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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第四章 再会、その裏で

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第73話 事情聴取

 リーゼロッテ=クレティアの腹心――アリア=ガヴァネスは氷のように冷たく美しい美貌を崩すことなく嘆息した。

 せっかく午前中に地獄のような仕事の量をこなして、これからリッカ商会の経営する国内でも有数のレストランで少し遅めのランチタイムと洒落込もうとしていたところに、面倒な報告が上がってきたからだ。

 アリアはリーゼロッテの片腕としてリッカ商会の中でも広く顔が知られている。

 偶々アリアがレストランで食事を摂っていたところに、支配人でも解決できなさそうな事件が発生してしまったため、これ幸いにと彼女に問題を解決してもらおうと従業員の娘が気を利かせて報告してきたのだ。

 アリアにとってはいらない気の利かせ方であったが。

 日頃の殺人的な仕事のスケジュールを切り詰めに切り詰めて、ようやく確保した貴重なランチタイムなのだ。

 こんなことならレストランで食事を摂るのではなく、リーゼロッテの屋敷で昼食にすれば良かった。

 まあ屋敷に残っていたところで何らかの仕事が上がってくる可能性が高いと踏んでいたからこそ、逃げ出すようにレストランまでやって来たのだが。


「つまり、貴族の客が我儘を言い始め、制止しても止まらず、挙句、他のお客様が食事をしているテラスに図々しくも入り込んだと? 道理で騒がしい声が聞こえたかと思えば……」


 焦っているのか要領を得ない少女からの報告を受け、事実を要約して確認するべく、アリアは目の前にいる従業員の少女に質問を投げかけた。


「は、はい! そうです。支配人が何とか制止しようとしたんですが、その貴族の方達は言うことを聞かなくて……。今も不穏な雰囲気になってるんです。取り巻きの女の人達もなんか感じが悪かったですし、あんな客初めてですよ!」


 と、憤りを露わにするように従業員の少女が答える。

 聞けば何やらこのレストランで貴族が問題を起こしたというのではないか。

 この時、アリアは瞬時に余所からやって来た貴族が問題を起こしたのであろうと当たりをつけた。

 アマンドの代官に任官した当初こそリーゼロッテは親のすねをかじった我儘な令嬢と陰で蔑まれてはいたが、現在のアマンドにリーゼロッテに歯向かう貴族はいない。

 目まぐるしくアマンドを発展させ続ける才覚、リッカ商会という国内最大規模の商会の経営、その他諸々の手腕から、リーゼロッテが単なる我儘娘ではなく非常に有能な人物であるということは既に周知の事実となっているからだ。

