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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第三章 両親の故郷の地で

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第43話 両親の過去

 現在、ユバの家の広間には四人の人間が一堂に会していた。

 そこにはリオ、ユバ、ゴウキ、カヨコの姿がある。

 ゴウキやカヨコと一緒にやって来た者達は万が一にも話を聞かれないようにと、家の周りで警戒にあたっている。


「リオ様におかれましては、ご多忙のところ、お時間を拝借することになり、誠に申し訳ありません」


 何とも畏れ多そうに、ひざまずいて、ゴウキが慇懃いんぎんに挨拶の口上を述べる。

 その脇にいるカヨコも徹底的に恐縮した様子で顔を伏せていた。


「えっと、いまだに話が呑み込めないのですが……」


 釈然としない話の流れに、リオが事情の説明を遠まわしに求めた。


「ゴウキ殿がこの場におられるということはリオの両親について話をする許可が下りたということさ」


 そんなリオにユバが簡潔に事情を説明する。


「自分の両親について、ですか?」


 待望の知らせに対しても、動じることなく、リオが静かな声で尋ねる。

 見るからに身分の高そうな人物がこうして現れ、リオに敬意を払っていることからすると、どうやら予想以上に複雑な事情がありそうであった。


「然様でございます。本日はその事情を説明するためにリオ様の下へ参上しました」


 と、恭しい所作でゴウキは告げた。

 今の状況からすれば事実を知ってもリオが悪いように扱われる可能性は低そうであるが、構えずに聞くことのできる話ではなさそうだ。


「とりあえず、座りませんか?」


 彼らに向き直ると、腰を落ち着けて話をするべく、リオは座ることを勧めた。

 本当はその慇懃すぎる態度も控えて欲しかったが、言って止めてくれそうな雰囲気ではないので、リオは話を聞くことを優先することにした。


「失礼します」


 ゆっくりとゴウキが腰を下ろし、それにカヨコが続く。


「では、話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「畏まりました」


 リオの言葉に承諾の返事を返すと、どこか沈鬱な表情を浮かべて、小さく息を吐き、ゴウキは口を開いた。


「そうですな、……今から二十年近く前のことでございます。まず、ゼンについて話しましょう」


 リオの父親であるゼンはカラスキ王国に仕える一兵士であった。

 当時、カラスキ王国は長年にわたって敵対関係にあった隣国のロクレン王国と緊張状態にあり、しばしば小競り合いが生じていた。

 国全体に重税が課され、ユバの村の生活も苦しかったという。


「ゼンは自分が次男だからって、口減らしを買って出てね。ある日、フラっと兵士に志願しに行っちまったんだ」


 当時のことを思いだしているのか、遠い目をして、ユバがボソリと口を挟んできた。

 ゼンには、精霊術の素質があり、加えて、体格も恵まれていて、武に関して天賦の才能もあったという。

 魔法の導入により精霊術が廃れてしまったシュトラール地方と異なり、ヤグモ地方では非常に少ないとはいえ精霊術を使える者が存在する。

