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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第五章 思い描いた未来の先で

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第91話 夜会の風景

 雲一つない綺麗な空に満月が浮かんでいる夜。

 誰もが思い思いに着飾り、夜会の会場となるホールには千人にも及ぶ貴族が一堂に会していた。

 天井の高いホールの最大収容人数は二千人を超えるが、ゆとりを持って夜会を行うのならば半分程度の人数が丁度良いようだ。

 広々としたホールの中は込み合っている印象を与えない程度に賑わっている。

 今宵、国内外から集まった貴族達はまさしく各々の国で中枢に位置する家の者達であった。

 こうして今回の夜会に参加できるということはそれだけで一種のステータスであり、参加できない大勢の貴族から嫉妬や羨望を集めることになる。

 床、壁、天井のあらゆる場所にはこれでもかと豪華な装飾が施されており、光を灯す魔法が込められたシャンデリアならばそれだけで豪邸が建つだろう。

 集まっている人間も会場となる施設も超一流、そのことが参加者の優越感をくすぐってやまない。

 そうしていろどられた空間のいたるところで、国や派閥ごとにグループを形成したり、今宵だけはそういった垣根を意識せずに人が集まったりして、談義に花を咲かせている。


「いよいよ我が国の勇者様のお披露目ですか」

「噂ではまだ十七歳の少女だとか」

「何やら非常に美しいお方だと伺いましたぞ」

「ほう、楽しみですな。若い者など婚姻を結ぼうと躍起になるのではないですかな」


 世間話、自慢話、腹の探り合いをするような話と様々な会話が繰り広げられているが、最も多いのは今日の主賓である皇沙月すめらぎさつきに関する噂話だ。

 つい最近まで沙月に関する具体的な情報は国の心臓部に座る者達だけの間で共有されてきたため、その情報は一般にはほとんど出回っていなかった。

 それだけに彼女には多大な関心が寄せられ、貴族達は今日という日の夜を今か今かと待ちわびてきたのである。


「ところで本日はベルトラム王国革命政府の下に舞い降りた勇者様も参加なさるとか」


 とある場所に集まっていたグループの貴族がそんなことを言った。


「ああ、彼ですか」


 と、即座に反応する貴族が一人。

 彼はユグノー公爵が執政を行っているベルトラム王国の革命政府からやって来た人物であった。


「おお、貴方はベルトラム王国革命政府から招待された方でしたな。既に勇者様とお会いになられたので?」

「ええ、一度だけお目通りさせていただきました」


 そう答える男性貴族は少し得意顔を浮かべている。


「ほう、どのような御仁だったのですか?」


 代表して一人が尋ねると、興味深そうな視線が弘明と会ったことがあるという男性貴族に集まった。


「中々に強い個性をお持ちになっているようでしたが、まだまだ若い青年……と言ったところですかな。異界よりいらっしゃったせいか、まだこちらの世界については世間知らずなご様子でした」

