岡山・高1首吊り自殺 先輩から受けた“10日間の壮絶リンチ”

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“いじめ自殺”を振り返る ジャーナリストの取材現場から

祭壇に飾られた光男君の写真に祈る母親の洋子さん。叔父、光男君、弟、妹の5人で仲良く暮らしていた

文部科学省によると、’18年度の小中高生いじめ認知件数は過去最高の64万件を記録したという。みずから命を絶つ少年、少女も後を絶たない。問題解決の糸口はないのだろうか。とり上げるのは、’07年に起きた複数の少年による壮絶なリンチ事件だ。長年、児童犯罪を取材し続けてきたジャーナリスト・須賀康氏がリポートする。

…………………………

〈もう、こんな人生たえられません お母さん おじちゃん、(弟)、(妹)、ごめんな こんな、だめなぼくで、みんな ありがとう。さようなら先に行きます ―橋本光男より〉(弟、妹は実名)

‘07年11月16日、岡山県の私立高校1年生の橋本光男君(仮名、当時16)は、同じ中学の先輩ら2人から度々呼び出されて暴行、恐喝などのいじめを受けたことを苦に、自宅倉庫で首吊り自殺をした。足元に残されていたのは、家族一人一人の名前をあげて別れを告げる遺書。遺体には、暴行による生々しい傷跡が無数に残されていた。

事件の加害少年らは、光男君の「死」に直接手をくだしたわけではないため、逮捕はされたものの刑事罰は下されてはいない。だが、自殺の原因が過酷なリンチによるいじめとなれば、明らかな「殺人」である――。

ノートに書き残された遺書。黒く塗りつぶした部分には弟や妹、親友の名前が書かれていた

岡山市西大寺。毎年2月の第3土曜日に行われる宝木(しんぎ)を奪い合う裸祭り“会陽(えよう)”は、奇祭として海外にも知られている。その西大寺から南へ車で約15分の自宅で、事件直後、母親の洋子さん(仮名、当時47)が目元を押さえ語った。

「警察で見せられた息子の体は、顔を除いて全身が火傷の跡で黒く焦げていました。同じ中学や高校の先輩なのに、こんなことができるのでしょうか。呼び出された時に無理にでも止めていれば、警察や学校に思い切って相談に行っていればと思うと、悔やんでも悔やみきれません……」

光男君を自殺まで追い込んだのは同じ中学の先輩で、高校を中退して土木作業員になっていたA(当時18)と、同じ高校の1年先輩のB(当時16)だ。11月6日、光男君は同級生で親友のC君(当時16)と、自宅から自転車で20分ほどの岡山市内にあるレンタルビデオ店に出かけた。そこで2人に偶然出会ったことが、10日後の悲劇につながる。この間AとBの2人は、何度も光男君とCを携帯電話で呼び出し執拗に暴行。金銭を恐喝したのだった。

「息子の様子が急変したのは、亡くなる1週間ほど前からです。それまで明るかったのに、急に暗くなり笑顔が消え落ち込んでいる様子でした。その時、手と足に黒い痣を見つけたんです。どうしたのか聞くと、『何でもない』というので学校にも相談はしませんでした」(洋子さん)

少年AとBの2人と出会った3日後の11月9日。光男君は携帯電話で呼び出され、自宅から2kmほどの河川敷で暴行を受けた。Aは(光男君を蹴った)靴が壊れたと修理代に2万円を要求。しかし光男君は現金を渡さなかったため、その後も呼び出され暴行や恐喝を受けた。それまで無遅刻無欠席だった光男君は、「体がだるい」と14日、15日の2日間学校を休んだ。AとBは、自宅で傷を癒している光男君に執拗に呼び出しをかける。

「15日は2度、C君が来ました。最初は4時頃。C君が帰った後に光男が、『4~5万円貸して欲しい』と言ってきた。『今はない』と答えると『1万でも2万円でも欲しい』『持って行かないといけない』と必死に頼んできたんです」(洋子さん)