 商人は信用が第一であり、嘘と取決めの違反を最も嫌う。

 リーゼロッテが商会を経営する以上、代官として公平を失する真似をすれば商人としての信用も失いかねない。

 そして、一度、信用を失えばその信用を取り戻すことは非常に難しい。

 だからリーゼロッテは公平な代官として知られている。

 もちろん背後に止むごとなき事情があれば見えない形で多少の融通を利かせるが、表向きは公平さを保つよう取り繕っているのだ。

 リーゼロッテは自らが赴任するまでの間に手ひどく横領や汚職に手を染めた貴族達を反抗の芽を潰したうえで粛清した。

 公務の公正を図ることで商人としても公正であることをアピールする一種の見せしめだ。

 その結果、彼女は代官としても一商人としても信用を勝ち取った。

 平民に対しても分け隔てなく接することから、今のリーゼロッテはこの都市の商人を含む平民の間ではまるでアイドルのようにもてはやされていたりもする。

 そんな経緯もあって、今のアマンドにいる貴族は彼女に心から忠誠を誓っているか、酷く恐れている者だけだ。

 そんな彼女の膝下で暮らす貴族がこのアマンドで目立って問題を起こす確率は極めて低い。

 だから、アリアは最初に報告を聞いた時、余所から訪れた貴族が何かしらの問題を引き起こしたのだろうなと冷静に判断した。

 それもリーゼロッテの噂を知らないであろう貴族だ。

 以上を前提に、アリアが把握しているアマンドに滞在中の国内外貴族の脳内リストと照らし合わせると、被疑者となる者は自ずと絞られてくる。

 可能性が一番高いのはベルトラム王国からやって来ている貴族の者だ。

 あの国の貴族はアリアも実体験として知るところであるがプライドが非常に高い。

 もはや見栄と言った方が適切かもしれない。

 ガルアーク王国も他国のことを言えた口ではないが、ベルトラム王国はお国柄なのか貴族の沽券を特に大事にする。

 極限状態において、名を捨てて実ではなく、実を捨てて名を取ることがしばしばある程だ。

 だからこそあの国の貴族は対処法を間違えると扱いが面倒である。

 その反面、対処法さえ知っていれば扱いやすくもあったりするのだが。

 とはいえ一概に論じることはできない。

 中には例外だっていて、そういった存在がしばしばベルトラム王国の政治に幅を利かせることが歴史的に多かったのだから。


「しかし仮にベルトラム王国の貴族というのならば自らの置かれた状況も理解できていない愚か者としか思えませんね。ああ、せっかくもぎ取った休憩と御馳走だというのに……」


 抑揚のない声でそう言うと、まるでこの世の終わりだと言わんばかりに、アリアは嘆かわしそうに首を振った。

 眼前には出来あがったばかりの豪華な食事の数々。

 ゆっくりと休憩時間を取って昼食を摂るなんて滅多にない千載一遇のチャンスだ。

 それなのに喧嘩の仲裁をしなければならないなんて――。

 許すまじ。

 まったくもって一向に気が進まない。


「そ、そんな悠長なこと言わないで早く助けてください! このままじゃ支配人も私達も首になっちゃいますよ! せっかく昇給のチャンスが回ってきたのにぃ!」


 少女は神にでも拝み倒すように懇願した。

 こうして事件当時にレストランにいた以上、後々、自らの主に報告が上がることを考えると、アリアも知らぬ存ぜぬを貫き通すには少々都合が悪い。

 しかも話を聞く限りだと一介の支配人には少しばかり荷が重いはずだ。

 被疑者は腐っても他国の上級貴族、下手をすれば首が飛びかねないし、店の立場も悪くしかねない。

 目の前の少女に頼まれたからではなく、自らの主の運営する商会と非常に恣意的な理由のため、アリアは重い腰を上げた。


「わかりました。部屋はどちらですか? 案内してください」

「は、はい! こちらです!」


 アリアの言葉に少女がパッと表情を明るくする。

 少女に案内されるまま、アリアはテラス席へと向かった。


「ふざ、けるな……」

「貴様、殺す。殺すぞ。絶対に殺す……」


 テラスのすぐ前まで来ると、何やら穏やかでない声が聞こえてきた。

 この三下の盗賊としか思えない発言をしているのは加害者と被害者のどちらだろうか。

 そもそもアリアは急いで来たということもあり、問題を引き起こした加害者が貴族としか聞いておらず、被害者の方の身分を聞いてはいない。

 剣呑な場の雰囲気からすると、どちらかが実力行使にでも出たのだろう。

 まったくどうしてよりにもよって自分の休憩中にこんな程度は低いくせに厄介さだけは悪質な面倒事が舞い込んでくるのだろうか。

 アリアは小さく溜息を吐くと、


「そこまでです。何があったのか、事情を伺ってもよろしいでしょうか?」


 テラスに躍り出て、良く通る声でそう尋ねた。

 その場にいる者達の視線が一気にアリアに集まる。

 テーブルに座っている者が五人、そんな彼らを守るべく立ち塞がる黒衣の剣士が一人、騎士風の男が二人、水商売人と思われる女が四人、そして端っこに所在なさげに佇んでいる支配人が一人。

 支配人はアリアの顔を見るとあからさまにホッとしたような表情を浮かべた。

 一瞬、席に座っていた金髪の少女と視線が合うと、少女がどこか驚いたような顔を浮かべたことから、アリアは何となく違和感を覚えたものの、すぐに当面の問題に意識を向ける。


(下手に介入して取り返しのつかないことをしてもらうよりはマシなはずなんですが、どうにも頼りないですね)


