第88話 クレティア公爵家での晩餐
リオ達を乗せた魔道船は午前中にアマンドを出発すると、北東に進んで僅か半日足らずでガルアーク王国の王都へと航行した。
魔道船の最大速力はおよそ百十ノットほどだが、通常航行時は燃費の関係でその半分以下の速度で移動する。
全力で飛行する時のリオ程ではないが、かなりの移動速度であった。
「見えたぞ~! 王都だ! もうすぐ王都に到着するぞぉ!」
マストの見張り台に立っていた船員の声が甲板に響き渡る。
「どうやら王都に到着するようですね。あれが王都みたいですよ」
既に甲板からも遠目に王都の姿を確認することができる。
リオが真向かいに立っていたクロエに言った。
「あ、はい。綺麗……ですね」
同意しながら、クロエは甲板から見える王都の景色に目を奪われていた。
都市の中で
王都の周辺には穀倉地帯や果樹園が広がっており、王都の暮らしを支えていることが
噂を聞きつけたのか、王都の景色を眺めようと少しずつ人が現れて、甲板が騒がしくなってきた。
「では、下船の準備がありますので。私は一度、部屋に戻りますね」
「はい! ありがとうございました!」
クロエに見送られて、リオは
それから十分ほど航行すると、魔道船は王都の東に位置する巨大な湖へと着水することになる。
魔道船は陸にも着地はできるが、専用の港があるのは海や湖などの水場であることがほとんどだ。
南西から進行してきた魔道船はいったん王都を通り過ぎ、東の湖上空へと侵入した。
「おもか~じ」
「おもか~じ」
ブリッジに船長と
船長の号令を復唱すると、
「面舵十五度」
と、
魔道船は右へ回頭していき、大きく弧を描くように王都へと旋回し始めた。
「戻~せ!」
「舵中央!」
魔道船が王都の港へと向かい始めたところで、船長の号令に従い、
「
「
今度は僅かに舵輪を左に回すと、右に旋回していた船の勢いが殺された。
「針路、二百七十度、よ~そろ~」
船長が希望の進行方向を告げる。
「よ~そろ~、針路、二百七十度」
要望通りに針路をとったところで、
「微速前進、微速下降」
「微速前進、微速下降、よ~そろ~」
湖の西端に位置する王都の港へと近づいてきたところで、魔道船がゆっくりと下降していき、少しずつ眼下の湖との距離が縮まっていく。
「総員、着水の衝撃に備えよ!」
伝声管に向けて艦長が叫ぶ。
魔道船は吸い込まれるように湖に着水すると、周辺にざぶんと波をまき散らした。
そのまま水上を移動して港へ到着し、乗組員と待ち構えていた者達が手際よく上陸作業を開始する。
放られたロープで港と船とを固定させると、タラップが取り付けられて船の乗降が可能となった。
「リーゼロッテ様! 準備完了です!」
甲板からその様子を眺めていたリーゼロッテに船長が告げた。
「みんなお疲れ様。後はアマンドへ帰るまで羽を伸ばしてちょうだい」
「野郎ども! 聞いたな! 休暇が欲しけりゃさっさと仕事を終わらせるぞ!」
「おう!」
船上に乗組員達の声が響き、きびきびと行動を開始する。
リーゼロッテは微笑ましげに彼らを見送った。
「さ、ハルト様。準備が完了しましたのでどうぞこちらへ」
そう言って、リーゼロッテはリオを伴い下船した。
二人を警護するようにお付きの侍従であるアリア、コゼット、ナタリー、クロエの四人が歩く。
するとドックで壮年末期と思われる男性が近づいてきた。
筋骨隆々の肉体から只ならぬ武人であることが
「リーゼロッテ様、ご無沙汰しております」
恭しく礼をすると、男はリーゼロッテに声をかけた。
「あら、リカルド。相変わらず元気そうね。貴方がこの場にいるということはお父様とお母様も既に王都にいらっしゃっているのかしら?」
知った仲といった様子でリーゼロッテが気さくに応答し尋ねる。
どうやらリカルドと呼ばれた男とは知り合いのようだ。
おそらくはクレティア公爵家に仕える者だろうとリオは当たりをつけた。
「はい。お二方ともリーゼロッテ様との再会を心より待ち望んでおいでになります」
「そう。パスカル兄様はともかくジョルジュ兄様もいらしているのかしら?」
