ナーベラルがちょっと勇気を出すだけ 作:モモナベ推進委員会
ここはエ・ランテル、その領内で最も低位とされる場末の安宿。
内装を見れば思わず身構えてしまうほどであるが、そこに俺達は冒険者として滞在している。
「───下手をすればユグドラシルのプレイヤーがここにいるぞと不特定多数に宣伝するような結果を残すだろう。世界を知らない現状ではそれは避けたい」
先程はポーション一つの為にやたら大げさに事を騒ぎ立ててしまうなどアクシデントもあったが、一先ず無事冒険者となることはできた。
予想以上に夢が無く、立場的にも低いこの稼業ではあるが、そんなのはリアルでの就職でもよくあることだ。
……そう言い聞かせていると言われれば否定できないが。
「プレイヤー……アインズ様と同格の存在であり、かつてナザリックに攻め込んだ不逞の輩ですね」
片膝をつき、頭を垂れて従者のような態度を取る彼女はナーベラル・ガンマ。俺が冒険者として外で活動する際、パートナーとして連れてきている。
プレアデスの中から同行者を選出する際、人型を取れるということでナーベラルを選出したのだが……しかし、こんなに人間に対して敵対的だとは知らなかった。
ルプスレギナにするべきだったかなぁ……とほんの少し後悔したが、それを伝えたが最後、忠誠心の塊のようなNPCのことだ。本当に首をくくりかねない。
「そうだ、決して油断してはならない存在だ」
そんなナーベとうまくやっていけるのかなぁ、と悩みながらも今は冒険者としての方針を策定している。
ユグドラシルにおいてレベル100プレイヤーは決して珍しくない。
それどころか大半のプレイヤーがそうだったことを考えると、ユグドラシル金貨を使うのは得策ではない、という話だ。
課金アイテムを使えることを考えても俺の強さは上の中程度。
悪役RPで名を馳せAOGの敵は多い。そう考えるとプレイヤーに見つかることだけは避けなくてはならない。
ただでさえユグドラシルプレイヤーは人間種が多かったのだ。
人間に肩入れする者は多いだろう。
(アルベドを連れてこなかったのは俺達が人間全体の敵だと思われたくなかったからだが……ナーベラルもそういう性格だったとは思わなかった)
俺自身は人間の敵じゃない。
目的の為に人間を殺すこと自体は何とも思わなくなったが、積極的に敵対していきたいというわけではないのだ。
「……」
「? どうしたのだ、ナーベ」
ふと話を止めると、ナーベラルはじっと床を見て発言を止めている。
表情こそ俯いていて見えないが、何か苦悩している……ような気がする。
「ナ、ナーベ? どうしたのだ? 何か疑問があるなら質問してくれていいのだが……」
「い、いえ! そっ、それは、そのような恐れ多いことはっ」
えっ、今の説明で何か問題とかあったか!?
それとも、やっぱり人間に紛れて冒険者になるのに思うところがあったのか……?
アルベドには散々ダメって言われたのを押し切って来ているわけだし、ナーベラルも内心嫌がってたりするのかな……
ナーベラルに悟られないよう、うんうんと唸って解決策を考えるも、一考に思いつかない。
無理に聞き出すのもパワハラな感じするし、どうやって聞き出したものか……!
そんな時だった。
ナーベラルが覚悟を決めたような表情で、声を上げた。
「モモンさ───ん。発言の許可を、いただいてもよろしいでしょうか」
表情こそ伺い知れないが、その声色からは幾何かの決意が感じられる。
「う、うむ。許す。なんだ?」
「……先に申し上げた通り、私は人間を何の価値も無いゴミであると考えています。虫にも劣る、生きる価値も無い、塵芥にも劣る存在と、そう考えています」
うっ、さっき注意したばっかりなのに全然意識を変えてくれない……
いや、そうあれと設定したのは俺達である以上、変えるというのも烏滸がましい話ではあるのだが……
いや、今この場で切り出したということは何か意味があるのだろう。
話を最後まで聞かず、途中で結論付けるのは悪い上司のやることだ。最後まで聞いてから判断しよう。
「……続けてくれ」
「ハッ。……しかし、かつてナザリックに侵攻してきたのも人間であり、その戦闘の凄まじさは我らプレアデスにも伝わっております。その侵攻は階層守護者の皆様だけでなく、至高の御方々による総力戦であったと」
「……今一つ要領を得んな。本題に入れ」
まずい、何が言いたいのかさっぱり分からない。
思わず強い言葉で先を促してしまいナーベラルには悪いが、はっきり言ってもらわないと分かんないことだらけなんだ……!
