マティーニ

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アタシが働いているのは

女性向けウェブマガジンを

運営している部署。


当然のことやけど同僚は

多くが女性で、社内での

出会いはないに等しい。


タイアップや取材を

担当する面々やったら

人気の芸能人と会ったりと

華やかな仕事も多いけども


アタシはコンテンツディレクター。

掲載する記事の企画を立てたり、

進行管理や監修をしたりと

いった社内での業務が中心で、

あまり外出することもない。


大学生のころから続いていた

彼氏と別れて以降、

すっかり恋愛から離れていた。


「今度はどこに行きたい?」


「んー、温泉旅行がええなぁ」


「ああ、温泉かぁ。


考えとくわ!」


ほのぼのと会話をする、

妙に落ち着いた

大学生っぽいカップル。


「何がおすすめ?」


「そうやなぁ!

ギムレットとかは?

スッキリ味でええと思う」


「とか言って、

強いやつちゃうん?」




「あ、ばれた?」


だとか言いつつも

ぴったりくっついている

年下彼氏っぽいカップル。


向こうの6人は合コンなんか

トリプルデートなんか

よく分かれへん男女ペアに

なっていて、独り身が

切なくなってくるなぁ。



「工藤さん。次、

何か作りましょうか?」


「ソルティックで!」


「お、今日はさっぱり系ね」


「そう雰囲気にあてられたんで」



苦笑交じりの笑みを浮かべ、

マスターはすぐにスノースタイル

された新しいグラスを差し出した。


「工藤さんなら、言われれば、

社交辞令だろうが

何だろうが多少は嬉しい。


笑ってお礼を言いつつ、

20歳若いマスターみたいな

人がおったら……

つい考えてしまった。


社会人になって2年足らずで

彼氏と切れ、それから26歳に

なるまで付き合いゼロ。


男日照りが続いてるし

季節も手伝ってか、いい加減

少し人肌恋しくなってるな。


できれば彼氏が欲しい。



けれど、付き合う云々が

面倒な気も――って、

あかん駄目やわ。心が枯れかけ。


恋愛をしたいって気持ちよりも

人肌恋しさが勝るなんて、

と自分で自分に落胆する。


……そこまで軽薄に

生きてきた覚えはない。

刹那的な付き合いでも

ええからぬくもりに

触れたい気分だった。


贅沢を言うなら、タイプ

どストライクの少し苦しい



くらいに抱き締められたい。


もちろん、

そんなことしてくれる

相手なんか全然いてないけど。


……ちょっぴり落ち込んで

グラスを重ねている内に

........もう23時過ぎ。


その頃には店内の顔ぶれも

すっかり変わっていた。


マスターがシェイカーを振る

小気味良い音が響く静かな


空間が心地よかった。


賑わうのも時にはええけど

やっぱりこれくらいの方が落ち着く。


ほっと息を吐き、

次は何を頼もうかとメニューを

眺めていた時........


──カラン


入口のドアに付いている

ベルが涼やかな音を立て、

来客を告げる。

ちらりとそちらを見遣れば、



見慣れない男性客が2人。


「こんばんは」


しかし、マスターが

「いらっしゃいませ」って

言わへんって事は

幾度か来たことが

ある人かなぁっと思った。


彼らはアタシから1つ空席を

挟んだところに、

並んで腰を下ろした。


「久しぶりやん!」



「いやホンマずっと

来たかってんけど

仕事仕事で」


「それはそれは、

お疲れ様でした。

いつもと同じで?」


……お願いします」


手前に座った男性は、

底抜けに明るい雰囲気の人。


明るめの茶髪に、

左耳にはピアス。



両手に指輪をいくつも

つけている。


そやけど軽薄そうには見えんし

様になってんのが驚きやった。


もう1人は黒髪に

モノトーンで揃えた服。


落ち着いたクールな雰囲気で、

右手中指のリングくらいしか

装飾品を身に着けていない。


なんか知らん対照的な

2人組やって思いながら


共通項があったとしたら

――声やろうかなぁ。


茶髪の男性は、ボリュームは

控えめながらよく通る声だ。


もう1人の男性は、

腰に響くような妙に

気持ちいい色気のある低い声。


タイプは互いにちゃうけど

2人とも良い声をしている。


一瞥しただけだが

顔立ちも整ってるんで

舞台俳優とか向いてそう。



「工藤さん、次いく?」


勝手なことをなんやら

考えてたらグラスの残りが

僅かになったのを見て

マスターが声を掛けてくる。


弱めのロングカクテルを

飲んでたんでそろそろ強めの

ショートカクテルに入るの

もいいかもしれない。


「マティーニで!

とびっきりのドライで」


スノップにならんように



気をつけなければ.......


「ん〜。これは気合入るわ」


肩を竦めるマスター。


タンカレーのジンを

冷凍庫から出して真剣な

眼差しで丁寧にステアする。


何を作っても一級品やんか....

とくすくす笑って手元のお酒を

飲み干したら横から

感嘆するような声が上がった。


声の主は、先程

来たばかりの男性。


楽しそうに笑みを浮かべている。





続く










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