第153話 遭遇、そして――
「ドレスを着た少女……ですか?」
村長は青ざめた顔で、ルシウスに訊き返す。すると――、
「ああ、年頃はちょうど十代半ば。髪の色は薄紫色。王侯貴族にしては人が好さそうで、柔らかな物腰をしているんだが……」
ルシウスはフローラの人物像を語ると、鋭い眼差しで村長を見やる。
「…………」
村長はまさしく顔面蒼白だった。
「どうした? 顔色が悪いな、村長。仕事をほっぽり出して、村人総出で動き回っている理由と、何か関係があるのか?」
ルシウスは人が悪い笑みをたたえて、村長の顔を覗きこむ。
「い、いえ! これは、その……何と申しますか、その、実は……」
と、村長がたどたどしく弁明しようとすると――、
「まあまあ、そう焦るな。少しじっくりと話もしたいしな。こちらの用件の説明がてら、まずはあんたの家に向かおうじゃないか。実はそちらにおわす方こそ、この国の王族でな。まさか立ち話をさせるわけにもいくまい?」
ルシウスは第一王子のデュラン=パラディアを見やり、鷹揚に村長に語りかけた。
「お、王族……王子様なのですか?」
村長は硬直し、デュランを見やる。
「ふん」
デュランは冷ややかな笑みをたたえ、村長の顔を見据えた。
「ひっ……」
村長は怯え、思わず後ずさる。周囲の村人達もただならぬ悪寒を覚えているのか、顔が引きつっていた。
「ははは、第一王子殿下はああ見えて気さくなお方でな。そこいらの農民に作法を要求するほど無粋な方ではない。とはいえ、先の少女に対する関わり如何によっては、その身の安全を保障することもできないが……」
ルシウスはそう語って、発言内容と矛盾した笑みをたたえる。
「っ……、いえ、ですから、その……まずは我が家へ」
何をどう対応するのが正解なのか、まったくわからない。村長はすっかり憔悴した顔つきで、ルシウス達を自宅へ誘った。
「そうか。じゃあ、案内してくれ。殿下、行きましょう……っと、お前らは外で待機だ。せっかくだから、村の中を見学させてもらうといい」
ルシウスは気さくに頷くと、デュランと周囲の騎士達に話しかけた。
「はっ!」
騎士達がどこか愉快そうな笑みをたたえて返事をすると――、
「構わないな、村長?」
ルシウスが村長に尋ね、暗に村の中を捜索させろと事後承諾を求める。
「は、はい。構いません。で、では、こちらへ……」
村長はぎこちなく頷くと、ふらついた足取りで歩きだした。そして、立ち去り際、自分達が戻ってくる以前にルシウス達と一緒にいた村人の男を見やり、言外に問いかける。
お前はどこまで話をしたのか、と。しかし、視線を向けられた村人は怯えた様子で顔を背けてしまった。
ルシウスとデュランはそんなやりとりを冷ややかに見守りながら、村長の後を追う。すると――、
「お、親父、俺も行くよ!」
ウィルが同行を申し出た。
「お、お前は来なくてもいい!」
村長はすかさず同行を拒否するが――、
「まあまあ、そう言いなさんな、村長。親父ってことは、あんたの
ルシウスがウィルの同行に許可を出す。
「し、しかし、恥ずかしながら礼儀をわきまえておらず、無礼な真似をするのではないかと……」
「なに、言っただろう? 殿下は気さくなお方だとな。無知な農民の少し不躾な態度くらいで無礼打ちをするような御仁ではない。かく言う俺も貴族ではなく傭兵なんだ。礼儀など気にはしない」
焦燥して抵抗する村長に、ルシウスはしれっとかぶりを振った。
「……わかりました。寛大なお心遣い、誠にありがとうございます」
村長は項垂れるように頭を下げて礼を言うと、ウィルを見やり、余計な発言はするなよと、視線で念を押す。
かくして、村長、ウィル、ルシウス、デュランの四名が村長宅へ向かい、その場には騎士と村人達だけが残されることになった。
「まずはその少女の素性から説明するとしようか。本名はフローラ=ベルトラム。ベルトラムという名称に聞き覚えはあるか?」
と、ルシウスは道すがらフローラについて詳細を語りだし、斜め前方を歩く村長とウィルに問いかける。すると――、
