第72話 同窓者達の乱入
リオは美春達を連れてアマンド有数のレストランへとやって来た。
仕切りにより個室仕立てにされたオープンテラスの席へと案内され、今は各々会話を楽しみながら、そこでランチ用のコース料理を食べている。
天気は良く、風が涼やかに頬を撫で、柔らかな日差しがテラスへと降り注ぐ。
「んー、悪くはないけど、私はハルトやミハルが作った料理の方が好きかな。この肉料理だって悪くはないけど、いつも食べている味付けと比べると大味に感じちゃうし」
メインの肉料理を食べつつ、普段食べているリオや美春の作る和洋中色とりどりの味付けがされた料理を思い出し、セリアが言った。
「ありがとうございます。けど流石に専門の料理人には負けますよ」
セリアの称賛を嬉しく思いながらも、リオは控えめに謙遜した。
「そりゃあ料理人としての完成度だけで言ったら宮廷に勤める専門家の方が上なのかもしれないけど、料理自体の完成度は二人の作る物の方が上よ?」
と、貴族として多くの美食を食べ慣れたセリアが忌憚のない感想を告げた。
美食とはすなわち贅沢である。
新しい食材、新しい調味料、そういったものを用意し、組み合わせ、試行錯誤をしたうえで、美食は誕生していく。
それゆえ、必然的に美食を生み出す主体は富裕層の下に勤める料理人となりやすく、民間の料理人は富裕層の雇う料理人が生み出した美食の調理法が市井に広まるのを待つしかない。
そうやって美食は民間に広がっていき、長い年月をかけて少しずつ美食としての完成度を高めていくことになる。
「それは俺達の知っている料理を生み出してくれた先達のおかげですよ。俺達はレシピを土台にして料理を作っているだけですから。そのレシピを再現できる豊富な食材と調味料があるからというのも大きいですね。同じ条件を満たせば専門職の方々に負けるでしょう」
ところが、リオと美春は既に地球で長い歴史をかけて研磨された美食のレシピを知っている。
しかも大陸中を旅して手に入れたリオの食材と調味料の数々はシュトラール地方では入手できないものも多い。
だから、貴族であるセリアがこれまでに食べてきたどの料理よりも完成度の高い料理を作れてしまうのだ。
「へぇ、ハルトやミハル達のいた世界って食文化が進んでいたのね。どんな世界だったのか聞いてもいい?」
「俺が元々いた世界ですか……」
顎に手を当て、リオは言いかねた。
「ごめんなさい。ひょっとしてあんまり話したくない?」
と、リオの様子を窺うようにセリアが尋ねる。
「いえ、大丈夫ですよ。何から喋ろうかと思いまして。そうですね……」
そう言って、リオは苦笑を浮かべて
「良い世界だったと思いますよ。国によりますが、俺がいた場所は豊かな生活が保障されていましたし、美味しいものがたくさんありすぎて飽食の時代なんて呼ばれ方もしていましたね」
と、そう語った。
「飽食の時代……。あんなに美味しい料理をミハルくらいの年齢の子が作れちゃうんだものね。他にもまだ私の知らない料理がたくさんあるんでしょう?」
「そうですね。まだまだ山ほどありますよ。土台のレシピを色々とアレンジすることで全く別な料理にもなりますし、これからも色々と作りますから。楽しみにしていてください」
「ええ、楽しみだわ。昨日のお酒も美味しかったし」
うっとりとした面持ちで昨晩飲んだお酒の味を思い出すセリア。
リオと一緒に暮らすようになってからというもの、セリアは毎晩のように王侯貴族でもまず飲めないような美酒を御馳走になっている。
セリアは別に酒好きというわけでもないし、量もそれほど飲むわけではない。
だが、今では毎晩のようにお酒を飲むのがすっかり一つの楽しみになってしまっていた。
「いつも飲んでいるお酒は完全にこの世界のものですけどね。お酒に関して言えばこの世界の方が格段に上だと思ってます」
「あら、そうなの?」
「ええ、俺も元の世界で最高級と呼ばれるお酒を飲んだことはないので確かなことは言えませんけど。いつも飲んでいるお酒に適うものが元の世界にあるとは思えませんね」
「へえ、まぁ確かにいつも飲んでるお酒より美味しいお酒があるって言われてもちょっと想像がつきにくいかもしれないわね」
