く長期的な意義にとどまらず、核を実際に使う選択を難しくさせる即効的な変化も期待される。
■国際的な連帯を象徴
グテーレス国連事務総長が「世界的な運動の集大成」と語るとおり、この条約は、広島、長崎の被爆者と、有志国の政府や市民らとの幅広い連帯と努力のたまものに他ならない。
ところが、この歴史的な国際枠組みを歓迎する輪のなかに、日本政府は加わろうとしない。戦後75年の間、原爆の実相を訴えてきた国でありながら、政府が貴重な条約に背を向ける矛盾をいつまで続けるのか。
「核兵器使用の被害者(被爆者)が受けた(中略)容認し難い苦しみ、並びに、実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意する」
条約の前文は被爆者らに格別の敬意をはらいつつ、あらゆる核兵器の使用について「人道の諸原則及び公共の良心にも反する」と断じている。
核兵器は現在、世界に1万4千発近く存在する。広島・長崎を最後に、実戦で使われずに歳月が過ぎたのは、必然ではなく幸運な偶然でしかない。
条約の根底にあるのは、危うい核に頼り続ける大国の手に、世界の命運をゆだね続けることに対する拒否であろう。
くしくも今年、世界は新型コロナ禍に見舞われた。感染症対策は協調が求められるが、一部の大国は「自国第一」に走り、国際社会は分断の中にある。
軍事、感染症、環境など、国境を越える脅威と闘う協調づくりのためにも、核禁条約の意義は大きい。共通の利益を考え、行動するグローバルな市民意識をも象徴しているからだ。
条約の発効を機に、世界の安全保障を核抑止の考え方から脱却させ、核廃絶に向けて歩を進める重要な起点としたい。
■使用を抑える効果も
条約の法的な拘束力は、加盟しない国には及ばない。だが、核を「絶対悪」とする倫理を浸透させる効果はある。核保有国が実際に使おうとしてもハードルを高めるだろう。
ただ一方で、核をめぐる国際環境は悪化している。
核兵器の9割以上を保有する米国とロシアの間では昨年、中距離核兵器の全廃条約が失効した。残る核軍縮条約の新STARTは、来年の期限切れを前に延長交渉が続いている。
新冷戦ともいわれる米国と中国の争いも、軍拡の不安を高めている。インド、パキスタンの核武装や北朝鮮の開発なども、世界は封じ込められずに来た。
これからの国際社会は、新しく生まれた核禁条約と、旧来の核不拡散条約を両輪として軍縮の努力を強める必要がある。
核大国は、核禁条約について「非現実的」「分断を生む」と反対する一方、不拡散条約については加盟国に順守を求めている。そのご都合主義を正当化するのは難しくなるだろう。
不拡散条約は、米ロ中などに核保有を認める一方で、核軍縮の努力を義務づけている。非保有国との分断を招いたのは、核保有を自らの特権とし、軍縮を怠ってきた大国自身の態度であることを猛省するべきだ。
日本は唯一の戦争被爆国である。核廃絶への国際努力を先導するとともに、米国などに軍縮を促す責務がある。
■核保有国に説得を
欧米などの元政府幹部らに、潘基文(パンギムン)・前国連事務総長も加わった56人はこの秋、公開書簡を出し、核禁条約を各国が批准するよう呼びかけた。
米欧同盟の一角を成すベルギーでは、この秋に発足した連立政権が条約への協調の道を探るなど、変化の兆しもある。
しかし、日本政府は「アプローチが異なる」と、核抑止依存ありきの立場に固執している。核廃絶を掲げてはいるが、「核の傘」をめぐる現状追認に閉じこもったままだ。
核保有国と非核国の橋渡し役というなら、まずは保有国に働きかけ、核禁条約を敵視せず、対話せよと説得すべきだろう。
条約発効から1年以内に締約国の会議が開かれる。核廃棄の検証や核実験の被害者支援といった、具体的な枠組みづくりの協議がこれから始まる。
日本には、被爆をめぐる医療や援護などで蓄積がある。関連の国際会議を広島・長崎に誘致し、核廃絶をめざす日本の決意を改めて示してはどうか。
そのためには日本政府が条約への態度を改め、締約国会議にオブザーバー参加したうえ、早期に本格的な加盟を果たすべきだ。被爆者と国際世論の失望をこれ以上深めてはならない。
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