「……その、名前だけは。南西にベルトラム王国という国があると聞いたことはありますが」
村長が強張った声で答えた。
「ああ、まさにその大国の名称だ。このパラディア王国と交戦関係にあり、南西に位置するルビア王国は知っているな? その敵国であるルビア王国を長きにわたり支援してきた影の大国がベルトラム王国だ。ここまで言えばその少女の素性についても見当がつくだろう?」
ルシウスはご機嫌に頷き、淀みない口調で水を向ける。
「まさか……そのベルトラム王国の王女様、なのでしょうか?」
村長は青ざめた顔で答えた。
「ああ、そのまさかだ。交戦国の背後に控える大国の王女がどうしてこの国にいるのかには、のっぴきならない事情があるんだが、パラディア王国としてはその存在を捨て置くことはできない。というより、ぜひともその身柄を確保したい。わかるな?」
「……は、はい。それはもちろん。色々と利用できる、ということでしょうか?」
要するに人質として扱いたいのだろうと、村長は理解して確認する。
「ああ。流石に村長ともなると、話が早くて助かる」
「い、いえ……」
満足そうに称賛してくるルシウスに、村長は上ずった声でかぶりを振った。
「それで、そのフローラ王女だが、この村の傍にある森の付近に潜伏していることはわかっている。ただ、森の周囲にはいくつも村があるからな。一つずつ回って情報を調べているところだ」
「な、なるほど。既にいくつか村を回った後でしたか」
「ああ。ところが、なかなか目当ての情報にたどり着けず難儀しているところでな。森からそう遠くへ移動できるはずもないし、どこかの村へ立ち寄っているはずなんだが……」
ルシウスはそう語って、わずかに間を置くと――、
「考えたくはないが、もしかすると故意に匿っている村でもあるのかもしれないな。かの王女は近隣諸国では美姫として名を馳せている。訳ありの貴族として振る舞えば、初心な村の男をたぶらかして手玉に取るくらい訳はないだろうしなぁ。そうは思わないか、坊主?」
持って回った言い方で続きを語り、黙って歩いていたウィルに向けて不意に問いかけた。
「……あ、いや、どうでしょう、か? まだ回っていない村もあるのなら、そこにいるのかもしれませんし」
ウィルはびくりと身体を震わせると、ぎこちなく首を傾げて答える。その顔色は不安そうで、まさか?とでも言いたげに、だいぶ青ざめていた。その一方で――、
「っ……」
村長がしまったという顔つきで、横目でウィルをジロリと睨む。今のウィルの言い回しでは、暗にこの村にフローラが来ていないと言っているようにも聞こえるからだ。
「そうだな。まだ回っていない村もある。俺達も無暗な殺生はしたくない。そう願うとしようか」
ルシウスは空虚な笑みをたたえて同意した。
(馬鹿者め。迂闊な発言をしおって……)
村長は歯がゆそうに思案する。幸いフローラは村の中にもういないから、白を切り通すのも一つの選択肢だ。他方で、万が一の事態を考えると、素直に打ち明けた方がいいようにも思える――のだが。
素直に打ち明けたところで口封じに殺されるのではないかという危惧もあって、恐ろしくて二の足を踏んでしまう。もはや一介の村長に抱えられる事態ではなくなっていた。そうこうしている内に、村長宅が見えてくる。
「わ、我が家です。粗末な家ですが、お入りください。ウィル。お前はお二方の馬を
村長はウィルに指示を出すと、玄関の戸を開けて、恐る恐るルシウスとデュランを促した。
「すまんな」
ルシウスとデュランの二人は馬から降りると、ウィルにリードを託す。
「い、いえ、お預かりします」
ウィルは畏まってリードを受け取る。受け取り際にルシウスと視線が合うと、後ろめたそうに俯いた。
「殿下、入りましょう。……それと、ああ、村長。悪いが家の中を
ルシウスはフッと口許を緩めると、デュランと一緒に村長宅へ入っていく。そして、村長に対して、家の捜索許可を求めた。
