侯爵令嬢の目撃
王国に於いて、ピンクゴールドの髪を持つのは防衛の要を担う辺境伯家の血を引く者だけ。
歴代の王妃を数多く輩出してきた名家ラリス侯爵家の長女アエリア=ラリスもその1人。母が辺境伯家出身、父はラリス侯爵。今日は2歳上の双子の兄達が誕生日の祝福を授かりに南の端にあるラ・ルオータ・デッラ教会まで赴いた。妹溺愛がすごい兄達は、1人屋敷に残されるアエリアが可哀想だと毎回騒ぐので毎年必ず家族全員で行くこととなっている。アエリアの誕生日の時は我先にと馬車に乗り込み、父であるラリス侯爵に追い掛け回されている。
運動神経抜群な体質は母方の血が強いらしく、大抵侯爵が最後諦め同乗を許す。夫人は度が過ぎれば雷を落とすものの、子供は元気が1番だと夫と息子達の鬼ごっこを楽しんでいる。アエリア本人は呆れるだけ。
今兄のヒースグリフとキースグリフが司祭に祝福を授けてもらっている間、前々から教会の周辺を歩いて見たいと思っていたアエリアが夫人と共に散策していた。
南側でしか咲かない花が教会周辺の花壇に多数咲いており、可愛い物が大好きなアエリアも見てるだけで心が暖かくなる。
「ヒースとキースの祝福が終わったら、馬車で待っていてちょうだいね。ちょっと用事があるから」
「はい」
母ノルンの用事も毎年のこと。教会を訪れると必ず家族を馬車に乗せ、自身は何処かへ行く。大した時間ではないので遅くはならないが何をしているのかは気になる。
1度訊ねたアエリアは「友人に会いに行っているのよ」と悲しげに笑う母にそれ以上聞けなかった。
――あら……?
アエリアが右を向いた時だった。
運動神経は兄達程ではなくても、視力が良く、遠くにある小さな物も認識出来るアエリアの視覚がある人を捉えた。
ノルンにシンビジウムを見たいと言って花壇の前に止まった。オレンジや黄色のシンビジウムを眺める振りをして、向こう側から視線を外さなかった。
――あれって……確か……
王国で女性だとただ1人しかいない空色の髪に薄黄色の瞳をした少女が今は兄達に祝福を授けている筈の司祭といた。
ファウスティーナ=ヴィトケンシュタイン。アエリアもよく知る、ヴィトケンシュタイン公爵家の長女で王太子の婚約者。
運命の女神フォルトゥナ、魅力と愛の女神リンナモラートと同じ髪と瞳。ヴィトケンシュタイン家にしか生まれない、女神の生まれ変わり。数百年振りに生まれたと何時だったか、父が言っていた。非常に目出度いことではあるが、自分の娘を王太子妃にしたかった父は非常に悔しがっていた。
アエリア自身、王太子妃の座に興味はない。
というより、である。
――あの王太子殿下、好きになれないのよね……
何度か王妃主催のお茶会で王太子ベルンハルドやファウスティーナと同席しているので知っている。ベルンハルドに纏わりつく妹を追い払って嫌われるファウスティーナと抑々自分の蒔いた種なのに被害者ぶる妹を庇うベルンハルドの光景は、まあある意味恒例だった。
ファウスティーナを嘲笑う人の方が大半であった。過剰な反応と王太子を束縛したがるから嫌がられるのだ、と。
馬鹿みたいだ。無視をしてエルヴィラをいない者扱いをしたらいいだけなのに出来ないファウスティーナも、婚約者が妹とは言え他の令嬢がベタベタするのを快く思わないと気付かない王太子も。
ただ……今アエリアが盗み見ているファウスティーナは、一体誰なのだろうか、と。
必死な形相でベルンハルドにアプローチし、邪魔をするエルヴィラには怒鳴り散らし、母親に叱られても話を聞かなかったのに。
声は聞こえないが雰囲気だけで伝わる。溢れんばかりの輝きを放つ笑顔は、至高と評される宝石でさえ敵わない。それこそ、見ているだけで魅入られる魔性の魅力があった。
ハッとなって小さく
でも、目が離せない。
司祭も司祭で、毎年見る微笑とはかけ離れた蕩けて今にも愛を囁きそうで。
「アーヴァ…………」
髪に触れる風が声を届けた。驚いて見上げるとノルンも同じ方向を見ていた。アエリアの視力の良さは髪色と同じでノルン譲り。呆然と誰かの名前を呟いたノルンは一点だけを見つめ続けていた。
母を気にしつつ、アエリアはまたファウスティーナ達を向いた。
――……よく分からないけれど、とても楽しそうなのは伝わるわ
教会の最高責任者と女神の生まれ変わり。おかしくはない組み合わせではあるがヴィトケンシュタイン公爵家の馬車はなかった。公爵家の人も見掛けない。事情がありそうだとアエリアの好奇心を大いに擽る。
――あんな風に笑えるなら、王太子にも見せたらいいのに
今まであまり意識してこなかったアエリアでさえ見惚れたのだ。婚約者なら尚更抜群の効果を発揮する。
ただ、仲が悪そうなのはお茶会で何度か目撃しているので難しいのかもしれない。
――あ……
転びそうになったファウスティーナを司祭が抱き止めた。恥ずかしげにお礼を言うファウスティーナの頭を優しげに撫でる司祭は、幸福の絶頂期にいる人間の表情である。ファウスティーナもたちまち満面の笑みを見せた。どう見ても何か関係があるのが見え見えだ。
王太子とは不仲、第2王子は病弱だからまさか王弟の婚約者にされた……? 考えながらないないと否定した。そうなったら両親が、父が知らない筈がない。必ず発表がある。
ファウスティーナと司祭の関係。
いても変ではないのに、公爵家の関係者はいない。
……。
――さっぱららん、だわ。気になるじゃないの……っ!
自分の好奇心の強さが盛大に表に出てきている。
「アエリア」
「!」
「そろそろ終わっている筈だから、戻りましょう」
「はい、お母様」
呆然としていた母もハッとなったのか。時間切れになって残念だがアエリアは決めた。気になったらとことん調べないと気が済まない。
まずはどう動くかを考えないといけない。
母の後を歩きながら考える。
――手っ取り早いのは、やっぱり……
家の為、父の願いを叶える為と説得したら第1の関門は突破、になるだろう。
……この好奇心旺盛な性格と行動力の強さが後々、本人にとって不幸を引き寄せると知るのは2人だけ。
因みに兄達の祝福は助教がしたと、馬車に戻ったアエリアは憤る父に告げられたのであった。
「シエル様め……司祭の立場を何だと思っているのだ……!」
「助教様でも一緒じゃないですか父上」
「そうだよ父上。司祭様より助教様の方がいいよ。司祭様、綺麗過ぎて緊張する」
「そうそう。助教様の方が落ち着く」
「お前達な……!」
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