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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第75話 謝罪

「貴様、下民の分際で調子に乗るなよ? 謝罪をしろだと?」


 リオをにらみつけ、アルフォンスが言い放った。


「当たり前でしょう。先に挑発してきたのは貴方達です。こちらは高いお金を払ってまで手に入れた貴重なひと時を邪魔されたんですよ。非常に不快な思いもしました。人に迷惑をかけたら謝る。子供でも分かることでしょう」


 ひどく呆れた口調でリオが答える。

 アルフォンスはその言葉にさげすみの色を感じとり、ひどく憤った。


「ふざけるな! 俺達は貴族だぞ? それくらい我慢するのは平民の側だろうが!」


 我慢できずにアルフォンスが叫ぶ。

 先ほどから何なのだ、この男は。

 名前を隠しているような卑怯な奴。

 ことごとく人の感情を逆なでしてくる。

 道端で貴族に声をかけられたら下賤な平民は必死に頭を下げて媚びへつらえばいいのだ。

 それは至極当然の事である。

 同じく道端に佇む平民の中に良い女がいたら声をかけるのも当たり前の事だった。

 女なら喜んで身体を差し出すのはもはや天命と言ってもいい。

 今回は偶々場所がレストランだっただけだ。

 そこに何の違いもない。

 だというのに、この男は従わないどころか、挑発までしてくる。

 やはり斬り殺した方が良かったのではないか。

 そうやって理不尽なことを考え、アルフォンスの怒りがぶり返してきたところで、


「ア、アルフォンス先輩! 待ってください!」


 焦ったようにスティアードがアルフォンスを制止した。


「気持ちはわかりますが、その発言は不適切です。ここは穏便に済ませないと。ここさえ切り抜ければいくらでもやりようはあります」


 ひそひそと小声でアルフォンスに語りかける。


「くっ……」


 アルフォンスは悔しそうに眉を顰めた。

 荒く息を吐いて怒りを誤魔化す。

 それを確認すると、


「そうだな。僕らが悪かったのは……認めよう。どうだ今回の件はこれで一件落着ということで?」


 一切の心がこもっていない謝罪の言葉を口にして、スティアードは早々に話をまとめようとした。

 そんな二人の反応に、リオは、やはりかと、内心でため息を吐いた。

 この二人は反省なんかしていない。

 今はこの場を凌ぐことだけを考えている。

 先の無礼打ちの濫用はリオが反撃したことにより未遂となっているから、二人はリオが告訴しなければ裁判にかけられることはない。

 確かに無礼打ちの濫用が未遂に終わった場合、被害者は濫用を働いた貴族を訴えることができる。

 だが、罰則が短期間の拘留にすぎないため、実際には牢獄から出てきた貴族の仕返しを恐れて、告訴に踏み切る者は少ない。

 だから二人はリオが告訴をするはずがないと高を括っているはずだ。

 恐れているのは告訴ではなく、今回の件が知られることでユグノー公爵の怒りに触れることなのだから。

 この場を上手く切り抜けたら、おそらく二人は店を出たリオに――いやアイシアに再度ちょっかいをかけてくる可能性がある。

 店を出た後でなくとも今後ほとぼりが冷めた頃に手を出してくるかもしれない。

 それは少しばかり面倒である。

 幸いスティアード達の注目はアイシアに集中していたため、美春達にはさほど注意は向かっていない。

 そうなると、美春達に意識が向かないように、今は可能な限り自分にこの二人の怒りを集めておく必要があるだろうと、リオは考えていた。

 その上で彼らが今後リオ達に悪事を働かないように予防する必要がある。

 既に落としどころは考えてあった。

 ゆえに後はそれに向けて上手く会話を誘導するだけである。

 それを考えながら、リオはゆっくりと首を振ると、


「話になりませんね」


 と、静かだが力強い口調で言った。


「こちらは殺されかけたんです。今のは謝罪にすらなっていません。そもそもこのまま貴方達を無罪放免にするのも納得ができませんね」


 リオは淡々とした口調でスティアード達を挑発するように語った。


「貴様ふざけるなよ! 何様のつもりだ? それこそ平民が口出しをすることではない!」


 と、アルフォンスがリオを怒鳴りつける。

 スティアードも信じられないような目つきでリオを見つめていた。

 せっかく話が上手くまとまりかけていたというのに、何を言っているのだ、この男は、と。

 きっと自分達に逆らう平民など初めて目にしたのだろう。


「被害者でしょうね。あいにくと俺は『絶対に殺す』と言われた相手をこのまま野放しにしておけるほどに出来た人間ではありません。枕を高くして寝ることができませんからね」


