兄も何か企んでます
「やあロイド、何をしているんだい?」
いつものように読書を嗜んでいると、爽やかな青年の声が聞こえた。
振り向くと金髪のすらりと背の高いイケメンが立っている。
俺の九つ上の兄、アルベルトだ。
サルーム国の第二王子で王位継承権も第二位。
だが文武ともに非常に優秀で、次期王との噂も立っている程である。
アルベルトは俺が魔術書を読んでいるのを見て、にこりと微笑む。
「魔術書を読んでいるんだね。僕も一緒してもいいかな?」
「もちろん構いませんよ。アルベルト兄さん」
「ありがとう。では失礼して――」
アルベルトはテーブルを挟んで俺の正面に腰掛ける。
手にしていたのは政治関係の本だった。
俺がテーブルに積んでいる魔術書の山を一瞥し、自分も読書に没頭し始める。
他の兄たちは俺をあまり気にしていないようだが、アルベルトは何故か俺をよく気にかけてくれる。
多分普通にいい人なんだろうな。
それにシルファと違って俺にあぁしろこうしろと言ってこないのもいい。
俺はアルベルトから本に視線を戻し、また読書に没頭し始めた。
■■■
どれくらい経っただろうか、ぱたんという音がしてアルベルトが本を置く。
「……ふぅ、ロイドの集中力はすごいね。根負けだよ。本当に魔術が好きなんだね」
アルベルトが立ち上がり腕を持ち上げると、バキバキと音が鳴った。
首を傾けるとまたボキボキと。
それを見た俺は思わず苦笑する。
「お疲れ様です。アルベルト兄さん」
「僕は気分転換に少し身体を動かしてくるとしよう。よかったらロイドも来るかい?」
「射撃場ですか!?」
「あぁ、好きだろう?」
「はい!」
俺はアルベルトの誘いに即答する。
俺は身体を動かすのは好きではないが、アルベルトの誘いは別だ。
と言っても好感度がどうとかいう話ではない。
後継者として期待されているアルベルトには様々な施設の使用権があり、今から気分転換に行く射撃場は魔術の練習に持ってこいなのだ。
「じゃあ行くとするか」
アルベルトについて城の裏側にある広場に向かう。
入口を管理している兵に挨拶をして中に入ると、一面の芝生が広がっていた。
ここが射撃場。簡単に言えば魔術の的当てが出来る場所だ。
大掛かりな魔術の実験をする場としても使われる為、危ないので子供の俺は一人では入れないのだ。
「わぁー! いつ来ても広いですねぇ」
城の魔術師たちも的を狙って炎や水の魔力球を飛ばしている。
魔術を使用する感覚は人によって異なる。
例えば同じ『火球』を放つ場合でも、全身から集めた魔力を一点に集めて放つ流れのスムーズさ、速さなど、練度は一人ひとり異なる。
それを見ているだけでも結構楽しいのだ。
魔術師たちに興味津々な俺を見て、アルベルトは微笑む。
「ははは、ロイドは本当に魔術が好きだなぁ」
「えぇ、大好きです」
「そう素直に喜んでくれると連れてきた甲斐があるというものだよ。さて、それじゃあ僕たちもやるかい?」
「はいっ!」
アルベルトは頷くと、兵士たちに命じて的を用意させる。
100メートルほど離れた場所に、一から九までの数字が刻まれた大小様々な的が並んだ。
人のを見るのも楽しいが、もちろん自分でやるのが一番だ。
中々城で大っぴらに魔術を使う機会はないからな。
そうこうしている内に、的の配置は終わったようだ。
「ではロイドからやるといい」
「わかりました」
的当ては説明するまでもないような簡単な競技だ。
先手と後手に分かれて十回ずつ魔術球を放ち、大きな数字の書かれた的を多く倒した方が勝ち。それだけである。
もちろん数字の大きな的ほどサイズか小さく、当てにくくなっている。
的を前にして俺は魔力を指先に集めて『火球』を作り出した。
――もちろんただの、ではない。
現在研究中である回転運動を取り入れた改造魔術だ。
魔術を構成する術式を弄り魔力球の核に回転力を持たせることで、ただ真っ直ぐ飛ばすだけでなく様々な方向への変化が可能となる。
もちろんそんな事をしなくても、普通に動きを制御して縦横無尽に動かすことも可能だが、そんなことをして当てても面白くない。
折角実験できる機会なのだから、色々試してみたいもんな。
「――いけ!」
放たれた『火球』が高速回転しながら一番高得点の九番の的を狙って飛んでいく。
ちなみにこいつは強烈な横回転をかけている。やや左に曲がって当たるはずだ。
『火球』は俺の予定通り飛んでいき、的の縁ギリギリを掠めた。
倒れなかったため、これは得点にはならない。
――だがこれでいい。
的の真ん中に当ててあまり注目されても困るから、あえてギリギリ当たっても倒れないポイントを狙ったのだ。
この回転数、角度、射出速度で撃てば命中するのは計算通りだが、実際やってみると案外思った通りには飛ばないものだからな。
実験は大事だ。
「惜しかったねロイド。では僕の番だ」
今度は俺に代わってアルベルトが的の前に立つ。
そして集中し、手元に生み出した『火球』を放った。
俺のよりふた回りは大きな『火球』がまっすぐに飛んでいき、俺が倒し損ねた的の中央に命中した。
「お見事です。アルベルト兄さん」
「ありがとう。さぁ次はロイドだよ」
今度は俺が的の前に立つ。
次は下から上にせり上がっていくように回転を加えて『火球』を放つ。
『火球』は俺の思った通りの曲線を描き、的の上部を掠めた。
次も、その次も、『火球』は俺の思い通りの軌跡を描き狙い通りの箇所に当たる。
ふむふむ、魔力球に回転力を加えて変化させるのは悪くないな。
普通にコントロールして曲げるよりも圧倒的に魔力を使わずに済むし、速度も比較にならない。
実験成功といったところか。
そんなことを考えていると、遠くからひそひそ声が聞こえてきた。
「アルベルト様は流石だな。見事に全て命中させておられる」
「それに比べてロイド様はやはり子供だ。高得点の的ばかり狙って外しておられる。自分に合ったのを狙えば良いのに」
俺たちを見ていた魔術師の言葉だ。
よしよし、上手く誤魔化せているようである。
「やれやれ、お前たち見ててわからないのか?」
するといきなり、アルベルトが魔術師たちに声をかけた。
うっ、まさか俺のやっている事に気づいた、のか……?
ドキドキしながら聞き耳を立てる。
「掠っているだけとはいえ、ロイドが放った魔術は全て的に命中している。しかも一番小さな九番にな。それに僅かだが『火球』が的に向かって動いていた。恐らく制御系統魔術の才能があるのだろう」
「おおっ! そ、そうだったのですか!」
「それは気づきませなんだ……」
「全く、節穴だな。お前たちは」
……ふぅ、どうやら完全にバレているわけではないようである。
ちなみに制御系統魔術は七歳の頃に極めた。
俺がよくその手の本を読んでいたから、そう勘違いしてくれたのだろう。
「ロイドは魔術の才能がある。小さなころから才能を伸ばしていけば、ゆくゆくは大魔術師や賢者も夢ではあるまい。今のうちにこうして仲良くしておけば、僕が王位に就く頃にはきっと大きな力になってくれるだろう」
アルベルトは微笑を浮かべながら、小声で何か言っている。
よく聞こえないが……ま、いいか。
俺には関係なさそうだしね。