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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第五章 思い描いた未来の先で

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第90話 遭遇

 沙月のお披露目を行う夜会の当日。

 今宵こよい、リーゼロッテに同伴してもらい、いよいよリオはガルアーク王国の王城へと赴くことになる。

 現在時刻は夕方に差し掛かり始めた頃合いで、雲一つない東の空には満月が浮かんでいた。

 クレティア公爵邸の庭に豪華な作りの馬車が二台停まっている。

 そのうちの一台にはリオとリーゼロッテが、もう一台にはセドリックとジュリアンヌが乗車するのだ。


「それじゃあ娘のエスコートをよろしく頼むよ、ハルト君。何しろこの子が異性を引きつれて夜会に出席するのは初めての経験だからね」


 と、乗車を前にして、セドリックが朗らかな笑みを浮かべてリオに語りかけた。

 絶対にというわけではないが、夜会が開かれる場合にはパートナーとなる異性を同伴して出席することが慣例となっている。

 未婚者の場合は両親に随伴することもできるが、一定の年齢に達するとパートナーを同伴させる者が増えてくるのだ。

 未婚の男女がパートナーを同伴させることは己の沽券に関わってくる。

 要は服や宝石と同じで、自らを飾りたてるアクセサリーみたいなものだ。

 特に男性の場合は成人になってもパートナーを連れてこない者は半人前扱いされる風潮がある。

 体面や品位を大事にする貴族として夜会に出席する以上、パートナー選びが重要な意味を持ってくることは想像に難くないだろう。

 ちなみに、婚約者同士ならばともかく、一緒に出席した者達は夜会の間もずっと行動を共にしなければならないというわけではなく、適当に折を見て別行動をすることができたりする。


かしこまりました。不肖の身ながら、お嬢様の隣に立つ者として恥じないよう頑張ります」


 控えめな笑みをたたえて、リオが答えた。

 リーゼロッテはガルアーク王国の公爵令嬢であり、近隣諸国に名を轟かせるリッカ商会の会頭でもある。

 しかも彼女はこれまで異性と一緒に夜会に出席したことがないと言うではないか。

 正直、リオとしては、リーゼロッテのパートナーとして一緒に夜会へ赴くことにはかなり気が引けた。

 無名の存在にすぎない自分が彼女のパートナーとして同伴すれば、間違いなく夜会に出席する貴族達からいらぬ注目を集める未来が透けて見えるからだ。


(だが必要なことだ。仕方ない)


