期待

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「別に」


何が『別に』なん?


どっか満足げにも見える笑みで

呟いたタカヒロがちょっぴり嫌。

今週ずっと悩んでいた例の疑問を、

試しにぶつけてみる。


「……指輪、忘れたん?」


「…………」


少しの間ののち、彼は「いや」って

小さく首を横に振った。


「忘れたんとちゃう。

わざと置いてった」


視線と視線がぶつかり合う。


お互いの本心を探るように。


だが、次の瞬間、無表情に

こちらを見据えていたタカヒロは

ふっと表情を緩めた。


「……って言うたら

どう思う?」


「……!」


ほんと。なんや、この人って!


ぐらぐらと揺さぶられて、

ありふれた恋愛遍歴しか

持たないアタシは降参寸前だ。


駆け引きを楽しむんやったら

他の相手を当たってほしい。


「……なんで置いて

いったんかにも

よる。」


苦し紛れの言葉に少しだけ

目が泳いだタカヒロは

不意にこちらへ手を伸ばし、

アタシの髪を一筋すくった。


「由美子が俺に会いに

来てくれたらええな!

って、そう思って......」


愛しいものを見てるように

柔らかくて、それでいて熱を

帯びた視線に射抜かれる。


たじろいで身を引きかけた。

それを許す彼じゃない。


髪からするりと下りていった

タカヒロの手が、フワッと

アタシの手を捕らえた。


「それなら……連絡先とか、

置いてたらよかったんちゃう?」


「せやねんけど。あの日はiPhoneを

忘れててんや。メモにできそうな

紙も見当たれへんかったし、

連絡先置いとっても由美子が

連絡くれへんかったら会えない」


言われてみれば確かに、

あの夜タカヒロは一度も

スマホをいじってへんかった。


あんな澄ました顔をして、

しっかりとうっかりを

発動させていたんやなぁ。


メモの話も、確かにその言う通り。

スマホで済むから、この部屋には

メモ帳の類は置いてなかった。


「まあ、結局会いに来てんけど」


一見駆け引きみたいやけど

タカヒロの口から出る事は

偽りを言うてはないって思う。


だからやねんなぁ......



「……起きた時、

俺が居てへんかって

寂しかった?」


そんな問いに、あの朝のことを

思い出して素直に

頷いてしまったのは........


1人分のぬくもりしかないシーツ。

いつも通りの静かな部屋。

胸によぎる一抹の寂しさ。


「うん、ちょっと寂しかった」


羞恥心に苛まれているよりも

タカヒロに腕を引かれて、

筋肉質な胸元に素早く

抱き込まれる方が早かった。


「……っ!」


頬に触れる自分とは異なる体温と、

優しく香る、甘くて爽やかな香り。


タカヒロに包まれているうちに、

ワン呼吸遅れて恥ずかしさが

波のように襲ってくる。


「可愛い事言うなぁ」


「か、かわ……?」


アタシにとって馴染みのない言葉が

自分に向けられて、

面白いくらいに言葉が詰まる。


いや、かわいいって……


いつもはしないけど

むしろ初めてやったけど

バーでその日、出会った男を

お持ち帰りするような女に

言うセリフじゃないやん。


それに、誘導尋問のようにして

言わせたのはタカヒロやんか!


そんな反論が頭の中やったら

元気に飛び出てくんねんけど

言葉にはなれへんから。


「んー……やっぱ、

由美子はいいわ」


「どういう……んっ」


呟きの意味を問うより先に

唇を塞がれて、角度を変えつつ

柔く食べられてしまった。


あの夜も何度も繰り返された

タカヒロのキスはもうすっかり

アタシには馴染んでいて。


「ふ……、ぁ……っ」


熱を帯びた舌に絡め取られると、

ゾクゾクと言い表されへん感覚が

這い上がってくる。



夢中になってその熱を甘受している

間にタカヒロの手はカットソーの

裾から侵入し、少し冷たい指先が

背筋をなぞり上げた。


くすぐったさの中に混じる

甘い甘いうずきに似た感覚。。


その先を期待して、アタシの

身体が微かに震えて麻痺した。







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