一体なんやったん????
安全地帯(コンビニ)から出られへんし
手持ち無沙汰にジュースコーナーを
眺めながら思い返すのは、
先程の男のことや!
『……工藤由美子さん?』
『工藤由美子さん、ですよね』
最初は少し自信なさげに。
しかし、しっかり顔を合わせたら
確信を持って呼ばれたアタシの名前。
……ということは、直接の面識が
なかったとしても彼は顔を
知っててんやってこと!
見知らぬ人に住所・氏名・容姿を
把握されてるって、
どう考えてもまずい事態やんか。
本当に、あれは誰やったん?
再び不安になってきて、
入口付近で外を見てみたら
やっぱりあの男の姿はない。
もし追いかけてきていたら、
遠慮なく警察を呼べたのに……
いや、パンプスで走っていた時に
呼び止められたり捕まえられたり
しなかった時点で、向こうに追う
意思はなかってんやろな。
「……どうしよ」
溜息混じりに吐き出す。
マンションに戻ったら
まだあの男が待ち構えていたら
どうしよう。怖すぎる。
誰かの家に泊めてもらうか……?
頼れる友達といえば愛海やけど
彼女の家は少し遠い。
もう23時近くになっている時間、
おまけに月曜日やし連絡するのは躊躇した。
……得体が知れないのって、一番怖い。
思い返してみれば『あの、俺……』と
何か言いかけてたけどあれって
もしかしたら名乗ろうとしてた?
だったら最後まで聞けばよかった。
いやでも、あの時にそんなこと
考える余裕なんて微塵もなかった。
あれこれと考えて溜息をついたとき、
ふと雑誌コーナーが目に留まった。
『人気アイドル 深夜のお泊り愛!』
恥ずかしげもなくデカデカと
記載された下世話な煽り文句。
まさか、と嫌な予感が過る。
まさかやけどと思うけれど……
あの男、記者やったりして……?
全く面識があれへんし向こうの
反応からしても初対面みたいやったし
ストーカーという線はない。
となればもう、心当たりがあるんは
タカヒロ関連だけと思った。
週刊誌愛読者と違うから詳しくは
分かれへんけど俳優やモデル以外に
人気のあるアーティストや声優なども
スクープのネタにされるし。
「ゴールデンぼんくら〜ズ』は急速に
注目度が高まっている人気バンド。
記者に狙われていてもおかしくはない。
……初めて会った金曜日の夜、
ギターで目立つナオさんは野暮ったい
伊達メガネで一応変装らしきことを
しててんけどベースで自称“地味担当”の
タカヒロはそのまんま。
変装も何もない状態でバーから
アタシを支えて出てきてマンションの
中へ消えていってんから
シャッターチャンスは山ほど。
それに、水族館に行った時も……
お互いキャップはかぶってたけど
白昼堂々の手繋ぎデートやったしなぁ。
……どうしよう。記者説がかなり
濃厚な気がしてくる。
でも、マイクやカメラを持った人は
いなかったし……って、アタシは
一般人なのだから当然か。
それに、手元までよく覚えてへんけど
ボイスレコーダーなどを持っていた
可能性は否定できない。
……もっとも、『ひ、と違い、です』
しか言ってへんから持っていたとしても
大して役に立ってはいないはず。
――マンションに帰ってみるか、
ホテルなどに避難するか。
かなり迷ったけれど、一旦
マンションに帰ってみることにした。
今の時間、駅前のビジネスホテルは
チェックイン時刻を過ぎてるし、
けどもラブホテルに行くのも嫌。
これでもしまだ不審者がいたら、
問答無用で110番通報してやる。
店内を10分以上うろついたんで
お詫びにビタミンドリンクを買って、
辺りを警戒しながら足を進める。
「…………」
息を殺して、パンプスが音を
立てないように忍び足。
暗がりに目を凝らしてもマンション
周辺のどこにも人影はない。
軽く走ってオートロックを解除し、
エントランスの中へ駆け込んで
後ろを振り返る。
やっぱり誰も居てなかったし
自動ドアが閉まってからようやく
深々と安堵の息を吐き出した。
――水曜日。
月曜の不審者騒動にビビって
翌日も警戒しながら出勤と帰宅。
あの夜の男は幻やったんちゃうんって
思えるほど何事もなかった。
今日もいつも通りの平和な朝。
ただ、結局あれは誰やったんか?
なんやったんかが分からんまま
薄気味悪さは残っている。
「終わったぁ〜!」
12時40分を過ぎ外食の人が増えて
人が少ないオフィス。
向かいの席の花園さんが、やりきった感
溢れる声とともに伸びをした。
特大ボリュームの記事を書いてたんで
それが仕上がったんやろう。
「お疲れ様」
「自信作できた?」
アタシと横山さんが声を掛けると、
「ありがとうございます。ええ感じ」
と元気に返ってくる。
確認してみるのが楽しみだ。
「……お?なんやそこの3人
まだ昼出てへんかったん?」
そこへやって来たんは
オフィスで本日初めて見る部長。
午前は取材先に直行で戻りは
14時くらいと聞いてたから
案外早く終わったようだ。
「部長、お疲れ様です」
お疲れ様です、と横山さんと花園さんも
口々に言うと手をあげて応えてた。
「飯行くか?」
「お!御馳走様で〜す」
すかさず横山さんがニヤリと
いたずらっぽく笑う。
部長は「え〜」と軽くブーイング
したけどすぐに笑って
「仕方ない」と頷いた。
「やったー! 部長のおごり!」
「……楽しみ楽しみ」
ガッツポーズをする現金な花園さん。
アタシは軽く会釈をして、
3人のあとに続いた。
やってきたのは、部長お気に入りの
中華料理店迦羅求羅(カラグラ)
好みのランチセットを注文して、
温かい烏龍茶を飲み一息つく。
「先週は忙しかったやろ!」
「そうですね……」
先週は久しぶりに、片付けても
片付けても仕事が減らなくて大変。
「今日明日でだいぶ落ち着くな。
お疲れさんやった」
社外に出ていることも多い部長。
それでもしっかり中のことは
把握していたみたいだ。
「……お疲れ会代わりに、
お昼誘ってくれはったんですね」
「それもあるけどあとは、
ちょっと話したいこともあって」
一体なんやろうって顔を見合わせる
アタシと花園さん。
一方横山さんは、部長を見て
満面の笑みになる。
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