と、セリアが納得の声を漏らす。
精霊の民の里で作られる酒の数々はまさしく美酒という表現が相応しい。
薬について豊富な知識を有するエルフは酒の製造にも長けており、もともとドワーフや獣人の各種族が保有していた秘蔵の酒の製造法を知ることでより優れた酒を生み出すことと相成った。
その味わいたるやシュトラール地方に暮らす人間族はおろか地球にある数々の名酒も霞むほどである。
そんな酒を日々飲んでいるセリアとしてはこれ以上の品が早々に存在するとはちょっと思えないくらいであった。
「はい。と言っても、まだとっておきがいくつかあるんですが、そちらは量がそれほど多くないので特別な行事の際にでも出すとしますね」
「凄く興味があるけど、お楽しみはとっておかないとね」
などと、リオが隣に座っているセリアと二人で話をしていると、ふと、リオは斜め前方に座っている亜紀から視線を感じた。
実は先ほどから何度かリオは亜紀の視線を感じとっており、リオが亜紀へ視線を送ろうとするたびにサッと目を逸らされていたりする。
「どうかした、亜紀ちゃん?」
今回はたまたま視線が合ったため、何かあるのかと尋ねてみた。
「あ、いえ、何でもないです!」
慌てた様子で亜紀が
「ならいいんだけど……。具合が悪かったり、何か苦手な料理とかあったら言っていいんだよ?」
本人が何でもないというのならばそれ以上追及するのも気が引ける。
一応、体調が悪いのかどうかだけ確認してみることにした。
「はい。本当に大丈夫です」
と、特に無理した様子もなく、笑顔を浮かべて、亜紀が答える。
どうやら本当に大丈夫らしい。
亜紀は小さく嘆息すると、以降、リオに視線を送ることは止めたため、それ以上はリオも気にすることはなかった。
それからしばらくの間はアットホームな空気の中でそれぞれが食事と会話を楽しんでいたのだが、ある時、建物の内部から少しばかり慌ただしい様子がリオ達のいるテラスにまで伝わってきた。
「……ちょっと騒がしいですね。何かあったんでしょうか?」
「そうですね。暴力沙汰というわけではないみたいですけど……」
と、リオが美春の疑問に答える。
激しい物音がするというわけではなく、無遠慮に大きな声で喋っている者がいるため、静かな通路に声が響き渡っているのだ。
その喧噪の正体は少しずつリオ達がいる空間へと近寄ってきていた。
「ほら、ここがこの店で一番人気の席なんですよ」
「えー、すごい良い眺め!」
「素敵。一度でいいからこのお店で料理を食べてみたかったの!」
やがてその喧噪の主達がリオ達のいるオープンテラスへと姿を現す。
入ってきたのはリオとほぼ同年代の男性が二人、そして二人を挟むように密着した若い女性が四人。
煩かったのは女性達の場違いな黄色い声によるものだろう。
侵入者達はリオ達がいることも構わずにプライベートな空間にずかずかと立ち入って来た。
「ほう、なるほど。悪くない眺めだ。溜まった鬱憤を晴らすにはもってこいといったところかな。スティアード君」
「ええ、まぁ悪くはないと思いますよ」
男二人は騎士風の仕立ての良いクロースアーマーを身につけ、腰には質の良さそうな剣を差している。
そんな男性二人の姿を目にし、リオとセリアが目を見開く。
二人はかつてのリオの同級生であったアルフォンス=ロダンと、一つ下の学年で何かとリオに突っかかってきたスティアード=ユグノーであったからだ。
実はこの二人はアマンドに立ち寄ったフローラの護衛として同行していたりする。
今はフローラ達がリーゼロッテと会談中であり、今日は彼女の屋敷に滞在することが決まっているため、休暇と称して都市で女遊びに繰り出していたのだ。
「お客様、困ります。こちらのスペースは現在この場にいるお客様方がご利用中でございまして」
そんな乱入者達を制止するべく、支配人と思われる初老の男性が狼狽した様子で諌めの言葉を投げかける。
「それはこちらで話をつけると言っただろう? 俺はこの店で一番の席を用意しろと言ったんだぞ? 彼女達はこのテラス席がこの店で一番の席だと言っているんだがな」