 そう言い聞かせて、リオは内心で小さく嘆息した。

 別に何も悪いことばかりではない。

 リーゼロッテと行動を共にすることによって、夜会で勇者である沙月と接触をとりやすくなることは確かだからだ。


「そう言ってくれると嬉しいよ。何、ハルト君ならリーゼロッテの隣に立っても見劣りすることはない。もしかしたら良い婚約者が見つかったと思われるかもしれないね」


 からかうような笑みを浮かべて、セドリックが語る。

 隣に立つジュリアンヌも面白そうに微笑んでいた。


「はは……」


 リオが苦笑を浮かべて応じる。


「ハルト様、あまりお父様の仰っていることに耳を傾けなくとも大丈夫ですよ。いつもの戯言たわごとですから」


 やや呆れのこもった視線をセドリックに送りながら、リーゼロッテが言った。


「ははは、手厳しいな。僕は大事な可愛い娘の心配をしているだけだというのに」


 ややおどけたように言って、セドリックが小さく肩をすくめる。


「お戯れもほどほどにしてください。まったく」

「娘が初めて家に連れてきた男の子だ。好奇心を抑えられなくもなるさ」

「もう、あまり私に恥をかかせないでください。申し訳ございません。ハルト様」


 小さく嘆息すると、リーゼロッテはリオに向き直り頭を下げた。


「いえ、何も問題はございませんよ」


 リオは微笑ましげにかぶりを振った。


「ありがとうございます。さ、では。どうぞ馬車にお乗りになってくださいませ。お供いたします」

「ええ、承知しました」


 リオがこくりと頷く。

 そのままセドリックとジュリアンヌに目礼をして、リオはリーゼロッテと一緒に公爵邸の庭に控えていた豪華な作りの馬車に乗りこもうとした。

 すると、そこで、


「二人とも今日は楽しむといい。せっかくの機会なのだからね」


 と、セドリックが二人の背中に優しく語りかけた。


「ありがとうございます」

「はい。お父様」


 ぴたりと動きを止めると、リオとリーゼロッテがそれぞれ趣の異なる笑みを浮かべて返事をした。

 リオが浮かべているのが純粋に好意的な笑みだとすると、リーゼロッテは仕方がないなと思わず微笑んでしまっている感じである。

 そうして今度こそ二人がクレティア公爵邸の庭に控えていた豪華な作りの馬車に乗りこむ。

 中には既に御者と護衛を兼ねたお付きのアリアが乗車している。

 窓には東の空に昇る丸い月が薄っすらと浮かぶ光景が映っていた。


「それでは出発いたします」


 御者が告げると、リオ達を乗せた馬車が王城へ向けて出発した。

 周囲に王城へと向かう馬車は見当たらず、静寂な貴族街に車輪の音がガラガラと響き渡る。

 貴族の馬車で城門がごったがえさないよう、貴族の家格に応じて登城の時間帯が決められているからだ。

 国内の貴族としては最も家格の高いクレティア公爵家の面々は遅れて会場入りすることになっており、リーゼロッテの客として来場するリオもそれに伴って入場することになる。


「ハルト様はテイルコートがとてもお似合いですね。ハルト様の魅力が存分に引き出されておりますよ。ご新調されたのですか?」


 道中、走る馬車の中で、リーゼロッテが尋ねた。


「ええ、あまりこういった服は着なれないものでして。知り合いに選んでもらったんです」

「そうなのですか。とても良いセンスをお持ちの方なのですね。貴族は華美な色を好む方が多いのですが、私は落ち着いた黒が一番好きなんです」

「月並みな言葉しか思い浮かばず恐縮ですが、リーゼロッテ様もとてもお美しいですよ」


 そっとはにかみながら、リオもリーゼロッテを褒める。

 今のリーゼロッテは彼女の美しさを十二分に引き出す愛らしい装いをしていた。

 背中まで伸びた水色の長髪をアップスタイルで整えた髪型、それを束ねるバラの装飾が施されたヘアブローチ、髪の色に合わせた淡い水色のドレス、背中には同じくバラを思わせる大きなリボンが付いている。

 スカートは地面に伸びてふわりと広がり、まるで妖精のように可憐な雰囲気を醸し出していた。

 夜会の会場へと入れば間違いなく男達の視線を釘付けにすることだろう。


「まぁ……、ありがとうございます」


 リーゼロッテは僅かに目を丸くしてリオの顔を見つめると、そっとはにかんで礼を述べた。

 彼女にとって容姿を褒められることなどさして珍しいことではない。

 それこそ今までに対面した男性の貴族達から長ったらしい世辞と一緒に腐るほど「綺麗だ」とか「美しい」とか「可愛らしい」と言われてきた。

 そのほとんどが劣情や懸想の念がこもった視線と共に投げかけられてきた口説き文句だったのだが、今のリオは実に紳士的で、そういった下心的な意味合いがまったく感じとれない。

 かといってお世辞で褒め言葉を口にしたわけでもなさそうで、リーゼロッテは珍しく自らの容姿を褒められ純粋に嬉しいと思ってしまった。

 すると、そこで馬車が停止する。


「城門に到着いたしました。ただいま御者が入城の手続を行っております」


 御者台に座り周囲を警戒していたアリアの声が車内に響いた。

 どうやら馬車が王城の門へと到着したようだ。

 今宵は城の警備も厳重になっているようで、開きっ放しになっている窓からはちらほらと巡回中の兵士が歩いている姿が見える。


「クレティア公爵家の方々ですね。確かに確認いたしました。どうぞお通りください」


 外から兵士の畏まった声が微かに響いてきた。

 すぐに城門が開く音が聞こえてきて、馬車が動き出す。

 こうしてリオはガルアーク王国の中心へと入り込むことになった。


 ☆★☆★☆★


 ガルアーク王国の王城に隣接するように建設されている社交館――、今回、沙月のお披露目が行われる夜会の会場となる施設であり、薄藍色の壁を基調に各部が黄色の装飾で彩られた華麗な館だ。