おカネを巻き上げられていると思った洋子さんは、警察に相談しようと光男君を説得する。

「でも『仕返しが怖い。黙っていて』と強く言うので……。2度目にC君が呼び出しに来たのは6時頃でした。出て行こうとする時、誰に会いに行くのか聞きました。その時初めて『AとB』という名前を聞いたんです。あの時警察に相談に行けば――」

体中が真っ黒になるほどタバコを押し付けられ

光男君が強制的に泳がされた川の近くにたたずむ母親の洋子さん。光男君は川から上がると服を燃やされた

光男君を誘いに来たC君も、AとBの2人から光男君と同様に恐喝を受けていた。だがC君は貯金を降ろして彼等に現金を渡していたため、光男君ほどの暴行は受けていない。自殺する前日の15日、無理やり呼び出された光男君はバイクに乗ったAの後からC君と自転車で付いていった。河川敷には別の高校のD君、そして先輩のBの5人が集まっていた。そこでAとBは、光男君対C君とD君の決闘を命じたのだ。C君が言う。

「ボクらは最初、躊躇していました。AとBは『本気でやれ』と怒って、ボクらをメチャクチャに殴ります。『殴れません、殴れません』と言い続けていた光男君は、よけい殴られ蹴飛ばされていた。光男君はタバコや焚き火の火の付いた枝を、体中が真っ黒に焦げるほどあちこち押し付けられていました」

リンチはさらにエスカレートする。

「光男君が『熱い、熱い』と言うと、『脱いで泳げ』とすぐそばの川で泳がされました。川から上がると脱いだ服は焚き火の中で燃やされていた。ボクは日付が変わる零時頃解放されましたが、光男君はさらに朝の6時過ぎまで12時間以上も暴行を受けたとか。2人から『ここで死ぬか、家で死ぬか』と言われ、『家で死ぬ』と答えて開放されたそうです」(C君)

光男君が帰ってきたのは、8時15分頃だった。心身ともボロボロになるまで痛めつけながら、AとBは再びC君を使い呼び出しの電話をかけさせた。

「もうイヤだ、出たくない」という光男君の反応で、洋子さんは電話を切った。その後、光男君は庭に出て椅子に座りボーッと佇んでいたという。

「光男君に貸しているものがあるので、返して欲しい」

とC君訪ねてきたのが午後3時15分頃。洋子さんは光男君を探すが姿がない。「C君、(光男君が)おらんわ」と言いながら玄関の右手に隣接する倉庫のほうに目を向けた。「光男ッ!」と叫ぶ洋子さんの声に玄関に立っていたC君が振り向くと、倉庫の中で首を吊っている光男君の姿が目に入った――。

救急車を呼ぶが、すでに光男君の息はなかった。岡山県警は洋子さんとC君の供述から、11月19日にまずC君への傷害容疑でAとBを逮捕。光男君への暴行、恐喝容疑で12月11日に2人を再逮捕した。驚いたことにBは、光男君が自殺をした後も19日まで平然と通学し授業を受けている。事件直後、同高校では緊急の全校集会を開きいじめに関するアンケートを実施した。校長に聞いた。

「アンケートは記名ですが、どこからもいじめの事実は出てきませんでした。うちの高校では、いじめはないと確信を持っています。今回の事件は外部の人間である大工の男(A)が学校の外でちょっかいを出した事件と考えている。生徒のB(事件後退学)は今まで問題はなかった。BはAにそそのかされ急変した被害者です」

いじめにあっていたC君に、なぜ学校に相談しなかったのか尋ねると、冷めた声でこんな言葉が返ってきた。

「光男君とは、何度も先生に相談しようと話し合いました。でも、先生がやってくれることは(Bに)注意するだけだと考えました。だったら、先生に言ったことでよけい仕返しが激しくなる。注意だけなら何の力にもならない。だから黙っていようということになった」

学校に頼れず生徒が孤立していく状況は、学校と教師の無力を表している。

自殺現場となった光男君の自宅倉庫。玄関のすぐ近くにある
光男君が使っていた携帯電話を手にする母親の洋子さん

 

  • 取材・文・撮影:須賀 康

    '50年、生まれ。国学院大学卒。週刊誌を主体に活躍。政治や経済など「人と組織」をテーマに取材。学校のいじめ自殺や医療事故などにも造詣が深い

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