第92話 ファーストコンタクト
ホールにいる
まだあどけなさは残すものの、その整った容貌はただ美しいだけでなく、凛々しくて、思わず周囲の視線を吸い寄せてしまう魅力があった。
沙月は透明感のある白い素肌を純白のドレスで包んで、
その瞳には力強い意志を感じさせる槍のように鋭い光が映っていた。
(一応、俺の通っていた高校の生徒会長だったんだよな?)
リオは精霊術で視力を強化し、薄く目を細めて沙月の顔を眺めた。
美春から聞いた話だと沙月は春人と同じ高校に通っており、学年は一つ上で、生徒会長まで務める聡明な生徒であったそうだ。
実家は大企業を経営する名家で、生徒会長を務めるだけの優秀な成績を誇り、スポーツも万能な文字通り文武両道な才女、その知名度は高く、校内ではちょっとしたアイドルであったらしい。
もっとも、春人が入学して間もなくこの世界へと転移したこともあり、美春達から沙月の情報を聞くまでリオはまったく知らなかったのだが――。
入学式の生徒会長挨拶の時に遠目で顔くらい見たのかもしれないが、主観記憶で十数年もの時間が経過しているのだ。
現時点でリオが見覚えがないのも無理はない。
今の沙月は微笑を浮かべているものの、そこから感情を読み取ることはできなかった。
まるで自らの感情を隠すように仮面でも着けているかのようだ。
「皆よくぞ集まってくれたな。
と、壇上の高みから、国王フランソワ=ガルアークが右手を掲げて告げた。
低く、落ち着いてはいるが、渋みがあって良く通る声だ。
「こうして国内外から大勢の者達を集めたのは他でもない。皆も知っての通り紹介したい人物がいたからだ」
言って、フランソワは斜め後方に立つ沙月を見やった。
「紹介しよう。彼女こそ我がガルアーク王国に舞い降りた勇者――、サツキ=スメラギ殿だ」
フランソワの紹介を受けて、沙月が微笑を浮かべて一礼する。
すると途端に会場に「おお!」とざわめきの声が響き渡っていく。
「美しい」
「いやはや流石は勇者様ですな」
「あの純白の輝き。まさしく天使だ」
「彼女こそまさしく我らが勇者」
ざわざわとホールのあちこちがさざめく。
予想以上の美貌ゆえか、エキゾチックな黒髪の物珍しさもあるのか、特に若い男達が色めいているようだ。
中には大仰に愛の告白にも似た芝居くさい台詞を吐く者までいる。
そんな沙月達の様子を目にして、坂田弘明は少しばかり気難しそうな表情を浮かべていた。
「ヒロアキ様、いかがなさいましたか?」
隣に立つ弘明の僅かな表情の変化を機敏に察しとり、ロアナがささやくように尋ねた。
「いや、随分と派手な演出だと思ってな。会場の連中はみんな沙月に注目している」
と、周囲の者達の様子を見渡しながら、弘明が言った。
ロアナは微笑を浮かべると、
「何を仰いますか。物珍しさもあって今はあの方が一時的に脚光を集めているだけのこと。この場にいる者達は同じくらいヒロアキ様にも注目しておりますわ」
弘明の耳元でそうささやいた。
「あー、まぁ、な。俺としては注目なんざ集めたくはないんだがなぁ」
不本意だと言わんばかりに、やれやれと弘明が苦笑する。
「あら、つい先日、正式に我々と道を共にしてくださると仰ったばかりではないですか? 貴方様自身が勇者であることをお認めになられた以上、今後はこれまで以上の注目がヒロアキ様に寄せられますわよ」
と、ロアナが悪戯めいた笑みをたたえて弘明に告げた。
これまで暫定的にフローラ達と行動を共にしていた弘明であったが、つい最近になって正式に勇者としてフローラ達に協力することを約束したのだ。
この世界へと最初にやって来た頃は勇者として振る舞うことにどこか否定的な態度を見せていた彼であったが、この数か月で勇者となる決意を固めたようだ。
「今更そんなみっともない真似はできねぇよ。約束したろ。お前のことは俺が守ってやるって。……あー、男に二言はないからな」
少し気恥ずかしそうに言い放つと、弘明は小さく肩をすくめた。
「ありがとうございます。ならば私は微力ながらお傍でヒロアキ様をサポートいたしますわ」
そう言いながら、ロアナが弘明の腕を掴む。
弘明はフッと笑みを浮かべると、反対側の手でロアナの手に重ねた。
(最初は気楽な冒険者にでもなってハーレムでも築こうかと思ったもんだが、今となってはロアナの傍を離れたいとはまったく思えねぇな。まだまだガードは固いけどフローラだって捨てがたい。
