日本学術会議の梶田隆章会長

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任命拒否は当然

 民間シンクタンク「国家基本問題研究所」(櫻井よしこ理事長)の公式サイトには、「今週の直言」が連載されている。政治や歴史の学者、政治ジャーナリストといった有識者が時事コラムを寄稿するという内容だ。

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 10月5日に配信されたコラムのタイトルは「学術会議こそ学問の自由を守れ」という耳目を集めるものだった。

 筆者は北海道大学名誉教授の奈良林直氏。1952年生まれで、専門は原子炉の安全工学。国際原子力機関(IAEA)と経済協力開発機構(OECD)の原子力機(NEA)が共同で運営する職業被曝情報システム(ISOE)から、2018年1月に卓越教授賞を受賞し、国際的にも高く評価されている。ます本文の一部を引用させていただく。

日本学術会議の梶田隆章会長

《北大は2016年度、防衛省の安全保障技術研究推進制度に応募し、微細な泡で船底を覆い船の航行の抵抗を減らすM教授(流体力学)の研究が採択された(略)学術会議が「軍事研究」と決めつけ、2017年3月24日付の「軍事的安全保障研究に関する声明」で批判した。学術会議からの事実上の圧力で、北大はついに2018年に研究を辞退した》

 奈良林氏は、学術会議が「軍事的安全保障研究に関する声明」(2017年3月24日)への対応を求め、「日本学術会議の声明を尊重して辞退した」(北大広報)と、実質的に断念させた経緯を明らかにした。

 また、このことは、学術会議が直接圧力をかけたのではないが、6月10日に北海道大学学術交流会館で開催された、「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に反対する講演会」の様子を伝える「軍学共同反対連絡会のニュースレター」(2018年6月30日)に詳細な記述がある。

日本学術会議の「声明」及ぼした各大学への影響

 M教授の研究を奈良林氏は《自衛隊の艦艇のみならず、民間のタンカーや船舶の燃費が10%低減される画期的なもの》と評価している。

 日本学術会議は17年3月24日に発表された「軍事的安全保障研究に関する声明」では、防衛省の推進制度に「問題が多い」とし、その制度を公然と批判した。

《「安全保障技術研究推進制度」(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問題が多い》

 日本学術会議は《1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明》を出している。どうやら、これが“錦の御旗”らしい。

 この声明が北大にどのような影響を与えたのか、奈良林氏はコラムに《学術会議からの事実上の圧力で、北大はついに2018年に研究を辞退した》と記した。

 今回、学術会議が推薦した会員候補のうち大学教授など6人を菅政権は認めなかった。これが「学問の自由」を侵害する行為なのか、大きな議論となっている。

「税金」の問題

 だが奈良林氏は、学問の自由を脅かされているはずの学術会議の声明を錦の御旗として活動する、「軍学共同反対連絡会」のニュースレターに紹介されている「九条の会」などが、北大のみならず、北海道内の国立大学や全国の主要国立大学における学問の自由に実質的な圧力を加え、学問の自由を侵害した過去を明らかにした。

 奈良林氏に取材を申し込み、改めて日本学術会議の問題点を訊いた。すると「この問題を考えるのに重要なのは学会の存在です」と言う。

 ちなみに「学会」を辞書の『広辞苑』デジタル版(岩波書店)で引くと、以下の定義が記されている。

《同じ学問を専攻する学者が,研究上の協力・連絡・意見交換などのために組織する団体。また,その会合》

「日本には100や200を超える学会があり、どれも健全に機能しています。言論・学問の自由は保障されており、真面目で真摯な研究の結果であれば、たとえ政権を批判した論文であっても発表を禁止されるようなことはありません」(奈良林氏)

 学会には税金は使われていない。大半が学術的な一般社団法人で、その運営費用は、学会の会員の会費で賄われている。

有識者会議と同じ

 ところが日本学術会議の経費は国が予算を使って負担している。この違いは大きいという。

「日本学術会議に求められている重要な役割は、政府への提言です。日本では総選挙で多数を占めた与党が内閣を樹立し、行政機関を指導します。日本学術会議にも税金が使われている以上、その提言は政府=与党の政策遂行にとって有益なものであるべきです」(同・奈良林氏)