 リオがそう告げると、スティアード達は先の発言を思い出した。

 確かにそう言ったのは彼らだ。

 二人は眉をひそめると、親の仇のようにリオを睨む。

 リオはそんな彼らの恨みがましい視線を無視して、


「貴族が無礼打ちを濫用した場合には罰則があったかと存じますが、彼らにその裁判と執行はないので?」


 と、アリアに視線を送り、尋ねた。


「はい。無礼打ちが未遂の場合、被害者からの告訴があれば裁判を行う決まりになっております」

「なるほど。未遂とはいえ理由もなく殺されかけたんです。まさか無罪ということはありませんよね?」


 仮にスティアード達の裁判が開かれれば、彼らが牢獄送りになって臭い飯を食べることになるのは必至だ。

 目撃証人は複数人いるし、彼らは自白までしてしまったのだから。


「貴様に僕達を裁く権限などない!」


 と、スティアードがリオに食ってかかった。

 冗談ではない。

 せっかく上手く話がまとまろうとしていたところだったのだ。

 それをこんなどこの馬の骨ともわからない男に邪魔をされてたまるか。

 そもそもこの男は妙に気にくわない。

 連れている女達はスティアードですら早々お目にかかることのないレベルの美少女ばかりだ。

 特に桃色の髪の少女など今後の人生においてこれ以上に美しい者と出会うことはないと断言できる程に容姿が整っている。

 言っていることも、考えていることも滅茶苦茶だが、スティアードの中で呪詛めいた感情が渦巻きだした。

 そのすべてがリオに向けられる。


「貴方がどうしても彼達を訴えるというのなら、私としては止めることはできませんが……」


 言って、アリアがちらりとスティアード達に視線を送る。

 二人は明らかにリオに敵愾心を抱いていた。

 リッカ商会の会頭であるリーゼロッテとしてはともかく、アマンドの代官であるリーゼロッテとしては、このままスティアード達が短期間とはいえ牢獄に入ってしまうのはあまり上手くない。

 スティアードの父親であるユグノー公爵はベルトラム王国の反革命軍の実質的な指導者だ。

 仮にスティアード達が罪を犯して牢獄に捕えられたという噂が広まれば、ユグノー公爵の面目は潰されることになる。

 その程度のスキャンダルと言ってしまえばその程度のスキャンダルだが、今後の展開を考えると、ガルアーク王国の貴族であるリーゼロッテとしてはユグノー公爵にこんなつまらないことで躓いてもらうのは面白くない。

 今後のガルアーク王国とベルトラム王国反革命軍の関係を考えれば、彼女にとっては可能な限りユグノー公爵を利用し尽くすのが最善なのだから。

 かといってリオの意向を完全に無視してユグノー公爵のためにスティアード達に肩入れすることもできない。

 今回の事件は店の支配人が直ちに仲裁を行わなかった点について、明らかにリッカ商会側に落ち度がある。

 レストランには他にも客はいるのだ。

 騒ぎを聞きつけてすぐに噂は広まっていくだろう。

 だというのに、リッカ商会がスティアード達、ひいてはユグノー公爵が有利になるように味方をすると、公平さを欠き、商会のブランドイメージが損なわれる恐れが出てくる。

 つまり、スティアード達の処遇は生かさず殺さずの状態にしておき、かつ、リオに納得してもらう必要があるのだ。

 その上でリーゼロッテがユグノー公爵に貸しを作ることができれば、ようやくお釣りがくるといったところか。


(とはいえどうしたものか。脳はないくせに立場だけはある貴族というのは本当に厄介ですね。扱いだけは難しい)


 仮にリオが今回の事件を告訴するとなると、リーゼロッテとしてはスティアード達を裁かざるをえない。

 そうなるとスティアード達は牢獄に入ることになり、今回の事件は表沙汰になるだろう。

 ユグノー公爵の顔には泥が塗られることになり、ベルトラム王国反革命軍の士気や統率に支障が生じるかもしれない。


(……本当に頭が痛い)


 アリアは頭を抱えたくなった。

 事を上手くまとめるためには何とかリオに告訴を取り下げてもらう必要がある。

 そのための着地点はどこか、アリアがそんなことを考えていると、


「ふ、ふん、どうやら状況を分かっていないようだな。僕はユグノー公爵家の嫡男だ。仮に僕を訴えたとしたらユグノー公爵家を敵に回すと思えよ」


 リオを睨みつけ、スティアードがわめいた。

 言葉だけを聞くと強気な態度に思えるが、スティアードの声は明らかに上ずっている。

 ただの虚勢にすぎないのは丸わかりだった。

 そんな脅しに屈するはずがなく、リオは黙ってスティアードを見つめ返す。

 だからどうした、と。

 状況を理解できていないのはスティアードの方である。


「き、貴様……本気か?」


 ごくりと唾を飲み、スティアードが明らかに狼狽した様子を見せる。

 その真意を探るべく、リオの目を覗き込んだ。

 すると、ぞくりと身体が震えて、スティアードは思わずリオから視線を外してしまった。


(何だ、この男の目は?)


