第199話 届かぬ思い
前回のあらすじ:リオが残した手紙をいよいよ美春に開示したリリアーナ。すべての真実を知った美春は、春人に会いたいと心からの願いを口にして――、
セントステラ王国城、第一王女であるリリアーナの私室で。貴久によって隠匿された手紙を読み、ハルトに会いたいと願いを口にした美春。そんな彼女に――、
「誰にも、何も、説明した上で出て行くつもりはございません。既にお伝えした通り、手紙を解読したのも、こうしてミハル様に手紙をお渡ししたのも、すべて私の独断によるもの。ミハル様をハルト様のもとへお連れするのも、すべて私の独断で行います。ミハル様をハルト様のもとへお連れする。今日この日より、私はそのために行動いたします。リリアーナ=セントステラの名にかけて、ミハル様の願いを実現してみせると誓いましょう」
向かいに座るリリアーナは、決然と宣言した。
「無論、アキ様やマサト様への対応をどうするのかについてはミハル様のご意志を尊重するつもりです。いつ手紙を渡すのか、そもそも渡さないのかについても」
「……はい」
リリアーナが付け加えると、美春は硬い表情で頷く。
「ただ、アキ様については一点、ミハル様にご報告しておかなければならないことがございます」
「何でしょうか?」
「ミハル様を我が国へお連れするにあたって、タカヒサ様は手紙の存在を伏せたまま、アキ様に協力を願いました。ミハル様とマサト様を魔道船へ誘導するようにと」
「そう、だったんですね……」
美春は顔を曇らせて得心した。気づいていたようにも思える反応である。
「お気づきでしたか?」
「亜紀ちゃん、この国へ来てからずっと気まずそうにしていたので……」
そう言って、美春はこの城で暮らすようになってからの日々を振り返る。亜紀は美春と顔を合わせる度に何か言いたそうな顔をしていて、どこか後ろめたそうで、怯えたような顔をしていて、結局は口を噤んでいた。
(私は薄々気づいていて、亜紀ちゃんにそのことを言及しなかった。どうしてそんな真似をしたのって……。亜紀ちゃんと向かい合うことからずっと逃げてきた。ううん、ハルトさんのことだってそう。私が臆病で逃げ続けてきたから、こんなに遠く離れてしまった)
亜紀が間違っていると思っていても、見て見ぬふりをしてきたのだ。ハルトの前世を知らない状態でハルトから気持ちを伝えられた時も、目の前にいるハルトに惹かれながらも、ハルトではなく幼馴染である天川春人のことを考えてしまった。何かが変わり、大切にしてきたものが壊れてしまうことが怖かったから……。これは美春の弱さと言ってもいい。
こんな状況になるまで見て見ぬ振りをし続けてきたのだ。もう取り返しがつかなくなっているのかもしれない。だが、それでも――、
(私はもう逃げない。亜紀ちゃんからも、ハルトさんからも……。誰かのことを理由にするんじゃなくて、自分のために。だから……!)
美春はまぶたを伏せて、深く息を吸ってから口を開く。
「リリアーナ様」
「はい」
リリアーナはしっかりと頷いて応じる。
「出発する直前で構いません。亜紀ちゃんと雅人君と三人でお話をする機会を頂いてもよろしいですか? 国を出てしまう前に、顔を合わせて話をしたいんです」
「畏まりました。お二人も同行されたいというのであれば、その際はお二人もお連れして国を出るとしましょう」
「……はい」
雅人はわからないけれど、たぶん、亜紀は来てくれないだろう。美春はそんな予感を抱きながら首肯した。そして――、
「本当は貴久君とも話はしておきたいんですけど……」
貴久のことを考え、美春は顔を曇らせる。国を出て行くと伝えれば、その時点で激しく反対されることが予想されるし、最悪、その時点で国の出奔が不可能になってしまうことだろう。
だが、それでも貴久は美春にとっては友人で、亜紀の兄なのだ。現状、貴久がした行いを許すことは到底できないし、貴久のために自分にできることも何もないが、だからこそ形容しがたいやるせなさがこみ上げてくる。
「……ミハル様が今のタカヒサ様とお話しをされても、余計に意固地になるだけでしょう」
「はい」
二人とも苦々しい顔で言う。
「…………ただ、大変僭越ながら、もしお許しいただけるのであれば、タカヒサ様のことは私にお任せいただけませんか?」
リリアーナは逡巡しているのか、躊躇いがちに願い出た。
「リリアーナ様が貴久君とお話をされる、ということですか?」
美春はリリアーナの顔色を窺って訊く。