 到着してすぐに会場入りするのではなく、リオはクレティア公爵家の面々と一緒に控え室へと案内された。

 来場の順番にも作法があり、その順番がやって来るまで待機することになったのだ。

 室内には華美な調度品が並び、品の良い芸術品が飾られている。

 そんな部屋の中でリオはセドリック達と談話をしていた。


「夜会は数日にわたって開催されるとのことですが」

「ああ、西のベルトラム王国の政権が不安定となり、北方のプロキシア帝国との睨み合いが続くこのご時世に、何を呑気な事をと思うかもしれないがね」


 セドリックが苦笑を浮かべて答える。


「こんなご時世だからこそ人々には吉報が必要であるとも思われます。暗い世上の噂ばかりでは士気も下がることでしょう」


 慇懃に微笑み返し、リオが言った。


「その通りだね。実際、勇者殿のお披露目は国民の士気を高揚させることをも狙いとしている。もっともこの夜会に出席する貴族にとってはそれだけで済む話ではないのだけれどね。色々と複雑な事情が入り組んでいる」

「会の趣旨通り社交の意味合いもあるのでしょうが、牽制と様子見も兼ねているといったところでしょうか?」


 あまり生々しい話をする場でもないと考え、リオは少しはぐらかす様に自らの考えを述べた。


「ほう……」


 セドリックが興味深そうに息を吐く。

 どうやら今のリオの発言に感じるところがあったようだ。

 そのままリオの顔を覗き込むと、セドリックは口を開いた。


「ハルト君は我が国の世情についてどこまでご存知なのかな?」

「あいにく近隣諸国との関係を含めて世間話として語られている程度のことしか存じません」


 リオは苦笑を浮かべてかぶりを振った。

 実際、リオはガルアーク王国についておよその外枠程度のことしか知らない。


「なるほど。やはり君は聡明なようだね。何となくだがリーゼロッテが目をつけた訳がわかった気がするよ」


 僅かに目を細めて顔を覗き込むと、セドリックはリオに微笑みかけた。


「それは買いかぶりすぎかと。私はありきたりな事を述べたにすぎません」

「そうかもしれないね。だが、そうでないとも言える。

 一介の市民はおろか、そこいらにいる貴族でさえ今ハルト君が言った言葉の意味を理解している者は少ないと私は考えているよ」


 少し意味深長な言葉を告げるセドリック。

 何と答えたらいいものか、リオが少し困ったところで、扉をノックする音が室内に響き渡った。


「おや、時間かな。まだ少し早い気もするけど」


 言って、少し意外そうな表情でセドリックがドアを見やる。


「失礼します。クレティア公爵閣下」


 丁重ではあるが少し焦りを感じさせる口調の言葉と共に扉が開いた。

 すぐに扉の前で部屋の警備をしていた兵士が入ってくる。


「ベルトラム王国の勇者様がリーゼロッテ様に是非ご挨拶をと仰っておりまして……。フローラ王女殿下とフォンティーヌ公爵家のロアナ様とご一緒にいらっしゃっているのですが……」


 と、困り顔を浮かべて告げた。

 その知らせに室内にいた一同が僅かに目を見開く。


「ああ、なるほど。それほどの方々がお越しになられたとあっては追い返すわけにもいかないね。構わないよ。お通ししたまえ」

「はっ!」


 堂に入った敬礼をすると、兵士は部屋の外へ出て、外で待機していた三人を招き入れた。


「よう、リーゼロッテ」


 ベルトラム王国の反革命軍――今となっては革命軍に立場を変えているが――、の下に召喚された勇者、坂田弘明さかたひろあきはリーゼロッテを目にすると室内に入ってくるなりご機嫌な様子で挨拶を述べた。