「……は?」
村長は不意を打たれて硬直するが――、
(っ、不味い! 部屋にドレスと宝石が……)
フローラが謝礼として置いていったドレスと宝石の存在を思い出し、思いきり焦燥した顔つきになった。
「どうした? 構わないな?」
ルシウスはうすら寒い笑みをたたえ、村長に問いかける。
「あ、いえ、その、散らかっておりますので……」
村長は苦しい言い訳を口にすることしかできなかった。
「大丈夫だ。気にはしない。殿下はこちらでお待ちください」
ルシウスはそう言い残すと、ずかずかと家の奥へと歩きだす。直後――、
「お、お待ちください!」
村長が慌ててルシウスを呼び止めた。
「どうした? 何か見られたくないものでもあるのか?」
ルシウスは笑いを堪えるように問いかける。
「その、すべてお話しします。その少女のことについて……」
村長はすっかりやつれた顔で、観念した。すると――、
「あー、存外あっさりと口を割っちまいましたね」
ルシウスが何処か残念そうに言って、頭を掻く。その一方で――、
「やはりこの村にいたか。この賭け。俺の勝ちだな」
デュランがフッと口許をほころばせて、ルシウスに語りかけた。
「………………」
村長は呆然と二人のやりとりを眺めている。
「察しが悪いな、村長。上手く隠しきれているとでも思っていたのか? 村の様子がおかしい時点で、何か隠しているのは丸わかりだったぜ? 隠している対象が何なのか、俺と殿下と賭けていたというわけだ」
ルシウスは嘆息して、村長にネタを明かした。
「そんな……」
と、村長が思わず言葉を失っていると――、
「フローラ王女はどこにいる? 何があったのか、包み隠さず報告せよ。簡潔にな。これ以上、隠し立てするようなら、貴様の首を刎ねる。覚悟して答えよ?」
デュランが冷たい声で言い放つ。
「む、村に来た時には何か病気にかかっていたようでして、わが村に滞在していただくことになったのです! それから、領主様を頼るように進言させていただいたのですが、今朝、気づいたらいなくなっておりまして!」
村長は慌てて事情を説明し始めた。
「……ふん。それで村の様子が騒がしかったというわけか」
「ま、そんなことだろうとは思ったが……、その口ぶりだとまだ発見には至っていないということか、村長?」
と、ルシウスはデュランに続いて得心すると、村長に尋ねる。
「い、いえ……、発見はしたのですが、もはや我々の手には負えぬと判断し、その……」
村長は目を泳がせて、言葉を濁す。
「くっ、ははは、見捨てたのか! ええ、おい!?」
ルシウスは愉悦に満ちた笑い声を上げた。
「…………はい」
村長は消え入りそうな声で頷く。その顔色は今日一番に蒼白だった。すると――、
「……まだ息はしているのだろうな?」
デュランが剣呑な声で問いかける。
「ひっ」
村長は怯えて身を震わせた。
「あー、殿下はお怒りのようだな。そこんところ、どうなんだ、村長? まだ息をしてりゃ何とかなると思うんだが……」
ルシウスは頭を掻いて、どこかバツが悪そうに村長に訊く。
「お、おそらくは……。た、ただ、正確な見分けはつかなったのですが、おそらくは毒蜘蛛に噛まれて体調を崩しているのではないかと、つい先ほど気づきまして……」
村長はともすると裏返りそうな声で答えた。
「毒蜘蛛?」
「噛まれると黒い痣ができる蜘蛛がいるのです。む、村に現れることはまずないのですが、それがかなり遅効性の毒でして、解毒剤もないので……」
「あー、アレか。個体数は少ないはずなんだがな。また面倒なのに……。で、噛まれてから何日が経った? 噛まれた場所は?」
ルシウスは毒蜘蛛の正体に見当がついたのか、面倒くさそうに尋ねる。
「む、村に来てからちょうど六日が経過しております! 痕があったのは首筋です!」
「……首筋か。歩き回って毒のめぐりが早くなっていそうなのが厄介ですが、手持ちの解毒用
村長が答えると、ルシウスは思案顔を浮かべてデュランに説明する。
「そうか。なら、さっさと案内させろ」
