「……可愛い」
「恥ずかしい。言わんといて…」
「なんで。俺は言いたい」
「んんん」
もうマジでやめて欲しい。
言葉で心臓が止まるんちゃうって
気ぃすらしてくる。
顔を逸らすけれど、頬を軽く掴んで
元の向きに戻され少しこちらへ
乗り出したタカヒロの影が落ちる。
距離を取ろうとしたら
ただでさえ半分寝転がってるみたいな
体勢やったんがさらに倒れて
――まるで押し倒されている
そんな格好になってしまった。
「由美子」
「んんん」
「超ご都合のええセフレ扱いだと
思われてたんが地味にショックや!
しっかり訂正しとくからな」
「…、はい」
「俺も、飲んでる時からやねん。
由美子のこと気になっててん」
「えっ」
全然そんな素振りには
全くみえへんかった……。
いや、ナオさんが居なくなってから
隣に来るように促されて1時間
くらいはお喋りしてたしなぁ!
興味がなかったらそんな事しないか?
「毎週のようにStaxへ通ってるって
言うてたから今度、会った時に
連絡先交換しようって思っててん。
そやから、あの時、手を出すつもりは
……あんなこと言われて、
色々吹っ飛んでんやんか!」
熱を帯びた目で見つめられ、
アタシの体温もじわじわ上昇して
いってる錯覚に陥る。
「それに……俺も、我慢出来へんかった。
“ 据え膳食わぬは男の恥”って思って
遠慮なくご馳走になったわ」
唇から赤い舌が覗いて、
ぞくっと身体が震える。
「わざと指輪を置いて帰ったんは
あの時点でだいぶ本気やったから」
タカヒロのトレードマークの指輪。
ナオさんと隼さんが言うてたな!
高校時代から付けてんのに
“ぼんくら〜ズ”のメンバーですら、
外してんのなんか見たことがないと。
それをワンナイトの女の家に
置いて行くん?って正直、思ってんけど
それには相応の思いがあったんやなぁ。
「2回目に会うた時、やっぱり
由美子はええなと思って」
「…………」
「俺の家でゆっくり2人で過ごしたやろ!
間違いないって確信した。それに、
由美子も同じ気持ちやと思ったから、
本気で付き合いたいって伝えた」
軽く触れるだけのキスをして見つめ合う。
「……なんで、好きになってくれたん?」
未だに、自分がなぜタカヒロに
好かれたんかがよう分からん。
囁くように小さな声で尋ねた。
彼は記憶を辿るように少し瞼を伏せて、
ゆっくりと話し始めた。
「最初は、落ち着いた感じの
綺麗な女やと思った。でも、話してたら
意外とコロコロ表情が変わったり
可愛くて、目が離せられへんように」
「…………」
「真面目でしっかりしてそうやのに
意外と大胆で振り回されるし、
大胆って思たら意外と照れ屋で
気ぃ付いたらどっぷりハマってな」
優しく微笑みながら言うタカヒロの
破壊力は凄まじくて、
アタシは再び両手で顔を覆った。
しかしすぐに両手を剥がされて、
照れを隠しきれていない顔を
はっきし晒すことになる。
「……ほら、そういうとこ。
可愛いねんやん」
「すぐそういうこと言う……!」
「由美子が可愛いから仕方ない」
「やめて……」
「嫌ならやめるけど、
照れてるだけやったら
辞めへんから」
「あー……もう……」
海外生活の賜物かな!
聞いているこっちが恥ずかしくなる
甘い言葉を、照れへんと優しく
蕩けるような笑みで言うから
本当に心臓に悪いわ。
手が押さえられてるんで首を横に
振って髪の毛で顔を隠そうと試みる。
長い髪は思惑通り顔を覆ってんけども
「ぐしゃぐしゃ」と笑いながら
髪を整えたから再び隠すもんが
何もなくなってしまった。
対抗手段を失ったアタシは
ふと先程のことを思い出す。
……アタシがタカヒロの好きな
ところを挙げ連ねている時、
結構照れとった様子やったし、
口は自由やねんから反撃するんやったら
口を使えばええんちゃうん?
「……タカヒロ!」
「ん?」
「そうやって、“ん?”って言う
優しい声も好き……あと、寝てる時
抱きしめてくれるんも。
お酒作るん上手で料理もできて
完璧やのには抜けてるところが
可愛くて癖になってきてる」
「ちょっと待って」
たじろいだように、タカヒロが
少しだけ身を引く。
反撃成功したから、ええ気になって、
アタシはさらに言葉を続けた。
「タカヒロは自分のこと地味担当って
言うてたやん!全然地味チャウし
派手ちゃうけど整ってるし、
ちょっと鋭い感じのその顔、
めっちゃ好きやねん!」
「……由美子」
「ほんでな。芸能人ってもっと
気取ってるんかなぁって思ってたけど
タカヒロはいい意味で普通やったし
そういうところも――んっ!」
好き、と続けようとした口は、
タカヒロの唇によって
強引に塞がれた。
最初から深く口付けられて、
濡れた音が小さく響いた。
熱い舌が絡み合って時折唾液を吸われ、
上顎のぞくぞくする部分を舌先が撫でる。
「……はっ」
心地よく気持ちいいキス........
が終わって少し乱れた息を吐くと、
最後に労るような軽いキスが......
アタシはうっとりと目を細めた。
「わかった」
「ん?」
「由美子の気持ち、わかった。
嬉しいけど照れてまうやん!」
「……うん」
伝わったなら何より。
さっきはタカヒロの反応に気を
よくして若干ハイになった。
小っ恥ずかしいことをあれこれ
平気で言うたけど、今になって
遅れて羞恥心が湧き上がって来た。
「なんや。あんなこと言うて
照れてんのか」
「いや、ちょっと……対抗心で
ぶわーって口に出してんけど
正気に戻ると恥ずかしすぎ」
「ほんとさっき言うた...」
「……あ、なるほど」
タカヒロが言ってた『大胆かと思ったら
意外と照れ屋』という部分を
地でやってしまっていた。
彼はこういうのに弱いんか、
なんて学びを得られたのはええけど
これをやるとアタシのメンタルにも
負担がかかるんで奥の手
として取っておきたい。
そんなことを思てたら身体を起こした
彼に手を差し出される。
手を掴むと引っ張り起こされて、
またソファに並んで座った状態に戻った。
「由美子!土日暇?」
「うん。最近忙しかったから、
久々にゆっくり休むつもりで」
「なら、俺の家に来て。……
それか、俺がこっちに泊まるけど。
でも、ベッドが少し狭いねん...…」
「まぁ泊まるんは決定事項やない」
「あかんの?」
「ううん、アタシも一緒に
いたいから、駄目とちゃう」
「…………」
タカヒロが目を瞬いて
急に無言になる。
「……どうかしたん?」
「いや……由美子。なんか変わったな
と思って。前より素直で
……さらにヤバいやん」
「……これまで付き合ってるって
思ってへんかったから。うざいとか
重いとか思われへんように。
あんまり気持ち言わんようにしてて……」
「そういうことか……。
これからが楽しみ過ぎて.....」
拳で口元を隠したタカヒロが
優しく目を細めた。

