終わりにすんねんやったら
話さなあかんという思いはある。
けども面と向かって
「由美子とはワンナイトの延長の
つもりやってん。
期待させたならごめん」
そんなん言われたら、
しばらくダメージを引き摺って
しまうのは間違いない。
……なにせ、数年ぶりに本気で
好きになった相手やねんもん。
「すみません、ナオ」
『えっ?』
「切りますね」
『ダメダメダメだってば!』
「タカヒロにはちゃんと
返信するから、
また後でって伝えて。……
もう会いたくないねん」
『え、タカヒロがなんかヤバいって
とは聞いててんけど工藤さん
本気で別れる気なん!?』
「……別れるも何も、
付き合ってすらないもん。じゃあ」
『ちょ――』
通話を切って、バッグを
持って立ち上がる。
タカヒロは、大事な話は直接会って
から派なのかも知れんけど
アタシはそんな自己満足じみた
誠実さをもらうよりも、
自分が傷つかないことの方が大事。
さっさと家へ引きこもるに限る。
……家は把握されているけれど、
居留守を使えばなんとでも.....
未読無視していたのをちゃんと
返したら諦めてもらえるやろう。
タカヒロやって、セフレなのか
なんなんか分かれへん曖昧な
関係性の女と終止符を打つために、
そこまで労力をかけたくないやろし。
マンションまでは、あと3分ほど。
酒などの入った袋は重いけれど、
今日の靴はフラットな
オックスフォードシューズやから
ラッキーやった。
ガチャガチャと袋の中身を
揺らしながら、小走りで
夜道を進んでいく。
普段走ることなんてあれへんから
すぐに息が上がった。
冬の夜の冷たい空気がツンと
鼻に染みて、肺も心なしか痛い。
それでも足は止めず、
ひたすらマンションへの
道のりを進む。
そして、もうすぐエントランスが
見えてくるという時――。
「由美子!」
大好きで、一番聞きたくなかった
声が、アタシの名前を呼んだ。
往生際悪く聞こえないふりをして、
ペースを上げてなりふり構わず走る。
もういっそ買い物袋なんて
ほかしてしまおうかと思ってんけど
こんな時でも「いや、もったいないし
他の人の迷惑や」と思う冷静な
自分がいるあたり、
アタシってとことん残念な女だ。
「由美子!待てって!」
「……っ!」
強く腕を掴まれて、
ぐらりと身体が傾く。
倒れそうになったところを
危なげなく支えるのは――
約2週間ぶりに会うタカヒロ。
鼻や耳、頬が少し上気していて
荒い息を吐いている彼は、
一体どこから走ってきたん?
……というかナオさん!アタシの居場所
はちゃっかり教えたっぽいのに、
肝心の伝言は伝えてないやんか!
「……さっきナオさんに言うてんけど
話したくない。スルーしてたのは
悪かってんけど、ちゃんと返信
するからあとはあっちで連絡して」
手を振りほどこうとするけれど、
痛いくらいに掴まれた腕は
離してもらえそうにない。
「ねぇ、もう離し――」
「付き合ってないって、
どういうこと?」
「……え?」
「ナオから聞いた。
もう会いたくないとか、
そもそも付き合ってない
とか言ってたって」
「うん、言ったけど……えっ?」
「どういう事やねん!」
「いや、どういうことって。
どういうことって……はっ?」
あまりにも予想外の言葉に、
頭が真っ白になってくる。
……ちょっと、本気で
待ってほしい。
タカヒロは一体、何を
言うてるん……?
付き合っていないとは
どういうこと?と尋ねると
いうことは、つまり。
「あの、な!ちょっと意味が
分かれへん…付き合ってたん?
アタシ達って」
「……付き合ってなかったんか?」
お互いに、意味がわからない、
という顔で見つめ合う。
「…………」
「…………」
たっぷり30秒ほど流れた奇妙な
沈黙は、アタシの小さな
くしゃみによって破られた。
「……とにかく、
ちゃんと話がしたい」
「うん……」
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完全に意見の一致した私たちは、
一番近くにあった2人で話せる屋内
……すなわち、アタシの部屋へと
場所を移した。
買ってきたお酒は一旦封印して、
いつかのように温かい緑茶を出す。
「はい」
「ありがとう」
少し距離をあけてソファに
並んで座ったアタシ達。
……本当に何か意味がわからんから
何から聞けばいいのかわからない。
タカヒロも戸惑ってんのか
お茶をちびちび飲みながら、
何か考えるように視線を落としている。
しかし間を置いてマグカップを
テーブルに置くと、
こちらへと向き直った。
「由美子」
「はい」
「どこからズレてるのか
分かれへんからまずは電話した時の
ことから訂正したい」
「…………」
電話のとき、と聞いて思い出すんは
長い溜息のあとに零れた
『電話するんじゃなかった』という言葉。
訂正のしようもないほど、
どストレートな言葉だった。
「電話が切れる前、
俺が何言ったか聞こえてた?」
「……聞こえてた。
電話するんじゃなかった、って」
気まずそうに眉尻を掻いたタカヒロは
記憶を辿るように、
ぽつぽつと話し始めた。
「あの時は、電波が悪いとかで
電話が切れたんかって思ってた。
けど、掛け直しても出ない。
既読も付かへんし……心配になって、
由美子が無事か確認させたら
普通に会社に行ってたっていうから
俺が無視されてるんやって
そこでやっと確信した」