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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第三章 両親の故郷の地で

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第48話 旅立ちに向けて

 季節は夏の手前、リオは国王夫妻と密会していた。

 今、リオは村の中で成果が出始めている農業の改善についてホムラ達に話をしている。

 リオが関わった農地では、収穫量が他の農地に比べて明らかに多く、育った実も大きい。

 その差は一目瞭然で、村人達は狂喜乱舞しリオに感謝をささげ、次年度からはリオのやり方で農業を行うことが満場一致で可決されることになった。

 そういった経緯を話したところ、ホムラが深く興味を示したのだ。

 実は最初からホムラに興味を持ってもらうためにリオはこの話をしており、この流れは想定通りであったりする。

 リオとしてはさっさと技術を拡散してあの村に過度の注目が集まるのを避けたいと思っているため、安全かつ確実に知識を広めておきたいと考えていたのだ。

 国王であるホムラが関与してくれることで、その目論見は見事に達成されることになるだろうと、リオは踏んでいる。

 農具の形、種まきの仕方、休耕地の利用方法、土壌の改善、水汲み水車の設置、水路の作成等について、リオが説明を行っていく。

 その話を真剣な面持ちでホムラは聞いており、傍で聞いているシズクやゴウキも興味深そうに耳を傾けていた。

 ホムラは特に水汲み水車に興味を持ったようだ。


「随分と有意義な話ができた」


 小一時間ほど語って、実に満足したように、ホムラが言った。


「ゴウキよ、この件について早急に実地調査をしてくれぬか? 上手くいけば来年度から国内に普及させようと思っておる」


 リオの話が本当だというのならばその改善をしない手はない。

 信頼できる者に調査を任せ、その上で実現可能性があるのならば次の年から実行することをホムラは視野に入れていた。

 ゴウキならばリオとの連携も取りやすいはずだ。


「御意に」

「うむ、頼むぞ。となると色々と条件を煮詰める必要があるな」


 その後もしばらくの間はこの件について話が繰り広げられることになった。

 話が一段落したところで、ホムラがゴウキとカヨコに目配せを行う。

 ゴウキ達がその視線に応えたところで――。


「それでの、リオ――」


 何やら神妙な面持ちを浮かべ、芝居がかったように、ホムラはリオに話を持ち出した。


「今日はそなたに大事な話がある」

「大事な話ですか?」


 怪訝な声色でリオが尋ねる。

 ホムラからは只ならぬ雰囲気がが伝わってきた。

 その気概を正面から受け止めるべく、リオは姿勢を正す。


「ああ。そなたの復讐に関する話だ」


 ぴくり、とリオの眉が動く。

 これまで、復讐に関する話題については触れない、という暗黙の了解が何となくリオ達の間にあった。

 簡単に触れるべき話題ではないし、触れたところで出てくるのは恨み辛みだけで生産的な会話が繰り広げられるわけでもない。


「何の話でしょう?」


 こうして話を持ち出してくるからには、恨み辛みといった思いを吐露する以外に何かがあるということだろうか。

 リオは少しばかり姿勢を正してホムラを見据えることにした。


「うむ……」


 質問を投げかけるリオの瞳を、ホムラが深く覗き込む。

 その朽葉くちば色の瞳は現実をしっかりと見据えていた。

 迷いもためらいも伝わってこない。

 良い目をしていると、今までに数えきれないほどの人間と接してきたホムラは思った。


「……儂もルシウスという男のことは憎い。本当は儂の手ずからそなたを手伝ってやることができればよいのだがな。生憎とこの国を離れるわけにはいかん」

「それは当然かと……」


 いまだに話の真意は呑み込めていないが、リオは相槌を打った。

 ホムラは一国の君主である。

 そんな人間が、いくら娘を殺されたからといって、国を捨てて遥か彼方の地まで復讐に行くことができるはずもないのは当然のことであるからだ。


