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逆転クオリア

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概説

逆転クオリア(Inverted qualia)とは、自分と同じ物理現象を体験している他者が、自分とは異なるクオリアを体験している論理的可能性を指摘するもので、哲学的ゾンビ同様の想像可能性論法である。思考実験では同じ波長の光を受け取っている異なる人間が、異なる「色」を経験するパターンがよく用いられる。逆転スペクトル(Inverted spectrum)やスペクトルの反転とも呼ばれる。

例えば自分と他者が同じリンゴを見ていても、自分には赤く見えるが他者には青く見えている可能性があると考える。この場合、その他者には「赤」という言葉がそのリンゴの「青い色」を指しているのだから言葉ではクオリアの逆転を知ることはできない。リンゴの青と他の色とを区別できるのだから色盲テストもパスできるし、信号が赤に変わればその他者は自分と同じように停まる。自分とその他者の振る舞いのテストで判定できるのは、二人の外界の対象を弁別する力であって、二人の内的な経験の相違ではない。二人のクオリアは「機能」的に同じであり、外的な振る舞いも同じである。にもかかわらず、二人は異なったクオリアを経験しているのだ。

この思考実験の意義は二つあり、一つは心的現象の本質は「機能」であるとする機能主義はクオリアの問題を取りこぼしているというものである。もう一つは心的現象は物理現象に論理的に付随しないというものである(付随性の問題)。

機能主義では「私は赤を見ている」という自分の経験と、「私は赤を見ている」という(クオリアの反転した)他者の経験を、全く同じものと考える。だが二人の内的経験は異なっているのだから機能主義は間違っていることになる、とジョン・サールはいう。

他者のクオリアが反転している可能性を最初に持ち出したのはジョン・ロックらしく、『人間知性論』において、同じものが異なる人間に異なる観念を生じさせるようなっていたとしても、人はそれによって自分の役に立つよう規則的に物を区別していけるのであり、「青」や「黄」という名前を付け、その区別によって自分の観念を他者の観念と全く同じように理解し表示できる、としている。

逆転地球

逆転地球とは、クオリアが逆転した世界を想像するもので、逆転クオリアの拡張バージョンである。ネッド・ブロックにより主張された。宇宙のどこかに地球とそっくりな星――逆転地球がある。逆転地球では、われわれの住む地球と二つの点だけが違っている。一つは事物の色が逆転しており、澄んだ空や海の色が「赤」であり、血や消防車の色が「青」である。もう一つは逆転地球の人たちが使う言葉で、彼らは「赤」を「青」と呼び、「青」を「赤」と呼ぶ。

逆転地球の人たちの経験するクオリアはわれわれと異なるのに、クオリアは同じ機能を果たしており、彼らはわれわれと全く同じ生活をしている。この思考実験も機能主義への批判になっている。またネッド・ブロックは、経験されるクオリアと、その志向的内容は別のものである、という表象主義批判を行っている。

思考実験のアレンジ

(以下は管理者の見解)

逆転クオリアの思考実験は、他人には決して理解できないことが前提とされており、逆転地球の思考実験では、物理的に存在不可能であると批判されるかもしれない。ならば、現実的にありうる、と思えるように、以下のように思考実験をアレンジしてみたらどうだろう。

われわれが仮に、映画『マトリックス』のように、実はカプセルの中でコンピューター制御された仮想現実の世界にいるとする。映画と違うのは、メインサーバーで全て情報処理するのでなく、ネットゲームのようにクライアントとサーバを分離して分散処理している。つまり各個人に映像音声などの情報を与え、制御するためのクライアントPCがあり、それらPCの情報を受け取って処理し、一つの仮想現実世界を構成するメインサーバーがある。

その前提で、実は私専用のPCだけウィルスに感染しており、「青」と「赤」が反転していると想定する。たとえばグラフィックエンジンの、RGBカラーモデルの「R(赤)」と「B(青)」が逆転しており、全ての画像や動画のデータはスペクトルを反転させて出力される。

私が生まれた時からカプセル内で育っていたとしたら、青い消防車を見て「赤い消防車」といい、赤い海を見て「青い海」ということになる。

人々の共同生活、仮想現実世界を成り立たせるメインサーバーでは、人々に対応した個々のPCから受け取る情報だけを処理しており、他の人々はネットワークとサーバーを介して私の言動を見聞きすることはできるが、当然、私の視覚他の感覚体験を知ることはできない。

したがって、私の「青」という言葉も「赤」という言葉も、他の人々と同じ機能を果たし、コミュニケーションに何ら支障は生じない。私が展覧会に行って「赤い薔薇」と題した絵を見たとしても、何の齟齬も生じない。また700 nm の波長が「赤」だという知識を得ても、やはり何の齟齬もない。仮に私が神経科学者になって、自分の目に 700 nm の波長の光を当てたとしても無駄である。仮想現実を構成するコンピューターは、いわば「神」の役割を演じているからだ。

もし、私が仮想現実の世界から解放されたら、「本当の青色」や「本当の赤色」を知ることになるだろう。

ひょっとしたら今のこの私は仮想現実の世界にいて、明日カプセルから目覚めて「本当の色」を知ることになるのではないか?

『マトリックス』はもちろんSF映画であるが、実は視覚体験と聴覚体験については、現在の技術でも現実と識別困難なほどの仮想現実を作ることが可能であり、上のような思考実験は、既に「想像可能」だけでなく部分的に「現実の実験」が可能になっている。


デイヴィッド・J. チャーマーズ『意識する心―脳と精神の根本理論を求めて』林一 訳 白揚社 2001年
ティム・クレイン『心の哲学』植原亮 訳 勁草書房 2010年
ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』山本貴光・吉川浩満 訳 朝日出版社 3006年


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