だが、アルフォンス達がそれを聞き入れる様子はない。
おそらくは身分を盾に金銭で解決しようと考えているのであろう。
実際、これまでもベルトラム王国内で似たような専横をまかり通してきたがゆえの蛮行である。
そんな彼らの態度を頼もしく思っているのか、取り巻きの女達もふてぶてしく笑みを浮かべて佇んでいる。
「こちらは人気の席となっておりまして予約を頂かないと案内することが難しくなっております。先にご案内した席は現在当店で埋まっていない席の中では一番の席にございます。どうかそちらでご納得いただけないでしょうか?」
「駄目だな。決めたぞ。俺達はこの席に座る」
事情を説明する支配人。
だが、連れ合いの女性達に良いところを見せようとしているのか、アルフォンスは決然と
そのままアルフォンスは席に座るリオ達へと視線を移すと、
「なぁ、君達……」
声をかけようとして、言葉を失った。
室内にいた美春達の容姿に目を奪われたのだ。
アルフォンス、そしてスティアードは特にアイシアの美貌に目が釘付けになっている。
アイシアの美貌は貴族として数多の美女を見てきたスティアードとアルフォンスですら拝んだことのない程に神秘的な美しさだった。
「こ、これはこれは。非常に美しく、可憐な御嬢さん」
ごくりとつばを飲み込むと、アルフォンスが芝居がかった態度でキザな言葉を口にした。
だが、すぐに自己紹介を忘れていることに気づくと、
「ああ、失礼。俺としたことがとんだ粗相をしてしまったね。これほど美しい御令嬢方に出会ってきちんと挨拶もしないなんて」
そう言って、大仰に首を振って遺憾の意を表明する。
「俺と彼は隣国ベルトラム王国の貴族でね。俺はアルフォンス=ロダン。ロダン侯爵家の者だ。で、彼はスティアード=ユグノー。何とユグノー公爵家の嫡男なんだよ」
自分達の家柄に誇りを持っているのか、アルフォンスが自信満々の笑みを浮かべて自己紹介をした。
アルフォンスの横ではスティアードが満更でもない笑みも浮かべている。
二人ともリオに対しては色々と差別的な感情をぶつけてきたのだが、髪の色を変えているからか、男の顔などいちいち覚えていないのか、二人がリオやセリアの正体に気づいている様子はない。
セリアについても髪の色を変えて変装しているからか、それともアイシアに見惚れているからか、気づく様子は一切ない。
スティアードに至ってはセリアに憧れていた節があったとリオは記憶しているのだが。
そんな二人にリオは不快感よりも呆れのこもった視線を送った。
「で、どうかな。よければ一緒に食事なんて。きっと楽しいひと時を提供できると思うけど」
男であるリオや雅人を無視して、主に女性陣に視線を送り、アルフォンスが言った。
連れ合いの女性達はばつが悪そうに後ろで佇んでいる。
事態に付いて行けず、困惑する美春、亜紀、雅人の三人。
セリアは深く嘆息し、アイシアに至っては興味がなさそうに料理を食べている。
「断る。さっさと部屋から出ていってくれ。煩くて敵わない」
六人を代表してリオがにべもなく断りの言葉を返した。
手をサッサと振って出ていけと促す。
そんなリオの態度にスティアードとアルフォンスが不快そうに顔を歪めた。
「君には聞いてないよ。俺は彼女達に聞いているんだ」
スッと笑顔を浮かべ直すと、アルフォンスはアイシアに近寄り、手に口づけでもしようと思ったのか、気品のある動作でアイシアの手を取ろうとする。
「止めて。触らないで」
だが、驚くくらいに冷たい声を出して、アイシアはアルフォンスを拒絶した。
サッと手を引いて、僅かに眉を
「なっ」
そんなアイシアの反応にアルフォンスが動揺する。
これまでに彼はこの笑顔と挨拶のキスで何人もの女性を落としてきたのだ。
貴族のたしなみとして、高位の者から手の甲にキスを求めた時、女性は特別の事情がない限りそれを受け入れなければならない、という慣例がある。
だから今回も当然のようにアイシアは自分に手の甲を差し出してくれると思っていた。
あわよくば自分の整った容姿の虜にしてやろうと考えて。
だが、アイシアはそれを無視したことになる。
