お開き

テーマ:



「おお、寝ちゃった」

面白そうに呟く横山さん。

そのふわふわした髪が一部濡れて、

ペタンとなっている。


「はい、ティッシュ」

「エッ」


「さっきの“乾杯”で、

ここのところ濡れてるから」


“ここのところ”で耳の上辺りを

指し示すと「ああ!」と

理解した様子でポケット

ティッシュが受け取られる。


「うわ、結構濡れてた」


苦笑して水気を拭き取りつつ、

彼はふと、こちらを見て呟いた。


「工藤さんって、面倒見ええなぁ」


「そう?」


「うん。花園さんの扱いも

慣れとるし......花園さんって、

いつもこんな感じなん?」


喧騒を物ともせずにすやすや

眠ってる彼女やけど名誉の

ために一応フォローしておく。


「ううん、たまにって感じ。

最近忙しかったし、今日は

酔いが回るのが速かった。

いつも普通に飲んでるから」


「へー。そう何や」


「それに、一旦潰れても

復活早いから、解散する頃には

ちゃんと起きて自力で帰るはず」


「そうか。案外逞しいやん」


「そうそう。逞しくて

頑張り屋のいい子やねんで」


小柄で可愛い系の見た目

とは裏腹に、ガッツが

あるのが花園あやね。


酒癖から──というのがやや

残念やけど彼女の本質の

片鱗を認められたみたいで

嬉しくなって小さく笑うと、

横山さんも柔らかく笑みを浮かべる。


「んじゃ、そろそろ

他テーブルに行ってくる」


「はいよ!行ってらっしゃい」


アタシは眠ったままの花園さん

からあまり離れるわけにも

いかへんから料理とお酒を

楽しみつつ、話し相手にやって

来てくれるメンバーたちと過ごす。


そうこうしているうちに、

あっという間に時間は過ぎ去り、

まもなく23時。


頬の赤みが引いた花園さんが

目覚めた頃に閉会となり、

それぞれに帰路につくのだった。


「……23時半、かぁ」


自宅最寄り駅に降り立って、

スマホで時刻を確認する。


いつものバーは深夜3時まで

営業やねんけど今日はもう

ガッツリ飲み食いしたから、

これから行くのはちょっと……


それに、いざ行ってタカヒロが

おってもどうしたらええんか

わからん気もするから。


濃密な一夜を過ごし、

裸どころかもっと色々と

さらけ出してしまってんけど。


日を改めた今、どんな風に

顔を合わせたらええんか

全くわからなくなっていた。

当たり前といえば当たり前。


そもそも、ワンナイトなんて

あれが初めてやったし……。


柄にもないことするんじゃ

なかった、とちょっと後悔が

よぎって、しかしNOとも言えない。


「そや…来週! 来週は絶対行く」


来週の自分が踏ん切りを

付けてるって願い、口に出して

決意を固めるように言うてみた。


Bar Staxの前を通り過ぎ、

歩くこと10分ほどで、

マンションが見えてくる。


ああ、早よ帰ってシャワー

浴びて眠りこけたくて堪らん。


今週は横山さんに色々教えて

いたこともあって、

いつもより立て込んでたし、

久々にゆっくり眠って──……。


待ちかねた休息へと意識を

飛ばしつつ、エントランスに

入ろうとした時やった。


「由美子....」


「……!」


不意に、低く艶のある声に

呼び止められる。


慌てて振り返った先には、

黒いスキニーに黒いニット、

ついでに黒いコート。

暗闇に溶け込むようにして

立っているシルエットがあった。


……タカヒロ........や。



AD