第186話 お茶会の水面下で
場所はガルアーク王国城。ガルアーク国王フランソワや第一王子のミシェルが立ち去った後。限られた身分の者か、限られた身分の者に招待された者しか立ち入ることができない中庭で。
リオはシャルロットに案内されて、沙月、リーゼロッテ、セリア、クリスティーナ、フローラと一緒に、壁が吹き抜けとなっている屋外ラウンジを訪れていた。
「さあ、どうぞおかけくださいな」
と、シャルロットは一同に着席を促す。間もなくしてお茶とお菓子が運ばれてくると、極めて豪華なメンバーによるお茶会が開催されることと相成った。
「まあ、これはうちの商会で卸させていただいているお茶ですね」
出されたお茶を口にすると、リーゼロッテが即座に言い当てる。
「ええ。私のお気に入りの茶葉の一つなのよ」
第二王女のシャルロットは上機嫌に微笑んだ。
「リッカブランドのお茶はレストラシオンの中でも流行っているんですよ」
「私も執務の合間に楽しませてもらっています」
「光栄です」
フローラやクリスティーナも会話に加わり、お茶会では定番のやりとりから会話が広がっていく。女性勇者一人に王女三人、公爵令嬢に伯爵令嬢が参席しているお茶会は実に華やかで、年頃の少年や男性貴族ならば、今のリオが置かれている立場をさぞかし羨むことだろう。もしも同じ状況に置かれたならば、日頃の弘明がそうであったように舞い上がって饒舌になっていることかもしれない。
そんな中、肝心のリオといえばもちろん何も喋らないわけではないが、比較的寡黙で、お茶会が始まっても口数が多くなることもなかった。周囲が女性だらけであるという状況や自らの身分を踏まえているというのもあるが、それよりはリオという少年の気質によるところが大きな一因なのだろう。
女性陣が定番のやりとりで話に花を咲かせる様子を、じっと見守っている。とはいえ、ある程度話が弾んで、お約束な流れから話が逸れていくと、リオに話を振った少女がいた。
「ところで、ハルト様は今後のご予定は決まっていらっしゃるのかしら?」
シャルロットだ。
「ガルアーク王国での滞在が終わりましたら、荷の整理もあるので一度ロダニアへ戻らせていただき、その後は休養を取りがてら、しばらく会っていなかった知人のもとへのんびりと挨拶へ向かおうと思っております。それが終わったら、またこちらへ参上できればと」
と、リオはざっくりと今後の予定を語ると、「帰る家もご用意いただけるそうですので」と付け加える。
「なるほど……。とりあえずの急ぎの用はない、ということでしょうか?」
「はい」
リオはしっかりと首を縦に振った。
「でしたら、私やサツキ様のお相手もしてくださいな。ハルト様がなかなか顔をお見せくださらないものだから、寂しかったんですよ。ねえ、サツキ様」
シャルロットは可愛らしく首をもたげて、沙月に同意を求める。
「は? い、いや、別に寂しいわけじゃなかったけど……、でも、そうね。次にまたふらりと姿を消したらいつ戻ってくるかもわからさなそうだし、ハルトがこの国にいる間に二人きりでゆっくりと話をさせてもらおうかしら。訊きたいこともあるし……」
沙月は上ずった声でシャルロットに応じたが、小さく嘆息してリオに視線を向けた。
「お手柔らかにお願いします」
リオはフッと口許をほころばせる。
「何よ、別に取って食おうとしているわけじゃないんだから」
沙月はリオの顔をじいっと見つめると、むうっと唇を尖らせて抗議した。
「亜竜の騒ぎを受けてミハル様達ともご連絡が取れず、サツキ様はずっと悶々とされていましたから。ハルト様ならミハル様達とも仲がよろしかったでしょうし、やはりミハル様達とまたお会いになりたいでしょう? また改めてサツキ様のお話を聞いてあげてくださいな」
と、シャルロットはにこやかに、リオに呼びかける。
「……承知しました」
美春の名が出ると、リオは微かに翳りを帯びた笑みを覗かせて頷いた。
「もう……」
沙月は少し気恥ずかしそうに、リオから視線を逸らす。一方、クリスティーナにフローラ、セリアの三人は少し興味深そうにリオと沙月のやりとりを見つめていた。もしかすると、想像していた以上にリオと沙月の仲が親しそうに見えたのかもしれない。
「でも、サツキ様とだけ二人きりというのは少し妬けますわね。ぜひ、私のお相手もしてくださいね。もちろん、二人きりで」
シャルロットはそう言って、悪戯っぽく微笑する。
「あまりからかわないでくださいませ、シャルロット様」
リオは苦笑してシャルロットに応じた。
