込み入った話 | ココ

ココ

筆文字アート作家として
歩み始めました。

感性を育みながら
言葉を必要とする方と
寄り添っていきたい。


テーマ:



階段を上がってドアを開けた。

グラスを磨いていたマスターが

顔を上げて微笑む。


「こんばんは」


「こんばんは、マスター」




23時を過ぎ、駅前とは言え終電前に

帰る人たちも多く少し空いている店内。


お気に入りの席に座り、

温かいおしぼりで手を

温めつつ拭いていると、

「工藤さんがこんな時間に

来るの、珍しいなぁ」


「今週はちょっと忙しくて」


「お疲れ気味?」

それじゃあ、あんまり強いのは

やめておいた方がいいわ」


「ですね。今日は温かいのに

してみようかな……。何かお勧め」


「最近は裏メニューでグリューワイン

を作ってるから、すぐに出せる。

あとは、アップルサイダー

・ホット・トディもおすすめかな。

こっちはちょっと時間がかかる」


「どっちも美味しそう。

んじゃあ、最初はグリューワインで、

次にトディお願いします」


「はい、了解。シナモンは大丈夫?」


「あー……なしで」


少し待っといて!とマスターが

準備に入る中、スマホを取り出した。



情報によると、『ぼんくら〜ズ』は今、

ファンイベントのため地元に居るみたい」


『今日たこ焼き3回も食べてん』

とLINEが来ていてちょっと笑った。


たぶん、『みんなでたこ焼き

色々食べよう!』って

主張したのはナオさんやと思う。

……あ、そういえば。


先週、ナオさんと連絡先を交換

したけれど、何も連絡はない。


酔っぱらいモードを見ていたせいで、

『無意味にスタンプ連打するわ』と

言ってたのにな。


「はい、お待たせ。グリューワイン」


ゆらゆらと湯気を立ち上らせる、

耐熱ガラスのカップが差し出される。


スパイスとともに温められた

赤ワインの水面からは、

輪切りのオレンジが顔を出していて、

爽やかで芳醇な独特の香り......


軽く冷ましてから一口飲むと、

冷えた身体がじんわり温まるよう。


アルコールは残っていると

思うものの、かなりマイルドで、

疲れている今の状態でも

優しく飲めそうやった。


「これ、美味しいです」


「それは良かった」


嬉しそうに笑ったマスターは、

それからふと、内緒話をするように

声を少し落とした。


「ナオたちと仲良くなったみたいやね」


「そう……ですね」


先日はタカヒロに送ってもらったし、

この間はナオさんに呼ばれて

ボックス席の方に同席したし、

バーでの様子を見ているマスターに

対して否定することではない。


“仲良く”と言われると微妙な気も

するけど一応頷いておくと、

マスターはライムをカットしながら

さらっと驚きの情報を告げた。


「実は、タカヒロとは遠い親戚やねん」


「えっ!」


今日は晴れだね、くらいの軽さで

驚くようなことを言わんといて!


思わず少し大きめの声を上げてしまい

慌てて口元を押さえる。


「って言っても、直接の血縁関係は

ない遠さなんやけどバイトの世話や

ちょっと手助けしたりでそれなりに

付き合いがあって、今も時々

通ってくれてんねん」


「そうやってんや〜」


そう考えてみると、タカヒロと初めて

会った金曜の夜、送っていくと言う

彼とすんなり送り出したことにも頷ける。


常連とはいえ私生活のことを

よく知らない男性客なら、

送り狼になるリスクを考えて、

タクシーを呼ぶなどしてくれたはず。


あの時は「マスターがかなり

信頼してる人なんやなっ」と

思ったが、まさか親戚!?


「あのあと、タカヒロから

『工藤さんが1人の時は、

飲みすぎないように注意して見てほしい』

って言われて。


「……!」


微笑ましげに、しかしどこか

面白そうに笑うマスター。


一方、完全に初耳な情報に、

アタシは目を見開いた。


日頃から酔っ払ってフラフラ

になるような女やと思われてんのか

それとも、純粋に心配されてんのか?


タカヒロのことなんで

どちらかというと後者な気がする。


「工藤さん、どう? 

例の“いい人”、タカヒロとか」


(工藤さんなら、いい人見つかる!)


(見つからないまま何年も過ぎましてん…。

マスター、拾ってください。)


(いやいや、私には勿体ない。

せめてあと20歳若かったら

候補してんけどなぁ。)


先日交わした会話が脳裏を過る。


既にだいぶ歪で曖昧な形で

進んでしまっている関係を思い、

表情は複雑なものになった。



……アタシって大事な選択肢を

間違えてしまったん?


驚きから打って変わり、

なんとも言えない顔になった

アタシに気付いてかマスターは苦笑した。


「ごめん‼︎変なこと言って」


「……いえアタシのことは置いといて…

タカヒロさんってすごく

いい人だと思います」


うんうんと頷くマスターは

誇らしそうで、血縁関係にないとはいえ、

タカヒロのことを可愛がってるんやって

すごく伝わって来た。



それからは、これまでは

「常連客の1人」やってんけど

「親戚の子の友人」枠へちょっと

シフトしたのか、タカヒロに

ついての話をいくつか聞くことになった。


大学在学中、バンドにかかる費用や

家賃は自分で払っていたこと。


そのため割の良い夜間帯の

バイトを探していて、得意の英語を

活かして外国人客の多いバーで

バイトをしていたこと。


「タカヒロさんって、英語得意

だったんやねぇ〜」


「うん。小学生から中学生の途中

くらいまで海外に居てたから」


「へぇー……」




海外ドラマを字幕版で見てたんは

英語でも普通にわかるから見てたんや!


アタシもタカヒロもまだまだ

お互いに知らないことばっかりや!




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