「そういうわけだ。まあ、万が一の時は覚悟しておけよ、村長? あんたの首一つ、いや、この村に暮らす者達の首程度で済めばいいがな……」
デュランに促され、ルシウスが脅しをかけると――、
「は、はい! 直ちに!」
村長はこくこくと勢いよく頷いた。そこへ――、
「殿下、ルシウス様」
玄関から一人の騎士が現れて、ルシウス達に声をかける。
「あ、どうした?」
「村を抜け出して南の街道へ進む村人が二名いましたので、後を追わせています。一人は村長の息子と思しき青年です。何やら随分と慌てておりましたが……」
ルシウスが応じると、騎士がどこか嘲笑を含んだ声で速やかに報告を行う。
「ははは、だそうだが、これはどういうことかな、村長?」
ルシウスはにやりと笑みを浮かべて、村長に問いかける。
「まさか……。す、すぐに案内いたします!」
村長はハッと顔色を変えると、泡を食って移動を促した。
◇ ◇ ◇
それから、数分後。村から南へ伸びる街道に、息を切らして走る二人の青年――ウィルとドンナーがいた。
「ドンナー。てめえにゃ、言ってやりてえことが、山ほど、あるがな。まずはフローラ様を助けるのが先だ!」
と、ウィルは途中ですれ違い合流したドンナーに語りかける。
「わかってる! でも、本当なのか、フローラ様が人質にされるって?」
「ああ、フローラ様は敵国の王女様なんだとよ!」
「王女様……。でも、どうすんだ? フローラ様、病気なんだろ? 俺らじゃ……」
ドンナーは歯がゆそうに顔を曇らせた。
「でもでも、うっせえよ! やるしかないだろ!? このままだとフローラ様が人質として連れていかれるんだぞ!?」
「うっ……」
ウィルが一喝すると、ドンナーは押し黙ってしまう。すると――、
「……実際、別の場所にフローラ様を隠して時間を稼いで、その間に助ける手段を探すしかねえよ。あの貴族様達なら何か知っているかもしれないし、薬でも持っているかもしれねえからな。それを訊きだすか、いざとなったら持っている薬を奪う」
ウィルが焦燥し、思いつめた面持ちで呟く。完全に出たところ勝負の案だった。ウィルもドンナーもそのことはわかっているのか、以降は口数もなくなり黙々とフローラがいる場所を目指して足だけを動かす。そうして――、
「確かあそこだ!」
二人はフローラを遺棄した場所へと戻ってきた。街道を抜けて森に近づくと、木々の茂みを見回して――、
「いた! フローラ様だ! フローラ様!」
「なに!? フローラ様!」
ドンナーがフローラを発見した。
ウィルも慌てて駆け寄り、二人でフローラに声をかける。しかし――、
「うっ……。はぁ、はぁ……」
フローラは微かに反応したものの、もはや意識を保っているのかもわからないほどに衰弱していた。その顔は真っ赤で、吐息もかつてないほどに荒く、びっしょりと汗も流している。だが、それでも確かにまだ生きてはいた。
「っ、くそっ、すみません。フローラ様……」
ウィルは忸怩たる面持ちでフローラに謝罪の言葉を投げかける。
「は、早く運ぶぞ。温かいところへ」
ドンナーは泡を食って、そんなウィルを急かした。今は一刻も争う事態だ。
「……わかっている。村へ戻るしかない、か」
言って、ウィルは苦々しい顔になる。村へ戻れば騎士達が徘徊しているからだ。街道からそのまま戻っていけばすぐに見つかるだろう。来る時だって農地から抜け出して来たのだから。
「農地から入って、俺の家に行こう。村の端っこだから、行きやすい」
「わかった。運ぶぞ、お前は脇から足を持て」
ウィルはそう言って、後ろからフローラの上体を抱えた。そして――、
「こうか?」
ドンナーが脇からフローラの足を抱えると――、
「そうだ。立つぞ。……っと、よし、行こう。お前が先頭だ」
二人がかりでフローラの上体と脚を抱えて立ち上がった。そのままフローラの足を進行方向にして歩きだす。しかし、森から離れ、ある程度、街道へ近づいたところで――、
「ま、待て! 馬の足音だ! 誰か来る! しゃがめ!」