 と、アリアは内心で少しばかり支配人の不甲斐なさを嘆いた。

 代官としてのリーゼロッテに傍付きとして仕える侍従隊の面々はアリアが自ら教育を行っていることにより、ギリギリ及第点を与えられる程度にはなっている。

 だが、幅広く事業に手を付けているリッカ商会にとって、有能な人手の不足は悩みの種だ。

 このレストランの支配人も無能というわけではないが、こういった貴族関連の問題に対しても毅然きぜんと対応してくれるとかなりありがたい。


「この男が俺達に無礼を働いたんだ!」


 突然、リオを指差し、アルフォンスが大声でアリアに告げた。

 その手には刃を根元から失った剣の柄が握られている。

 ちらりと床に落ちている剣の刃が視界に入り、アリアは僅かに目を見開いた。

 が、些細な動揺を表にほとんど出さず、スッとアリアの視線がリオに移る。

 リオは動じた様子もなくアリアを見つめ返した。

 見つめ合うこと数瞬、アリアは視線をアルフォンスに戻すと、まずは被疑者と思われる者達に尋問を行うべく、


「失礼ですが貴方は? 私はアリア=ガヴァネス。アマンドの代官であるリーゼロッテ=クレティア様の下に勤める侍従長にございます」


 その素性を尋ねるとともに、自己紹介を行った。

 ガヴァネス家は元ベルトラム王国の貴族の端くれであったが、とっくに没落した家の名前など、放蕩息子であるスティアードやアルフォンスの頭の片隅にもない。

 他方でリオは何となくアリア=ガヴァネスという名に聞き覚えがあると頭の中で記憶を探っていた。

 そしてすぐに思い至った。

 確か以前にセリアが言っていたクレティア公爵令嬢の下に仕えている友人がアリアだと言っていたが、もしかしたら彼女がそうなのかもしれない、と。

 実はそれよりも以前にリオは一度だけアリアと出会ったことがあるのだが、それはリオが前世の記憶を取り戻した頃の話だ。

 その時はアリアもベルトラム王国の王城で女官見習いをやっていた頃である。

 名前だけでなく、どこかで見た顔のような気もしたが、今はそのことを捨て置き、アリアがセリアの友人だということだけを踏まえて、内心で僅かにアリアに対する警戒の度合いを強めた。