 まるで人を人とも思っていないような。

 ゴミでも分別するような。

 スティアードを一人の人間として見ていないような。

 さして興味を持っていない、そんな目だ。


(……これは父上とっ)


 実際に視線を向けられているというのに、リオの目はスティアードを見ておらず、別の何かを見ていた。

 どうしてこの目ができるのだろうか。

 かつてスティアードがフローラを崖に弾き飛ばしてしまい、ユグノー公爵がその後始末をした時、スティアードはユグノー公爵から今のリオと似た目で見つめられたことがある。

 その時、まるで自分のすべてを否定されたような錯覚をスティアードは抱いた。


(この男は何を見ている?)


 スティアードは無意識のうちに身体をぶるぶると震わせていた。

 かつての父の目と重なり、リオを恐れたのだ。

 それは何をしてでも己のエゴを貫き通すと決めている目だった。

 今後のリオ達の平穏な生活にとってスティアード達がどれだけの障害となりえるのか。

 リオは今、それを分析することにしか興味はない。

 そこに感情は挟んでも情は挟まない。

 必要なら下手な加減はしない。

 決してブレてはいけない。

 そのようにリオが決めたのだから。

 それは覚悟だ。

 今のスティアードが決して持っていないもの。

 それがわからないから、いや、その片鱗をかつてユグノー公爵の中に垣間見たことがあるからこそ、スティアードはリオを怖く感じた。

 視線を逸らした先にはアルフォンスがいる。

 彼はまったくリオのことを怖く思ってはいないようで、不機嫌そうにリオを睨んでいた。


「っ……」


 スティアードの顔が引きつる。

 不味い。

 この目をしている奴はやると言ったら本当にやる。

 今ここでリオを下手に刺激したら確実に自分達の未来は明るくない。

 何となく、本能で、そんな予感がした。

 だが、それが理解できたからといって何をすればいいというのか、スティアードにはそこから先がわからない。

 そもそもきちんと謝るという発想が出てこないのだ。

 すると、そこで、


「貴方は絶対に彼らを訴えるつもりですか? 仮に裁判を行い刑を執行したとしてもせいぜい牢獄で短期間、謹慎させるだけですよ?」


 と、横からアリアがリオに尋ねてきた。

 そもそも無礼打ちの濫用が未遂で終わることは滅多にないが、まったくないというわけでもない。

 とはいえ、被害者が無礼打ちを濫用した貴族を訴えた場合、訴えられた貴族の恨みを買うことが多いことから、一介の平民はもちろん、財力や武力のある平民であっても、いたずらに貴族の恨みを買うことを恐れて告訴をしない者がほとんどである。

 そのことをわかっているのかと、アリアは遠まわしにリオに尋ねた。


「別に手段は何だってかまいやしないんですがね。自分はこちらの身の安全さえ確保できればかまわないので」


 落ち着いた口調で、リオがそう答える。

 ここでスティアード達を牢獄にぶち込めば、彼らの恨みを買うことはもちろんリオも理解していた。

 仮にそうなっても別にリオだけならば何も問題はない。

 ここでスティアード達を見過ごしたところで、将来的に彼らがリオに何かを仕掛けてきたとしても、返り討ちにすればいいだけなのだから。

 リオだけならばスティアード達を脅威に思うこともない。

 だが、美春達がいるとなると話は別だ。

 今後スティアード達と活動範囲が被ると、美春達の身に危険が降りかかる恐れが発生する。

 それはリオにとって明確なウィークポイントとなりえた。

 だから後顧の憂いを絶つためにもリオはあえて積極的な行動に出ているのだ。

 完全に予防するにはここで彼らを殺して禍根を絶つのが効果的なのかもしれないが、流石にそれは現実的な手段ではない。

 結論から言ってしまうと、今回の事件の着地点について、リオには一つの考えがある。

 それにはアリア――というかリッカ商会の協力を得る必要があった。

 先日セリアを救出する過程でリオが見つけたベルトラム王国の反革命軍という集団の存在、その構成員であるスティアードとアルフォンスが今このアマンドにいる意味、昨今の国際事情、リッカ商会がガルアーク王国の貴族であるリーゼロッテの息がかかった商会であること――。

