シンガー・ソングライターの仮想敵

 桑田佳祐さん、松任谷由実さん、中島みゆきさんら日本の著名なミュージシャンに共通しているのは、シンガー・ソングライターであること。自分で作詞作曲した楽曲を自ら歌う。このスタイルによるヒット曲が生まれ始めたのは1970年代に入ってからだ▼歌謡曲などそれまでの流行歌は、作詞、作曲、歌手が明確に分かれる分業型だったが、それらを一人役で担う自作自演型は、ある意味で曲作りの合理化でもあり、出番を減らされかねない既存の職業作曲家たちにとっては強力なライバルに映ったに違いない▼今月7日、80歳で亡くなった作曲家の筒美京平さんは、職業作曲家を代表するヒットメーカーだった。自ら手掛けたシングル曲の総売り上げ7560万枚は前人未踏▼筒美さんの名前を知らなくても、『また逢う日まで』などのヒット曲を聴けば「ああ、あの曲を作った人か」と親しみを連れてくるのは裏方冥利(みょうり)だったのだろう▼この人の曲を聴くと、曲を印象づける「サビ」の作り方に絶妙な技巧が施されている。時代の空気を吸いながら、明るい長調と哀愁を帯びた短調を変幻自在に交差させ、情感を操作していく。その洗練された明暗の塩梅(あんばい)などに、シンガー・ソングライターの山下達郎さんは「あの人は仮想敵」と身構えたそうだ。老若男女の誰もが聴いたことがあり、口ずさめる親しみやさ。「巨星墜(お)つ」は、大げさではない。(前)

2020年10月20日 無断転載禁止