「む、そうか……。俺はアルフォンス=ロダンだ」


 ムスッとした面持ちでアルフォンスがその素性を明らかにする。

 アルフォンスとしては一方的にリオを悪者扱いしようとしていたのだが、あまりにも冷静なアリアの対応に意表を突かれてしまった。

 侍従長と言えば高位の貴族の補佐をする側近中の側近だ。

 その仕事内容は幅広く、権限も大きい。

 それほどの人物がこの場に現れたとなると、アルフォンスやスティアードの独壇場というわけにはいかない。

 非常に良い女だとは思えたが、アルフォンスは何となくアリアが邪魔者に思えた。


「そちらの殿方の素性をお伺いしても?」


 アリアは続けてスティアードに視線を移し、その素性を尋ねた。


「スティアード=ユグノーだ」


 ふて腐れた様子でスティアードが答える。

 既にリオ達に名乗りを上げてしまった以上、ここで偽名を述べるわけにもいかない。

 あまりにも冷静なアリアの対応に、何となく調子外れな展開だと、スティアードも思い始めていた。


「なるほど。ベルトラム王国の名門貴族の方でいらっしゃいましたか。確かにお二方のクロースアーマーに刻まれた家紋には見覚えがあります」


 僅かに微笑を浮かべ、アリアが言った。


「そうか。そうだろう? 僕達は名門貴族の者なんだ。だというのにその平民の男が僕達に無礼を働いたんだ!」


 ここで自分達の家柄がこの場でも通用するとでも思ったのか、スティアード達の顔色が僅かに明るくなった。

 調子を取り戻したのか、再びリオの非難を始める。

 リオはつまらなさそうにその様子を眺めていた。


「無礼な真似と仰いますと?」


 周囲の光景を見るから何となく事情は察することができるが、アリアはあえてスティアードの口からその事実を告げさせようとした。


「それは……だな。こいつが挑発的な態度をとってきたんだ!」


 スティアードが言いよどみながらも説明をした。

 確かにスティアード達にしてみればリオの態度は鼻につくものが多かったが、客観的に貴族に対する対応として度を越えて悪質な言動は特に行っていなかったからだ。

 ゆえに具体的に何が無礼だったかを言い表すことはできず、スティアードは曖昧に答えることしかできなかった。


「流石にそれだけでは何とも……。もう少し具体的に無礼な真似とは何かをご説明願いたいのですが?」

「もちろんある! が、無礼な真似は無礼な真似だ! 貴様が知る必要はない!」


 尋ねたアリアに、スティアードは怒鳴り返してきた。

 自分達は高位の貴族なのだ。

 何処にも非などない。

 何があろうと平民は黙って貴族の言うことに従えばいいのだ。

 貴族に従わない平民はそれだけで犯罪者である。

 そんな平民の命を奪ったところで何が悪い。

 いや、罪がなくとも平民一人くらいの命を奪ったところでどうして咎められなくてはならないのか。

 そうだ。

 自分は悪くない。

 悪いのはこの優男だ。

 ばつの悪い思いから一転して、スティアードは理不尽な方向に感情が傾きつつあった。

 隣にいるアルフォンスが横目に入ると、どうやら彼も似たような心境にあることを悟る。

 といっても、二人とも興奮して一時的に破れかぶれな精神状態になっているだけにすぎないのだが。

 冷静になった時にどう思うかは彼ら次第である。


「現場の状況から察するに、貴方達は彼に無礼打ちもしくは決闘によって制裁をしかけようとしていたが返り討ちに合った、という認識でよろしいでしょうか?」


 仕方なくアリアが何が起きていたのかを推論した上で尋ねることにした。


「……そ、そうだ」


 そう答えるスティアードの頬は引きつっていた。

 素直に自分達が返り討ちに合った事実など認めたくもないが、事実は事実だ。

 無礼打ちというのは、貴族の名誉が平民によって汚された場合に、貴族の名誉を回復するために名誉を汚した平民を切り殺してもかまわないという制度だ。

 基本的にシュトラール地方のこの時代には全国レベルで適用される国が制定した法律というものは非常に数が少なく、都市ごとに領主が独自にルールを定めたり、慣習法を明文化したりしている。

 無礼打ちという制度は細部こそ異なるが、ほとんどの国の法律で定められている数少ない普遍的な制度であった。

 これは実にとんでもない制度に思えるが、難癖をつけてこの制度が濫用されないように歯止めとなる要件が存在している。 

 まず、口論で侮辱的な言動を行った程度では名誉が汚されたと判断されることはなく、貴族の面子を潰す程に屈辱的な言動が行われたうえで平民が謝罪しなかった場合でなければ名誉が汚されたと判断されることはない。

 また、当事者から独立した第三者となる目撃証人が存在しなければならないとされている。

 そして、無礼打ちをするためには現行犯でなければならず、後日になって証人を連れて来て過去の発言を咎め無礼打ちをする事は許されない。

 無礼打ちを適用できない場合には同意の下、決闘によって紛争を解決することになる。

 とはいえ、無礼打ちには抜け道も存在しており、貴族にとって非常に有利な制度であることは否定できないのだが。

 現に要件を満たしていなくとも、適法な無礼打ちとして処理されたり、見逃されたりして、平民を殺した貴族が何の御咎めもなしとされるケースは多々ある。

 そこら辺はその現場を管轄する王侯貴族次第であり、今回はリーゼロッテの裁定下にあった。

 ちなみにスティアード達はベルトラム王政府からは逆賊扱いされているが、ガルアーク王国は正式に彼らをベルトラム王国の貴族として扱っている。

 無礼打ちは他国の領域下であっても行うことはできるが、その場合は自国で行うよりも少しばかり要件が厳格になるのだが、そこら辺の要件の詳細をスティアード達はあまり理解していない。


「なるほど。では、無礼打ちの要件は満たしておりましたか?」


 淡々とした口調でアリアはスティアード達に尋ねた。


「それは……だな……」


 アルフォンスが答え渋る。

 リーゼロッテの重臣と思われるアリアが現れた以上、下手な嘘は己の首を絞めかねない。

 なぜならリオがしたことと言えば少し挑発的な態度だったことくらいで、明らかに無礼打ちの要件は満たしていないのだ。

 いくら貴族とはいえその程度の理由で無礼打ちとして斬り殺そうとするのは少し大げさにすぎる。

 むしろ正直に話せばリオは被害者、逆に店内で好き勝手に振る舞った挙句に人殺しまでしようと暴れたスティアード達が加害者になってしまうだろう。

 周囲には証人が多数おり、現段階では裏で手を回している余裕もない。

 下手な発言をして周囲の供述と矛盾点が出てくると厄介な事になる。

 かつてのベルトラム王国内であったのならば後からいくらでも事実を捻じ曲げてリオに罪を着せることはできたのであろうが、他国の領域で大して後先を考えずに斬りかかったのはかなり軽率であった。