「ははは、となると今は色々と学んでもらう時期ですかな。我が国のためにも素晴らしい勇者様になってもらいたいものですが」

「ご安心ください。幸い我が国の勇者殿は博識ではありますが、柔軟な思考も持ち合わせているようでした。ユグノー公爵も素晴らしい勇者だと褒めておいでです。

 それにフローラ王女殿下とフォンティーヌ公爵令嬢の献身的な支えもあってか、我々の考えに賛同なさってくれているようでして」


 と、男性貴族は自陣と弘明との関係が良好であることを説明した。


「ほう、それは良い話ですな。若い美姫二人の支えがあるとなれば奮い立つのが男というものですからな。ゆくゆくは救国の勇者として後世に名を残すことでしょう」

「仰る通りです。そのためにも我らが手を取り合い、勇者殿を相応しい舞台へと導かなくてはなりません」


 などと、場所によってはちらほらと弘明に関する話題もあがっている。

 今回の夜会はベルトラム王国革命政府からやって来ている者達にとってはおあつらえ向きなピーアールの舞台でもあった。

 沙月と比べて弘明はその存在が秘匿されていることもないため、積極的にプロパガンダに利用され始めているようだ。


「ははは。そのためにも我等自身がより精進しなければなりませんな」

「ええ、勇者様からの覚えが良くなれば、それだけ導きやすくもなるというもの。今夜は是非とも勇者様にお近づきになりたいところですな」


 周囲の貴族達が笑顔で頷く。

 その仮面の下にはギラギラとした権力欲が隠れており、中には今夜のうちに勇者と親しくなろうと意欲を見せる者もいた。

 勇者はシュトラール地方であがめられている六賢神の使徒という神聖な存在である。

 権威付けに利用するには打ってつけの人材であり、自らの派閥に取り込めば他の派閥を出し抜いて一気に権力闘争のレースでトップに躍り出ることができるのだ。

 それゆえ取り入る隙さえあれば積極的に取り入っていくつもりなのだろう。


「そういえばそろそろ我が国の貴族が出そろう頃合いですかな」


 と、ガルアーク王国の貴族が言った。


「先ほどグレゴリー公爵家の方々がいらっしゃいましたから、次はクレティア公爵家の方々でしょう」

「おお、聞いたことがありますぞ。かの家の繁栄ぶりは羨ましい限りですな。ご息女が誕生なされてからは特に躍進が目覚ましいそうで」

「才女リーゼロッテ嬢ですか。才色兼備とはまさしく彼女のことを意味する言葉なのでしょうな。いまだ婚約者がおらず、クレティア公爵家とお近づきになるには格好のお相手といえますが……」

「今となってはそこいらにいる若造では少しばかり高嶺の花すぎますな。求婚の噂は絶えず伺いますが、いったいどのような御仁が彼女の心を射止めるのやら」


 と、クレティア公爵家に関する話も話題に上がってくる。

 リーゼロッテに関しては国外の知名度も高く、国内の貴族で知らぬ者はもぐりと言える程で、少なからず注目を集めている人物の一人となっていた。

 そんなわけで彼女の婚約者が誰になるのかは定番の噂話となっているのだ。

 すると、その時、


「クレティア公爵家並びにその御客人、御来場!」


 会場を警備する騎士の声がホールに響きわたった。

 国内の貴族としては最も大物であるクレティア公爵家の名が告げられたことで、ホールの貴族達が一瞬で静まり返る。

 彼らが登場すれば今宵の夜会に出席するガルアーク王国内の貴族はすべてが出そろったことになり、残るのは国外からやって来る外賓の一部、ガルアーク王国の王族、そして沙月だけだ。

 そうして訪れた数瞬の静寂の後――、


「……先ほどの騎士は御客人と言いましたかな?」

「ええ、確かにそのように聞こえました」


 ホールの各地でひそひそと小声で喋る者達が現れ始めた。

 現在のガルアーク王国において最も栄えている家はどこかと聞かれれば、間違いなくクレティア公爵家の存在が語られることになるだろう。

 つまりはガルアーク王国内で最も動向が注目されている家であるということだ。

 そんなクレティア公爵家がこの重大な夜会に個人的な客人を招いてやって来るというのである。

 この場に集まっている者達は貴族の中でも情報にさとい者達ばかりであるから、関心を寄せないわけがない。

 必然的にホール内にいた貴族達の大半が派閥を問わずに壇上の扉へと視線を集中させた。

 その中でもクレティア公爵の派閥に属する貴族達が、速やかに壇上からホールに伸びる階段の付近へと集まり、かしこまりながらその登場を待ち始める。

 やがて扉が開き、件のクレティア公爵家の面々が入場してきた。


「……おぉ」


 ややあってかすかなざわめきがホールの中に広がっていく。

 人々が発した声には驚きの色がこめられていた。

 それも無理もないだろう。

 いつもならば決して見られないはずの光景がそこにはあったのだから。

 まず先頭で入ってきたのがセドリックとジュリアンヌ、この二人は何も問題はない。

 歳を重ねてもなお若々しさを誇る美男美女の組み合わせに見惚れる淑女紳士がいて、連れのパートナーから嫉妬の視線を浴びせられている光景がちらほらと見えるが、問題と言えばその程度のことだ。

 続けて入ってきたのがリーゼロッテの兄ジョルジュ=クレティアとそのフィアンセであるコレット=バリエである。

 別室にてコレットの両親であるバリエ侯爵夫妻と一緒に過ごしていた二人であったが、会場入りの際には一緒に入場することになっており、つい先ほどセドリック達に合流したのだ。