「ジョルジュ様はフィアンセの方の家へといらっしゃっております。勇者殿のお披露目会にはお越しになると仰っておられました」
「そう。わかったわ。じゃあ早速だけど屋敷に向かおうかしら」
「御意に。ところで、恐れ入りますが、そちらの御仁がハルト様でいらっしゃいますか?」
リーゼロッテの隣に立つリオに視線を移すと、リカルドが尋ねた。
「ええ、こちらの方が先日アマンドが襲われた時に私の窮地を救ってくださったハルト様よ」
と、リーゼロッテがリオを紹介する。
「はじめまして。ハルトと申します。以後、お見知りおきを」
失礼のないよう丁寧にお辞儀をして、リオは名乗りを上げた。
「おお、お初にお目にかかります。お話は伺っておりますぞ。リーゼロッテ様をお救いくださりありがとうございました」
リカルドが友好的な笑みを浮かべてリオに礼を告げる。
当たり前なのかもしれないが、リオの存在は先日のアマンド襲撃の件と共に伝えられているようだ。
「いえ、私は自分に向かってきた魔物を斬り捨てただけですので」
「お嬢様をお救いくださった事実に変わりはございませぬ。失礼、申し遅れました。私はリカルドにございます。リーゼロッテ様のお父上であるセドリック=クレティア様に家令としてお仕えしております。どうぞよしなにお願い申し上げます」
挨拶をして、リカルドが礼儀正しく頭を下げる。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
と、リオもお辞儀して返した。
「それではどうぞお越しください。こちらです」
それからリカルドの先導で移動することになり、一行はクレティア公爵家の王都別邸に向かうことになった。
港から貴族街までは近い。
というよりも港から王都の南東に位置する王城まで直通の大通りが伸びており、その間に貴族街があるのだ。
他にも随所に軍関係の施設が建設されており、王都の東側には厳重な警備が敷かれている。
あちこちに石造りの重厚な建物が立ち並び、周囲は閑静な空気に包まれていた。
「見えてきました。あちらがクレティア公爵家の王都別邸にございます」
クレティア公爵家の王都別邸は貴族街の中でも王城に最も近い位置にあった。
敷地を囲う立派なレンガ塀の中央には豪華な装飾が施された
門と塀のはるか向こうには比較的真新しい芸術的で荘厳な白亜の建築物がそびえ立っていた。
内装にもさぞかし凝った装飾が施されていることだろう。
敷地に入ると建物へと続く道と手入れの行き届いた平面幾何学式の庭園が目に入り、門から屋敷に辿りつくだけでもちょっとした距離がある。
周囲に並ぶ貴族の邸宅と見比べても、クレティア公爵家の王都別邸が一際に豪華であることは間違いない。
それだけクレティア公爵家が栄えているという証左であろう。
「お屋敷といいこのお庭といい荘厳の一言に尽きますね。圧倒されて思わず目を奪われてしまいました」
と、リオは敷地を含む屋敷を目にした感想を告げた。
本音を言うと、自分が実際に住むのなら、気疲れしてしまうような芸術的なデザインよりもシンプルなデザインの方が好みだったりする。
ただ、芸術的な意味合いで鑑賞するのならば、目の前にある屋敷が素晴らしい建築物であると思うのも事実であった。
「ふふ、この屋敷は父上の指揮で建築されたのですけれど、私としては居住するには少し派手かなと思っているんです。ただ家の力を誇示するためにも王都には相応の屋敷を作る必要がありまして。貴族社会の面倒なところですね」
リーゼロッテが少し茶目っ気のある笑みを浮かべて言った。
「……お察しします。そう言えばアマンドにあるリーゼロッテ様のお屋敷はシンプルなのに美しいデザインのものでしたね。実は私も実際に住むのならばあちらのデザインの方が良いなと思いました」
リオが苦笑して答える。
「そうですね。私も流石にこうした家に定住すると気疲れしてしまいそうです」
リオの返答に、リーゼロッテが小さく微笑んで同意する。
それから屋敷に入ると、やはり内装にも目を惹く豪華な装飾が施されていて、リオは感嘆の意味を込めて小さく嘆息した。