 そういった者達は軍の中では非常に重宝されることとなる。

 準戦時中のカラスキ王国において、ゼンが兵士として頭角を現すのに時間はかからなかったという。

 小規模とはいえ戦では次々と首級を挙げて、友軍が危機の際には自ら殿しんがりを買って出て、どんなに困難な状況でも必ず生還したそうだ。

 その功績を称えられ、ゼンは国の英雄として国王から褒賞を与えられることになった。


「その時からゼンは国に仕える武士になったのです。新たに武士になった者は慣例として先達と手合せを行うことになるですが、奴の実力は本物でした」


 ゼンの実力を判断するために行われた手合せで戦ったのがゴウキだった。

 そのころ、王族守護の任に就いていたゴウキは、まだ若いとはいえ、当時から国の中でも有数の使い手であったという。

 動きは我流だったものの、ゼンとゴウキの実力は拮抗した。

 その結果、ゴウキが辛勝したものの、ゼンが正式な剣術を身に着けていれば、負けていたのは自分だったかもしれないとゴウキは思ったそうだ。


「いやはや、手合せとはいえ、あれ程、心の奮った戦いはそうそうありませんでしたな」


 ゴウキは当時のことを思いだし感慨深そうに言った。

 そんな夫の姿にカヨコは薄く笑みを浮かべる。

 その手合せで自らの実力を証明することになったゼンは、ゴウキの強い推薦もあり、一緒に王族の守護を行う役職に就くことになったそうだ。


「その王族がアヤメ様でございました」

「っ……」


 母が王族であると聞き、リオが目に見えて驚いた様子を見せる。

 何となく身分の高そうな人間だとは思っていたが、まさか王族だとは露にも思っていなかった。

 そんなリオの反応にゴウキやカヨコがフッと柔らかい笑みを浮かべる。


 アヤメは王位継承権こそ高くはないが、美姫として近隣の国にも名を馳せる人物だったようだ。

 そんな彼女の護衛に就くことになった成り上がりの武士であるゼン。

 武功的には何の問題もなかったが、教養と家格の面では不足している点もあり、当初はそれを理由にやっかむ者達も多くいたそうだ。


「とはいえ、他にアヤメ様の守護の大任を任されていたのはこのゴウキとカヨコでありました。私めは上級武士の中でも有数の家系にありましたし、カヨコの実家も少々特殊で武士でないものの有力な家系でした」


 そんな二人でゼンを支え、表面上は何の問題もなく、ゼンはアヤメの守護の任を務めていたそうだ。

 また、ゼンとアヤメとの仲も良好で、世間知らずなアヤメにゼンは外の世界について色んなことを教えてあげた。

 ゴウキとカヨコの見立てでは、そう遅くないうちにお互いに惹かれあうようになっていたそうだ。

 特にアヤメのゼンへの好意ははた目から見てもわかりやすいものであったという。

 ゼンに興味を持ち、時にはゼンの故郷であるこの村にお忍びで遊びに来たこともあるらしい。

 しかし、王族であるアヤメと英雄とはいえ平民の出の武士であるゼン。

 二人の身分の差は大きく、ゼンはその想いを押し殺していた。


「そんな折にロクレン王国は我が国に休戦協定の締結を申し入れてきました」


 長年の争いの中で休戦協定は幾度も締結されてきたようだ。

 そもそもがロクレン王国の側から仕掛けられた戦争であったが、カラスキ王国としても戦争の継続は国庫の点から望ましくないため、その都度、休戦協定は受け入れてきたという。