 公爵夫妻に負けず劣らずの相思相愛ぶりで知られる二人は次代の公爵夫妻として注目を集めているが、今の彼らに注目している者は会場の中にはいなかった。


「やはり注目を集めてしまっているな……」


 会場に漂う戸惑いの空気を機敏に察しとり、ジョルジュは苦笑を漏らした。


「無理もありませんわ。私もまだ驚いていますもの」


 コレットが小声で同意する。

 現在ホールにいる貴族達の視線が自分達の後ろにいる二人に向けられているだろうとわかっているからだ。

 そう、今、ホールの中にいる貴族達をどよめかせているのは他でもない。

 一人はジョルジュの妹であり、コレットの義妹になるだろうリーゼロッテ――、現在のガルアーク王国内で最も高嶺の花と評されており、今までに浮いた話の一つも噂になったことがない鉄壁の美少女である。

 そしてもう一人、会場の貴族達の視線は彼女の隣で仲睦まじく腕を組んでいる男――リオに向けられていた。

 この登場の仕方はどう考えてもリーゼロッテがリオを今宵のパートナーとして扱っているようにしか見えない。

 今までに夜会へパートナーを連れてきたことがなかった、あのリーゼロッテがである。

 それだけ彼女が夜会にパートナーを連れてきた意味合いは大きかった。

 国内外を問わずリーゼロッテを自分の妻にと考えている貴族は多い。

 それも当然だろう。

 見る者を惹きつける可憐な容姿、男性を引き立てる柔らかな人柄、名家クレティア公爵家とのコネクション、近隣諸国に名を轟かせるリッカ商会――、リーゼロッテと結婚すればそのすべてが手に入るのだから。