街道から馬の足音が聞こえてきた。ウィルとドンナーは慌てて屈んで身を潜める。
だが、馬の足音は迷うことなく、二人がいる場所に接近してきていて、二人の眼前で立ち止まった。馬上には騎士達が乗っており、その中でも先頭にはルシウスがいて――、
「ようよう、先に王女様を確保してくれたのか? ご苦労だったな」
と、底意地の悪い笑みをたたえて、語りかけてきた。
「うっ……」
ウィルとドンナーはしゃがんだまま硬直する。すると、後部に控えていた馬から、騎士に運んでもらった村長が降りてきて――、
「……ウィル。お前がここまで愚か者だったとは思わなかったぞ」
と、苦虫を噛み潰したような顔で、ウィルに語りかけた。
「まあまあ村長。そう言いなさんな。二人は輸送役を買って出てくれたんだろうよ。せっかくだ。そのまま村まで運んでもらおうか。っと、その前に容体の確認と解毒が先か」
ルシウスは飄々と村長を宥めると、軽やかな身のこなしで馬から降りた。そして、フローラに向かって歩きだす。
「ふむ……」
第一王子のデュランも馬から降りて、フローラに歩み寄った。だが――、
「……臭い。
デュランはそうぼやいて、顔をしかめ、足を止める。
「くっ、ははは。そりゃあ何日も風呂になんか入ってないでしょうからねえ。こんなに汗もかいているし、そら臭いでしょうよ。おう、姫様。意識はありますか? 臭いそうですよ」
ルシウスはずかずかとフローラに近づくと、頭を掴んで語りかけた。
「うっ、う……」
フローラの身体が微かに身じろぐ。そして――、
「あー、一応、意識はあるみたいだな。羞恥心でも覚えているのかね。確かに首筋に……」
と、ルシウスが慣れた様子で容体を確認していると――、
「おい」
静かな、だが不思議とよく通る声が、その場に響いた。
「……あ?」
ルシウスは声が聞こえた方を見やり、訝しそうにスッと目を細める。そこには、黒髪で、十代半ばの若い少年がいつの間にか立っていた。すると――、
「……貴様、いつからそこにいた?」
デュランが剣を抜き、剣呑な声で少年を
だが、少年――リオはデュランの質問には答えず――、
「あんたはルシウス、ルシウス=オルグィーユか? ……いや、確認するまでもないな。その醜悪な面を忘れるはずがない。俺を覚えているか?」
スッとルシウスを指差して、問いかけ自答した。
「黒髪……。勇者? いや……、その顔立ちは、ヤグモの……。お前、まさか…………リオ、か?」
ルシウスはおもむろに立ち上がると、油断なく腰の剣を抜いて、じっとリオを見据える。だが、ややあって、愕然と目を見開いた。
「……そう、リオだ。あんたを殺すために、ここまで来た」
リオはそう言って、腰の剣を抜き放つ。
「くっ、あっはっは……。そうか、そうか。生きてたか、あの時の鼻たれが。いや、生きていてくれたか。俺の思い描いた通りに!」
突如、ルシウスは心底愉快そうに笑い、高らかに語った。
「…………」
リオは黙って、無感動にルシウスを見つめている。デュランや周囲の騎士達も黙って、リオとルシウスのやり取りを眺めつつ、様子を窺っていた。
すると、ルシウスは小さく鼻を鳴らして――、
「あー、あの女。そう、アヤメな。あいつは良い女だったぞ。俺の良い糧になった」
これ見よがしにリオを挑発する。だが――、
「言い残すことはそれだけか?」
リオが淡々と問いかける。
「……はっ、いい感じに
ルシウスは周囲の騎士やデュランに手出し無用と左手を動かし制止すると、愉快そうに笑ってリオを誘った。
すると、直後、リオが剣を振り終えて、ルシウスの背後に立っていて――、
「っ?」
ルシウスはリオが視界から姿を消したことに気づくと同時に、自らの体幹がわずかに崩れたことを自覚した。正確には、左半身が軽い。
その理由は、ルシウスの左腕が宙を舞っていることと関係している。少し遅れて、その左腕が地面に落下すると――、
「一人で遊んでいろよ」
底冷えするような、リオの声が響いた。