「そこでな、少数ながらそなたに家臣を与えようと思っている。儂やシズクの代わりにそなたに力を貸す存在だ。好きに使うといい」

「は、え……?」


 引き続き語られた話に意表をかれ、リオは思わず硬直した。

 まさしく寝耳に水である。

 唖然とするリオの顔をホムラは少しばかり可笑しそうに眺めた。


「い、いえ、しかし、そんなわけには……」


 ようやく理解が追いついてきたが、それでもリオはまだ戸惑ったままだ。

 リオの耳にはホムラの発した言葉がいまだに鳴り響いている。

 ホムラは本気で言っているのだろうか。

 もしかして何かの聞き間違いなのではないか。


「そなたに与える家臣は十人いる。最初にそなたを村へ迎えに行った者達だ」


 あの時にいたのはゴウキとカヨコを含めてちょうど十人だった。


「まさか……ゴウキ殿とカヨコ殿もですか?」


 そんな馬鹿なと、リオは言葉に詰まりかけた。


「その通りだ。既に二人の意志は確認しておる」


 落ち着いた口調でホムラは語る。


「……ゴウキ殿ほどの方が国からいなくなれば、決して小さくない問題が生じるのではないですか?」


 ゴウキは国の上級武士だ。

 その実力は一騎当千で、この国で積み重ねてきた実績と信頼がある。

 それを投げ打ってゴウキがふらりと消えれば間違いなく国に問題が生じるはずだ。


「その辺りの根回しは既に済んでおる。国内ではゴウキの引退について密やかに噂を流していてな。年齢的にゴウキはもう隠居してもおかしくはない。実はだいぶ前からこの件について考えていたのだ」

「……」


 その言葉を聞いて、リオは唖然とした。

 非公式の場とはいえ国王自らが重臣であるゴウキを家臣として与えるなどという重大な発言をしたのだ。

 既にお膳立ては整っているのだろう。

 そのことは分かったが、リオは形容しがたい感情を抱いていた。


「ゴウキ殿達には息子さんと娘さんがいらっしゃるでしょう? 彼らはどうするというのですか?」


 ゴウキ達にはハヤテとコモモがいる。

 それに会ったことがないがハヤテと歳の近い次男と三男もいるとリオは聞いていた。

 彼らはどうするというのか。


「行くのはゴウキとカヨコに……コモモも付いて行くと言っておったか。そうなると同行者は十一人かのう」


 言って、ホムラはゴウキとカヨコに視線を送った。


「はい。コモモは連れて行きますが、息子達は全員この地に残していきます」


 決意は固いようで、ゆるぎない口調でゴウキは答えた。


「シュトラール地方はそう簡単に戻って来れる場所ではありませんよ? 移動は徒歩で、ゴウキ殿でも数か月はかかるはずです」


 道中には地形が険しい場所もあるので、徒歩で移動するとなると速度は落ちるし、迂回したりしなければならず、相当に時間を消費することになる。

 リオのように精霊術で空を飛べるというのならばその時間は一気に短縮することができるが、精霊術で身体能力を強化しただけでは辛い旅になるはずだ。

 そんな旅をしてシュトラール地方に行ったとしても、ルシウスが生きている確証はない。

 それなのにそう簡単に戻ってこれない場所に付いて来るなんて、その意味を本当にわかっているのだろうか。

 リオは困惑していた。


「家督はハヤテに譲ります。リオ様に付いていくことに何の支障もございませぬ」

「いや、そういう問題では……。ハヤテ殿達には話をして納得しているんですか?」


 ハヤテ達だって意味も解らず両親が消えてしまえば動揺するはずだ。

 彼らはゴウキが国を離れることをどう思っているというのか。


「息子達はいずれも武士にございます。親と離れる覚悟は疾うに出来ておりましょう。ハヤテには内々に事情を説明済みです」

「ですが他に同行する方々も似たような問題があるでしょう……。いくら命令とはいえ異国の地に行って帰ってこれなくなるというのは酷なはずです」

「他の者達もリオ様に付いて行くことに何の異存もありませぬ。あやつらはちとわけありで、それぞれ暗部に仕える者達です。親類はおらず、忠誠心も高く、手練れ揃いですから、足手まといになることはないでしょう」