「はい。もちろん手紙のことやミハル様が国を出て行くつもりであることは伝えません。ですが、もしもタカヒサ様が現状を悔いておいでであるのなら、ご自分が誤ってしまったことをお認めになるのなら、それに越したことはありません。だから、最後に一度だけ、あの方とお話をしてみたいのです」
リリアーナはどこか不安にも見える表情で、その意図を語り――、
「これは、私の願いです。甘い女の我が儘と思ってくださって構いません。王女として……、いいえ、一個人としても、あの方のことは最後まで信じたいのです」
最後に、自らの思いを吐露した。その声は微かに震えている。
「リリアーナ様……。よろしいのですか? 本当に私を国から連れ出してしまって……」
美春はリリアーナの心情を察したのか、息を呑むようにして問いかけた。
「はい。そのことに二言はございません」
リリアーナは自らの願いを口にした時と異なり、断固とした意思を覗かせる声で答える。覚悟が垣間見えた。
「……ありがとうございます」
美春は唇を震わせ、俯くように頭を下げる。
「お礼を仰っていただくことはございません。これは犯してしまった罪への償いにすぎないのですから」
リリアーナは困り顔で告げた。
「貴久君のこと、お願いいたします」
美春は謝意を示すように、深くこうべを垂れる。それ以上のことは、口にしなかった。今の自分が貴久にできることは何もないと思ったから。
「ありがとうございます」
今度はリリアーナが礼を言う。
「いえ、私の方こそお礼をおっしゃっていただくことは……」
ここで不意に、美春とリリアーナの視線が重なる。どちらともなく、ほんのわずかな笑いが
「ミハル様をハルト様の元へお連れするにあたっては、内々に出発することになるでしょう。ですから一週間、お時間を頂いてもよろしいでしょうか? その間にすべての下準備を済ませます」
リリアーナは表情を引き締めて、そう告げる。
「はい」
美春はしっかりとした声色で返事をした。
「アキ様にマサト様へのお話は出発の直前に、私から場面をセッティングさせていただきます。私からタカヒサ様へのお話もその前後にいたします。急すぎる話となってしまうでしょうから、何をお話になるのか出発までにじっくりとお考えください」
迷いが残らないように……。リリアーナはそう言葉を続けた。
「わかりました」
「では、手紙はいかがなさいますか? お手元に置いて自分で管理されたいというのであればお渡しいたしますが……」
「……いいえ。出発のその時まで、このままリリアーナ様が預かっていてくださいますか?」
リリアーナが訊くと、美春はおもむろに首を振る。
「承りました。では、この話は以降私から口にするまで、誰にも他言なさらぬように」
「はい」
美春は緊張した面持ちでぎこちなく頷き、リリアーナと見つめ合う。こうして、この場での会話は終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
そして、一週間後の午前。リリアーナは貴久の部屋を訪れた。
「話ってなんだい、リリィ?」
貴久がやつれた顔で言う。ここ最近は部屋に閉じこもっている時間の方が多い。
「顔色があまり優れないようにお見受けします。きちんと食事は召し上がっていますか? 睡眠も十分にとっておいでですか? 体調に変化はございませんか?」
リリアーナは軽い嘆息を交えて問いかける。この問いを投げかけるのも、何度目だろうか。
「またその心配か……。大丈夫だよ。話がないなら出て行ってくれないか?」
貴久は億劫そうに顔を逸らして答えた。用がなければすぐに部屋の外へ出そうとするのも、いつものことだ。いつもならリリアーナもこれ以上は追求せず、黙って引き下がるようにしてきた。だが――、
「大丈夫には見えないからしつこく申し上げているのです」
今日は違った。
「……身体の具合が悪ければ今頃倒れているよ」
貴久は少し意外そうに間を空けてから応じる。不服よりも驚きが先に来た。
「悪いのは身体だけとは限りません」
「……どういう意味だい?」
ぴくりと反応する貴久。
「病は気から、とも言われております。タカヒサ様も心労が溜まっているから、顔色にそれが現れているのではないかと申し上げているのです」
リリアーナはズバリ指摘する。
「心労……?」
貴久は攻撃的な顔になってうそぶいた。
「ガルアーク王国でハルト様になさったこと、そしてミハル様達になさったことに罪悪感を覚えておいでなのでは?」
「どうして俺がそんなことをっ!?」