まぁ冒険者になったところで今より良い暮らしが待っている保証はないしな。それに勇者ルートってのもお馴染みの展開ではある)
などと自らの心境の変化を見返して、弘明は感慨深げに苦笑を漏らした。
すると、その時、
「静粛に! 国王陛下の御前であるぞ!」
なかなか鳴りやまないざわめきを見かねて、国王に仕える近衛騎士が大きく声を響かせた。
それで喧騒は収まり、弘明とロアナも内緒話を打ち切る。
二人は壇上に立つ沙月達に視線を戻すことにした。
「よい。皆が歓喜するのも無理からぬことだ」
フランソワが愉快そうな笑みとともに告げた。
「実に千年以上の時を経て舞い降りた勇者殿だ。もしかすると六賢神からの福音やもしれぬのだからな。
それに今宵は朗報もある。知っている者は多いはずだが、この場にはもう一人の勇者もやって来ている。勇者ヒロアキ=サカタ、フローラ王女、そしてユグノー公爵よ。こちらへ」
フランソワが弘明達を壇上へと呼び寄せる。
「はい」
弘明が少し緊張した声色で返事をした。
あらかじめ打ち合わせで教えられていた通りの展開ではあるが、これだけの人数に注目される機会など地球で暮らしていた頃の彼にはなかったのだ。
少なからず緊張するのも無理はないだろう。
「さて、まずはベルトラム王国の第二王女であるフローラ殿下の名代ユグノー公爵から重大な発表があるそうだ。皆の者、心して聞くように」
弘明達が壇上に登ってきたところでそう告げると、フランソワは一歩下がった。
代わりにユグノー公爵が壇上の階段を一段降りて、ホールの貴族達を見下ろす。
「ご紹介に
「まず、先刻ベルトラム王国において奸臣ヘルムート=アルボーめがクーデターを起こし、不遜にもフィリップ三世国王陛下を
確かな証拠はございませんが、これまでにアルボー公爵に関しては北方のプロキシア帝国と内々に通じていたという情報が寄せられておりました。
状況証拠からしても我々は彼が黒である可能性が限りなく高いと踏んでおります。また、これが事実だとすれば彼はベルトラム王国の国土を売り渡した売国奴ということになります。
そうでなくともクーデターという手段に訴えて政権を奪取したこと、また国王陛下を
と、ユグノー公爵が遺憾そうな面持ちを浮かべて語った。
会場の貴族達は国籍を問わず固唾を呑んで耳を傾けている。
小さく息を吸い込むと、ユグノー公爵は再び重々しい口調で語りだした。
「誠に遺憾ながらクーデターに際して国王陛下を始めとする多くの王族の方々をお救いすることは叶いませんでした。
が、幸いクーデター当時に王立学院にてご勉学に励まれていたフローラ王女殿下だけは何とかお救いすることができました。
そこで私はアルボー公爵の悪政を
我々の活動目的は王国の政権を王族の正当な統治者に明け渡し、古き良きベルトラム王国を復活させることにあります。そう、我々はベルトラム王国の王政復古という大いなる目的のために立ち上がったのです。
そこで、ただいまをもって私は宣言します。ここに現ベルトラム王国の特別政府『レストラシオン』を結成することを」
ここでユグノー公爵はいったん言葉を切った。
フランソワは再び一歩前に出ると、
「そして我がガルアーク王国は『レストラシオン』の設立を正式に承認することをここに宣言する」
と、ユグノー公爵の言葉を引き継ぐように語った。
これまで革命軍という非公式な立場に立たされていた彼らであったが、正式に組織が設立され、その存在が表向きに公認されたことで「おお」と会場の中にどよめきが広がっていく。
「組織の盟主にはフローラ王女殿下がお就きになり、私はこれまで通りその世話役に徹することになります。そして勇者であるヒロアキ=サカタ殿も正式に我ら『レストラシオン』に協力してくださることを確約してくださいました」
告げて、ユグノー公爵が弘明へと手を向けると、会場にいる人間の視線が弘明へと集まった。
弘明はニッと笑みを浮かべ、右手を挙げて視線に応える。
リオはそんな彼を観察するように眺めていた。
(不敵だな)
自信に満ちた弘明の表情を目にして、リオが思う。
この瞬間に弘明は公にベルトラム王国の政権をめぐる争いに身を投じることが確定した。
そう、もう幕は開いてしまったのだ。