 これまでの会話からアリアの人となりもおよそは把握することができた。

 確証はないが、上記の要素を踏まえると、アリアが今何を考えているのかは予想できる。

 そして今の状況を見てアリアがどのような行動に出るのかも――。

 だからリオは演じる。

 アリアがリオの望むとおりに動くように。


「なるほど。では、彼らがきちんと謝罪をし、今後、貴方達に手出しをする恐れがなければ訴えることはしないと?」


 リオの発言を吟味した上で、アリアがそう提案した。


「本気でその保障が得られるのならいいんですけどね。あいにくと俺はそこまで人を信用できません。一度、敵意を見せてきた相手は特に」


 小さく肩をすくめて、にべもなく却下すると、リオは僅かに目を細め、アリアを見やった。


「ならばリッカ商会が間に入って和解の契約書でも作りましょうか? 彼らが貴方達に謝罪し、今後、貴方達に手を下すことはしないと。万が一、彼らが貴方達の身に危険を及ぼそうとした場合に備えて、罰則を定めておけば滅多なこともできないでしょう。罰則の実効性はリッカ商会が保障します」


 アリアの言葉に、リオが僅かに眼を見開いてみせる。

 その瞳は僅かに愉快そうな光を覗かせていた。

 リッカ商会に仲裁人となってもらい、その仲裁の効力を保障してもらう。

 それがリオが望んだ展開だ。

 果たしてアリアは完璧なまでリオの思惑通りの提案をしてくれた。

 スティアード達のような貴族に約束を順守させるためには、おいそれと約束を破れないように、対等もしくはそれ以上の社会的影響力が必要となる。

 リオ個人にはそれはないが、リッカ商会にはそれがあった。

 リッカ商会が絡んだ仲裁を反故にすれば、リッカ商会の顔に泥を塗ることになりかねないし、頑なに罰則を拒むなどすれば商会を敵に回すことにもなりかねないだろう。

 リオ個人がスティアード達に今後の手出しを禁じるよりかは、ずっと抑止的な効果があるはずだった。


「おや、それは……ありがたいですね。よろしいのですか?」


 と、リオが意外そうに尋ねる。


「はい。こちらもお客様である貴方達にご満足いただける食事と空間をご提供いたすことができなかったという負い目がございます。こちらの不手際がなければ、本来、貴方達にご迷惑をおかけすることもなかったと考えておりますので。当然の事後処理だとお考えください」


 と、アリアがリッカ商会の負い目を口にして助力の理由を告げた。

 最悪の場合はリオからリッカ商会側の不手際を突いて協力を要請することも考えていたのだが、リオは今後リッカ商会にアフターケアをしてもらわなければならない立場にある。

 クレーマー染みた行動をしてリッカ商会の心証を下げたり、無理に頼み込んで借りを作るような形になるのはあまり面白くはなかった。 

 ゆえにリオはアリアから仲裁を申し出てくれるように、スティアード達と対立の姿勢を貫いたのだ。

 やりすぎないよう、あくまでも落ち着いて、冷静な態度で。

 その目論みは見事に功を奏することと相成った。


「なるほど。では、お願いします」


 良い解決策が見つかったと、笑みを浮かべ、リオがアリアにお願いをする。

 そんなリオをアリアが静かに見つめた。


(もしや……この少年は私から仲裁を申し出るのを待っていた?)


 アリアの立場を考えると必然の行動であり、彼女としても理想的な話の流れになったのだが、あまりにも話の流れがスムーズすぎやしないだろうか。

 打てば響くようなリオの反応に、アリアは些細な違和感を覚えた。

 ちらつかせた告訴をあっさりと取り下げたのもこれが狙いだったのでは。

 そう考えたが、何はともあれ、ありがたいことに変わりはない。

 アリアはすぐにその違和感を捨て置くと、まとまりかけた話に薄く口をほころばせ、スティアード達に視線を向けた。


「おい! ふざけるなよ! 俺はそんなの認めないぞ!」


 が、当然の如く、アルフォンスが異議を唱えた。

 アリアが内心でため息を吐く。

 そんな彼の反応に、リオも呆れたように首を振ると、


「どうやら本当にご自分の立場を理解できていないようだ」


 と、アルフォンスにそう告げた。


「お話を伺う限り、貴方達としては今回の件が親族の方に知られると不味いのでしょう?」


 スッと目を細め、リオがアルフォンスを見据える。

 その視線を受け止めると、アルフォンスは僅かに怯んだ。


「今ここで俺が貴方達を訴えれば、間違いなく今回の件は最悪の形で貴方達の親族に伝わるでしょうね。逆にこの話を呑めば少なくとも今回の件が最悪の形で話が伝わることだけは免れることができる。まぁ揉め事を起こした事実が伝わること自体はもう避けられないかもしれませんが」