 だが、この期に及んでもスティアード達は軽率な行動をしてしまったと反省するどころか不満しか抱いていない。

 そもそも軽率だったともさして思っていなかった。

 どうして上級貴族の自分達が、と憤るだけである。


「父上! 父上に報告しろ!」


 やがて苦し紛れにそんなことを言いだす。


「もちろん報告はさせていただきます。ですが、先に事情をお伺いしないことには報告のしようがありません」


 冷たく答えて、アリアはかぶりを振った。 


「なっ、ふざけるな! そんな話が通るか? 僕は公爵家の嫡男なんだぞ!」


 滅茶苦茶な事を言い出すスティアードにその場にいる者達が冷めた視線を送る。

 スティアードやアルフォンスはこれまで父親の権力に胡坐をかいて座ってきた。

 それは先のクーデターが起きるまで二人の父親は国内で絶対的な有力貴族であったからだ。

 今まで父親の名前を出せば通らなかった話はなかったし、ベルトラム王国内では色々と好き勝手やってきた。

 今回くらいの問題なら何の御咎めなしで済んだのだ。

 だというのに今回はいつもと調子が違う。

 彼らのテリトリーならば適当に難癖をつけて斬り殺して、後でどうにでも言い繕って事実を曲げることも出来たのだろうが、他国の、しかも息をかけることが難しい多数の目撃者がいるこの場では、そんな無理は通らない。

 父親の権力がさして及ばない他国で問題を起こせば自国よりも融通が利かないのは当たり前なのだ。

 だが、長年にわたって他人に尻拭いをさせる生活が当たり前となっていた彼はそこら辺のシビアさに無頓着であった。


「ここアマンドに滞在している以上はリーゼロッテ様の定めた秩序に従ってもらう必要があります。今は私が事情を聴取しますが、場合によってはこの件はリーゼロッテ様の預かりとなることでしょう」

「くっ……」


 ここでようやくスティアード達は自分達が明確に不利な立ち位置に立たされているのではないかと悟り始めた。

 ひょっとしたら不味いのではないか、と。


「そもそも無礼打ちは平民が貴族の名誉を汚した場合に行うことが認められておりますが、彼は本当に平民なのですか?」


 スッと目を細めると、アリアはリオに視線を向けて、そう尋ねた。


「そ、そうだ!」


 と、リオが答える前にアルフォンスが断定する。


「本当なのでしょうか? 貴方のお名前と素性を伺っても?」


 そんなアルフォンスを無視して、アリアがリオに尋ねる。


「さて、どうでしょう? 素性はともかく名前を答える必要性はあまり感じませんね」


 だが、小さく肩を竦め、リオが落ち着いた口調で答えた。

 予約している時に名前を告げている以上、アリアには後で簡単に分かることだろうが、スティアード達の前で安易に偽名を教えるつもりにはなれない。


「それはどうして?」

「加害者の前で名前を告げる愚は犯しませんよ。被害者は明らかにこちらですから。そこの二人は食事の場に乱入して来たかと思えば連れの女性を口説き始めたんです」


 やや辟易とした口調でリオが自らの言い分を告げる。

 スティアードとアルフォンスは呪い殺すかのようにリオを睨みつけた。

 貴様が大人しく死んでおけばこうはならなかったものを――。

 そう言いたげに顔を歪めて。

 リオはそんな視線を涼しげに無視して、


「しかも何度もこちらから退室を促しても出ていくことはありませんでした。挙句の果てには問答無用で斬りかかってくる始末です」


 と、スティアード達がやらかした事実を簡潔に説明した。


「なるほど。確かに恨みを買っている相手に自らの個人情報を教えたくないというのは当たり前ですね。まだ彼達には名を教えてはいませんでしたか。では後で教えていただけますか?」

「ええ、わかりました。ちなみに自分はただの平民です」


 予想外にアリアには話が通じそうなため、リオは内心で意外に思っていたりする。

 店側がスティアード達に傾きそうであれば、今回の事件を引き起こしたのはこの店の不手際によるところが大きいと弾劾するつもりだったが、そのカードを切る必要はまだなさそうだ。

 他にも色々と手段は考えていたが、それらも必要なさそうである。

 一方で、リオが平民だと確定し、スティアード達の侮蔑の視線が強まった。


「ありがとうございます」


 アリアはリオに礼を告げると、スティアード達に視線を向けて、


「仮に彼の話が事実だとすると、貴方達は難癖をつけて無礼打ちという制度を濫用したと捉えられても仕方がありません。決闘を仕掛けて受理されたというわけでもないのでしょう?」


 と、そう告げた。

 アリアは既に従業員から発端となる事の経緯を大まかに聞いていたが、先のリオの供述はそれと一致している。

 ゆえに今のところアリアの天秤はスティアード達に非がある方に大きく傾いていた。

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