魔人の封印を解きました
「どうした、何を戸惑っていやがるよ? どうせあと数年で破れる封印だ。テメェも魔術師なら見ればわかるだろう? どうせ全員ぶっ殺すところを、今壊してくれればテメェの命だけは助けてやろうっていうんだ? 悪い話じゃねぇはずだが」
グリモワールは俺を見て、ニヤニヤ笑っている。
まさか俺が首を縦に降ると思っているのだろうか。
俺の答えはもちろん、決まっている。
「断る」
「な……っ!?」
驚くグリモワールに言葉を続ける。
「国を滅ぼそうとするような悪い奴を野放しにするわけがないだろ。封印は俺がし直しておくよ。もう千年くらいは壊れないようにね」
「ま、ままままま、待ってくれ!」
俺が本に触れようとするのを、グリモワールは慌てて止める。
「……悪かったよ。久しぶりに人と話したから、おかしなテンションになっちまったんだ。すまねぇ、謝る。このとーりだ。よく考えたら俺様を封じたのは何百年も前の人間だもんな、この国の人間たちに恨みはねぇ。もちろん殺すわけがねぇ!」
神妙な顔で言うグリモワールを、俺はじっと見つめる。
「本当に?」
「あぁ、だからよ、封印は解いてくれればお前さんの願いは何でも叶えてやるぜ! そうだロイド、お前さんを大金持ちにしてやるよ! 俺は黄金を生み出せるんだ!」
そう言って、グリモワールが手を開くと、そこから金の粒が溢れ出す。
へぇ、生成系統の魔術か。
「どうだい? ロイドが欲しいだけ、いくらでもくれてやるぜぇ?」
俺は金の粒を摘み上げると、ふむと頷き指で潰した。
「なっ!?」
「……あまりレベルが高いとは言えない生成魔術だね。石塊を無理やり金にしたのかい? 純度が低すぎるし、中身もスカスカだ。これじゃあ駆け出しの商人も騙せないよ」
そもそも魔術での金の生成は禁じられている。
というか俺は王子だし金には困ってないんだよな。
「む、ぐぐぐ……だ、だったら不老不死だ! お前さんを不老不死にしてやるよ!」
「悪いが自分の身体に他人の術式を施されるのは好きじゃない。特に不老不死なんて強い術式を人体に編み込むなんて、どんなリスクがあるか分かったものじゃないよ」
魔術というものは万能ではない。
低レベルの魔術なら魔力の消費だけでなんとかなるが、あまりに高レベルな魔術は術者や被術者にも負荷がかかる。
不老不死なんてのは相当上手く術式を編み込んでも、かなり重いリスクを背負うはずだ。
例えば重度の神経麻痺や、肉体の欠損とか。
とてもそんな術式をおいそれとは受けられない。
図星だったのか、グリモワールは顔を歪めている。
「……やはりもう一度封印させて貰うよ。君は危険そうだしね」
「ま、待て! 待ってくれ! 頼むから! 俺は全然危険じゃねぇ! 良い魔人なんだ! 封印されたのだってちょっとイタズラしただけなんだよぉ!」
「うーん、でも嘘言ってるかもしれないしな。やはり封印……」
俺が本に触れようとした時である。
「な、なら魔術はどうだ……!」
魔人がポツリと呟いた。
「何百年も前の古代魔術だ! お前さんも魔術師なら興味あるんじゃねぇのか? そいつを教えてやる!どうだ! ロイド!」
しばし考えこんで、俺は頷く。
「――面白い」
いまさら言うまでもなく、俺は魔術が好きだ。
古代の魔術か。伝説によると大地を揺るがし洪水をおこし、海を割るなんてのも聞いたことがある。
実物はどれほどのものだろうか。是非、見てみたい。
俺の言葉にグリモワールは、パッと表情を明るくした。
「だろ! だよな! そりゃあそうさ、魔術師にとって未知の魔術は喉から手が出るほどのもんだからな!」
「あぁ、本当に教えてくれるのか?」
「当然だ! だからよロイド、この忌々しい封印を解いてくれ!」
「――そうだな」
俺は本に手を触れ、頁を開いた。
既に封印が綻びかけていた事もあり、あっさりと開いた本はパラパラとすごい勢いで捲れ始める。
その端から頁は炭のように黒く、ボロボロになっていく。
本の破片が宙を舞っていた。そこへ風が吹き、全てを消滅させてしまう。
封印は完全に解けた。
「――ク」
くぐもったような声が部屋に響く。
「くははははははっ! ありえねぇぜこいつはよ! マジで封印を解きやがった!」
黒いモヤは一箇所に集まっていき、より人らしい形を作り出していく。
青い肌に額に生えた二本の角、コウモリのような翼に竜のような尾、屈強な上半身、山羊のような下半身……人ならざる姿は魔人と呼ぶにふさわしい。
「こいつはいい気分だ! 歌でも歌っちまいそうだぜ !自由だ! 俺は自由になったんだ! ひゃははははははは!」
嬉しそうに大笑いするグリモワールに、俺は声をかける。
「そいつはよかったな。……で、そろそろいいか?」
「ん、あぁ。古代魔術の事を教えて欲しいんだったか?」
グリモワールはにやりと笑うと、右手に魔力を集め始めた。
おおっ、すごい魔力だ。魔力量だけなら人間と比べ物にならないぞ。
流石は魔人といったところか。感心していると、グリモワールは右手を俺の方へ向けてきた。
途端、視界が黒く染まる。
どおおおおおおん! と大爆発が巻き起こり、もうもうと土煙が上がった。
「――これが黒閃砲だ。どうだい? 中々の威力だろう……まぁ、聞こえているかはわからねぇがよ」
くっくっという笑い声。――もちろん、ちゃんと聞こえている。
風を生み出し、舞い上がった土煙を吹き飛ばす。
俺の姿を見たグリモワールは驚愕の表情を浮かべていた。
「な……ッ!?」
「……うん、中々面白い魔術だ。それが古代魔術なんだね」
変わった術式だ。現代では使わないような魔力の流れ、構成、成型の仕方、発動方法も独特だ。……とても興味深い。
「もう少し見せてもらえるかい?」
俺が声をかけると、グリモワールは何故か息を呑んだ。