第七王子に転生しました
――魔術師として大切なものは、先ずは家柄。次に才能。そして最後に努力である。
魔術師の祖、ウィリアム・ボルドー
魔術学園の入学式、学長の挨拶で一番最初に言われた言葉だ。
魔術師というのはまず家柄と血筋が大事で、それから才能、努力なんてものは殆ど意味がない、と続けられた。
家柄は言わずもがな、古くから続く由緒正しい家には希少な魔術書と唸るほどの財力が受け継がれ、代々積み重ねられた血脈は魔術師として有利になるよう、より濃く、深く、洗練されていく。
才能も当然大事だ。魔術を扱うセンス、読解力、再現力、理解力、身体能力……才能に優れた者は、しばしば家柄の格をも凌駕する。
そして最後に努力だが、これは努力が無駄というわけではない。
努力はただの前提。
魔術師を志す以上、心身共に鍛え上げ、日々の修行は欠かさず、魔術書を読み込むなんてことは、皆がやっている。
――だから日々、懸命に励みなさい。挨拶はそう締めくくられた。
まぁしかし、そんなことはどうでもよかった。
俺は庶民の生まれで大した才能もないと言われていたが、魔術がただ好きだった。
何もないところから炎や氷、雷が生まれる神秘。
術式によって様々な顔を見せる奇跡。
それが自分の手で行われるという至福。
あっという間に魔術の虜となった俺にとって、この魔術学園での生活は最高だった。
だがそんな日は終わりを迎えることとなる。
事の発端は、とある公爵家嫡男の魔術書が盗難された事件。
誇りある貴族が盗みなどするはずがない。
そう言って彼が疑いの目を向けたのは、魔術学園唯一、庶民の生まれである俺だった。
確かに庶民である俺の家は貴族たちに比べると貧しい。
入学金も自分で働いてようやく払い、教材も基礎の魔術書一冊しか買えなかった。
だがそれ一冊でもやれる事はかなり多く、毎日新たな発見があった。
基礎魔術でも術式の組み合わせ、触媒の組み合わせだけでも無数の現象が起こせるほど、魔術ってのは奥が深い。
そのために実験やら材料の調達やら、やることが多すぎて人の事に気を取られている暇など全くなかったのである。
そう、彼に言ったら激昂しながら俺に決闘を申し込んできた。
俺は戦いは嫌いだ。
だからすぐに断ろうとして、ふと思いとどまった。
――彼ら貴族の使う魔術とは一体どのようなものだろう、と。
庶民の俺と貴族である彼らとでは資本も才能も全く違う。
俺が見たこともないような魔術を見せてもらえるのではないか、と考えた。
考えたらどうしてもそれが見たくなってしまい、つい決闘を受けてしまったのだ。
少し痛い思いをするかもしれないが、負けても命まで取られるわけではないだろう。そんな甘い考えで。
――結論から言えば、彼らの魔術は素晴らしかった。
あれが上位魔術と言うものだろうか、巨大な炎が渦を巻き、氷嵐が吹きすさぶ、俺はその光景にただただ見惚れた。
見惚れて、無防備にそれを受け、死んだ。
――お前は夢中になると周りが見えなくなるから気をつけろ、なんてよく注意されていたが、まさかこんな結末を迎える事になるなんて。自分の間抜けさが情けない。
だが最後に考えていたのは間抜けな自分を呪う事でも、決闘を仕掛けてきた貴族を恨む事でも、自分を育て学園に入れてくれた両親への感謝でもなかった。
それは俺を殺傷せしめた魔術への考察。
どういう術式だったのか? その理屈は? そもそもあれほどの出力を一人で生み出せるものなのか? だとすると必要な魔力量は? 術式は? あるいは何か特殊な発動条件があるとか? もしくは触媒を使用したか? はたまた多人数で魔術を使ったのか? などなど……
考えれば考えるほど、止まりゆくはずの心臓が高鳴るのを感じていた。
あぁ、本当に無念だ。
世界にはまだ俺の知らない魔術が沢山あるだろうに、その全てを知らぬまま死んでしまうなんて。
願わくば全ての魔術を知りたかった。
理解し、習得し、極めたかった。
もっと魔術の深淵に溺れたかった。
そんな事を考えながら、俺の意識は遠のいていった。
■■■
視界がぼやける。
身体が思うように動かない。
一体何が起きているのだろう。
自分が自分ではないみたいだ。
「――、――」
誰かの声が聞こえる。女性の声だ。
目を凝らすと顔が見える。
美人だ。そして胸をはだけさせている。
だが妙に大きい気がする。
「――、――」
女性は何かしゃべりながら俺に近づいてくる。
身の危険を感じた俺は懸命に手を動かし、『火球』を念じた。
小さな炎を生み出す、俺が唯一使える攻撃魔術。
弱い魔物を追い払う事しかできないが威嚇にはなるはず……そのはずだ。だが何か、妙だ。
違和感を感じた俺は、咄嗟に女性から狙いを外した。その直後――
どごおおおおおおん! と、爆音が響いた。
見れば壁に巨大な穴が開いていた。
女性は驚いているが、それは俺も同じだ。
俺の『火球』でこんな威力が出るのはあり得ない。
一体何が……そう思った時、目の前にある姿鏡に自分の姿が映る。
小さな身体、短い手足、くりっとした大きな目……
赤子だ。俺は赤子になっているのだ。
そういえば何かで聞いたことがある。
死した者が記憶を有したまま、生まれ変わることがあると。
いわゆる転生というやつだ。
そう考えれば今の『火球』にも納得がいく。
魔術師としての格は家柄と才能、つまり殆ど生まれた時に決まる。
優秀な魔術師の家系では幼少期から魔術を使える者もそこそこいる。
今の俺にそれほどの才能があるなら、これだけの魔術を使えても不思議ではない。
……だが待てよ? いくらなんでも生まれた時からこんな魔術が使えるなんて例は聞いたことがないぞ。
周りで騒いでいる人たちも俺がやったとは認識していないようだしな。
というか、よく見れば部屋がやたら広い気がする。
部屋に置かれている調度品は美術館で見るような高級品が並んでいるし、メイドらしき女性も数人いる。
こんな部屋、そこらの貴族ではあり得ない。
王侯貴族や辺境伯、はたまた公爵とか……?
そんな事を考えていると、ふと立派な装飾が施された紋章が目に止まる。
その紋章には見覚えがあった。
俺の住んでいたサルーム王国、その王家の紋章である。
……俺、もしかしてとんでもないところに生まれてしまったんじゃないだろうか。