「よかった、会えた……」
呆然としている間に
そっと引き寄せられて、
唇が重なる。
ひんやりしたそれが優しく
アタシの唇をなぞり、爽やかで
甘い彼の香りが鼻腔をくすぐる。
目尻にキスを落とされるまで
たっぷり5秒は固まっていた。
ハッとして彼の胸を押し、
少し距離をあけた。
「え……ちょっと待って、
何で居てんの?」
「何でやろ!」
柔らかい微笑みと共に
言われたらドキって鼓動が跳ねて、
頬に熱が溜まっていく。
……ただでさえタイプで
どストライクやのにそんな表情で、
そんなこと言わんといて!
一夜だけでええわって思ってた。
このままやったら二度と戻られへん
ほどの深みにはまってしまう。
なんとか平静を保とうと、
大きく息を吸った。
「……手、冷たいやん!
いつから居てたん?」
「30分待っとこうって
1時間くらいいた」
「えっ、どういう事なん?」
「10分、もうあと10分……って
繰り返しとったら1時間経ってた」
目を見開いて、タカヒロを見た。
冷えた指先や唇は、
1時間待ってたって言う
言葉が本当やろって思った。
『会いたかったから』
キュンキュン言葉やんか。
甘やかな声がリフレインして、
またジワッと頬が熱を持つ。
「……とりあえず、上がって。
温っかいお茶淹れるから」
「ん、ありがと」
指輪は部屋に置いてるし
寒い中ずっと外にいた彼を
このままにはできへんから。
オートロックを解除して中に入り、
エレベーターに乗り込むと、
するりと腰の辺りに手が添えられる。
3階のボタンを押す合間に、
とこめかみにキスを落とされ……。
(あれ、もしかしてこれ、先週と
同じ流れになる感じ……?)と、
僅かな焦燥感が湧いて来た。
「お邪魔します」
部屋主のアタシを先に通してから
玄関に入ってきたタカヒロは
そう言って綺麗に靴を並べた。
……この間は靴なんて見る余裕
全然なかってんけど、シャワーを
浴びたい言うたら文句の一つも
言わへんかったし髪を丁寧に
乾かしてくれたし、こういう行動
からしても根がきっちりと
している人なんやろな。
本人は自覚なしにしてる行動と思うけど
思わぬところで好感度のゲージを
上げられていって内心呻きそうになる。
ヤバいわ。気合入れて自制しないと、
本気で好きになってしまうやんか。
「手洗う? そこに洗面所ある」
「ん。……あ、そうや。これ」
おもむろに差し出されたんは
タカヒロが今持っている
唯一の荷物、小さな紙袋。
なんやろうって思い受け取ると、
この辺りの人気パティスリーの
ロゴが印字されている。
「近くで、美味しい店の。
甘いのは別に大丈夫やろ?」
「うん……ありがとう」
甘いものが苦手ちゃうのは
飲んでいたお酒から理解したんやね。
それより。「近く?」
このパティスリーの近くって事は
同じ最寄駅やんってことになる。
気になってつい尋ねてみたら、
あっさり「そう」という返事。
「俺もこの辺に住んでんねん。
今度来る?」
「……んん」
当然のように「今度」を
持ち出されて、肯定とも否定とも
疑問とも..........微妙な声が漏れた。
薄々感じていた違和感が、
確信に変わっていった。
……てっきりワンナイトやって
思っててんけどタカヒロに
そのつもりはなかったらしい。