やり場のなくなった自らの手を所在なさげに彷徨わせると、アルフォンスはやむなく手を引込めた。
「ははは。連れが失礼しましたね」
そんなアルフォンスを見て、スティアードが愉快そうに笑いながらアイシアに謝罪の言葉を送る。
「アルフォンス先輩にはいつも女性に対して少しばかり馴れ馴れしすぎると言っているんです。どうか許してやってください」
スティアードがやれやれと首を横に振る。
そんなスティアードの言葉にアルフォンスが僅かにムッとした表情を浮かべた。
しかし、そこでムキになって食い下がるのはみっともないと考えたのか、困ったように苦笑して肩を竦めてみせる。
「さて、御嬢さん。よろしければお名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか? せっかく女神のように可憐な貴方と出会えたのに名前も知らずにいるなんて、僕には耐えられそうにありません」
と、スティアードが歯の浮くような台詞を告げる。
アルフォンスもかなり容姿は整っているが、スティアードもそれに負けないくらいに整った容姿をしていた。
もっとも、アルフォンスはどちらかというと精悍な顔つきをしているタイプの男だが、スティアードは貴公子然とした美しい顔の持ち主だ。
ゆえにスティアードも自らの容姿にはひとかたならぬ自信を持っていた。
「…………」
だが、アイシアはスティアードを一瞥することもなく沈黙を貫いた。
「っ……」
完全に無視されていることにプライドを刺激されたのか、スティアードが顔を引きつらせる。
そんなスティアードの姿にアルフォンスは僅かに溜飲を下げたようだ。
とはいえ、上級貴族であるアルフォンスとスティアードの面子をこうも潰されては面白くはない。
「ははは。中々強情な御嬢さんのようだ。美しいバラには棘があるということか。だが、その反応はちょっといただけないな」
と、笑顔を浮かべながらも、咎めの色がこもったやや強い口調で、アルフォンスが言った。
この店でこうして食事できるということは良家のお嬢様方なのかもしれないが、上級貴族である自分達ほどではないと、アルフォンスは無意識に信じ込んでいた。
そもそも他国の貴族にすぎないスティアードとアルフォンスがガルアーク王国内でどれほどの権力を行使できるのかは大いに疑問はあるのだが。
「悪いが彼女は突然に無作法者が乱入したことで気分を悪くしたようだ。二度しか言わない。御帰りはあちらだよ」
リオは席から立ち上がりアイシアの前に割り込むと、害意を見せ始めたアルフォンスに、強く呆れのこもった声でそう告げた。
図々しくも人が食事をしている場に乗り込んできて同席している女性を口説き始めるなど、明らかに他人を見下しているとしか思えない。
そもそもリオは支配人の男性の仲裁を期待していたのだが、男性は現段階で下手に両者を刺激しては不味いと考えているのか、狼狽した様子で事態を静観している。
せっかくの楽しいひと時を台無しにした無礼な輩に席を譲ってやる道理はなく、ましてやこのまま好き勝手を許してやるつもりもなく、リオは毅然とした態度で彼らに向き直った。
そんなリオの態度にアルフォンスとスティアードが目に見えるように気に食わなさそうな表情を浮かべた。
「そもそも君は誰なんだい? 彼女達との関係は? こちらが名乗ったんだ。そちらも名乗るのが筋だろう」
「はは……」
リオは思わず失笑してしまった。
そっちが勝手に名乗っただけだろうに。
そう考え、内心で盛大に溜息を吐く。
「無礼者に名乗る名前はないな。俺は彼女達の保護者みたいなものだ」
そんなリオの態度に小馬鹿にされたと思ったのか、アルフォンス達は眉を
「ふん、名乗る名前もないとはどうせ大したこともない家なのか、それとも恰好からして少し稼いでいる冒険者風情だろう。背伸びしたくなる気持ちはわかるが、高位の貴族に対して随分と偉そうな口を聞くじゃないか。身分相応に野蛮なようだ」
リオが大した身分の者でないと当たりをつけ、明らかに見下したような視線でリオを睨みつける。
仮にリオの身分が相応に高かったとしても、ここまでコケにされて引き下がることはできない。