ユグノー公爵は様々な下準備を整えて弘明を引き返せないところにまで引きずり込んだのだろう。
金、女、権力、地位、名誉――、甘い言葉と共にこれらを使えばいまだ年若い弘明の思考を誘導することくらい造作もなかったはずだ。
ゆえに弘明はもう完全に後戻りはできない。
前進するしかない。
正直な考えを言えば、リオはフローラ達が再び光を浴びることはないだろうと思っていた。
混乱した今のベルトラム王国の状態で、古き良き過去の栄光を取り戻そうなどと世迷言を唱えたところで、ここまで衰退した彼らが再び蘇ることなどありえない。
そのはずだった。
だが、運命の悪戯か、フローラ達の下に勇者である弘明が現れた今となってはその大義も現実味を帯びてくる。
無論まだ困難であることに変わりはないのであろうが。
何はともあれ、弘明が何らかの使命を感じているのかはともかく、今後は勇者なんていう大それた役割の責任が彼に降って注ぐことになるだろう。
ユグノー公爵も弘明を自らの政争に巻き込み二度と離そうとしないはずだ。
弘明は覚悟を決めてそれを受け入れているというのか。それとも事態をよく呑み込めていないだけか。
(まぁどうでもいいことか。それよりも問題は沙月さんだ)
そう、今は弘明のことを気にかけている場合ではない。
リオは突き放すように視線を弘明から沙月へと移した。
弘明と同じ問題は沙月にも付いて回る。
ガルアーク王政府の名の下に勇者となることを公示してしまった以上、沙月がこの国と、そしてこの世界と深く関わりを持つことになるのは必至なのだ。
沙月は地球に戻りたいと思っているのか、それともこの世界で勇者として成し遂げたいことがあるのか、今の沙月が美春達に再会したらどうなるのか。
慎重に事を運ぶ必要はあるが、美春達が沙月との再会を望んでいる以上、こちらからアプローチを仕掛けるしか手段はない。
要は出たとこ勝負になるということだ。
(いいさ。出たとこ勝負なのはこれまでもずっとそうだった)
ベルトラム王国の王立学院に入学した時も、ラティーファを精霊の民の里に送り届けた時も、両親の軌跡を辿るようにヤグモ地方へと赴いた時も、ルシウスへの復讐を果たそうとしている今だってそうだ。
世の中は自らのあずかり知らぬ不確定事項だらけなのだから、神でもない限り未来で何が起こるのかなんて知ることはできない。
目的を定め、人事を尽くし、後はただ前進あるのみ――、それだけだ。
ゆえに今は自分がなすべきことに集中すればいい。
まずは沙月が何を思っているのか、それを探るためにも接触を図る必要がある。
その時は近い。
「ここで私からも重大な発表がある。勇者サツキ=スメラギを
壇上に立つガルアーク王国の国王フランソワはここぞとばかりに高々と宣言した。
「六賢神の使徒である二人の勇者の隣を歩む我々の未来は明るいことだろう。
そこで勇者達よ。改めて問いたい。汝らは我らが進む先に付いてきてくれるか?」
続けて、フランソワが沙月と弘明に向き直って尋ねる。
その言葉に反応して沙月はピクリと
だが、すぐに表情の変化を消し去ると、
「……はい。貴方達が正しい道を進む限り、私、
沙月はよどみなく答えた。
人々から視線を向けられていることには慣れているのか、緊張した様子は見てとれない。
そんな沙月を歓迎するように、会場に拍手が鳴り響いた。
続けて会場にいる者達の視線が弘明へと集まる。
(あー、お願いする立場なんだからもう少しモノの言い方ってのがあるだろうに。国王って生き物は偉そうで好かんな)
内心でそんなことを思う弘明。
国王である立場ゆえか、フランソワの尊大な物言いは彼の癇に障ったようだ。
弘明は見下されるのが嫌いだった。
だが――、
「えー、わかりました。貴方達の行いが正しい限り、私も貴方達に協力することを誓わせてもらいましょう」
(てか、王政で国王が偉ぶることができるのって国王が一番権力を持っているからだろ。
六賢神の使徒で神に選ばれた勇者の俺はそれ以上の権威がある。
そうなるとへりくだるのも癪だが……、ここは下手に出ておくのが心の広い対応ってもんだ)
自らにそう言い聞かせて、弘明は己の感情に折り合いをつけたのだった。
周囲の視線が集まっている時にそんなことを考えられるとは、意外と彼は大物なのかもしれない。
そんな弘明のぼやきを知る由もなく、会場にいる者達は二人の勇者を祝福するように拍手を鳴り響かせていた。
