「お一人なん?」
ナオが無遠慮に尋ねたから
太ももの辺りを軽く殴っても
神経の図太いこいつは気
にする気配もない。
幸いにして彼女はちょっと笑い、
「残念ながら」と言うから、
気まずい感じはしてへん感じ。
「俺はナオでこれがタカヒロ!
よろしく」
「……工藤です。よろしく」
マスターの話によったら
彼女は3〜4ヶ月前からこの店に
通うようになったとのこと。
俺たちがここに来たんは
3ヶ月ぶりくらいやけど
金曜日にだけ現れるらしい
彼女とは来店のタイミングが
かぶったことがなかった。
会社員と違って俺たちの
休みは不定期やしライブやイベント
なんかは土日開催が多いから、
むしろ週末にかけての方が忙しい。
だが、アルバム制作が終わったら
少しは余裕ができるし、
これからは時々会うかもしれんな。
また会いたいって思うのは
彼女のことが既に少し気になって
いるんやって思う。
最初はめっちゃ落ち着いているように
見えてた彼女やけどナオと話してたら、
控えめながらも意外とコロコロ
表情が変わり、楽しそうで
見ていて飽きへんかった。
飲み方も綺麗で、強めのカクテルを
温くならないうちに美味しそうに
飲み干していく様は、
どこか清々しさがある。
彼女ともっと話してみたい。
自然とそんな思いが湧き上がった
.........ときだった。
「……あ。雅也やん」
ナオのスマホに
雅也からの着信が入る。
急ぎで録り直したい部分が
あったみたいで呼び出しを食らった
ナオはなんで!ってな
顔で店をあとにした。
あれでもプロ意識は人一倍あるから、
納得いくまでとことん録り直すやろね。
まだしばらく飲むという彼女に、
先程までナオが座っていた
席へと来てもらう。
彼女の髪が揺れると、ふわりと
厭味のない甘やかな香りが漂って、
少しどきっとした。
彼女と2人で、1時間ほどゆっくり飲む。
お互い立ち入った話は避けて、
ちょっとした仕事の話や趣味の
ことなど、他愛もない話をしている
時間は穏やかながらも楽しくて、
居心地がよかった。
深夜1時を過ぎ、
彼女が帰り支度を始める。
明日もレコーディングだし、
俺もそろそろ帰ろうか……って
考えていたとき、スツールから
降りようとした彼女が「わっ!」
と小さく悲鳴を上げて
倒れそうになった。
「……っ!」
咄嗟に腕を掴み、俺もスツールから
下りて彼女の身体を支える。
「危なーっ」
間一髪。
無事にキャッチできて
ほっとしつつ、無意識に
詰めていた息を吐き出す。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
事態についていけないのか、
少し呆然としている彼女。
力の抜けた身体はそれでも軽くて、
ちゃんと飯食ってんのか?
などと気になりながら、
マスターに会計を頼んだ。
彼女の足元はあきらかに
おぼつかへん様子やったんで
1人では帰らせられない。
大丈夫という主張には
それらしい理由を返して、
結局彼女を家まで送って
いくことになった。
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「着きました」
「ん」
危なっかしい彼女を置いて行かれへんし
マンションの一室の前までやってくる。
お礼は、今度食事に
付き合ってくれればいい。
なんて言ってみようかと思うけれど、
初対面で俺の方から少し強引に
送ることにしておいて、
それは鬱陶しいかも知れへん。
でも次への約束が何か欲しくて、
ドアを支えにして立つ彼女の
つむじを見ていた時だった。
ふと、少し潤んだ彼女の瞳が、
こちらへ向けられる。
何かを言いかけて、
思い留まるように閉じる唇。
それから、くいっと手元が
軽く引っ張られて、
見下ろすと彼女の華奢な手が
俺のコートの袖を小さくつまんでいた。
「まだ、一緒に居たいねんけど…」
唐突に零された言葉が、
耳を通り抜けていく。
…深夜1時過ぎ。
彼女が住むマンションの一室の前。
引き止められて告げられた
言葉の意味は……。
ドクドクって大きく鼓動が鳴る。
「……っ!」
ハッとしたような表情になった
彼女は、「ごめん、今のん忘れて」
と袖を離して身を引こうとしたが、
その手首を素早く捕らえる。
「無理」
忘れられへんやん!
微かに震え、薄く開いた彼女の唇を、
俺はそっと塞いだ。

