メイドが何か企んでます
ごく普通の庶民だった俺は決闘で命を落とし、何の因果か王族として転生した。
サルーム王国第七王子、ロイド=ディ=サルーム。それが俺の新しい名だ。
今では十歳、この生活にも随分慣れてきたと思う。
ちなみに国の景色や文化、雰囲気と照らし合わせてみると、俺は死んだ直後にこの身体に転生したようだ。
俺が学園に通っていた頃、新しい王子がもうすぐ誕生するらしいとか言ってたしな。
少し申し訳ない気もするが、なってしまったものは仕方ない。
兄たちはすでに成人しており、歳も離れていた俺は王位継承争いとも殆ど関係ない。
おまけに身体も小さく容姿も平凡、それに政治にも全く興味を示さなかったので期待されてないようだった。
だが兄たちが王になるために毎日毎日マナーや学問、武術をみっちり学んでいるのを見ると、それでよかったなと思う。
おかげで俺は大好きな魔術を思う存分勉強させてもらっているからだ。
朝起きて図書館に引き籠り、魔術書を読みふける日々。
その蔵書量はとんでもなく、魔術書だけでも数百冊はある。
基礎から始まり、専門的な物に至るまで、その全てに目を通した。
前世で基礎をしっかりやっていたおかげか、難しい魔術書も理解は出来た。
もちろん魔術の再現も、今は色々と応用する為の術式を編み上げている。
ちなみにあの時俺を殺した魔術は高価な媒体を使用したごり押しで、今見ればそう大した魔術でもなかっただったようだ。ちょっと残念。
なお魔術が好きなのは隠してないが、実力というかあれだけの威力が出せるのは隠している。
あんな魔術が使えると知られたら絶対面倒な事になるだろうし、そうなったら魔術の研究どころではないだろう。
期待されて王位がどうこう言われても困るしな。
ちょっと変わった魔術好きの王子、これが俺に対する周りの評価であるべきだ。
「ロイド様ー! どちらですか! ロイド様-っ!」
図書館の静寂を破ったのは女性の声。
充実した毎日を送っている俺だが、面倒なこともいくつかある。
その一つが声の主、俺の教育係を任されているメイドのシルファだ。
シルファは俺を見つけると、駆け寄ってきてしゃがみ込み、優しく微笑む。
長い銀髪がはらりと落ち、それを指で掬った。
「やはりまた図書館にいらっしゃったのですね。もう、本ばかり読んでいるのは身体によくありません。私と一緒に外で遊びませんか?」
その笑顔には有無を言わせぬ迫力があった。
シルファにとっては子供は元気に外を駆け回るのが普通で、図書館に籠りきりな俺を憂いているのかしばしば連れ出そうとしてくるのだ。
余計なお世話なのだが……俺の事を思って言っているのはよくわかるので中々そうも言えないんだよな。
俺はため息を吐くと、諦めて本を閉じる。
「……わかったよ。シルファ」
「そんな悲しい顔をしないでくださいまし。本はいつでも読めますわ。ほら折角いい天気です。外へ参りましょう」
そんなわけでシルファに手を引かれ、俺は庭に出るのだった。
「ロイド様、今日は剣術ごっこで遊びましょう!」
「ええー、また?」
「男子たるもの武術の一つも嗜むべし、ですよ。さぁ木刀をお持ちくださいませ」
シルファは木刀を俺に渡し、自分も構える。
「さぁ、どこからでも打ち込んできてくださいっ!」
満面の笑みを浮かべるシルファ。
その構えはリラックスしているが堂々としたものだ。
それもそのはず、シルファの父は騎士団長で、代々王族の剣術指南役をしているのだ。
娘であるシルファもかなりの腕前で、以前兵士にしつこく絡まれていた時、あっという間に相手の剣を奪いその首元に突きつけたのを見たことがある。
真面目で美人だが融通が利かない、ちょっとおっかない人。それがシルファだ。
だから俺が手を抜いていたらすぐ見抜いてくるので、本気でやる必要がある。
俺は剣を握り直し、正眼に構える。
「……いきますよっ」
シルファは木刀を握り、真っ直ぐに切り掛かっていく。
振り下ろす剣を軽くいなしながら、シルファへと木刀の切っ先を返した。
シルファはそれを受け、距離を取った。
「うん、いいですよロイド様」
口元に笑みを浮かべながら、俺と剣を交えるシルファ。
よし、いい感じに誤魔化せているな。
初めてシルファから剣術ごっこを持ちかけられた時、俺は泣かれた。
あまりに弱すぎて、である。
当時七歳くらいだった俺を捕まえてそれはないと思うのだが、シルファ曰くふざけているとしか思えない弱さだったらしい。
俺は本気でやっていたつもりだったが、その、恥ずかしながら前世の頃から運動は苦手なのだ。
それからシルファのスパルタが始まった。
毎日木刀を握らされ、木人形相手に何度も何度も打ち込みをさせられた。
運動嫌いの俺に取ってはまさに地獄。
完全に剣術ごっこの域を超えており、その後の読書に支障が出るレベルだった。
なので、俺は少しズルをさせてもらう事にした。
魔術の中には物体を操作、制御する類のものがある。
それが制御系統魔術。
これを使えば自身の身体をプログラムした通りに自動操作することが可能。
現在はシルファの動きをトレースし、俺の身体で再現しているのだ。
かん! かん! がきん!
木刀がぶつかり合う音が辺りに響く。
「あはっ! 素晴らしいですロイド様!」
シルファの動きをトレースしているので、当然互角で打ちあえている。
防御寄りの様子見にしておけば比較的肉体への負担も少ない。
「……ふぅ、では今日はこの辺にしておきましょうか」
しばらくすると満足したのか、シルファは額の汗を拭った。
ふぅ、やっと終わったか。
自動で動かしていただけとはいえ、それでも結構堪えるな。
身体が少し重い。
座り込んで休んでいると、シルファがキラキラした目を向けてきた。
「ロイド様の剣技、メキメキ上がっていますね! これなら私と互角にやり合う日もそう遠くないかもしれません!」
「あはは……そ、そうかな……」
シルファの剣技をトレースしているからな、とは口が裂けても言えない。
向こうも当然手加減をしているのだろうが、最初に比べても少しずつ速く、強くなっている。
にもかかわらず俺が対応しているからメキメキ強くなっているように感じているのだろう。
俺が制御系統魔術でやっているのは、あくまでも相手の動きに合わせているだけだからな。
……まぁいきなり本気で切りかかってくる事はないだろうし、しばらく魔術でズルしているのはバレないだろう。
バレたらその時考える。
とりあえず本が読みかけだし、早く図書館に戻りたい。
「じゃ、俺は図書室に帰るから」
「はい、お疲れ様でした。……うんうん、素晴らしい上達ぶりですね。ゆくゆくは騎士団長か剣聖か……ふふっ、将来が楽しみです♪」
シルファは何やら恐ろしげなことをブツブツ言っているが、多分気のせいだろう。
図書室へと帰る俺を、シルファは笑顔で送り出すのだった。