素直

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その時やった。


「ごめん。手ェ

冷えてるやんなぁ」


その言葉が聞こえたかと思うと、

するりと手が出ていく。


先程までの熱なんて幻やった

みたいに涼しい顔に戻った

タカヒロはマグカップを両手で

包むようにして

お茶を飲み始めた。


……えっ?



展開について行かれへんし

思わずポカンとしてしまう。


今の、どう考えても美味しく

頂かれちゃいそうな雰囲気

やったって思うんやけど......


震えてたんは手が冷たかったから

じゃないなんけどね!


それを言う気にもなれなくって

少し悔しくて、アタシもタカヒロの

真似をして両手でカップを持ちって

ボソッと言うたった。


「……女子力高い飲み方やなぁ」


ちょっとムッとしたんか

彼の目がわずかに泳いだ。


些細な反撃成功に、なんや知らん

楽しくなって笑ってしまう。



タカヒロは言い返すでもなく

のんびりお茶を飲みながら、

穏やかに話し始めた。


「今日、仕事忙しかったん?」


「んー、そうでもなかった」


アタシの仕事については、

先日バーで話していた時に


『IT企業でウェブマガジン

関係の仕事をしている』


って、ちゃんと話してある。


だからその辺りの説明は割愛。


「メンバーが増えてちょっと

バタバタしてんけども

だいたいいつも通りやった。

今日はその人の歓迎会があってん」


「ああ、そやから店に

来んかってんやなぁ!」


「うん」


頷いてから、「あれ?」

と引っ掛かりを覚える。


「……もしかして、Staxで

待ってたん?」


「飲んで一応。ほぼ毎週通ってる

って言うてたし、指輪もあるから

来るかなと思って。

10時半過ぎた時点で、

今日は来えへんのんと

ちゃうんかなって

マスターに言わたんやけど」


23時を過ぎたらもう一度

出掛けんのって億劫に感じるもん。


マスターの言う通り、アタシが

Staxに行くんは22時半までやん!


……って、ちょっと待って。



バーでも待ってといて更に

22時半を過ぎてアタシが

来ェへんって分かってて!



さらにマンション前でも

待っといたってなると

タカヒロが待ちぼうけていた

時間は1時間どころじゃないやん......


「…………」


「…………」




驚いて、思わずマジマジと

うっとり、タカヒロを見る。


沈黙をどう捉えたのか、

タカヒロは「……あ」と、

何かに気づいたような声を上げた。


その表情が、気まずそうな

微妙なものになっていく。


「どうしたん?」


「いや。冷静に考えたら、

なんかストーカーみたいやん。

めっちゃキモいなぁ」


大真面目に言うてたから

思い切り笑ってしまった。


「何やねん!

引いたんちゃうん?」


「ちゃうちゃう!待たせて

悪かったなぁってだけで、

ストーカーって思ってないし」


言われてみたら、

行動自体は確かに

一歩間違うとヤバーって.....


でも、少し抜けたところがある

タカヒロの事やしなぁ。



あまり深く考えないでStaxからの

帰り道で一応マンションを見に来て、

そのまま流れで待っていたんやな!


「それやったら良かった。……

今日はちゃんとスマホ持って来てん!

連絡先交換せなあかんなぁ」


「うん」


差し出されたiPhoneで互いに

LINEのID交換をした。



アタシもバッグからiPhoneを

取り出して登録しようとして

戸惑って手を引っ込めた。


「どうした?」


「いや、あの……」


アタシはタカヒロって有名バンドの

メンバーだと知ってしまった。


自分を芸能人だと知らへん女やから

ここまで興味を持ったんやとしたら……。



知ってしまったことを明かさないまま

連絡先を交換するのは、良くない気がする。


「あんね!」


「うん」


「アタシ、タカヒロがテレビに

出たん、見てしまってん」


「えっ」


思い切って言ってみたら、

タカヒロが目を見開く。


「それって、いつ」


「今週の月曜日、ランチに出た

お店でたまたま……。

それまで知らんかってん!

いや、知らんってのも

あれやねんけど!」



知られてなんぼの世界やろうし

初めて会った時は知りませんでした

アピールも失礼な気がして、

なんだかしどろもどろになる。


「月曜……って、あれか。

ヤバ〜」



片手で目元を隠し、

半ば頭を抱えるようになった

タカヒロは思いの外ダメージを

受けている様子やった。







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