エントランスホールも
そのまま石造の白壁に囲まれた通路の中を歩いていき、リオは食堂へと案内された。
「こちらにおかけになってお待ちくださいませ。このまま晩餐会となります。ただいまリーゼロッテ様のご両親をお呼びいたしますゆえ」
食堂に入ると、家令のリカルドが椅子に座るようリオに促した。
「承知しました」
リオが頷き、椅子に腰を下ろす。
一方で、リーゼロッテはそのまま座らずに、
「ハルト様、私も少々失礼いたしますね」
と、いったん退室する旨を告げてきた。
「はい。畏まりました」
リオが答えると、リーゼロッテは専属の侍従四人を付き従えて部屋を立ち去った。
リカルドも一緒に部屋を立ち去り、代わりに屋敷の侍従がやって来る。
「失礼いたします」
侍従は優雅な所作で黙々と紅茶を淹れ始めた。
その様子を横目に、リオは黙って室内を観察している。
実に豪勢な作りの食堂であった。
室内にはアンティーク調の家具が設置され、大きめの窓にはステンドガラスがはめ込まれて室内を彩っている。
「どうぞお召し上がりください」
侍従がスッと紅茶の入ったカップをリオに差し出す。
「それでは。どうぞごゆるりとなさってください」
そう言い残すと、侍従はリオから離れて部屋の隅に立ち去ろうとした。
「ありがとうございます」
リオが微笑を浮かべて礼を告げる。
本来ならば招かれた客が侍従の行動に礼を言ったりする必要はなく、客が貴族ならば礼の言葉を口にしようとすら思わないだろう。
とはいえ、リオは別に貴族というわけではなく、貴族として振る舞うつもりもないため、普通に礼を述べることにした。
ちなみに屋敷の者達にはリオのことはリーゼロッテの恩人であると伝えられており、その身分については特に知らされていなかったりする。
あまり礼を言われ慣れていなかったせいか、侍従は僅かに目を丸くすると、微笑を浮かべて頭を下げてきた。
それから待つこと十分と少し。
リオは食堂に人が近づいてくる気配を察知した。
部屋の扉が開かれると、中に数人の人物が入って来る。
目を引くのは先頭に立つ壮年の男性と女性、そして、その後ろを歩くリーゼロッテであった。
そのさらに後ろにはリカルドやアリアが気配を薄くして控えている。
僅かな時間で着替えを行ったのか、リーゼロッテは目の覚めるような純白のドレスを身に付けていた。
即座に椅子から立ち上がり、リオが姿勢を正してお辞儀する。
「やぁ、君がハルト君だね。ようこそ、我がクレティア公爵家の王都別邸へ。歓迎するよ。私がリーゼロッテの父セドリック=クレティアだ」
先頭を歩く男性が響きの良い明朗な声でリオに声をかけてきた。
彼こそがリーゼロッテの父親であるセドリック=クレティア公爵である。
その年齢は四十代半ばほどではあるが、若々しくリーゼロッテの父であることも納得できる程の美男子であった。
「お初にお目にかかります。私はハルトと申します。この度はお屋敷にお招きいただきましてありがとうございました」
慇懃な所作と口調でリオが挨拶をする。
セドリックは晴れやかな笑みを浮かべて、
「話は聞いているよ。先日はリーゼロッテを助けてくれたようだね。とても感謝しているよ。君がいなければ娘の身に危険が生じたと聞いている」
と、気さくに言った。
「その件につきましては偶々その場に居合わせただけにございます。私は襲いかかってきた魔物を倒しただけですので」
リオが苦笑して
「ははは、君が私の可愛いリーゼロッテを助けてくれたのは事実だよ。話は聞いた。我が国に現れた勇者様のお披露目会に参加するようだね。王都に滞在する間は我が家でゆっくりとくつろぐといい」
「ありがとうございます」
セドリックからの厚い感謝の気持ちが伝わってきて、リオは深く頭を下げて礼を告げた。
事前にリオについて説明は受けていたようだが、大貴族の娘が素性もよく知れぬ風来坊を連れてきたところで、心から良い顔をできる父親は多くないだろう。
どうやらセドリックは人柄が良く、
とはいえ、流石は公爵というべきか、リオは気さくな笑顔の裏に歴戦の貫禄も感じとっていた。