「レストランでは静かにするという子供でも分かるマナーも守れない輩に対しては十分すぎるくらいに丁寧に対応したつもりなんだがな」
深く嘆息し、リオが言った。
「なんだと……?」
その言葉でアルフォンスとスティアードの表情が凍りつく。
怒鳴りこそしないものの、剣呑な空気をまき散らしてリオを睨みつける力を強めた。
「そこまで言うからには覚悟ができているんだろうな?」
腰の剣に手をかけ、アルフォンスとスティアードがいつでも抜刀できるように構える。
そんな二人の様子に美春や亜紀がびくりと体を震わせた。
「ハ、ハルト……」
後ろから小声でセリアがリオの偽名を呼ぶ。
アルフォンス達は聞き取れなかったが、リオはその声をしっかりと聞いた。
「大丈夫ですよ」
答えて、リオは美春達を安心させるように優しく微笑みかけた。
「随分と余裕があるようだが、彼女達を置いてそこの小僧と一緒に今すぐここを立ち去るというのなら見逃してやる。ああ、そうだ。ついでに後ろにいる彼女達をお前に貸してやるよ。商売女だが、冒険者風情の貴様にはお似合いだろう?」
小馬鹿にしたようにアルフォンスが言った。
その言葉で彼らの背後にいる少女達に動揺の色が走る。
ピリピリとした場の空気に耐え兼ねているのか、僅かに怯えたように身を震わせていた。
「随分と陳腐な脅し文句を言うんだな」
にこりと笑みを浮かべ、リオが告げた。
「良い度胸だ」
それが開戦の合図だった。
腐っても二人は騎士である。
流れるような動作で抜剣すると、リオを斬り捨てるべく剣を振ろうとした。
が、一閃。
後出しでリオが剣を抜き放つと、閃光のような斬撃がスティアードとアルフォンスの剣に吸い込まれるように襲いかかった。
リオの剣はまるでバターでも切り取るかのようにスティアード達の剣の刃を切り裂いていく。
やがて切断された剣の刃は、誰も傷つけることもなく、音をたてて床に突き刺さった。
「なっ」
目の前で起きた光景にスティアードとアルフォンスの目が愕然と見開かれる。
美春達も今起きた現象に目を疑うように
かちり、とリオが剣を鞘に収める音が響き渡る。
そこでようやくリオを除いてその場にいた者達は正気を取り戻した。
「なん、だと……。アダマンタイト製の剣が……」
人間族の手による生産品の中では最高の硬度を誇るアダマンタイト製の剣が易々と切断された。
尋常でない速度の斬撃。
目で追うことすらできなかった。
つまりここが戦場ならばスティアード達は切り倒されていてもおかしくないということだ。
刃を失った不格好な剣を眺めながら、二人は屈辱でぶるぶると身体を震わせた。
「ふ、ふざけるな! 貴様! 何だ! その剣は?」
黒ごしらえの鞘に収まったリオの剣を睨みつけながら、アルフォンスは
おそらくは魔剣。
それも相当に高位の。
だが、リオはそんな疑問に答えることもなく、小さく嘆息すると、
「いいから本当に帰れよ、もう。次は首を飛ばすぞ」
小声で二人だけに聞こえるように、感情を込めずにそう呟いた。
「っ……!」
明確な死のビジョンが脳内に浮かび上がり、スティアードとアルフォンスの背筋が凍りつく。
「ふざ、けるな……」
「貴様、殺す。殺すぞ。絶対に殺す……」
二人は明確な敵意を持ってリオに恨み言をぶつけた。
リオが怯むことなく興味なさげに二人を見つめ返す。
やれるものならやってみればいい。
こっちは逃げようと思えば何処にだって逃げられる。
それに本気で殺しにかかって来るというのならばその前に殺す。
一応、相手も貴族だし、美春達がいる手前、無暗に殺すことは躊躇われたが、美春達がいない時に都市の外で殺せば足がつくこともない。
自分達がさして眼中に入っていないことに気づき、スティアード達の感情がいっそう逆撫でされる。
こんな屈辱は生まれて初めてだった。
端整な顔が歪むほどに憎悪の色を顔に浮かべて、二人がリオを睨みつける。
まるでリオの顔を頭の中に刻み込むかのように。
すると、その時、
「そこまでです。何があったのか、事情を伺ってもよろしいでしょうか?」
リオ達がいるテラスに妙齢の女性の声が響き渡った。