第62話 真っ白だった世界
美春達を残してベルトラム王国の王都へ向かったリオだったが、結局、その日のうちに岩の家まで帰って来ることになった。
時刻は夕暮れ時で、間もなく夜の
「あの岩がこれから先生に住んでもらう家です」
「ず、ずいぶんと野性的な家ね」
認識阻害の結界魔術は領域に入った瞬間にセリアに発動したが、即座にリオがセリアの体内のオドを操作して解除する。
遠目から見れば大きな岩にすぎなかったが、近づいて見ると確かに家として加工されていることがセリアにもわかった。
とはいえ、岩の中に住むという発想がセリアにはなかったため、少し戸惑っているようである。
「まぁ、中は綺麗なので安心してください。入りましょうか。美春さん達に紹介しますから」
そう告げると、リオは着陸してセリアを地面に降ろした。
「う、うん」
空を飛んで移動する間にリオが置かれている状況は簡単にセリアに説明してあり、美春達と一緒に暮らしていることも教えてある。
家の扉の前に行くと、リオは室内にいる者を呼び出すために設置されてある魔道具に触れた。
それからすぐに一定のリズムで扉をノックし続ける。
これはリオが帰ってきたという合図だ。
「お帰りなさい! ハルトさん!」
やがて内鍵の解く音が聞こえたかと思うと扉が開き、美春がリオを出迎えた。
リオがいないことに不安を覚えていたのか、予想以上に早い帰還に、美春は安堵しているようだ。
「はい、ただいま戻りました」
「あ、えっと、そちらの子は?」
リオの背後にいるセリアに気づき、おずおずと美春が尋ねる。
「彼女が俺がお世話になった知人です。ちょっと身の危険があったので保護して連れて帰ってきました。言葉は通じませんが、実はこれからこちらで一緒に住むことになりまして……。何の事前連絡もせずに申し訳ないのですが、よろしくお願いしてもいいでしょうか?」
「あ、はい。もちろんです」
リオが事情を説明すると、美春は少し緊張したようにセリアに頭を下げた。
セリアも微笑んで美春に頭を下げ返す。
「リオ、こちらの非常に可愛い御嬢さんが、貴方の言っていた勇者召喚に巻き込まれたかもしれない子なの?」
にこやかな笑みを浮かべて、セリアがリオに尋ねる。
表面上は穏やかなのに、何故か凄みを感じて、リオは思わず一歩後ずさりそうになった。
「あ、はい。えっと、彼女がミハル=アヤセさんです」
「この子がミハルね。確か歳はリオと一緒だったかしら?」
「はい。そうなります」
「そう……。これからよろしくお願いしますって伝えてくれるかしら?」
「わかりました。その前に、とりあえず中に入りましょうか」
言って、リオは美春に視線を移す。
美春もセリアの妙な凄みを察したのか、少しだけ緊張の度合いが強まっているようだ。
だが、セリアもすぐに柔らかな笑みを浮かべ直したため、美春の緊張の色はすぐに消えていく。
「美春さん、とりあえず家の中に入りましょうか。彼女を紹介しますから」
リオとセリアの会話がわからずに黙って話を聞いていた美春に、リオが日本語で話しかける。
「はい。お茶を用意しますね」
「すみません。お願いします」
そのままセリアを連れてリオは美春と一緒に家の中へと入りこむ。
美春は真っ直ぐにキッチンへと向かい、お茶を淹れに行った。
「あ、ハルトさん。お帰りなさい!」
「おー、ハルト兄ちゃん、お帰り!」
リビングで亜紀と雅人の二人がくつろいでいた。
亜紀と雅人はリオの姿を見てホッとしたような表情を浮かべ、続けて後ろにいるセリアを見て目を丸くした。
「ただいま、みんな」
微笑を浮かべて、リオが帰宅の挨拶を告げる。
「実は二人にお知らせというかお願いがあるんだ。この人に関連することだけど、とりあえず紹介するから聞いてもらってもいいかな?」
「あ、はい」
亜紀と雅人がやや畏まった様子で姿勢を正す。
「セリア先生」
「あ、うん!」
興味深そうに家の内装に見惚れていたセリア。
リオに声をかけられて、ハッと返事をした。
「後で家の中を案内しますから、とりあえず今はこちらに座ってください」
「うん。お願いね」
リビングに設置されたソファにセリアを座らせ、その隣にリオも腰を下ろした。
「どうぞ」
あらかじめお湯を沸かしていたのか、美春がリビングにやって来て、お茶を淹れて回った。