 リオは開いた口が塞がらなかった。

 武士の子供だからといって、親と離れるのを許容しなければならないなんて。

 それでも一緒にいたいはずだと、釈然としない思いを抱く。

 王命があれば断ることができないのは臣下の理だろう。

 だが、それでも従いたくない命令もあるはずだ。


「別に命令されたからといって付いて来る必要はないのですよ? 自分は一人で大丈夫ですから」


 遠まわしにその申し出を辞退するように、リオは語った。


「ルシウスなる者を許せぬというのも大きいですが、今回の話は儂とカヨコにとっては過去に果たせなかった悲願でもあります。リオ様に付いて行けるというのならばまさしく本望でございます」

「……しかし他の人達はそうではないでしょう」

「他の者達はサガ家に仕える者達です。その忠誠心は非常に高い。彼らも嬉々として付いて来ますぞ」

「しかし……」


 ゴウキ達は既に固く心に決めているようだ。

 そんな彼らに何と言ったらいいかわからず、リオは言葉に詰まった。


「……やはり力添えを受けるわけにはいきません。お気持ちは嬉しいですが、これは自分がなすべきことですから」


 しばし沈黙し、心を決めたのか、リオは決然とした口調で彼らの助力を断った。


「むぅ、やはりそうなるか……」


 リオがこうして助勢を辞退することをあらかじめ見越していたのか、ホムラが苦笑しながら口を挟んできた。


「しかしな。これはそなただけの問題ではないのだ。ルシウスが憎いのは我らも同じ。ケジメはつけねばなるまい。そなた一人に復讐の荷を背負わせるわけにはいかんよ」

「それは……」


 彼らもルシウスの制裁を望んでいるということだ。

 それならば強く同行を望む理由として理解できなくはない。

 とはいえ仲間ならともかく自分の家臣として同行するとなるとリオとしては抵抗感が強い。

 いきなり忠誠を誓われてもどう接すればいいのかわからないのだ。

 家臣にすると言うことは彼らの命を背負わなければならないことも意味する。

 それに彼らがリオと同行するにしても色々と問題が生じてしまう。

 過度に人間族のコミュニティに所属すると精霊の民との関係で支障が生じうるし、一人で行動する場合に比べて移動速度に支障が生じてしまうことになる。


「自分とゴウキ殿達とでは移動速度に大きな違いがあります。おそらくゴウキ殿達では自分に付いて来ることはできないでしょう」


 仕方なく、彼らとの同行を望まない理由の一つを、リオは口にした。


「そなたが精霊術に長けているというのはゴウキから聞き及んでいるが、それでもそなたに付いて行くのは我が国でも一流の使い手ばかりぞ? まったく付いて行けぬとは思えぬが……」