「以上だ。それでは今宵の夜会を存分に楽しむとよい」
フランソワがそう告げて、夜会は正式に開始された。
会場内が喧騒を帯び始め、各々が思い思いに行動を開始する。
「ではハルト様、早速ですが勇者様の下へといらっしゃいますか?」
「ええ、お願いします」
リオもリーゼロッテに連れられ、沙月と会うべく早速行動を開始した。
別行動中のセドリック達とは別に二人だけで壇上へと昇っていく。
この壇上に上がるにあたっても地位や順番に関して暗黙のマナーがあるのだが、公爵令嬢であるリーゼロッテに連れられているリオならば開始直後であっても問題なくそこへ移動できる。
どうやらリオ達が一番乗りのようだ。
「フランソワ国王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
まずはリーゼロッテが国王であるフランソワへと華麗に挨拶をした。
すぐ傍には沙月、弘明、フローラ、ユグノー公爵などの他にガルアーク王国の王族の姿もある。
一同は歓談をしているようであったが、真っ先に参上したリーゼロッテに気づくと、彼女を知る者達は晴れやかな笑みを浮かべて歓迎した。
「おお、リーゼロッテか。久しいな。アマンドの一件は聞き及んでいる。災難であったな」
代表してフランソワがリーゼロッテに話しかける。
「ご心配をおかけいたしまして誠に申し訳ございませんでした。再び陛下のご尊顔を拝する名誉に恵まれましたこと光栄に存じます」
そう告げて、両手を下腹部の前に合わせて置き、リーゼロッテは
「よい。そなたの無事な姿を見られて幸いであった。して、そちらの者はそなたのパートナーであるか? 珍しいこともあるものだと好奇心を抑えられなくてな」
「はい。彼はハルト様といいまして、アマンドの一件で私の命をお救いくださったのです。
ハルト様には返しきれぬほどの御恩を賜ることになりました。今日はそれに報いるためにと考えまして、恐れながらも私のパートナーとしてお越しいただいたのです」
「ほう、その方はハルトと申したか。大義であったな」
ちらりとリオに視線を移すと、フランソワが告げた。
「もったいなきお言葉。本来ならば
リオは恭しくひざまずくと、顔をうつむけて答えた。
「よい、許す。面を上げるがよい」
慣れたようにフランソワが告げる。
「はっ。格別のご高配を
リオは立ち上がると左手を腹に添え、右手で心臓を掴むように握って胸に当てた。
貴族社会では一般的に知られた最上級の敬服の姿勢である。
右手で己の急所である心臓を握りしめ、左手で腹に添えることで武器を持たずに無抵抗であることを示すのだ。
「ふむ、良い面構えをしているな。が、少し見慣れぬ顔つきをしておるが、出身はどこだ?」
「……生まれた地となるとベルトラム王国にございます。とはいえ数年前より、かの国を離れて旅をしておりますが」
その言葉にベルトラム王国勢であるフローラやユグノー公爵は僅かに表情を変えた。
あまり彼女達の注目を集めたくはないが、一部素性を明かしているリーゼロッテも隣にいるため、嘘を吐くわけにはいかない。
「ほう、そうなると両親は別の国の出身というわけか。どこの国の出なのだ?」
「ここより遥か東方に位置するヤグモ地方、その中にあるカラスキ王国にございます」
「おお、ヤグモ地方か。国交は絶えて久しいが、我が国にも伝承は残っておるぞ。まさか中央の未開地を乗り越えてシュトラール地方に移住する猛者がいるとは思わなんだ」
ひとまずは素性を明かすことで警戒心を解くことはできた。
ヤグモ地方の話を出すことで興味も惹けたようだ。
なかなか良い流れである。
「なかなか面白い話を聞かせてもらったな。礼を言おう。もう少し話を聞きたいところなのだが、機会があればまた話を聞かせてくれ」
時間の関係もあり、フランソワもこの場ではこれ以上深く立ち入ることはしないようだ。
少し名残惜しそうに、話はそこで打ち切られた。
「もったいなきお言葉にございます」
リオが
「陛下、せっかくの機会にございます。よろしければサツキ様にご挨拶をしてもよろしいでしょうか?」
言って、リーゼロッテはリオに向けて横目で小さくウインクした。
それに気づきリオが口許に小さく笑みをこぼす。
「うむ、そなたもサツキ殿に会うのは初めてのことであったな。私から紹介しよう。