お茶を淹れると、美春も亜紀の隣に腰を下ろし、机を挟んで二対三で向かい合う。
「いただくわ。……あら、美味しい。上手なお茶の淹れ方ね」
美春の淹れたお茶を優雅な所作で口に含むと、嬉しそうに顔をほころばせ、セリアが感想を述べた。
「美春さんの淹れたお茶が美味しいそうです」
それを翻訳してリオが美春に伝える。
美春ははにかんでそれに答えた。
そんな美春にセリアも微笑みかける。
「さて、それでは早速ですが、紹介しますね。彼女はセリア=クレール。俺の古い知人で、幼少期にお世話になった人です」
事前に相談して素性を含めてセリアの本名はそのまま伝えることにした。
何も知らせずに問題が起きるよりかは、きちんと事情を説明しておいた方が問題に対処しやすいと判断したからだ。
セリアは優雅な所作で三人にお辞儀をする。
その可憐さに雅人が顔を赤くし、横から亜紀に肘で突っ込みを入れられていた。
「えっと、ハルトさんが幼少期にお世話になったんですか?」
と、不思議そうに美春が尋ねる。
傍から見るとリオよりも少し年下にしか見えないセリア。
年齢的には亜紀と同じかどんなに上でも一、二歳くらいの差しかないように見える。
そんな彼女にリオが幼少期に世話になったというのは少しばかり妙だった。
「ああ、彼女はこう見えて俺達より年上なんですよ。今はもう二十一歳です」
やや困惑している美春の意図に気づき、リオがセリアの年齢を口にする。
「え……、ええ!?」
「二十一歳……」
「マジか……」
一瞬だけ唖然とすると、美春だけでなく亜紀や雅人も驚きの声を上げた。
その美しさと風格は子供が醸し出すものではないが、セリアの見た目は幼児体型というか、とても二十歳を超えているようには見えない。
そんな三人の反応にリオが苦笑する。
ちらりとセリアに視線を送ると、セリアがリオだけに少し拗ねたような視線を送り返してきた。
言葉は理解できないはずだが、美春達の反応でおよそ会話の内容を掴めたのだろう。
思わず小さく吹き出しそうになってしまったところで、今度は凄みのある笑みを向けられた。
「先生が若いですねっていう話をしているんですよ」
弁明をするべく、リオが苦笑しながらセリアに語りかけると。
「……知ってるわよ」
と、ジト眼で睨み返して、セリアは答えた。
そんな二人のやり取りを美春達が興味深そうに眺める。
「すみません。話を戻しましょうか。俺が彼女と知り合ったのは七歳の時で、彼女は俺が通っていた学校で講師をしていたんです」
今度は美春達に向き直ってリオが話しかける。
「……先生ですか」
と、美春がオウム返しで口走る。
「先生……」
呟いて、亜紀がリオとセリアの間で視線を往復させた。
何となく二人の関係に興味があるようだ。
雅人はまだセリアに見惚れているようで、緊張した様子でちらちらと視線を送っている。
リオは何となく妙な空気が場に流れているような気がした。
その空気を上手く説明することはできないのだが。
考えても仕方がないと、小さく頭を振って、今はその小さな違和感を捨て置く。
「それでですね。実は彼女には少し込み入った事情がありまして。これから一緒に暮らすことになる以上はみんなにも知っておいてほしいんです」
小さく咳払いをして、リオが語る。
すると三人の視線がリオに集まった。
「まず、彼女は貴族です」
セリアが貴族だと教えると、三人が僅かに
現代の日本に貴族は存在しない。
物珍しさに驚きと戸惑いが織り交ざった感情を覚えたのだろう。
「道理で雰囲気があるといいますか……」
美春が腑に落ちた表情を浮かべた。
「なんていうかお姫様みたいな人ですよね」
「いや、実際にお姫様なんじゃないの?」
亜紀と雅人もしっくりきたような反応を見せている。
セリアの背中まで真っ直ぐと伸びた髪は綺麗な白色で、
空色の瞳は宝石のように美しく、容姿も美姫という表現が相応しい程に整っている。
普段着として身に着けている白いワンピースドレスがお淑やかさを際立たせており、確かに傍から見ればどこかの国の美姫にしか見えない。
「確かに育ちは良いし雰囲気もあるけど、こう見えてかなり気さくな人なんですよ。だから構えなくても大丈夫です」
畏まった様子を見せる三人にリオが苦笑して説明する。