「まあ、以前にも申し上げたではないですか。私、ハルト様のことは兄のように慕っているんです。少しは甘えさせてくださいな」
シャルロットはフローラやセリア、ひいてはクリスティーナやリーゼロッテに沙月の反応を窺いつつ、くすりと茶目っ気のある笑みを浮かべてリオに言う。
フローラは少し焦ったような顔を覗かせて、リオの様子を窺っていた。セリアと沙月は少しむうっとした様子で、リオの顔を見つめている。一方、クリスティーナとリーゼロッテはポーカーフェイスで状況を静観していた。そうして、少女達から注目を集める中――、
「陛下のお許しもなく殿下と二人きりでお会いするというのは……、恐れ多いことです」
リオはいたって無難に回答し、シャルロットのキラーパスを見送ろうとする。が――、
「お父様ならきっとお許しくださるわ。新たに下賜されるハルト様の邸宅に伺っても構わないと仰っていましたし、それだけハルト様のことは高く評価なさっているのだから」
シャルロットはリオに対するフランソワの覚えが良いことをほのめかし、ぐいっとリオに迫った。
「それは、身に余る光栄です。では、陛下にお話を通していただけるというのであれば」
リオは困り顔で、条件付きの回答をする。
「ふふ、楽しみにしておりますね」
シャルロットは嬉しそうに口許を緩めた。その笑顔は実に愛らしい。沙月は自分が二人きりでリオと話をしたいと言ってしまった手前、口を噤んではいるが、じいっとリオを見つめていた。すると――、
「ハルト様、お二人に便乗する形になってしまいますが、私も王都に滞在している間にお時間を頂戴してもよろしいでしょうか? 以前にお話しした件で、改めてお話をできればと思いまして」
リーゼロッテがここで口を開いた。
「例の件……、ええ、承知しました」
リオは例の件でリーゼロッテの前世に関する話を連想し、すぐに首肯する。
「まあ、リーゼロッテには二つ返事で二人きりでの面会をお許しになるのね」
と、シャルロットは可愛らしく頬を膨らませてみせた。
「お許しください。リーゼロッテ様とはお仕事上の付き合いもございますので」
「なるほど。私と会うのは仕事、すなわち立場とは無関係だと。そういうことでしたら、納得するとしましょうか。ハルト様の新居選びもそうですし、楽しみが一つ増えましたわ」
リオが愛嬌笑いを浮かべながら理由を取り繕うと、シャルロットはふふっと相好を崩す。そして――、
「ふふ、ついつい、私達ばかりで話が盛り上がってしまいましたね。久しぶりにハルト様とお会いできたものだから嬉しくて、申し訳ございませんね」
シャルロットは主にフローラとセリアの顔を見やりながら、最後にクリスティーナに視線を向けて謝罪する。ロダニアにいる間、いくらでもリオと一緒にいる時間はあっただろうから、今度はこちらの番ですよ、という牽制なのだろう。
現状、ガルアーク王国側は勇者である沙月と、第二王女のシャルロット、さらには大貴族の令嬢であり、大商会の会頭でもあるリーゼロッテが、名誉騎士ハルト=アマカワと懇意にしており、それだけ高く評価しているのだという情報を提示したことになる。
「……いえ、アマカワ卿はまたロダニアの邸宅へお戻りになるようですから、お話ならばその間にできることでしょう。ガルトゥークに滞在していられる時間は限られているのですから、せめてその間くらいはごゆるりと」
クリスティーナはロダニアの邸宅でリオと一緒に暮らしているセリアを見やりながら、にこやかにシャルロットに応じた。
「そう仰っていただけると嬉しいですわ。とはいえ、そうなるとやはりガルトゥークにもハルト様の邸宅はあって然るべきなのでしょうね。お父様も素晴らしいタイミングで恩賞をご用意くださったわ。どのように素敵な家を下賜していただけるのか、見学の際はよろしければ皆様もご一緒に。リーゼロッテもいらっしゃいな」
シャルロットはそう遠くない将来にガルトゥークにもリオの邸宅はできるのだと、ここで再確認する。そうなれば居住面での条件はフェアなのだから。
こうして、リオという少年との懇意さを競い合うやりとりが、さりげなく繰り広げられたのだった。
最後に、みなづきふたご先生が描いてくださった別のイラストを(活動報告でさらに別のイラストも改めてご紹介予定です。いち早くご覧になりたい方は、みなづきふたご先生のTwitterアカウント(@kuso64)でも公開されておりますので、チェックしてみてください)! 急速に寒い季節になってきましたので、皆様、体調管理にはお気をつけくださいませ。