「部長、結婚しはったんですよね」
「えっ!!」
横山さんの思いがけない暴露に、
花園さんと揃って驚きの声を上げた。
部長は30代半ばで見た目は
小ざっぱりしてて仕事に
妥協はしないけれど穏やか人なんで、
モテる方やとは思う。
だが、仕事が忙しい上に、
これまで浮いた噂を一つも
聞いてへんかったんでかなり意外。
「おめでとうございます」
「奥さんどんな方なんですか!?」
「1つ年下で、紙の方の編集やってる人」
「へぇ〜! なんか、キリッとした
かっこいい人っぽいイメージです」
「おー、そんな感じやで!」
そう言うて笑う部長は、
仕事中とは違う、照れ笑いと
優しい笑みを浮かべてて
奥さんのことが好きって
傍目からも察せられた。
「いいな〜。俺も結婚したい」
「お前は26やからまだええ!」
「いやぁ、今年で27になりますし。
27から一気にアラサーって感じ
しません? 若干危機感出てきて」
「あ、それわかる……」
「さすが同い年」
横山さんに拳を差し出されて、
哀愁と共にグータッチを交わす。
22〜23歳辺りは社会人になりたてで、
日々必死で周りも見えへんし
24〜25歳辺りは仕事にも慣れてきて、
20代半ばの一番楽しい時期。
26歳になったら同級生で早めの子が
どんどん結婚しはじめて、
そろそろそんな時期かぁ
とちょっと焦りはじめ……。
約9ヶ月後に迎える27歳は、
アラサーへの入り口という感じ。
「そういうもんですか」
まだ24歳の花園さんは首を
傾げていてたけど嫌でもそのうち
体感することになるねんで!
「最近やと20代で結婚してたら
早い方とちゃうんか?」
「まぁ、そうなんですけど。
結婚となると慎重に交際するし
若くして結婚して
“授業参観とか運動会とかで
横山くんのパパ若くてカッコええやん”
とか言われたいじゃないですか」
「えっ.....なんやそれ!」
「横山さん、相手もいたはらへんのに
妄想だけ先走り過ぎですよ〜」
「うわ、グサッときた!」
横山さんが呻いていると、
オーダーしたランチが到着する。
「そういや、うちの会社って
社内恋愛って割とあるんかなぁ?」
熱々のエビチリを冷ましながら
横山さんが部長に尋ねたら
「さぁ?」という返事。
代わりに答えを提供したのは
観察趣味の花園さんやった。
「あ〜、広報にいる私の同期は、
営業の同期と付き合ってますよ。
他にも何人か知ってます」
「へぇ……そうやったん?」
アタシの同期では全然そういうことは
あれへんかったから代が変わると
事情も変わるんやなぁと興味深い。
「同じ会社やったら仕事の話
できるからいいよなぁ」
「たしかに」
「でも、付き合ってる間はいいけど、
別れたら大変ですよー?」
「うん……それが一番嫌やなぁ!」
横山さんの意見も、花園さんの意見も
確かに両方共に一理ある。
社内恋愛やったら守秘義務も
あんまし気にせんでええし
仕事での悩みや良かった点なんかを
気楽に話せて楽しそうや。
一方で、付き合っていることを
公言したら周りに気を使わせるし
別れたあとのことを考えたら
面倒さが拭えない。
一長一短だ。
「恋愛は好きにすればええけど
会社でゴタゴタ起こすなよ?」
「大丈夫ですって。その辺は俺だって
わきまえてますよ。…んま!エビチリ」
ランチセットはボリュームやから
その後は食事に集中しつつ、
再び部長の奥さんの話を
少し聞かせてもらった。
年齢が年齢だけに最初から結婚を
視野にいれた付き合いで、
交際期間3ヶ月、同棲1ヶ月の
スピード婚だったらしい。
そういう無駄なく合理的なところが、
いかにも部長らしいなと思った。
ランチから戻り、トイレ兼化粧室で
歯磨きとメイク直しをする。
「美味しかったですね」
「めちゃくちゃ美味しかった」
花園さんもやってきて歯磨きかって
と思ってたら
「……横山さん、
工藤さん狙いですね」
「えっ」
唐突に落とされた言葉に、
アタシは驚いて彼女の方へ振り向いた。
「こっちが『えっ!』ですよ。
気付いてはらへんかった?」
「いや……花園さんに興味があるんかと
思ってた。前の飲み会でも、
序盤で花園さんに話しかけに来たやん。
…本人はすぐ潰れてたけど」
「うっ……その辺りの記憶曖昧なので
ちょっと勘弁してください。
でも、絶対工藤さんですって。
その時も、工藤さんがいたから
...........来たんですよ」
「ええー……」
横山さんは入社時から好意的に
接してくれてんねんけど、それって
彼の元来の性格からという
部分が大きいと思ってた。
あからさまに好意を匂わせるような
言動があったわけちゃうし。
9割懐疑的なアタシやけど、
こういう時に花園さんの鼻が利くんも
また事実やなぁ。
「入社したてで、同じ部署で
長く働くことになるから慎重に
動くつもりなんだとは思います。
……横山さん、ええ人ですよ。
性格いいし見た目も可愛い系の割と
イケメンでやし仕事できるし
結婚願望強いし。工藤さんがアリなら、
飲みに誘ってみたりしたらどうです?」
そこまで一気に言い切る花園さん。
それから、少し気遣わしげな様子で
こちらを見てくる。
「……最近、連絡取ってない様子で
新しい恋どうかなぁ、なんて」
「……!」
アタシがまめにスマホを確認している
ことに気付いた彼女。
その逆――最近スマホでの
やり取りをしている様子がない
ことに気づくのも、当然やった。
「……よく見てるね」
「すみません。楽しそうにやり取り
してる工藤さんが新鮮で、
密かに注目してて……でも、
月曜日少しだけ様子が変だったし、
スマホも全然見なくなったから、
ちょっと心配で……」
「そっか。心配してくれてたんや!」
「いえ、勝手にすみません。
余計なお世話だとは思ったんですけど」
きっと、月曜日からずっと、
少なからず気にしてくれてたんやな。
それでも今まで何も言わへんかったんは
アタシへの気遣いにほかならない。
ざっくばらんなようで観察眼が鋭くて、
人一倍優しい後輩だ。
「まぁ、横山さんの気持ちは
実際聞いてみないと分からへんし
とりあえず今は、仕事片付けんと!」
「う……そうでした。あとちょっと、
頑張りましょー……」
はっきりと言葉にも態度にもないから
横山さんが何を考えてんのか知りようもない。
タカヒロの件で痛いほど学んだ。
言葉だけならなんとでも言えるし、
態度だけでも不完全。言動が伴って
はじめて確信に至ってよいのだと。
だから今は、余計なことは脇へ
ほかして、ただ仕事をするのみ。
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