 学者が信念や良心に基づき、政権批判を行うことは問題ない。ただし、それは日本学術会議ではなく、学会を舞台とすべきだという。

 日本学術会議は“学者の国会”と呼ばれたり、“活動の独立”が謳われたりしていることから、特権を付与されたようなイメージもある。

 だが、活動の根本は国の予算を原資とし、様々なテーマについて学者が答申、勧告、報告などを行うことだ。これは政府の有識者会議と同じ位置づけと見なすことも可能だろう。

「例えば政府の有識者会議で、原発の安全性向上について提言をまとめるとします。その議論で原発の存在は大前提となるはずです。ところが『原発は不要です』という立場の有識者が参加すると、いたずらに議論が紛糾するだけで、提言がまとまらない可能性があります。有識者会議で政府の方針に理解を示す委員が少なくないのは、ある程度なら必要なことでもあるのです。ところが日本学術会議では真逆のケースも見られます」(同・奈良林氏)

“形式的”報道の罠

 任命を拒否された6人は、安保法制に反対を表明するなど、与党の自民党に批判的な考えを持つ人が少なくなかった。

 奈良林氏は「日本学術会議は税金が使われている以上、与党に有益な提言を行うべきだ」と指摘したのは前に見た通りだ。

 6人の任命を菅義偉首相が拒否したことに奈良林氏は理解を示す。もし6人が政府批判を続けたいのであれば、日本学術会議ではなく、自身が所属する学会で行うべきだという。

 更に任命拒否の問題で、かなりのメディアが「かつて政府は任命を“形式的”なものとした」と報道した。

 一例として、10月2日、朝日新聞の電子版が配信した記事の見出しだけをご紹介する。「学術会議『首相任命は形式的』内閣官房幹部、過去に答弁」というものだ。

「これは1983年の審議録に記載されているもので、中曽根内閣の時でした。確かに首相が会員の任命を行うのは“形式的”だと答弁しています。ところが、当時と2004年以降では会員候補の選出方法が異なっています。それを無視して議論を進めるのは誤解を招くのではないでしょうか」(同・奈良林氏)

小泉内閣の“罪”

 NHKのニュースサイト「NHK NEWS WEB」は10月8日、「日本学術会議 会員の選出方法 変遷は」の記事を配信した。

 この記事によると、1949年の設立からは科学者による大がかりな選挙で選出されていたという。だが、組織票の問題が浮上。1984年に学会ごとに候補者を推薦し、それに基づいて総理大臣が任命する方法に変わった。

 実は、「選挙」から「推薦」に変更したのが中曽根内閣だった。何度も報じられた“形式的”という説明は、この問題を国会で話しあっていた時に飛びだしたものだ。

 ところが新しい選出方法も、《学会の仲間うちで会員を引き継ぐなれ合いなど》が問題視されるようになったという。そこで小泉内閣が2005年、現在の「日本学術会議210人の現役会員と約2000人の連携会員が推薦、選考委員会を経て学術会議が最終的に絞り込む」という方法に変えた。

「両方の制度を比較すると、私は学会推薦のほうが優れていたと考えます。やはり学会では、学者の研究内容から査読を受けた正規の学術論文の件数や、その論文の引用件数などの学事術的業績はすべてオープンとなっているのです。そのような科学技術者の学会で皆が認める学者を学術会議に推薦していれば、業績のない学者は選ばれません。首相の任命まで何も問題ないはずです」(同・奈良林氏)

まとまらない提言

 現在は日本学術会議の内部推薦がベースとなって選出されているが、一部の“左派的”な学者が、自分たちの弟子のような学者を身内から選ぶ傾向が見られるという。

「日本学術会議の一部に党派性が存在するのは事実です。率直に申し上げまして、今の会議は各分野の権威、専門家が集まる組織とは言えなくなっていると思います。学者としての実績に欠けているにもかかわらず、ある種の政治的スタンスだけが目立っている会員が増えていると指摘せざるを得ません」(同・奈良林氏)

 今回の騒動で、奈良林氏は日本学術会議がどのような活動を行っているか、公式サイトを調べてみた。すると印象的なものが2つ見つかったという。

 1つ目は「総合工学委員会」の「原子力安全に関する分科会」が6月に行った「原子力安全規制の課題とあるべき姿」だ。

 2つ目は「原子力利用の将来像についての検討委員会」だ。学術会議の公式サイトによると、2017年6月に開催された第2回を最後に更新されていない。

「安全に関する分科会のほうは原子力工学の専門家などが中心になっており、6月の提言も非常に評価できるものです。ところが検討委員会や、その分科会などでは人文社会系の学者が中心で、『原子力発電の将来を否定し再エネで十分』という趣旨の審議をしているため、「瀬川先生修正」と表紙にあるとおり、朱書き修正大幅に加筆された状態で、平成29年の(案)のままでストップされた状態で公開されているのです」(同・奈良林氏)

