「おー、タカヒロ!」
へらへら笑って手を上げる
ナオさんを見て、タカヒロは渋い顔になった。
「ナオ飲みすぎや‼︎ 由美子に絡むな」
「けち!」
タカヒロはブーイングを完璧にスルーし、
頑固に肩に乗っていた手を剥がしてくれる。
「……ごめん、由美子」
「ううん、ありがと。助かった」
返事代わりなのかふわっと軽く
アタシの髪を撫でたタカヒロは
バイトの店員さんを呼び寄せた。
「チェックお願い」
「はい、かしこまりました」
アタシが別会計でお願いしたことを
記憶してた店員が伺うような視線を向けてくる。
そこへ「この子の分もまとめて」と
付け加えたんは、隼さんだ。
「……えっ」
「いや、会計分けようとしてたん
くらい普通に気づくわ。
工藤さん来たばっかしで全然飲んでへんし
これくらい気にしやんとって!」
隼さんに促された店員は、伝票を
2つ持って去っていった。
「表に雅也来てるから」
「うん」
「あとは頼めるか」
「任せとけ。じゃあ、また日曜に」
「ああ。……由美子。出られる?」
「……え。あ、うん」
ぽんぽんと話が進み、気付けば
帰る流れになっていた。
慌てて頷いたアタシは、コートとバッグを
持って立ち上がる。
「またね〜」
「じゃあ」
揃って手を振るナオさんと隼さんに
「ごちそうさまです」と会釈して、
タカヒロとともにバーを出たのだった。
等間隔の街灯が照らす夜道を、
2人並んでゆったりと歩く。
向かっているのは、アタシの住む
マンションがある方向やった。
「あの2人が迷惑かけたな!
変なこと言われてへんか?」
「変なこと……あ、ナオさんが
タカヒロのこと、シンデレラって
言うてたわ」
「はぁ……?」
「指輪置いてったからやねんて」
「なんやそれ!2%
くらいしか掠ってないな」
「たしかに」
ガラスの靴を落としたシンデレラと、
指輪をわざと置いていったタカヒロ。
服飾品を誰かの手元に残した、
という部分くらいしか共通点はない。
くすくす笑ってたらゆるりと腕を引かれる。
肘のあたりから腕を滑り降りていった
タカヒロの手が、アタシの手に重ねられた。
指が絡まり、外の冷気で冷えていた
指先に、体温がじんわりと移っていく。
「あんまり飲んでへんかってんって?」
「うん。ちょうど1杯飲み干したところ」
「なら、うちで飲み直すか。
酒ならそこそこ揃ってんで!」
「そうなんや!」
「ん。4人で宅飲みすることも
割とあるから」
時刻はまだ23時前。
週の締めくくりは飲み足りへんし
タカヒロのとこにも興味がある。
「……じゃあ、お邪魔するから」
泊まりの準備をするため、
まずは一旦自分の部屋に行く。
なんだかんだでタカヒロが
ここに来るのは3週連続やなぁ……
って思いつつ、ちょっと大きめの
バッグに荷物を詰め込んでいった。
明日着る服に下着類、
クレンジングなどの基礎化粧品、
コスメにボディクリーム、
ヘアアイロン。
ルームウェアも入れたいねんけど
冬用の服はかさばるから
バッグがはち切れそうや。
もうひと回り大きいバッグにしようかな
……と考えてたら悩んでいるのを
察したらしいタカヒロが声をかけてくる。
「俺のん貸すけど」
「ほんと? 助かる」
遠慮なく甘えることにして、
ルームウェアはクローゼットの中に戻す。
これで必要なものは揃ったはずだ。
「お待たせ。準備できた」
「ん。タクシーもそろそろ来る」
「あれ、いつの間に呼んでたん?」
「さっきアプリで」
なんとも手回しがいい。
少しびっくりしている間に、
タカヒロは「荷物貸して」
とバッグも代わりに持ってくれる。
「行くで!」
玄関を出て鍵を閉め終えると、
再び指を絡めるように手を繋がれた。
エントランスに降りてまもなく
やって来たタクシーに乗り込み、
移動すること10分ほど。
タクシーが停まったのは、
10階建てくらいのお洒落な
マンションの前だった。
「ここで?ありがとうございました」
支払いがない……って事は
アプリで決済まで済ませたんやな!
ドアが開き、先に下りたタカヒロが
差し出した手に掴まって私も下りる。
カードキーでエントランスを開け、
エレベーターに乗って5階へ。
内廊下突き当りの部屋で足を止めた彼が、
スマートロックを解除して扉を開けた。
「……お邪魔します」