「はぁ〜、楽しかった!」
イルカのショーをしっかり満喫し、
名残り惜しい水族館をあとにする。
「久々に来たけど、案外ええもんやった」
「ね。楽しかったし癒やされた」
「まだ5時前か。どうする?
由美子んち一回戻って、明日の着替え
取ってきてから俺とこで飯にする?」
「へっ」
予想外の言葉に、微妙な声が漏れた。
「今日も泊まり?」
「あ、ごめん。明日なんか用事?」
「今のところないけど……
タカヒロは仕事と違うん?」
昨夜、『Stax 』での別れ際、
隼さんが『また日曜やな!」って
言うてた事を思い出して聞いたら
タカヒロは「うん」と頷いた。
「でも、3時からやねん。
仕事行く時に送ってくけど」
「…………」
いきなりの話ですぐには頷けず、
目のパチパチを繰り返してしまう。
彼はそんなアタシを柔らかい表情で見つめ、
独特の低い声で小さく呟いた。
「来週から忙しなんねん!
時間が空いた時は一緒にいたい」
……タカヒロってアタシがその声音に
弱いのんを知ってる気がしてきた。
「それじゃあ、今夜も宜しく
お願いいたします」
わざと畏った言い方で応えた。
彼の言葉が本心かどうかは別として
これからしばらく会われへんから
会える時に会いたいんは一緒やから。
「今夜はお手柔らかに.....」
タカヒロは嬉しそうに微笑む。
その顔を見てたら、手のひらの上で
都合よく転がされてても“まぁいいか”
って都合よく思ってしまった。
「晩ご飯は何にするん?」
「肉系かなぁ。由美子は
何が食べたいん?」
「美味しければなんでも。
そしてQBBチーズデザート食べたい」
「あれ美味いよな」
「タカヒロも食べるんや?」
「雅也が家飲みの時よく
買ってくるねん。
俺って甘いもんもいけるんやで」
走り出した車の中、他愛ない会話を重ねる。
関係は曖昧やけど、この穏やかな時間が
長く続けばええのにって頭の片隅で願った。
____________________
タカヒロには車で待ってもらって
明日の分の衣類をまとめる。
流石に明日は出かけへんやろうし
適当にラフな格好でもいいかな。
そう考えてデニムを手に取った時、
iPhoneが短く振動した。
高校からの親友である
『あんな!急やけど明日お茶する?』
『超おいしそうなアフタヌーンティー
見つけてんけどな!』
『いちごづくしの』
送られてきたリンク先は
ホテル日航大阪の苺尽くしの
アフタヌーンティーだった。
『行きたい!』
『由美子やったらそう言うと思ってた』
『空いてるの10時と14時と18時
やねんけどどうする?』
明日は家まで送ってくれるんで、
あまり早い時間は避けたい。
18時やったら、もう晩ごはんやし。
『14時かな』
『オケ〜予約しとく』
『ありがとう!』
場所は御堂筋沿の心斎橋やから
ハイウエストのワイドパンツと
細身のリブニットに変更。
コートも綺麗めのものを持って、
車へ戻った。
「ごめん、お待たせ」
「荷物は後ろに適当に積んで!」
「うん。分かった」
荷物を後部座席に置いて助手席に
乗り込んだら車が走り出す。
次に向かうのはスーパーやった。
スーパー?のタカヒロが
いまいち想像出来へんわって
じっと隣を見てしまう。
「……なんなん?」
「ちょっとね」
「気になるやろ」
「いや……タカヒロってスーパー
行くんや。って思ってただけ」
「行かへんって思ってたん?」
笑われて、アタシも自分のアホな感想が
恥ずかしくなり笑ってしまう。
「なんやろうか?あんまり
生活感ってあらへんもん」
「そうか!割と自炊するし、スーパーも
コンビニもちょくちょくいってる」
「生活圏のお店通ってても
バレへんもんなん?」
「今のところ大丈夫。まぁ、
流石に家バレはゴメンやから
店行く時はそれなりに
顔隠してるけど。
結構普通に生きてる」
「へぇ……。なんかちょっと
ホッとしたわ。ちゃんと自由やん」
「うん。プライベートはちゃんと自由」
芸能関係の人には、多かれ少なかれ
熱狂的なファンが付きそうやしな。
プライベートなんてほぼないんちゃうって
思っていた。
電車で目にする中吊り広告には、
『そんなこと放っておけばええやん』
っていう下世話な内容のスクープが
羅列されているし、ネットニュースや
FRIDAYや文春などが芸能人の小さな
日常のプライベートまで暴露してる。
どこからか自分の生活が監視されて
衆目にさらされるやなんて、
想像しただけでもゾッとするなぁ。
タカヒロがその鋭さを感じさせる
容姿とは裏腹に、のほほんとしていて
こちらに警戒心を抱かせないんは
彼が言っていた通り割と普通に
生きているからやって思った。
もし日頃からあれこれ書きたて、
付き纏われて疑心暗鬼になって
ピリピリした空気をまとって
しまいそうや。