 夜会に出席するため、彼は金の刺繍の施された立派な白のテイルコートを着ている。

 今回の夜会には近隣諸国からも外賓が招待されており、その中に弘明達も含まれていたのだ。

 もっとも、弘明達はここ一ヶ月ほど国賓としてガルアーク王国の王城に滞在し続けていたのだが。

 ちなみにユグノー公爵はベルトラム王国内の本拠地であるロダン侯爵領に行き来したりしている。

 少しばかり馴れ馴れしすぎる挨拶ではあったが、クレティア公爵家の面々は笑顔を崩さずに弘明を迎え入れた。


「お久しぶりでございます。ヒロアキ様。私のために足をお運びくださりありがとうございます」


 代表して訪問されたリーゼロッテがにこりと顔に笑顔を浮かべて挨拶を返す。


「ああ、聞いたぜ。アマンドは大変だったようだな。無事だとは聞いていたが、事件後はずっと会えなかったし、心配してたんだぞ」

「申し訳ございません。代官として後処理に追われてなかなかアマンドを離れることもできなかったものでして」

「そうか、まぁ、なんだ……。こうして無事な姿を見れたわけだからな。それで良しとするさ」

「ふふ、ヒロアキ様は相変わらずお優しいのですね」


 思わず異性を惹きつけてしまうような微笑を浮かべて、リーゼロッテが礼を告げる。

 弘明はこの時初めて彼女のドレス姿を間近でじっくりと見つめることとなった。

 前回に会った時よりもお洒落で可愛らしいリーゼロッテの晴れ姿に弘明が思わず顔を赤くする。


「んん、それにしても随分と似合っているじゃないか」


 小さく咳払いをして、弘明は少しどぎまぎとした口調でリーゼロッテを褒めた。

 ちらちらとリーゼロッテのことを見つめてはいるが、意識してしまっているのか、目を合せないようにしている。


「ありがとうございます。これ、お気に入りのドレスなんです」

「あー、そうか。その、可愛いと思うぞ」

「ふふ、お上手ですね」


 周囲の者達のことを忘れて話に没頭する弘明だったが、リーゼロッテはくすりと笑うと、フローラとロアナに視線を移した。


「フローラ王女殿下。再びお目にかかれましたこと、光栄に存じます」


 と、リーゼロッテがドレスの裾を掴んで、うやうやしく挨拶を告げる。


「はい。お久しぶりです。貴重な団らんの時間に押しかけてしまい申し訳ありません」


 フローラは控えめに微笑んでから、申し訳なさそうに謝罪した。

 今の彼女は紫色のドレスを身につけ、薄紫の長い髪をハーフアップに束ねている。

 その姿はリーゼロッテに勝るとも劣らない程に可愛らしかった。


「そのようなことはございませんよ。フローラ様のご来訪ならいつでも大歓迎です」

「そう言ってくださると幸いです」


 フローラが安堵したように笑みを浮かべる。

 それからリーゼロッテは弘明とフローラの背後に控えるロアナに視線を移した。


「ロアナ様もお久しぶりですね」

「ええ、お久しぶりです。先日は御屋敷にお招きいただきどうもありがとうございました」


 ロアナは黄色いドレスの裾を摘まんでお淑やかにお辞儀をした。


「いえ、素晴らしいひと時を過ごさせていただきました」


 リーゼロッテもドレスの裾を掴んで上品にお辞儀を返す。


「遅ればせながら本日私がお供している方々を紹介いたしますね。まずこちらが私の父であるセドリック、そして隣にいる女性が母のジュリアンヌです」


 リーゼロッテはひとまず両親であるセドリックとジュリアンヌの紹介を行う。


「お初にお目にかかります。リーゼロッテの父、セドリック=クレティアと申します」

「妻のジュリアンヌです。初めまして。お会いできて光栄ですわ」


 穏やかな笑みをたたえて、セドリックとジュリアンヌが簡単に自己紹介を行う。


「初めてお目にかかります。フローラ=ベルトラムです。どうぞよしなにお願いします」

「ロアナ=フォンティーヌと申します。以後お見知りおきを」


 フローラとロアナが淑女然と挨拶を返す。


「あー、っと、ヒロアキ=サカタです。どうぞよろしく」


 二人が挨拶を行っていく姿を見て、少し緊張した様子で弘明が頭を下げた。

 場の雰囲気を察したのか、普段の明け透けな彼から想像できないくらいに大人しくなっている。

 まるで借りてきた猫のようだ。


「ははは、どうかそう緊張しないでください。ヒロアキ殿」


 と、セドリックが弘明に語りかけた。


「えっと、すみません。どうも敬語ってやつは苦手で。最近はフローラやロアナ達から言葉遣いについて注意を受けているんだ……ですけどね」


