「はぁ……」
深々とアタシはため息をついて、
ローテーブルに突っ伏す。
視線の先には、シンプルな
お守的シルバーの指輪。
……目下の悩みの種やねん。
『置いてきたんですよ』
あの発言から、ふとした瞬間に
あれこれと考えてしまって
仕事がいつもより捗らず、
月曜から珍しく多めに
残業してようやく帰宅した22時半。
やっぱり考えてしまうのは、
...........タカヒロのことだ。
ランチの時間に見た番組と、
後輩の花園さんからの情報で、
アタシはタカヒロとナオさんたち
4人について知ることになった。
約3年前にメジャーデビューした、
4人組のバンド
『ゴールデン・ぼんくらーズ』
ナオさんに電話を掛けてきた
雅也さんがボーカルで、
ナオさんがギター、
タカヒロがベース。
もう1人、隼(シュン)さんってメンバーがいて、彼がドラム担当だ。
決して彼らはエアーバンドじゃない。
去年あたりから人気急上昇中で、
絶賛放送中の冬ドラマの
OP曲担当アーティストに
抜擢されたため、
昼の番組ではその
新曲披露をしていた。
眩い照明に照らされ、
緻密でありながら大胆で
疾走感のあるサウンドを
かき鳴らす彼らは、どう見たって
別世界の住人やんか!
とんでもない人を夜遊びの
相手にしてもうてんや!…と、
現実逃避気味に考えながら、
アタシははただ、
天井を眺めていた。
「で……指輪、
どうしたらええん?」
金曜日の時点で、アタシが
タカヒロたちの正体を
知らなかったことは、
2人も気づいているはずだ。
今となっては、
『高校の同級生と同じ職場なんて
そうそうないわなぁ』と
言った時に、ナオさんが可笑しそうに
笑っていた理由も分かった。
バンドメンバーを
“ 同じ職場” って称するのは、
だいぶ違和感があるから。
なので、あの番組をアタシが
見ている前提で発した言葉では
ないと思うねんけど!
ということは、あれは本音?
飛んできた質問に、
深く考えることなく
パッと答えたんが
『置いてきたんですよ』
なのか........
もしうっかり忘れたのなら
『ああ、今日はちょっと
忘れてきて』と言えばええ話。
……いや、これってだいぶ、
都合のいい解釈してんのかも!
「はぁぁ……」
再びため息をついて、
アクセサリートレーの
上に指輪を戻す。
あれこれ考えたってどうせ
タカヒロの考えが分かるはずない。
とにかく、次に会ったら
指輪を返さんとあかん!
そう思うことにして、
のそのそと浴室へ向かった。