学会の方が高レベル

 奈良林氏は「今の発電技術でCO2排出を削減し、数%の水力を除くと地球温暖化を防ぐことができるのは原子力発電だけという現実を直視しないと、議論は前に進みません」と言う。

「そうした事実を直視し、分科会は提言をまとめました。一方の検討委員会は原子力発電の未来について話しあうべきなのに、太陽光に代表される再生可能エネルギーなどに議論をすり替えて収拾が付かなくなったと言えます。提言を行った分科会と、朱書き修正された証拠を公開している検討委員会の対比こそが、今の日本学術会議を象徴していると思います」(同・奈良林氏)

 日本学術会議の“正常化”を行うにはどうすればいいのか、奈良林氏は「民営化が最適でしょう」と提案する。

「私は複数の学会に所属していますが、その中の1つに日本工学アカデミーがあります。各大学の学長、総長、学部長クラスで構成されていますが、私は専門家枠で名を連ねています。会費は年3~5万円などとなっており、私たちがポケットマネーから支出します。議論も提言も日本学術会議とは比べものにならないほど高レベルだという自負があります」

 ちなみに日本工学アカデミーはイギリスの王立工学アカデミーに範をとったものだという。

学術会議の“偏向”

 国費が使われていないのであれば、政府に批判的な立場の会員が存在しても、基本的には問題ないことになる。

 とはいえ、今の日本学術会議が持つ“偏向”は看過できないものがある、と奈良林氏は指摘する。

「日本学術会議の提言により、北大では船舶の抵抗を減らす研究だけでなく、ロケット開発の研究も応募寸前で応募禁止となりました。北大だけでなく、全国の大学で同じことが起きました。たとえ民営化されたとしても、日本学術会議が特定のイデオロギーに基づいて学問の自由を侵害するような行為は、根絶する必要があると思います」

 国立大学協会の永田恭介会長(筑波大学学長)は3月27日、「(どこの省庁の公募事業であれ)国を守るための研究は正しいのではないか」と日本学術会議に批判的な意見を表明した。奈良林氏も「全くの正論です」と言う。

「中国の公船が尖閣諸島で度重なる領海侵犯を行い、北朝鮮は核武装を進めています。東アジアの安全保障リスクは高まる一方です。日本の大学が自衛のための研究に力を入れるのは当然であり、それを批判する方が見識を疑われても仕方ないのではないでしょうか」

中共は批判せず

 日本学術会議は国内で“軍事研究”が行われないよう努力を続けているという。だが隣国で言論や学問の自由が脅かされ、軍事研究が大規模に実施されていることには警鐘を鳴らさない。

「現在の香港は、中国共産党によって言論や学問の自由が直接的に犯されています。習政権を批判すれば、収監されても不思議ではありません。ところが日本学術会議が香港の支持を表明し、中国に対して抗議したとは聞いたこともありません。中国や北朝鮮の軍拡に対しても、批判する声明を出していません。このままですと、日本学術会議は特定の国家や野党の主張に与みしているとの批判に耐えられないでしょう。組織の抜本的な見直しが必要だと思います」(同・奈良林氏)

 奈良林氏は東日本大震災が起きてからも、原子力発電の問題点と同じように、安全性も指摘し続けた。

“御用学者”とレッテルは貼られ、「原発推進派の奈良林に天誅を下す」とか、「家族を皆殺しにする」とか、北海道大学の総長室、広報、教務課に脅迫状やメールが多数送りつけられ、殺害予告も来た。

「大学と相談し、北海道警察に届けましたが、『これは威力業務妨害に該当し、れっきとした犯罪です』と身辺警護を行ってくださいました。このように、私は左翼の人たちによって自分自身の言論の自由、学問の自由が脅かされた経験を持っています。今回任命された6人の皆さんは、どのような活動をされておられるのでしょうか? 『まさか、特定の政党に与して、サイエンスに基づく学術的な公平性を欠いていることはないですよね』と言いたいです」

週刊新潮WEB取材班

2020年10月21日 掲載