 ばつの悪そうな笑みを浮かべて、弘明が小さく頭を下げた。

 その傍でフローラは困ったように笑みを浮かべ、ロアナは小さく嘆息している。


「勇者様は異界よりいらっしゃったと伺っております。まだ何かと不慣れなこともおありでしょう。今はこちらでの暮らしに順応なさるとよい」

「あー、はい。そう言ってくれると助かります」


 言って、弘明はぽりぽりと頭をかいた。

 そこでまだ紹介が終わっていないリオにフローラ達の視線が移る。


「彼は私の恩人でハルト様です。今回はそのご恩を返すためにこの場にお招きいたしました」


 と、リーゼロッテがフローラ達に向けてリオの紹介を行う。

 リオは内心で感じていた驚愕を見事に隠し、愛想笑いを貼りつけていた。

 まさか旧知の人物とこうしてまみえることになるとは思いもしなかったが、下手にボロを出すわけにもいかない。


「初めまして。ご紹介にあずかりました。ハルトと申します。皆様にお目にかかることができ、光栄に存じます」


 胸にそっと右手を添えて、リオが礼儀正しく口上を述べる。

 家名を名乗らないことにロアナが僅かに目を細めたが、時と場合によっては世を忍び家名を名乗らない貴族がいないわけでもない。

 リオが貴族なのか、仮にそうだとしても今がその時と場合なのかの判断はつかないが、慇懃いんぎんな言葉遣いと所作からおそらくは貴族だろうとロアナは内心であたりをつけた。


「いったい何の恩人なんだ?」


 と、弘明が一歩突っ込んだ質問を投げかける。


「先のアマンドの一件はヒロアキ様もご存知でしょう。その際にお力をお借りしたんです」


 リーゼロッテは少しはぐらかすように答えた。


「へぇ」


 と、弘明が何やら見定めるような視線をリオに投げかける。

 リオは微笑を浮かべてその視線を受け止めた。


「よろしくな。ヒロアキ=サカタだ。一応、勇者をやっている。歳は俺より少し下ってところか。俺は十九歳だが」

「よろしくお願いします。ヒロアキ殿。私は十六歳です」

「じゃあロアナと同い年だな。フローラの一つ上だ」


 そう言って、弘明はちらりとフローラ達に視線を移した。


「ん? どうした、フローラ?」


 何やらフローラはリオの顔をじっと見つめていた。

 例えるなら何かがしっくりとこないような表情を浮かべている。


「あ、いえ。すみません。その、以前どこかでお会いしたことはありませんよね?」


 おずおずとフローラが尋ねた。


「いえ、記憶にはございませんが」


 リオは表情を変えずにかぶりを振った。


「そう、ですよね。すみません。おかしなことを言ってしまいました」


 フローラが少し落胆したような笑みを浮かべる。


(もしかして俺の正体に気づきかけているのか?)


 リオは微笑を浮かべたまま背筋に冷や汗をかいた。

 ロアナは特にリオのことを気にした様子はないが、フローラはまだうかがうようにリオの顔を見つめている。

 傍からだとフローラが端整なリオの顔立ちに見惚れているようにも見えるが、何となく二人の間に異様な雰囲気が漂った。


「あー、どうかしたのか? フローラ。そんなにじろじろと見たらハルトも困るぜ」


 少しばかりつまらなさそうな表情を浮かべて、リオとフローラの間に弘明が割り込む。


「す、すみません」


 フローラがハッとして謝罪を行う。

 それから会場入りするまでの間しばし弘明達も交えて歓談を行うことになったが、フローラは露骨にならないように時折リオのことを見つめていた。


「クレティア公爵閣下。お時間です。どうぞお越しください」


 やがて会場入りの時間がやって来たことを知らせる兵士がやって来る。


「さて、名残惜しいですが続きはまた後ほど会場で。私達は一足先に会場の方に足を運ばせていただきます」


 軽く手をかかげて兵士に少し待つように合図を送ると、セドリックがフローラ達に目礼して告げた。


「長居してしまいすみませんでした。公爵のお話が巧みで時間を忘れてしまったようです」


 フローラが代表して話す。


「身に余るお言葉を頂戴し光栄です」


 セドリックは深々と頭を下げた。

 一同が腰を下ろしていたソファから立ち上がる。


「それではお先に失礼いたします」


 去り際にそう告げると、リオ達は夜会の会場へと向かった。

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