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たとえば晴れた秋空の「青く清々しい感じ」のような、特定の感覚的経験に伴う独特の質感を表す概念。脳科学は心のはたらきを脳の生み出す作用と考えてきたが、脳内の神経ネットワークはあまりに複雑であり、電気回路を理解するように、完全に機械的には理解することができない。すなわち「感覚的経験は神経興奮の特定の電気的パターンに還元できる」といった素朴な考え方では、脳と心の問題に太刀打ちすることはできないのである。「クオリア」とは、この困難な問題に新しい視点からアプローチするものであり、いわば心という主観的な経験の世界と、分子レベルの精密なメカニズムとの仲立ちをする概念であるといえよう。こうした着想が脳科学を超えて興味深いのは、従来は哲学や人文科学が扱ってきた感覚の主観的な質という問題に、自然科学が挑戦し始めたことである。このことは、近代科学の素朴な還元主義的態度に変更を迫ると同時に、これまで「心の問題は科学では解けない」と断定してきた人文科学にも、深い反省を促すものである。「クオリア」とは哲学と脳科学との接点となる概念であり、従来の西洋哲学で「心身問題」として追及されてきた難問に、新たな角度から挑戦するものである。[吉岡 洋]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例