 それゆえ縁談の申し込みは常に絶えなかったのだが、彼女はこれまでにそのすべてを断り続けてきた。

 それどころか夜会へパートナーを連れてくることさえなかったのだ。

 近頃ではリーゼロッテが同性愛者なのではないかと密かに噂する者達まで現れ始めたのだが、その予想は見事に裏切られることになった。


「……誰かあの青年をご存知で?」

「いえ、私は存じませんな」

「私もです。彼は一体……」

「髪の色はともかく顔立ちはややエキゾチックな感じがしますな」

「となるとどこか異国の御仁でしょうか」


 ひそひそと会場の男性陣が見定めるような視線を送りながらリオのことを噂する。


「あら、素敵な殿方ですわね」

「本当、どこの家の方でしょうか?」


 その一方で、若い令嬢達の中にはリオに好奇の視線を投げかける者もいた。

 つややかな髪をなびかせ、切れ味のある中性的な容姿に微笑を貼りつけ、堂々とした態度でゆっくりと壇上から伸びる階段を下りるその姿は貴公子然としている。

 貴族達から浴びせられる遠慮のない視線に気後れしている様子は一切感じられず、リーゼロッテの隣に立っても引けを取らない風格があった。

 実に堂に入った立ち振る舞いである。


「クレティア公爵閣下、ご機嫌麗しゅう」


 階段を下りると早速クレティア公爵に話しかける者がいた。

 やや細身でスラリと背の高い壮年の男性だ。


「これはバリエ卿。いつも息子が世話になっております。今回の王都滞在中も随分と良くしてもらったようで」


 セドリックは微笑を浮かべて応じた。

 どうやら目の前にいる男はジョルジュのフィアンセであるコレットの父親のようだ。

 その隣にはコレットの母親と思われる女性がそっと控えている。


「何を仰いますか。こちらの方こそいつも娘が世話になっておりますぞ。ジョルジュ君は実に良く出来た御子息でいらっしゃる。彼の義父になれると思うと私も鼻が高い」


 コレットの父親は親しげな笑みを浮かべてそう答えると、ちらりとリオに視線を送った。


「ところで閣下。何やら本日は新しい御客人をお連れのようで。是非とも私どもにご紹介頂けないでしょうか?」

「ははは。どうやら会場にいる多くの方々が彼に注目しているようですね」


 セドリックが愉快そうに笑って答える。


「無理もありますまい。ご息女のパートナーとなれば我が国の若い貴族の男達は黙っておりませんぞ」


 と、何やら愉快気に二人が語っていた。

 どうやら今の会場の空気を楽しんでいるようだ。


「ハルト君、紹介しよう。彼はリオネル=バリエ侯爵。我が息子ジョルジュのフィアンセであるコレット君のお父上だよ。

 バリエ卿。彼はハルト君といいまして、リーゼロッテの個人的な恩人であり友人です」

「ほう、個人的な友人ですか」


 意味深長な物言いに、リオネルが興味深そうにリオを見やる。


「初めまして。ご紹介にあずかりました。ハルトと申します。バリエ侯爵閣下にお目にかかれて光栄に存じます」


 挨拶をして、リオは恭しく礼をした。


「うむ。初めましてだな。会えて嬉しいよ」


 リオネルは愛嬌あいきょうのある笑みを浮かべると、サッと手を出して握手を求めた。


「ありがとうございます」


 リオが素早く手を差出しリオネルの手を握る。


「紹介しよう。私の妻のカミーユだ」


 視線を交わして頷くと、リオネルは隣に立っていた女性をリオに紹介した。


「初めまして。カミーユと申します」


 微笑を浮かべて淑女然とスカートの裾を摘まむカミーユ。


「初めまして。お会いできて光栄です」


 リオはそっと胸に右手を添えてカミーユにお辞儀した。


「もう少し君と話してみたいところだが、他の者達も閣下に挨拶をしたいようだ。君にも興味を持っている者が多そうだからね。私はいったん下がらせてもらうとするよ。それでは、失礼」


 その場にいた他の持達に目礼をして簡単に挨拶をすると、バリエ侯爵夫妻はその場を後にした。


「では父上、私とコレットも挨拶に回ってきますので、これで」


 そう言い残してジョルジュとコレットも立ち去っていく。

 その場に残ったのはクレティア公爵夫妻とリーゼロッテとリオの四人となった。

 が、すぐに入れ替わるように他の貴族達が近寄ってくる。

 貴族達は最初にセドリックとジュリアンヌに声をかけるのだが、当然のようにリーゼロッテとリオにも声をかけてきた。

 普段ならば少しでもリーゼロッテと親しくなっておこうと熱心にアプローチをかけてくる者が続出するのだが、本日は少しばかり毛色が違っている。

 貴族達はみなリオに興味を持っているようで、誰もがリオのことを知ろうと紹介を求めてきたのだ。

 その度に同じ挨拶を繰り返すことになるわけだが、こうした場に慣れているリーゼロッテはもちろん、リオも辟易した様子は見せずに笑顔で対応していた。

 とはいえ、現在、二人の目の前にいる紳士は少しばかり曲者であった。


「おお、そのような経緯があったのかね。まさに君はリーゼロッテ嬢の恩人というわけだな」


 ご機嫌な笑みを浮かべてそう言ったのは、でっぷりとした腹を突きだしている小太りな男性だ。

 年齢は四十代半ばといったところで、ガルアーク王国で公爵位を保有する大物貴族である。


「さぞかし腕が立つのであろう。是非、君の剣技を一度この目で拝見したいな」


 と、顔に笑みを貼りつけながら、クレマン=グレゴリー公爵は言った。

 だが、その瞳は油断なくリオを観察しようとしている。


「良い機会に恵まれましたら」


 リオは内心で小さく嘆息すると、控えめに微笑をたたえて当たり障りのない返事をした。

 大抵の貴族はリーゼロッテへの挨拶や売り込みを兼ねてリオにも簡単に探りを入れてくるのだが、クレマンは果敢にもストレートに探りを入れてくる。

 普通ならば一、二分程度で会話を済ませて目上の者に順番を譲るのがマナーなのだが、あいにく彼より上の身分の者は今ホールの中にはいない。

 セドリックとジュリアンヌとは既に別行動をしており、援護をしてくれる者もおらず、それが災いしてリオとリーゼロッテは既に十分近くクレマンの相手をする羽目になっていたのだ。