 休戦を祝い、国民の不満を発散させる意味も込めて、カラスキ王国の王都では盛大にセレモニーが執り行われることになった。

 そこに休戦協定の締結のために大使として相手国の王子がやって来たという。

 協定も無事に締結され、後は何事もなく王子が帰れば一時とはいえ平和が戻ってくるはずだった。


 ところが、その日の夜、何者かがアヤメを誘拐しようとした。

 それは休戦協定を締結しに来たロクレン王国王子の付き人の一人で暗部に所属する者だった。

 アヤメを陰から守護していたゼンは見事にその者を撃退して捕える。

 事情を吐かせようとしたが、仕込んでいた暗器で自害を図り、その者は死亡したという。


 翌日、カラスキ王国側が事情の説明を求めたところ、ロクレン王国の王子は自らの付き人が殺されたと言いがかりをつけて憤怒した。

 誘拐を仕掛けてきたのは相手側だが、実行犯は死亡しているために、カラスキ王国側は慎重に振る舞うことを決めたそうだ。

 しかし、ロクレン王国王子は聞く耳を持たず、こうして敵国にまで赴いた自国の信頼が裏切られたと騒ぎ立てた。

 両国の交渉はこじれ、そのまま休戦協定を破棄せざるを得ない状態に陥ったという。


「するとロクレン王国王子は休戦協定を結び直すために条件を追加してきました」


 怒りをかみ殺したかのような口調でゴウキは続けた。


「自らの付き人を殺したゼンの処刑、およびアヤメ様の身柄の要求です」


 それが事実だとすれば実に厚顔無恥な要求である。

 当時、どういった事情が裏に控えていたかはゴウキの言葉から判断するしかないが、ロクレン王国の王子は加虐趣味で女癖が悪いという噂のある人物であったそうだ。

 そのままアヤメを引き渡したら、どのような扱いを受けるかは想像に難くない。

 そもそもロクレン王国に休戦協定締結の意思はあったのか、もしかしたら最初からアヤメの身柄が目的だったのではないか。

 そう邪推せざるをえなかった。


 だが、時として、そんな滅茶苦茶な要求であっても外交においては検討せざるを得ないことが多々ある。

 何とも根回しの上手いことに、ロクレン王国の王子は家臣の者を利用して、市井しせいにその事件の概要を歪曲わいきょくして広めていた。

 せっかくの休戦協定が台無しになりかけていると国民を煽り、休戦協定を締結するように世論を操作したという。

 国民の不満は溜まり、ゼンを処刑し、アヤメをロクレン王国に差し出せという空気があっという間に出来上がってしまった。

 また、王城の中では決して少なくない数の貴族が戦争に反対していたという。

 彼らの不満を王権で押さえつけることはできるが、そんなのは表面上だけだ。

 真実を公表すれば国民は怒りに燃えるかもしれないが、ロクレン王国側の面子を表だって潰す形になってしまうため、そうすれば開戦は免れない。

 ロクレン王国側の行いは国際上の信頼関係を破壊する行為だが、先手を打たれ、カラスキ王国側は不利な立ち位置に追い込まれていた。


 しかし、カラスキ王国としてはもはやロクレン王国に対する信用は皆無である。

 仮に条件を呑んだからといってロクレン王国が休戦協定を履行するかについては大いに疑問を抱いていた。

 ロクレン王国の要求を呑むわけにはいかない。

 かといって、真実を公表したり、要求を突き返せば、正面からの全面衝突が発生し、戦局は泥沼となる。

 国民や一部の貴族の不満を押さえつつ開戦し、なおかつカラスキ王国が戦略的に優位に立つ計画を練る必要があった。


「そこで国王陛下は、表向きは要求を呑んだフリをして、ゼンにアヤメ様を連れて逃げるように内々に命令を下しました」


 これによって僅かではあるが、国内の反対勢力とロクレン王国との関係で時間を稼ぐことができた。

 その間に国王と一部の者が主導して秘密裏に計画を遂行する。

 国内の反対貴族とロクレン王国に察知されない程度の規模で、精鋭中の精鋭で構成された武家の軍を、ロクレン王国に見つからぬように派遣したのだ。


「私も含めロクレン王国に対する武家の不満は溜まりに溜まっており、その作戦に参加した武士達の士気は最高潮に達していました」


 それから間もなくして、ゼンはアヤメを連れて逃亡した。

 その事実をカラスキ王国は公表する。 

 もちろんロクレン王国はふざけるなと憤慨した。

 戦争に反対していた勢力の不満はゼンとアヤメにぶつけられることになったが、そのおかげで国内で開戦ムードが上手くできあがったという。

 その後、ロクレン王国の王子は怒ったまま自国へと帰還し、戦争の火蓋が切って落とされることとなった。


 カラスキ王国は、陽動のために大軍を編成し、ロクレン王国へと進軍させて注意を引いた。

 もちろんロクレン王国も迎え撃つために軍を動かさざるをえないため、大軍を編成してそこに派遣させることになる。

 そうして国境付近でロクレン王国軍はカラスキ王国軍と睨み合った。

 その背後ではカラスキ王国の武家による精鋭軍が一気に内部まで進軍していることも知らずに。


 武家の精鋭軍はロクレン王国に一方的に深刻なダメージを負わせた。

 ロクレン王国本軍も後方の慌ただしい動きを察したが、目の前にいる敵軍を無視して立ち去ることもできない。

 精鋭軍が反撃を食らう前に手早く撤退してくると、遂にカラスキ王国本軍はロクレン王国本軍に攻撃を仕掛けた。

 ロクレン王国本軍はやむを得ずにこれに応戦したが、背後から迫って来た少数精鋭の武家軍に戦局を大幅にかき乱され、将軍の首をあっさりと討ち取られることとなる。

 侵攻軍に混ざっていたロクレン王国の王子も捕虜として拘束された。

 まさしくカラスキ王国の歴史的大勝利であった。


「ロクレン王国は必死に休戦協定を申し入れてきましたわ」


 実に愉快そうな表情を浮かべ、ゴウキはその時の状況を語った。

 休戦協定にあたってはロクレン王国側に開戦の非があったことを全面的に認めさせ、その首謀者である王子はカラスキ王国の手により国民の面前で処刑し、さらには多額の賠償金も支払わせることになった。