おそらく美春達はどのように接すればいいのか不安に思っているのだろう。
セリアの素の性格とずぼらなところを知るリオとしては美春達が感じている懸念が杞憂でしかないとわかっている。
ここら辺はこれから暮らしていくうちにお互いに慣れていくだろう。
自分も可能な限りフォローしていく必要があると、リオは気を引き締めた。
「それで彼女をここに連れてきた理由なんですが、現在、彼女は国で危うい立場に置かれていまして、つい先ほどまで軟禁されてそのまま政略結婚の道具にされかかっていたんです」
と、簡潔にセリアを連れてきた理由を説明する。
何も理由を告げずにいきなり連れてきた人間と一緒に暮らしてくれと頼んでも美春達を戸惑わせるだけだろう。
事情を知っておいてもらった方が一緒に暮らすうえで何かと接しやすいはずだ。
要は心構えの話である。
それに後々のことを考えると、それとなく事情を察してもらっておいた方が万が一の事態が生じた時に口裏を合わせやすい。
「それは……」
呆気にとられた様子で、美春達が言葉に詰まる。
無理もない。
日本で普通に暮らしていれば決して聞くことのないような話なのだから。
「政略結婚自体はこの世界に生きる貴族ならさほど珍しくはありません。必要性があってお互いの利害が一致して合意の上で行われることは多々あります」
まずは政略結婚というものがこの世界ではさほど珍しくないことをリオは語った。
「ただ、彼女の場合は少しばかり事情が特殊でして。軟禁されていたことから薄々とわかるかと思いますが、ほぼ強制的に婚約をとりつけられたんです。しかも、本来なら彼女の家柄や立場を考えれば有力貴族の正妻が妥当なところなんですが、今回は有力貴族の七番目の妻として結婚を強要されていました」
語って、リオは小さく溜息を吐いた。
「ひどい……」
どの点に特に衝撃を受けたのかは定かではないが、三人ともセリアの境遇に同情を寄せたようだ。
特に同性である美春と亜紀はかなり居たたまれない表情を浮かべている。
「流石に辛そうでして。そんな姿を見ていられなくなってしまい、こうして彼女を連れ出してきてしまったというわけです」
そうやってリオがセリアを連れてきた理由を説明すると。
「そんなの連れて来て当然だろ!」
「私もそう思います!」
間髪を容れずに雅人と亜紀が勢いよくリオの行動を支持した。
若すぎるゆえに少しばかり直情的な気がしないでもないが、その気持ちは嬉しい。
リオは二人に微笑み返すと。
「でも、いくら本人が望んでいたとはいえ、彼女がいた国からすれば俺がしたことは許せないことだ。彼女も自らの意志で逃亡したことがバレれれば実家の立場が相当悪いことになってしまう」
本人の同意があったとはいえ、高位貴族の婚約者を連れ去ったのだ。
しかもセリアは今のベルトラム王国においてかなりの重要人物である。
仮にリオが犯人だと知られれば敵対は免れないだろう。
他に上手い解決策がなかったとはいえ、少しばかり不道徳というか短絡的な行動であったことも否めない。
少なくともあの国の社会秩序を乱したことに変わりはないのだから。
とはいえリオはセリアを連れ出したことを後悔はしていない。
こうして連れてきた以上は美春達と同じように全力でセリアを保護するつもりだ。
「だから美春さん達にお願いしたいんです。今後、外に出ることがあってもセリア先生のことを誰にも話さないでくれませんか?」
言って、リオは深く頭を下げた。
三人を巻き込んでしまうのは不本意だが、知らないでいる場合に生じるであろうデメリットを考えると教えないでいることは望ましくない。
それに一緒に暮らす以上は美春達にも知る権利があるだろう。
雰囲気を察してリオの隣に座っていたセリアも頭を下げた。
「わかりました」
「はい!」
「俺もわかったよ!」
美春達がそれぞれしっかりと首肯する。
リオはさらに深く頭を下げると、
「少なくとも彼女が自分の意志で逃げ出してきたということは絶対に口にしないでください。万が一の時は俺が拉致したということにしますから」
と、強い意志を感じさせる声でそう語った。
本人の同意があるとはいえ、セリアを逃亡させるきっかけを作ったのは自分だ。
出来ればセリアの実家に迷惑をかけたくはなかった。
既に心配はかけてしまっているが……。