 その間にクレマンは弁舌をふるってリオの情報を聞きだしていた。

 忌憚なく踏み込んでくる大胆さといい、あえて場の空気を無視する面の皮の厚さといい、さらには粘り強く饒舌な口舌といい、流石は百戦錬磨の貴族といわざるを得ない。

 与えた情報は元から教えても構わないと思っていたものであったが、なんと言うべきかクレマンは話をしていて非常に疲れる相手であった。


「その機会が来ることを待ち望んでいるよ。君とは親しくなっておきたい」

「さように仰ってくださり光栄に存じます」


 うやうやしく答えて、リオはちらりと隣に立つリーゼロッテに視線を移した。

 彼女は彼女でクレマンの妻の相手をしており、こちらの会話に参加する暇はない。

 クレマンの妻もなかなかのしたたか者のようで、冷笑を浮かべてリーゼロッテと喋っている。

 すると、そこで、


「勇者ヒロアキ=サカタ様、ベルトラム王国第二王女フローラ=ベルトラム殿下、並びに外賓の方々の御来場となります!」


 弘明とフローラを始めとするベルトラム王国からの重要な外賓が会場入りすることを知らせる声がホールに鳴り響いた。


「おお、ようやく勇者殿の一人がいらっしゃるようだ」


 クレマンが好奇の視線を壇上の扉へと向ける。


「ところでリーゼロッテ嬢は既にサカタ卿とお会いになったとか?」


 続けて、クレマンがリーゼロッテに水を向けた。


「はい、何度かお目通りさせていただきました」

「ははは。何やら彼は随分と君のことをお気に召しているご様子だったよ。流石は我が国きっての才女と呼ばれているだけはある。勇者殿も君の手にかかれば一人の純情な青年になるといったところかな?」

「まぁ、そのようなことはございませんわ。私などグレゴリー閣下に比べればまだまだ赤子のようなものですもの」


 感情を読み取りにくい微笑を貼りつけて、お互いに視線を交わし合う。

 そうこうしているうちに壇上の扉が開き、弘明一行が会場に姿を現した。

 まずはユグノー公爵を始めとするベルトラム王国勢の有力貴族達が現れた。その中にはユグノー公爵の息子であるスティアードの姿もある。

 その姿を発見し、リオは僅かに目を細めてスティアードの様子を眺めた。

 遅れて弘明が胸を張って誇らしげに扉から姿を現す。その両隣にはフローラとロアナを侍らしていた。


「ほう……、噂に違わぬ美姫ですな。ベルトラム王国の第二王女殿下は」

「ええ、ですが、反対側を歩く御令嬢も中々の逸材ですな。王女殿下と並んでも遜色がない程です」

「確か彼女はフォンティーヌ公爵家のご息女では?」


 ホールにいる貴族達の視線は弘明達三人に集中していた。

 中でも比較的歳の若い男性貴族達はフローラとロアナに熱い視線を送っている。

 リーゼロッテの時もそうであったが、やはり見目みめの整っている女性には視線を奪われてしまうのが男の性なのだろう。


「ハルト様、是非ご紹介したい方がいらっしゃいますので、お越しください。閣下、失礼いたします」


 弘明達の登場で会場の空気が変わったことを幸いに、リオとリーゼロッテはクレマン達の相手を切り上げることにした。


「おお、長く引き留めてしまって悪かったね。息子も君に会いたがっていたよ。この会場にいるから是非会ってやってくれ」

「畏まりました。機会がありましたら是非」


 愛想笑いを浮かべて言うと、リオはリーゼロッテに連れられテラスの付近へと向かうことになった。


「お飲み物はいかがでしょうか?」

「頂きます」


 行きがけに給仕からドリンクをもらって、喋り続けて酷使した喉を潤す。

 リオは銀製のグラスの中でよく冷えたカクテルを飲み干した。

 色は黄色でややどろりとしている度数低めの甘めのお酒である。


「ハルト様、お疲れではないでしょうか?」

「いえ、まだまだ問題ございませんよ」


 リオは気さくに笑ってかぶりを振った。


「グレゴリー公爵は賑やかな方だったでしょう? ああ見えてかなり油断ならない人なんですよ。お気に召さないことがなかったらいいのですけれど」


 困ったように笑みを浮かべてリーゼロッテが語る。


「親しみやすい御仁でしたね。セドリック様とタイプこそ違いますが、話術に長けたお方だなと思いました」

「彼は父とは異なる派閥に所属している方なんです。敵対こそしておりませんが、友好的というわけでもありません。おそらく私が連れてきたということでハルト様に興味を持たれたのでしょう」