「アインズ様、進言させていただきます。すぐにでもアルベド様に代わっていただくべきです! 私では、御身を守護するにはあまりに力不足!」
モモンと呼べという命令も忘れ、ナーベラルが提案してきたのは護衛役の交代、それもアルベドとの交代であった。
正直、またかという気持ちが無かったといえば嘘になる。
ナザリックでも散々言ったし、エ・ランテルに来てからも事情はちゃんと説明しているのだ。
「言ったはずだ。アルベドにはナザリックの守護という重大な責務がある」
そもそもアルベドは羽根や角を隠すことが出来ない。
その点も同行をさせない理由の一端となっているのだ。
しかし、ナーベラルはバッと顔を上げ、鬼気迫る表情で続ける。
「しかし、何よりも優先すべきはアインズ様の御身です! 現在、その御力の全てを放つことができない御姿である以上、護衛を務めるならば相応に強き者が務めるのは必然であるかと!」
ナーベラルの言うことに内心頭を抱えてしまう。
確かに、この世界において強者とされるものも、俺達にとっては全くもって敵にはならない。
しかし、全てがそうと決まったわけではない。
この世界には俺達よりはるかに強い存在がいないとは限らないのだ。
そう考えるなら、護衛を務めるなら全力を出せない俺より強くなくては意味がないのは当然と言える。
見ればナーベラルは口元をぎゅっと絞り、悲痛な表情で俺を見ている。
……自分では力になれないと知った上で、そう提言する彼女は痛々しい程に献身的だった。
だが、次の言葉が俺を凍り付かせた。
「私にはっ、私には分からないのですっ。アインズ様がその身を未知に晒すほどの価値が、この世界にはあるのでしょうかっ!?」
「不敬であることは百も承知ですっ。しかし、私には、私にはまるで……っ」
「アインズ様が、ナザリックを離れてしまうのではないかと思えてしまうのです……っ!」
「───ッ」
「外貨、及び情報の入手は我々シモベ一同、全身全霊をもって成し遂げて見せます!! ですがそれでもっ、それでもアインズ様がナザリックの外へと向かわれるならばっ!」
「伏してお願い申し上げます。どうか、アルベド様を護衛にお付けくださいっ!」
ナーベラルの悲鳴にも近い嘆願を聞き、俺の胸の中にあったのはとても大きな罪悪感だった。
現場を見ずに上がってくる情報のみで判断はできないから冒険者となった。
実際に外の世界を旅することで、得られる見識がある。そう判断してのことだった。
───本当に?
俺は無意識のうちに彼らを疎ましく思い、自由に冒険ができない今の状況から逃げ出そうとしたんじゃないか?
「申し訳ございませんっ! アインズ様の御心を疑うなどシモベにあるまじき愚行ッ! ですが……ですが私は……ッ!」
ナーベラルは、泣いていた。
『───なんで皆そんな簡単に棄てることが出来る!』
その時俺は、ユグドラシルのサービス終了を迎える時のことを思い出した。
今のナーベラルは、あの時の俺と同じだ。
仕方ないと分かっていても、自分にはどうしようもない無力感に絶望するんだ。
大切な人に、置いて行かれてしまう気持ちが、俺には痛いほど分かる。
……そこまで共感を覚えておきながら、俺はナザリックのNPCに本音を言えないでいる。
(俺は、俺は怖いんだよナーベラル)
(本音で話したとき、お前達は本当に味方でいてくれるのか?)
(俺がどうしようもない臆病者で、卑怯で、小心者だって知ったら)
(お前達は、俺を見限ってしまうだろ───?)
「……申し訳ありません。一介のシモベが出過ぎた発言を致しました」
(───でも)
「至高の御方の決定に口を出すなど、許し難き愚行。どうか、如何様に罰をお与えください」
(寂しいのは、嫌だよな)
「……ナーベラル」
(本当は、凄く怖いけど)
「はっ!」
「……ナザリックの外に出る本当の理由がある、と言ったらどうする」
「───ッ! ……どうか、お聞かせくださいっ!」
(勇気を出せ、鈴木悟。独りぼっちは嫌だって、ずっとずっと思ってたじゃないか!)
「誰にも、誰にもだ。何人たりともこのことを口外することは許さん。領域守護者、勿論アルベドにもだ。口外するならばお前の命では足りん。お前の……お前が愛する全てを失うだろう。……それでも、聞くか」
「……それがアインズ様の望みならば。私は、我々は御身の為にこそあるのです」
(信じるんだ。……その為に、俺から、歩み寄るんだ)
(親友の子供達を、俺は信じたい!)
「ナーベラル、私は……いや、俺は───!」