 スティアード達が牢獄に入るのか、入らないのかでは、問題の大きさが全く異なってくる。

 仮に彼らが牢獄に入った場合、今回の事件は公然の事実となるだろう。

 そうなれば世間や反革命軍に対するユグノー公爵の面子は丸つぶれだ。

 他方で彼らが牢獄に入らない場合は今回の事件を内々に処理することもできる。

 スティアード達は丸く収まっていると考えているのかもしれないが、今回の事件をユグノー公爵に伝えるかどうかはリーゼロッテ次第だ。

 前者と後者でどちらが穏便に事を済ませられ、どちらがスティアード達にとって有利なのか、本当にわかっているのかと、リオは視線で問いかけた。


「俺はどっちだってかまわないんですよ。好きな方を選んでください。ただ、どちらとは言いませんが、一方を選んだ場合、勘違いをして胡坐をかいて、狼藉を働いたツケの代価はさらに高くなるでしょうね」


 と、リオが最後通告を言い渡す。


「くっ……」


 アルフォンスの顔が悔しげに歪んだ。

 理性としてはリオの話を呑んで頭を下げた方が賢いというのはわかっている。

 だが、先ほどまで蔑み、殺意まで抱いた相手に、頭を下げるなんて、精神的な抵抗が大きすぎた。


「条件を確認しておくと、このテーブルに座って食事を摂っていた全員に謝罪をして和解の契約書にサインをするというのなら、俺は貴方達を訴えることはしません。契約書の中身についてはきちんと取り決める必要があると考えていますが」


 葛藤するアルフォンスにリオが説明を付け足す。

 すると、そこで、


「その、悪かった! 悪かったな。僕は謝るぞ。和解の契約書とやらも書いてやろう」


 と、スティアードが矢継ぎ早に言った。

 言葉だけの謝罪。

 誠実さのかけらもない。

 もしかしたらスティアードにとってはこれが生まれて初めての謝罪なのかもしれなかった。

 だが、リオはそんな事情は考慮しない。


「せめて頭くらいは下げてもらいたいものですね。ああ、それと言葉遣いも訂正してください」


 と、リオは冷めた口調でそう言った。

 スティアードの頬が引きつる。

 何という屈辱だろうか。

 名門貴族たる自分が平民の男に頭を下げるなんて。

 損得勘定優先で謝罪の言葉を述べたスティアードも、流石に血が煮えたぎりそうな程に怒りを抱いた。

 だが、ここは謝らなくてはならない。

 さもないと牢獄にぶち込まれて、歴史と名誉のあるユグノー公爵家の名に泥を塗りたくることになる。

 そう考え、スティアードは身体を震わせて、しばし沈黙すると、


「……すまな……あ、いや、すみま……せん……でした。本当に悪かった……です。申し訳ありません……でした」


 と、ぎこちなく謝罪の言葉を紡ぐ。

 スティアードは必死だった。

 父親への恐怖がプライドを乗り越えさせたのだ。


「ス、スティアード君……」


 隣でリオに頭を下げる一つ年下の後輩の姿を目にし、アルフォンスが痛々しい声を漏らした。


「ほら、俺だけじゃなく、テーブルに座っている皆さんにも謝ってください」


 と、リオがスティアードのプライドに追い打ちをかけるように告げた。

 今回の件で一番迷惑を被っているのは間違いなく女性陣である。

 謝罪すべき相手は彼女達だと、リオは考えていた。


「すみま……せんでした。先ほどは失礼な真似を……」


 そう言って、スティアードがテーブルに座る美春達に頭を下げる。

 美春達は少しばかり居心地が悪そうにかぶりを振った。


「アルフォンス先輩も皆さんに謝罪を……」


 スティアードが消沈した声でアルフォンスに語りかけた。

 その言葉でアルフォンスがハッと表情を変える。

 後輩にここまでさせて、先輩の自分が頭を下げないのばつが悪い。

 心情としては絶対に謝りたくなどはないが、ここで騒ぐのはみっともなく思えた。

 視線を彷徨わせ、往生際が悪いように俯いたまま黙りこくると、やがてぼそりと謝罪の言葉を口にする。


「も、申し訳なかった……」


 短く、震えた声の謝罪。

 その声に込められた感情は屈辱の二文字が相応しい。

 アルフォンスはリオ達に向かって頭を下げた。

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