「
と、セドリックの横に立っていた女性が言った。
リーゼロッテと同じ薄い水色の髪に、深い青色の瞳をしており、非常におっとりとした美人の女性だ。
「ああ、ジュリアンヌ。すまないね」
セドリックは朗らかな笑顔を浮かべて言うと、
「ハルト君、紹介しよう。彼女は私の妻でリーゼロッテの母親であるジュリアンヌだ」
リオに向き直って、ジュリアンヌと呼ばれた女性の紹介を行った。
「ふふ、こんにちは。ジュリアンヌ=クレティアと申します。娘を助けてくださったようでありがとうございます。心よりお礼申し上げますわ」
紹介を受けてジュリアンヌが丁寧に挨拶を行う。どうやら彼女がリーゼロッテの母親であるらしい。
確かに髪の色といい、瞳の色といい、育ちが良さそうで優しそうなおっとりとした顔立ちといい、見れば見るほどにリーゼロッテにそっくりである。
年齢はわからないが、傍から見ると二人が姉妹にしか見えない程にジュリアンヌは若々しく見える。
「初めてお目にかかります。ハルトと申します。恥ずかしながらジュリアンヌ様をリーゼロッテ様のお姉様なのではないかと勘違いいたしました」
「まぁまぁ、お上手ですのね」
ジュリアンヌは頬を染めてはにかみながら、少しだけうつむいた。
「ははは、そうだろう、そうだろう。ジュリアンヌは美しいからな」
見る者を惹きつける眩しい笑顔を浮かべ、ご機嫌な様子でセドリックが同意する。
「もう、
ジュリアンヌが頬に手を当てて顔をそむける。
その仕草は非常に可憐で彼女に似合っていた。
それにしても随分と仲が良いというか、まるで新婚のように初々しい夫婦である。
「申し訳ございません。ハルト様。この二人はいつもこのような感じなのですよ。見ている方が恥ずかしいくらいで、仲が良すぎて私が立ち入る隙がないほどです」
二人のやり取りを後ろから眺めていたリーゼロッテが苦笑しながら語りかけた。
「夫婦の仲が円満なのは素晴らしいことだと思いますよ」
と、リオが微笑ましげに答える。
「おぉ、君もそう思うかね。実に見どころがある青年だな」
セドリックが響きの良いテナーボイスでリオを褒める。
「恐縮です」
リオは小さく会釈して礼を述べた。
セドリックはそんなリオの顔をじっと見つめると、
「ふむ、では夕食を食べながら少し話をしようか。まずは座ろうじゃないか。身内だけの晩餐会だ。堅苦しいのはなしでいこう」
と、そう言った。
「食前酒はお飲みになりますか? 度数の低いものから高いものまでご用意しております」
リオやクレティア公爵家の面々がテーブルにつくと、侍従達がやって来て食前酒を飲むか聞いてきた。
一緒に食前酒のリストも差し出される。
「お願いします。ではワインベースのカクテルを頂けますか?」
「
小さくお辞儀をすると、侍従が静かに立ち去る。
それからすぐに前菜と一緒に食前酒が運ばれると、リオをもてなす晩餐会が始まった。
セドリックが巧みに会話を誘導し、ジュリアンヌがころころと笑い、それに釣られてリオやリーゼロッテの顔にも笑みが浮かぶ。
次第に酒もまわって気分が高揚してきたのか、
「どういうわけかリーゼロッテは私やジュリアンヌとは違って気の強い子に成長してしまってね」
と、セドリックは
「お、お父様?」
リーゼロッテが意表を突かれたような表情を浮かべる。
セドリックはにっこりと微笑むと、向かいに座るリオに視線を向けて口を開いた。
「貴族として生きていくには人脈というものを無視することはできない。それはわかるかな?」
「ええ、存じております」
リオが小さく頷く。
「家と家の繋がりはその人脈を形成する最たる例だね。つまりは結婚だ。
結婚は家を存続させるためにも、人脈を形成させるためにも、貴族として避けることが難しい社会的な事象だ。
だから貴族は政略結婚をする。政略結婚をするためにお見合いをする。たとえ当人同士にその気がなくともね」
そう言って、セドリックは少し困ったように笑みを浮かべた。
「リーゼロッテもその例外ではなかった。公爵家ともなると様々な家からお見合いの申し込みが来る。それも幼少期の頃からね。