「それは……いいんでしょうか? そのセリアさんにはそのことを……」
おそるおそる美春が尋ねる。
「言ってはいません。おそらく反対されるでしょうから」
ばつが悪そうに笑みを浮かべるリオ。
このことをあらかじめセリアに説明しても、反対されるであろうことはわかっている。
だから万が一の時は先んじて自白してそういった状況を作ってしまおうとリオは考えているのだ。
「ハルトさん……」
美春が心配そうにリオの名を呼んだ。
「まぁその万が一の時が生じないようにこちらで最善は尽くします。ここは別の国ですし、都市に出る時は変装をしてもらうことになりますから、滅多なことでは彼女の国の首脳部の人間に彼女の存在がバレることはありませんよ」
少し気まずくなった雰囲気を誤魔化すように、リオが明るく言った。
そのまま美春達に繕うように微笑みかけると。
「……わかりました」
不安そうではあるが、美春は頷いてくれた。
「私もわかりました」
続けて亜紀が頷く。
「俺もわかったよ。まぁ、言いふらそうにも言葉がわからないけどね」
「それは私達が言葉を覚えた後の話でしょ。外に出た時にベラベラと余計なことは喋るなってことよ。あんたが一番危ないんだから気をつけなさいよね」
「わ、わかってるよ、姉ちゃん」
おどけて答えた雅人に亜紀が口を挟む。
雅人はその自覚があるのか、たじろいで返事をした。
「でもよかったんでしょうか。私達にそんな話を教えてしまって」
美春が不安そうに尋ねた。
情報というのはそれを知る人が多ければ多い程に流出の危険性が高まる。
秘匿すべき情報を自分達に教えたことのデメリットについて心配しているのだろう。
「ええ、最初はセリア先生の名前も経歴もすべて偽って紹介しようとも考えたんですが、三人はこれから一緒に暮らす間柄になりますからね。嘘で塗り固めてもボロが出るだけです」
セリア自身も、嘘で塗り固めて生きてもストレスが溜まるだけだからと、素性を明らかにすることには賛成している。
「それに、あらかじめ知っておくのと知らないでいるのとでは緊急事態が生じた時の心構えが全く違います。三人には万が一の事態が生じた時の心の準備をしておいてほしいんです」
セリアと一緒にいるところを目撃されて、美春達に魔の手が及ばないとは限らない。
その時に何も知らないというのは流石に無防備すぎるだろう。
可能性は低いが、美春達が何かの拍子にセリアの素性を第三者から知らされた時に、うっかりとセリアの情報を漏らしてしまう可能性だってある。
考え出したらキリがないが、教えないなら教えないで生じるデメリットはいくつもあるというのがセリアの談だ。
もちろん教えたことによって生じるデメリットもあるが、それを踏まえた上での選択である。
「もちろん先ほども言った通り万が一の事態が生じないようにこちらで最大限の対策はとります。外に出かける時は変装しますし、名前も変えますから。万が一の事態に備えて今話したことを心の片隅で覚えておいてください」
肩を竦めながら、リオは再度の注意を促した。
美春達が少し緊張した様子でこくりと頷く。
「さて、それじゃ今度はセリア先生に三人のことを紹介しますので、少し彼女と話をしますね」
喉を潤すべくお茶を含むと、リオは隣に座っているセリアへと視線を移した。
「美春さん達に紹介を含めて先生の簡単な事情を説明しました。もちろん口止めも。今度は先生に三人の紹介をしますね」
「そう、ありがとうね。リオ」
セリアはリオに優しく微笑みかけた。
「いえ……。先生は俺にとって恩人ですからね」
恥ずかしそうにリオが告げる。
「……私、貴方にしてあげられたことなんてほとんどないわ。ここまでしてもらうことなんて……」
僅かに目を丸くすると、セリアは少し申し訳なさそうに答えた。
「そんなことはありませんよ。先生がいなかったらあの学院で俺は完全に一人でしたから……」
「けっこう
「それは先生がいたからですよ。流石にあの環境で五年以上も独りぼっちは色々と精神的に辛いことになっていたと思いますから」
「……でも私は貴方の先生だったんだから、生徒のことを気にかけるのは当然よ」
嘘だ。
言って、セリアはそう思った。
他の生徒と比べて、セリアは明らかにリオに深く関わっていた
それはどうしてだったのだろうか。