 国民の不満は解消され、賠償金により国もうるおった。

 ロクレン王国は大きく国力を低下させ、現在はカラスキ王国の属国状態にあり、戦争を起こそうなどと考えることもできない状況にあるという。


 国王が最終的に下した判断は結果から見れば大成功だったかもしれない。

 しかし、十分な勝算があったとはいえ、国民を騙したことには違いなく、一歩間違えれば取り返しのつかない膠着状態に陥っていた可能性もあった。

 だから、国内においてもやむを得ずに開戦したという風に説明するため、ゼンとアヤメが冤罪を恐れて勝手に逃亡したことだけは事実として扱わなければならなかった。

 近隣諸国に対してもアヤメとゼンの指名手配も行い、その態度を徹底させたという。

 そのおかげで彼らは行き場所を失い、シュトラール地方にまで足を運ぶこととなった。

 当時、アヤメがゼンのことを好いているのは国王の目から見ても明らかであった。

 しかし、当時のままでは身分の壁が邪魔をして二人が結ばれることはなかっただろう。

 娘を敵性国の外道王子に慰み者とされるか、望まぬ相手との政略結婚の駒にするくらいならば、過酷な逃亡生活を送ることになったとしてもゼンに託した方が遥かに良い。

 それも踏まえて、国王は決断したそうだ。


 公的に見ればゼンとアヤメの行いは国家反逆罪となる。

 ゼンに限って言えば王族誘拐罪と脱走罪も付け加えられる。

 二人の秘密はカラスキ王国の秘中の秘として取り扱われることになり、真相を知るのは一部の上層部の者達とゼンの母であるユバのみとされた。

 ユバがリオに両親の話をすることができなかったのは国王の命令があったからである。


「我らはアヤメ様に付き添うことができなかったことをずっと悔いて生きてきました」


 ゴウキとカヨコが沈痛な表情を浮かべる。

 当時、カヨコの腹の中にはゴウキの息子であるハヤテの命が宿っていた。

 表向きはゼンの暴走により逃亡したことにしなければならなかったこともあり、アヤメの守護の任に就いておりながら、ゴウキとカヨコはカラスキ王国に留まることになったのだ。


「ですが、過日、ユバ殿から一通の手紙が届きました。そこにはアヤメ様とゼンのご子息がこの村に滞在していると書かれてあったのです」


 他の者ならばいざ知らず、それを言っているのは祖母であるユバだ。

 本物か偽物か確信は持てなかったが、真否の判断を誤る可能性は低いように思えた。

 そこで、ゴウキは直ちにその件を国王に報告し、指示を仰いだ。

 すると、ゴウキとカヨコの目で判断して、リオがアヤメとゼンの息子であると確信したのならば、二人の過去を説明し、リオを招集するように命じられた。

 命令を受けたゴウキは信頼できる部下を厳選し、飛ぶようにこの村へとやって来たというわけである。


「リオ様のご尊顔を拝し奉った暁には感極まりました。確信したのです。この方はアヤメ様のご子息に違いないと」


 リオとしては少々早計な気がしないでもない。

 それほどに自分がアヤメに似ているということだろうか。

 今は亡き母の顔を思い出してはみたがわからない。


「リオ様、国王陛下はリオ様とお会いになることを望んでおられます。どうか私と一緒においで頂けないでしょうか?」


 真摯な口調で訴えかけるようにゴウキが語った。


「国王陛下とですか……」


 一応、リオの祖父にあたる人物である。

 実感は湧かないが、この空気で面会を拒否できるとも思えない。

 彼らも引き下がらないだろう。

 これまでのゴウキ達の態度からすれば身の安全も保障されそうである。


「わかりました」


 予想外の大事に内心で苦笑しながらも、リオはその願いを承諾した。

 ゴウキ達の表情に歓喜の色が写る。


「ありがとうございます! 現在、この場にいる者達には事情を説明してあります。この者達は実力もあり、確実に信頼できると陛下と私が断言できる暗部の者達です。王都までの道のりは我らが護衛に就きます」


 そう言って、今一度、ゴウキ達はリオの前に跪き、その忠誠を示した。

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