サツキ殿、彼女はリーゼロッテ。我が国の重臣であるセドリック=クレティア公爵の一人娘だ」
と、フランソワは直々にリーゼロッテをすぐ傍にいた沙月に紹介した。
「初めまして。沙月様。リーゼロッテ=クレティアと申します。お会いできて光栄ですわ」
リーゼロッテは微笑を浮かべて名乗りを上げると、沙月にサッと手を差し出した。
他の者達と異なりリーゼロッテが沙月の名を呼ぶ声のアクセントは微妙に異なっているように聞こえた。
その違いをうっすらと感じ取ったのか、沙月がじっとリーゼロッテの顔を見つめる。
「……ええ、初めまして。サツキ=スメラギです。よろしくお願いします」
沙月はその手を握り返すと、にっこりと笑みを浮かべて挨拶を返した。
「紹介いたします。彼は私のパートナーであるハルト様です」
今度はリーゼロッテがリオを沙月に紹介する。
「はると?」
和名のようにも聞こえる名前に、沙月は小さく呟きを漏らした。
「初めまして。ハルトと申します。勇者である沙月殿にお会いすることができ光栄に存じます」
妙にこなれた発音で沙月の名前を呼ぶと、リオは沙月に手を差し出した。
その発音の違いには沙月だけでなく、リーゼロッテも
沙月は微笑を浮かべてリオの手を握ろうとした。
「ええ、よろしくっ……」
言いつつリオと握手をしたところで、沙月がハッと目を見開く。
瞬時にきょろきょろと視線を走らすと、ややあって食い入るようにリオの顔を見つめだした。
傍からだと少し挙動不審に見える。
「どうかなさいましたか?」
落ち着いた口調でリオが尋ねると、沙月は我に返ったようにぎこちない笑みを浮かべた。
「いえ、ごめんなさい。なんでもありません。えっと、貴方の名前が祖国の響きに似ているので少し懐かしくて……」
手は握ったまま、「こほん」と可愛らしく咳払いをすると、沙月は小さく
気のせいか少し声が上ずっているように聞こえる。
「そうなのですか? この辺りの国では少し珍しいかもしれませんが、それでもまったく聞きなれない名前の響きというわけでもないのですよ。
ああ、そういえば私の両親の祖国では一般的な響きだったとか」
リオがそう告げると、沙月はスッと目を細めた。
「へぇ、少し興味がありますね。近いうちに貴方の祖国について話を伺ってみたいです」
言いながら、沙月が少しジトっとした目でリオを見つめる。
「ええ、機会がございましたら。挨拶でお忙しいとは思いますが、もし夜会の最中にお手すきの時間がございましたら是非お声をおかけください」
そう語るリオはにこりと曇りのない笑みをたたえていた。
「ええ、是非そうさせてもらいますね」
是非という部分を強調し、沙月もにこりと笑みを浮かべて返す。
すると、そこで、
「おーい、お前ら。いつまで手を握りあっているんだ?」
手を握ったままの二人を見かねたのか、弘明が横から口を挟んできた。
「これは失礼しました。どうも沙月様とは初めて会ったような気がしないものでして」
沙月を握っていた手を放し、リオが苦笑しながら謝罪した。
「あら、奇遇ですね。私もですよ」
沙月がすかさず悪戯めいた笑みを浮かべてリオの言葉に同意する。
妙な意気投合ぶりを見せる二人に、周囲の者達は僅かに意表を突かれているようであった。
「サツキ殿がそのような表情を見せるのは初めてのことであるな。どうやら本当に気が合うようだ。人の巡り会わせとは不思議なものであるな」
と、フランソワが感心したように語った。
周囲の者達もやや戸惑いながら頷き、それを肯定する。
「ハルト様、そろそろ下へ戻りましょうか」
僅かとはいえ呆気にとられていたのはリーゼロッテも同じであったが、落ち着いた口調でリオに語りかけてきた。
まだまだこの場にいる者達に挨拶をしたいと思っている者達は大勢いるため、これ以上会話を長引かせるのはあまり好ましくはないのだ。
「はい。承知しました」
リオは即座にリーゼロッテの申し出を承服した。
「それでは陛下、名残惜しいですが一先ずこの場は失礼いたします」
「うむ。またそのうちゆっくりと語り合うとしよう。セドリック達も含めてな」
「はい。喜んで」
リーゼロッテは最上の笑みを浮かべて首肯した。
そうして二人はその場を後にする。
そんな二人の――、いや、リオの背中を、沙月は少し考えるような面持ちを覗かせながらじっと眺めていた。