当初は何となくだった気がする。
もう昔のことだからあまり思い出せないけれど。
セリアは少し原点を思い出してみたくなった。
そんなことを考えていると――。
「はい。だから先生には感謝しているんです。ありがとうございます」
リオは小さくはにかんで礼を告げた。
ふと二人の視線が交差すると。
「……どういたしまして」
セリアがリオから僅かに視線を逸らして答える。
その頬は僅かに紅潮していた。
薄く微笑んで、リオがちらりと美春達に視線を戻す。
すると三人はじっとリオとセリアの様子を眺めていた。
必然的に視線が重なると、サッと目を逸らされる。
どうしたのだろうか。
リオは僅かに首を
「えっと、じゃあ今から三人のことを彼女に紹介しますね。まずは美春さんから」
いつまでも待たせたままでいるのも悪いと考え、リオはさっさと三人を紹介することにした。
「は、はい。よろしくお願いします」
少しぎこちない様子で美春が返事をする。
「セリア先生、先ほど紹介しましたが、こちらがミハル=アヤセさん。年は十六歳です」
リオは美春の紹介を行った。
美春は窺うような視線をセリアに送って小さくお辞儀をした。
セリアが微笑を浮かべてお辞儀を返す。
「それでその隣にいる女の子がアキ=センドウさん、年は十三歳です」
緊張した様子で亜紀がお辞儀をする。
セリアが微笑してお辞儀を返す。
「彼がマサト=センドウ君、年は十二歳です」
雅人も緊張したようにお辞儀をする。
セリアが微笑してお辞儀を返すと、雅人は顔を紅潮させた。
その様子を横から機敏に察して亜紀がジト眼で雅人を見つめている。
「ところでね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
軽く紹介を終えたところで、セリアが横からリオの袖を引っ張った。
心なしか少し尋ねにくそうな表情を浮かべている。
「はい。何でしょう?」
と、リオがセリアの質問を促す。
「えっとね、どうして貴方は彼女達の言葉を喋れるのかしら? 何かの精霊術とやらを使っているの?」
「……まぁ当然に抱く疑問ですよね」
言って、リオは苦笑した。
それはリオがあらかじめ想定していた質問だった。
この場限りの嘘を吐くのならば精霊術を使っていると言って誤魔化せばいい。
だが、やがてセリアが美春達と意思の疎通ができるようになればバレてしまう嘘だ。
ここは正直に語るしかないところなのだろう。
とはいえ、きっかけが消極的な理由であることは否めないが、これは良い機会なのかもしれない。
かつてリオにとって世界は真っ白だった。
それは色が識別できないとかそういう話ではない。
この世界に生まれてからしばらくの間は、何を見ても、何を聞いても、リオは空々しいだけだった。
ルシウスへの復讐、美春への未練――。
それはきっと自分がそうした後ろ暗い感情だけに支えられて生きていたからだろう。
だが、いつからか世界に色を感じるようになった。
最初はほんの少しだったけれど。
それは確かに美しい色だった。
最初にその色を感じさせてくれたのはセリアだ。
けど、当時のリオはその色を心の底から楽しむだけの心の余裕はあまりなかった。
ベルトラム王国を出て、精霊の民の里で暮らして、ヤグモ地方へ赴きカラスキ王国で暮らして、少しずつ心にゆとりができて、少しずつ世界に色が増えていった。
まだ心の中に復讐というしこりは残っているけれど、美春と出会えた今では世界は美しい色彩で溢れている。
そうやって感じられるようになったのはこれまでに出会えた多くの人達のおかげだ。
だから、これは良い機会だと思う。
今までこんな自分に歩み寄ってくれた人達に、今度は自分から歩み寄るための。
これは最初の一歩だ。
「それはですね――」
打ち明けなければいけないからではない。
リオは自らの意志で望んで自分の秘密を打ち明けたいと思った。
この世界で初めて色を与えてくれたセリアになら、教えることに躊躇いはない。
信じてもらえるかどうかは怖いけれど、それでも前に進みたいから。
だから、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべて。
「俺がもともとは彼女達と同じ世界で生きていたからです」
と、リオはそう答えた。