思わず声を荒らげる貴久。
「では、どうしてそこまで過敏に反応されるのですか?」
リリアーナは冷静な声音で尋ねる。
「ね、根も葉もないことを言われれば誰だって……」
貴久はまごついた後「誰でも驚いて動揺する」と答えた。
「なるほど。ハルト様の手紙を盗み見て、ミハル様達を魔道船に監禁する形で我が国へ招致したことは、タカヒサ様にとっては罪悪感を覚えるにたらない些事だということでしょうか」
「っ…………」
貴久は絶句し、ぎゅっと下唇を噛む。ややあって――、
「誰も些事だなんて言っていない」
揚げ足をとって事実を評価しないでくれと、貴久はぶっきらぼうに付け足した。
「では、それが心労の原因であると?」
「別に心労なんて抱えていない」
「ならば、なぜずっと部屋に閉じこもっておいでなのですか?」
「…………」
貴久は再び押し黙ってしまう。
「やはりタカヒサ様は罪悪感に押しつぶされそうになっているのではないでしょうか?」
「そんなことはない!」
意固地になって否定する貴久。
「ですが、ミハル様とも、マサト様とも、アキ様とも接触を避けておいでではありませんか。アキ様が日頃、タカヒサ様のお部屋を訪れたそうにしているのはご存じですか? 部屋の前まで足を運んでは、遠慮して立ち去ってしまうことが多いようですが」
「…………」
貴久は肯定も否定もせず、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「身近な方々の反応を予想しつつも気づかぬ振りをしているのは、お顔を合わせるのが後ろめたいからですか?」
淡々と尋ね続けるリリアーナ。
「っ……、さっきから誘導するように尋問しないでくれ。リリアーナの聞き方は卑怯だ! 俺にガルアーク王国でのことで罪悪感を抱いているって認めさせたいだけなんだろう? その話をするだけなら、いい加減出ていってくれ!」
貴久はうんざりした顔で訴えた。
「そうやって逃げ続けて、いったいどれほどの時間が経ったとお思いですか? 今後もずっと逃げ続けるおつもりなのですか? 逃げ続けていればいつかミハル様達の方から追いかけてきてくれると、そんな都合の良いことをお考えだったりするのですか?」
「っ、いい加減に……っ!?」
ここで貴久は避け続けてきた視線をリリアーナに向けて、言葉を失ってしまう。自分が視線を向けるよりも前から、リリアーナがずっと自分を見据えていたことに気づいたから。まっすぐ見つめてくるリリアーナの瞳が自分を責めているように思えて怖かった。
「貴方はひどく臆病な方なのですね」
リリアーナが悲しそうに言う。
「止めてくれ。俺を憐れむように、俺を見ないでくれ。もう出て行ってくれ……」
貴久が弱々しく呟く。
「……承知しました。では、これで最後です。この質問を最後に、もうこの件で貴方様に何かを求めることはいたしません。なので、最後に一つだけ、私の質問にお答えいただけませんか?」
そう語るリリアーナの声を聴いている内になぜか動悸がこみ上げてきて――、
「…………いったいどんな質問を?」
貴久は恐る恐る訊いた。
「今からでもすべてを
リリアーナは質問の内容を口にする。
「それだけはできないっ! 絶対に!」
貴久はひどく焦燥して答えた。瞬間――、
「然様ですか…………」
リリアーナは涙を流さず、しかし悲しそうに首を縦に振った。そして、椅子から腰を上げる。
「それでは、失礼いたします」
そう言って、扉へ向かい歩きだすリリアーナ。だが――、
「個を犠牲にしてでも国を保つ」
不意に、貴久を振り返ってそんなことを言う。
「?」
疑問符を浮かべる貴久。
「それが王族としての正しい在り方だと、私は教わってきました」
リリアーナは首を傾げる貴久をよそに言葉を続けた。
「……何の話をしているんだ?」
「なんてことはございません。どうやら、私は王女失格のようです」
訝しそうに問いかける貴久に、リリアーナは儚げに笑ってから天井を仰いだ。
「……………………」
貴久は吸い込まれそうになるように、リリアーナに見とれる。ちゃんと彼女のことを見たのが、ずいぶんと久しぶりな気がした。しかし――、
「約束です。もうこの件でタカヒサ様のもとを伺うことはしません。それでは」
リリアーナはそのまま立ち去ってしまう。その直後……、ぱたんと、部屋の扉の閉まる音が虚しく響いた。
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