 リオの移動手段を知らず、ホムラが戸惑ったように語る。


「自分は空を飛びますから」


 言って、頭のおかしい人間と思われても仕方がないなと、リオは自嘲した。


「空を……飛ぶ?」


 案の定、リオの言っていることを計りかねているようで、ホムラが怪訝な表情を浮かべた。


「こういうことです」


 わかりやすく、リオは実践して見せることにした。

 室内に風が巻き起こり、リオの周囲を囲い込むように凝縮すると、浮力を持ったようにリオの身体が宙に浮いた。


「っ!?」


 その光景にホムラ達が瞠目する。


「今は浮かんでいるだけですが、移動しようと思えばかなりの速度で空を飛んで移動することができます」


 いまだに呆気にとられているホムラ達に、苦笑しながらリオは説明を行った。


「それは精霊術か……。よもやそんなことが出来ようとは……。ゴウキ、このような真似ができる人物に心当たりはあるか?」


 自身も精霊術の使い手であるが、ホムラが知る限りではリオの真似をできる者に心当たりがなく、呆然とゴウキに尋ねてみた。


「……ありませぬ。突風を吹かせて身体を吹き飛ばすことはできましょうが。こうも安定して宙に浮かぶとなると……」


 宙に浮かぶリオの姿に釘づけにされたまま、ゴウキも唖然としたように答える。

 常時微細なオドのコントロールを要するはずであり、ここまで安定して宙に浮くとなると、生半可な制御力ではないはずだった。


「ちなみに通常の巡航速度で精霊術で身体能力を強化して走るくらいに速く移動できて、山、谷、森といった障害物もすべて無視できます」


 とどめを刺すように、リオは情報を追加する。

 自分の移動速度を格段に落としてまで彼らと一緒に長い旅をするのは流石に遠慮願いたいというのもリオの本音だ。

 それにリオは精霊の民の里にも寄らなければならない。

 盟友としての地位が認められている自分はともかく、ゴウキ達が同行するとなると高確率でややこしい事態になることが予想される。

 リオが頼めば立ち入りの許可は下りるかもしれないが、あまり良い顔はされないだろう。


「むぅ、そうなると、確かにそなたに同行するにしても足手まといにしかならぬか……」


 深く思案するように、ホムラが顎に手を当てる。


「わかった。今はこれ以上そなたにこの件について許可を求めるのはやめておこう。だがこの話を頭の片隅に置いてくれ。出発までに気が変わるやもしれんからな」

「わかりました……」


 そんなことはないだろうなと考えながらも、リオは承諾の返事をした。


 ☆★☆★☆★


 それから一週間後、村の中を歩くリオの隣にコモモがいた。

 紫の着物を身に着け、にこにこと笑みを浮かべる彼女はその可憐さで村中の注目を集めている。

 さらにその隣にはゴウキと国の技官もいた。

 コモモはともかく、ゴウキ達が村へとやって来た理由はこの村で行われている農業改革の実地調査だ。

 ゴウキを案内するべく、リオは村の中を歩き回って農業の改善点について説明を行っていた。


「リオ様! ぐるぐる~って回って水を汲み上げてますよ! これが水車なんですね!」


 水汲み水車までゴウキとコモモを案内すると、次々と水を汲みあげる水車を見て、コモモが目を輝かせた。


「これが水汲み水車というものですか。いやはやこうして実際に目にすると圧巻ですな……」


 ゴウキも呆然と水車が水を汲みあげる光景に目を奪われている。

 その横にいる技官達も目を丸くしていた。


「構造はさほど複雑なものではありません。今設置している物は川の流水の力を動力としていまして――」


 その構造をリオが説明する。

 ゴウキ達はリオの話を聞き洩らさぬように真剣に耳を傾けていた。

 一通りの説明を終えると技官から質問が投げかけられ、リオがそれに丁寧に答えていく。

 その後も、村の各所を回ってリオが関わった農業の改善作業について説明を行っていった。


「どうだ、実現はできそうか?」

「はい! これはもはや技術革命ですよ! あの水汲み水車だけでも相当に我が国の農業改善に寄与すると思われます」


 ゴウキの質問に技官達が興奮したように答える。

 しばらくの間はこちらに住み込み、技術を搾り取れるだけ搾り取ることで決まったようだ。


「それで、リオ様。此度の件の褒美と言いますか対価なのですが……」


 技官達があれこれと意見を交わし合っている横で、ゴウキがリオに語りかけてきた。


「その件については不要だということをお伝えしたはずですが? 自分はこの国で名を上げようとはまったく思っていませんし、自分がこの国で注目を集めることもあまり好ましくはないでしょう?」


 先日の密会の際に技術の発案者がリオであることは公にしない方向で話はまとまっていた。

 技官達にも固く口止めがされており、アイデア料についても辞退する旨をホムラには伝えてある。


「それは仰る通りなのですが。陛下から手厚く礼をするようにと厳命を受けておりまして。何かお望みの物があれば可能な限り取り計らうようにと命を受けております。何か必要なものはないでしょうか?」

「そうは言われても……」

「何でもいいのです。なければ財宝をお渡しすることになります」


 ゴウキの声色は確たるものだった。

 どうやらはぐらかして答えても対価を受け取る件については確定事項のようである。

 この場で言い逃れても、すぐに同じ話を持ち出されるだろうし、最終的には財宝を渡してきそうだ。


「そう……ですね。では、少し考える時間を頂いてもよろしいですか?」


 すぐに答えを出すことはできず、リオは返答を待ってもらうことにした。

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2019年8月1日、精霊幻想記の公式PVが公開されました
2015年10月1日 HJ文庫様より書籍化しました(2020年4月1日に『精霊幻想記 16.騎士の休日』が発売)
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2019年7月26日にコミック『精霊幻想記』4巻が発売します
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登場人物紹介(第115話終了時点)
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