「道理で色々と気さくにお尋ねになられたわけですね」


 リオは苦笑を浮かべて答えると、ちらりとホールの中に視線を巡らせた。

 会場はずいぶんと盛況な様子で、今は新たに場に姿を現した弘明達へ挨拶を行おうと多くの貴族達が群がっている。

 どうやら各々が会の趣旨通りにパーティを満喫しているようだ。


「ところで紹介したい方がいらっしゃるというのは……?」

「ふふ、あの場を抜け出すための口実です。まだまだ先は長いですからね。休憩をとりたいなと思っていたんです」


 答えて、リーゼロッテは悪戯っぽく笑ってみせた。


「やはりそうでしたか」


 リオも可笑しそうに笑って答える。

 テラスのあたりは人も多くない。

 小休憩をとるにはうってつけの場所だろう。


「もうすぐ王族の方々と勇者様がいらっしゃるはずです。その時にご挨拶に伺うつもりですから、よろしければ勇者様と接触を図ってみてください」

「承知しました」


 リオが小さくお辞儀をして礼を述べる。


「ところでアマンドのレストランの一件でいざこざがあった貴族の一人をお見受けしたのですが……」


 と、リオは先ほど見かけたスティアードのことをリーゼロッテに話してみた。

 一応、情報は共有しておいた方がいいだろう。


「なるほど。その後どうしているかは伺っていなかったので、もしかしたらと思ってはいたのですが……。申し訳ございません」


 リーゼロッテは即座に話の意図を呑みこんだようだ。


「いえ、この場へやって来たいと申し出たのは私の方ですし、彼がこの場にいるのは不可抗力の事態でしょう。どうかお気になさらず」

「ありがとうございます」


 礼を告げるリーゼロッテに、リオは微笑を浮かべて頷いた。


「契約書のこともありますし、彼が何かしでかすことは考えにくいのですが、何かあれば御相談させていただきたいのです。よろしいでしょうか?」

「はい。もちろんです。私の方でもそれとなく注意しておきますので、何かあれば仰ってください」


 今度はリーゼロッテがしかりと頷く番だ。


「申し訳ございません。御面倒をおかけしてしまい」

「そのようなことはございませんよ」


 と、リーゼロッテがかぶりを振る。

 それから二人はしばし会場の隅で歓談することになった。

 リーゼロッテに遠目から国内外の有力貴族を簡単に教えてもらうことになり、リオは勢力図と人間関係図を頭の中に入れていく。


「まもなくフランソワ=ガルアーク国王陛下、並びに勇者サツキ=スメラギ様の御入来となります!」


 やがて呼び出しの騎士が夜会の主催者と主賓の到着が近いことを告げた。


「時間のようですね。お越しください。陛下と勇者様をご紹介いたしましょう」

「はい。よろしくお願いします」


 そうして二人は壇上の付近に向かって歩き始めた。

 ちょうど壇上から伸びる階段の下までやって来たところで、いよいよ主役の登場となる。


「国王陛下、並びに勇者様、御入来!」


 場の雰囲気が急速に畏まり、人々が神妙にその登場を待つ。

 リオとリーゼロッテも敬服の構えをとって、そっとうつむきながら登場を待つことにした。

 そして遂に壇上の扉が開く音が静寂なホールに響き渡る。


「一同、面を上げるように、とのことです!」


 現れた国王の言葉を近衛の騎士が代わって伝えた。

 許可を得たことで人々が好奇心を抑えられぬように壇上へと視線を走らせる。 リオも壇上をじっと見上げた。そこには国王を始めとする王族の姿がある。

 そしてその中にスラリとした黒髪の少女が立っていた。

 ぴんと背筋を伸ばし、周囲の王族に引けを取らぬ存在感を放っている。

 そう、彼女こそリオがこの場へやって来た目的の人物、皇沙月すめらぎさつきであった。

 今回は夜会ということで新しく登場する貴族も多いため、簡単な人物紹介を載せておきます。よろしければご参照ください。


 セドリック=クレティア:リーゼロッテの父

 ジュリアンヌ=クレティア:リーゼロッテの母

 ジョルジュ=クレティア:リーゼロッテの兄

 コレット=バリエ:ジョルジュの婚約者、リーゼロッテの義姉になる人物

 リオネル=バリエ:コレットの父親、侯爵

 カミーユ=バリエ:リオネルの妻、侯爵婦人

 クレマン=グレゴリー:ガルアーク王国の大物貴族の一人、公爵

 スティアード=ユグノー:リオにアマンドのレストランで絡む。つい最近まで謹慎していた。

 フランソワ=ガルアーク:ガルアーク王国の王様

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