まぁ顔合わせみたいなものだよ。貴族社会で円満な関係を維持したいのなら、そのすべてを断るのは悪手だ。
リーゼロッテはご覧の通り目に入れても痛くないくらいに可愛いからね。それはもう沢山の家からお見合いの話が舞い込んだものだよ。
もちろんすべての話を受けるのは難しいから、その中から断りにくい話だけを受けてリーゼロッテにお見合いをさせたんだ」
話を聞きながら、リオがちらりとリーゼロッテに視線を送ると、彼女は恥ずかしさで顔を紅潮させ身体を震わせていた。
「八歳のころだったかな。リーゼロッテが私の執務室に来て言ったんだ。『十二歳までに王立学院を高等部まで飛び級で卒業したら私のお願い事を聞いてほしい』とね。そのお願い事というのが商会の設立と領都の経営を認めてほしいというものだった」
「お、お父様、そろそろ別のお話を……」
リーゼロッテが引きつった笑みをたたえて話を逸らそうとする。
目の前にリオがいるためか、はしたなくて強気な態度に出ることはできないようだ。
「あらあら、いいじゃない。恩人であるハルト様に貴女の良いところ知ってもらう良い機会よ」
ジュリアンヌが微笑ましそうにリーゼロッテを制止する。
それ以上はリーゼロッテも食い下がることはできず、小さく嘆息して観念した。
セドリックはフッと笑みを浮かべて愛娘の様子を確認すると、
「当時のリーゼロッテはまだ八歳だ。いきなりそんなことを言い出すなんて何事だろうと驚いてね。私は理由を聞いたんだ。すると彼女は何て言ったと思う?」
そう尋ねて、愉快そうにリオを見つめた。
「『お父様、私は望まぬ相手との政略結婚をしたくありません。自分の結婚する相手は自分で選びたいのです。だから私は結婚相手を自分で決められるだけの力が欲しい。それが理由です』。
妙に鬼気迫る表情を浮かべて、彼女はそう言ったんだ。八歳の少女がだよ?」
ややあって笑いを堪えられなさそうに語ったセドリック。
「我が子ながら気が強いというか、気風が良いというか、感動してしまってね。私は二つ返事で頷いてしまったんだ。そしてこの子はそれを有言実行した。僅か二年半でね」
「素晴らしいお嬢様なのですね」
言って、リオは小さく微笑んだ。
「わかるかい? 私達にはもったいないくらいに本当に優秀で可愛らしい娘だよ」
セドリックが実に誇らしげな表情を浮かべる。
だが、すぐに哀愁めいた表情を覗かせて、
「だからこそ普段は離ればなれに暮らしているのが不安なのだけれどね。ついこないだもアマンドに魔物の群れが押し寄せたというじゃないか。
竜によって魔物が刺激されたことが原因と言われているが、まぁ竜なんて天災のようなものだからね。娘の成長を促すためには仕方ないのかもしれないが……」
と、セドリックが少し寂しそうに語る。
そのまま小さく嘆息すると、彼は姿勢を正してリオへと向き直った。
「君は並々ならぬ腕を持つ剣士だそうだね。リーゼロッテから信頼できる人物であるとも聞いたよ」
「身に余るお言葉です」
リオは小さくお辞儀をして答えた。
「少し警戒させてしまったかな? 別に取って食おうしているわけじゃない。もし警戒しているというのならば心配は無用だ。ただ、ちょっとお願いがあってね」
「と、仰いますと?」
特に身構えることはせず、リオは話だけでも聞いてみることにした。
「仕事柄というか立場柄というか、この子のことを良く思う人物は大勢いるんだが、同じくらい妬んだり嫌ったりする者も多くてね。よければ今後もこの子と仲良くしてやってくれないだろうか?」
「……はい。それはもちろんですが、お願いとはこのことでしょうか?」
しばしの沈黙の後、リオがやや拍子抜けした風に尋ねた。
予想としてはもう少し突っ込んだ内容のお願いとやらが来ると思っていたのだ。
「ああ、そうだよ」
と、セドリックはにこやかな笑みを浮かべた。
ぱちくり――と、リオが
「承知しました。私の方こそ今後とも末永くお付き合いさせていただきたく存じますので、どうぞよろしくおねがいします」
セドリックに薄く微笑み返し、リオはそう告げたのだった。