このような顕著な雇用改善に対して、人口動態が原因であって政策の効果ではないとする主張も散見される。要するに、労働人口が減っているから雇用される人の割合が増えたという考え方である。しかし、失業率や求人倍率だけではなく雇用者の総数、正規雇用数といった量的な拡大が同時に見られていることから、信憑性は高くない。
さらに、日本国内の20歳~69歳人口は2001年頃から減少し始め、2005年以降本格化した点も見逃してはならないだろう。人口減少は20年近く前からはじまっているが、2012年以前にはここまでの雇用増加も、正規雇用数の増加も観察されていない。
参考までに、同期間の雇用増9%の内訳を示しておこう。確かに高齢者雇用の増加は顕著であるが、いずれの年齢層においても雇用が増加している(図2)。なお、同期間で人口が8%近く減少した15-34歳世代、17%減少した55-64歳世代においても雇用の絶対数が伸びていることも、同時期の雇用拡大圧力が大きなものであったことがわかるだろう。
安倍政権下で雇用の量的拡大が生じたこと、それが人口構成の変化によるものではないことは確認いただけたと思う。その一方で、賃金についてはどうだろう。厚生労働省「毎月勤労統計」では実質賃金指数が公表されている。賞与・手当も含む給与総額の推移から物価の影響を除いたもので、文字通り「実質的な賃金」の推移を表している。同指数を経時的に観察すると図3のようになる。2012年から2015年にかけて実質賃金は急速に低下し、その後も横ばいのまま上昇していない。
これをもって低賃金化による雇用拡大であったと解釈する向きがあるが、これは実質賃金指数の作成方法を知らないことから来る誤解である。実質賃金指数は残業手当等を含む賃金総額から算出するため、残業をしない・出来ない労働者が増えると低下する。短時間のパートタイマーが増加したとき、または同時期にすすめられた働き方改革や高齢者の定年後再雇用での短時間勤務者が増加すると同指数は計算方法の特性により下がってしまう。
同調査では労働時間に関する調査も行われている。これを用いて時間あたりの賃金を計算すると2019年の1時間あたり実質賃金はフルタイムの労働者で2012年よりも1%高く、パートタイム労働者については5.5%ほど高くなっていることがわかる。ちなみに、労働市場の需給が逼迫したとき、非正規雇用から賃金が上がり始めるのはごく自然なことだ。