美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:煉瓦

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#42 猫は狭いところが好き

 とんてんかん、と軽快なリズムが学校中に響いている。

 いまは放課後、いよいよ本格的になってきた文化祭の準備に生徒たちは右へ左へと大忙しの様子だ。

 

 かくいうわたしも大忙しである。

 文化祭のために学校中を縦横無尽に駆け回る黒音今宵が、

 

「黒音さんどこいったの?」

「わかんない」

「採寸しようとしたら逃げちゃったから……」

 

 逃げてないが?

 ちょっとロッカーの中が居心地良さそうだから入ってるだけなんだが??

 

「ふぅ……」

 

 目の前を通り過ぎていくクラスメイトたちの足音を聞き届けて、ようやくわたしは蒸し暑いロッカーから抜け出した。

 まさかメイド服を用意するために教室で裸に剥かれそうになるとは……、学校で合法的なセクハラが行われるとか教育現場はどうなってるんですかねぇ?

 さて、これからどうやって時間を潰して穏便に帰宅へこぎつけようかと考え、

 

「く、黒音さん……?」

「……ッ!?」

 

 み、見つかった!

 わたしを呼ぶ声にギギギと錆びついたブリキ人形のように後ろを振り返り、そこにいた人物を認めて安堵のため息を吐いた。

 

「黒井さん、かぁ」

 

 最近何かとわたしの周りに出没する少女、黒井縫子。

 彼女はクラスのウェイ系と違ってどちらかといえばわたし寄りの人種で、今回の準備期間中も周りが集まってキャッキャするものだからどこか居心地の悪そうな顔をしていた。

 

「ど、どうして黒音さんがロッカーから……?」

「え、あっ、えと」

 

 やっぱり見られていた!

 まさかクラスメイトに裸にひん剥かれそうになったからロッカーへ逃げ込んだ、なんて馬鹿正直に言うわけにもいかないのでどうにかうまい言い訳を考える。

「あは、放課後はロッカー。ここがわたしのアナザースカイ」

 いやそんなこと言うJKとかヤバすぎるでしょ……、却下だ却下!

 そもそもロッカーに隠れていた言い訳なんて普通出てこないよ!

 

「あ、もしかして」

 

 わたわたと返答に窮していると黒井さんはパッと表情を明るくさせると、ウンウンと頷きながら、

 

「無性にロッカーへ入りたくなることってありますよね。穴があったら入りたいならぬロッカーがあったら隠れたい、みたいな」

「いや、ないかな」

「えっ!?」

 

 止むに止まれぬ事情で一時避難はするけど、いやいや無性に入りたいとは思わないでしょ。

 もー黒井さんは変わった子だなー。

 

「……帰ろっか」

「いっ!? い、一緒にです、か?」

「え、あ、うん。イヤだった?」

 

 ひとりで文化祭の用意を途中で切り上げるのは気が引けるから周りを巻き込もう作戦!

 準備は有志による自由参加なので帰宅も自由なのである!

 しかし黒井さんはまたしてもわたわたとすると、あー、うー、とひとしきり唸りだした。

 

 あ、あれ、もしかして距離感間違えたかな?

 最近Vtuber活動で人と接する術を身に着けたと思ってたんだけど、自分なにかやっちゃいました?

 

「せ、僭越ながらお供させていただきます……ッ!」

 

 ドキドキと背中に嫌な汗を流しているとようやく了承の返事が返ってきた。

 よかった、わたしが嫌われている世界線なんてなかった!

 

 そんな訳でお手々繋いで仲良くスキップで帰宅──なんてことはなく。

 並んで歩いているのにお互いに絶妙な距離感を保ちつつ、そして無言。痛いぐらいの無言が既に学校を出てから5分は経過していた。

 あれ、あれあれあれ、Vtuber活動で人付き合いを覚えたんじゃ……?

 なんで無言は無言でも心地良い無言じゃなくて気まずい無言になってるんですかねぇ?

 

 黒井さんがわたしと同じでコミュ障だというのはここ数週間で理解している。

 コミュ障の気持ちが分かるからこそ、いま彼女が感じている気持ちもある程度は理解しているつもりだ。

 だったら同じコミュ障でも、Vtuberとして経験を積んできたわたしが率先してあげないと可哀想というものか。

 

 じゃあちょっと見せてあげるよ、大人気Vtuberのトーク力ってやつを!

 

「あ、あの」

 
「あ、あの」
       

「あぅ」

 
「へぅ」
    

 

 だれかたすけて。

 

 それから、お互いにまた無言のまま歩くこと数分。

 そういえば何も考えずに自宅への道を歩いているけど、黒井さんのお家はどこだろう? と考えたところで、お互いに足が止まった。

 

「あの、黒音さんのお家はどこですか……? 私はここなんですけど」

「え、わたしもここ……」

 

 ここ、と言いながらお互いに近くの建物を探る。

 わぁ、ご近所さんだねーと思っていると視線は同じものを捉えていて、まさかの同じマンションである可能性が。

 

「もしかして黒井さん?」

「ここに住んでます……」

「あー」

 

 とんだミラクルだぜ。

 最近学校で絡むようになった相手が、一年の頃から同じクラスだった子が実は同じマンションに住んでいた。

 逆に今までよく気づかなかったな?

 

 黒井さんも同じ思考を辿ったのか、また妙な気まずさを感じながらお互いに「じゃあ、ここで」と言って解散する。

 まあ、結局歩く方向は同じで最終的にエレベーターにも一緒に乗ったんですけどね。

 


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