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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第三章 両親の故郷の地で

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第42話 収穫祭の日に

 リオ達が王都から村に帰って来て数日が経過した。

 晩秋を迎えた現在、村では収穫祭が開催されている。

 収穫祭とは、その年の豊作に感謝し、次の年の豊作を祈る祭りである。

 いつもは忙しい村人達の生活だが、この日ばかりは仕事もない。

 村の広場では、昼間から酒を飲み、食事を食べ、歌を唄い、ダンスを踊る村人達が集っていた。


 ユバの家の台所は村の中で一番広いことから、毎年、この行事の際には、村中から料理自慢の女達が集まって腕を振るっている。

 現在も、何人かの村の女性達が、テキパキと動き、下ごしらえを行っているところだ。

 その中にはリオの姿もある。

 台所は女の戦場であって、男の立ち入る領域など本来はないのだが、リオの料理の腕はユバとルリがお墨付きを出していることもあって、例外的に立ち入りが認められていた。


 リオはこちらの地方では食べることのない料理を作っていた。

 すぐ側にはルリとサヨがおり、リオからその調理法を学んでいる。

 その料理はアップルパイとミートパイである。

 既にパイ生地は作ってあるため、今はフィリングを作成しているところだ。

 アップルパイについては村で採れた冬林檎を、ミートパイについては村の牛を用いている。

 今後も村人達が作りやすいようにと、アップルパイについては、あえて高級品である砂糖と、この地方で製法が知られていないバターは使用していない。

 この地方で採れる香辛料を僅かに混ぜて、リオは冬林檎をクタクタになるまで煮込んでいた。


「すごい良い匂いだよ。リオは料理の引き出しが多いねぇ」

「はい、とっても美味しそうです。リオ様すごいです!」


 周囲に漂うほのかな甘い香りに鼻をひくつかせ、ルリとサヨは顔をほころばせた。

 そんな彼女達の称賛に気恥ずかしさを覚え、はぐらかすような笑みを浮かべ、リオは調理を行う。

 寝かせていたパイ生地の上にフィリングを乗せ、さらにその上にパイ生地を敷く。

 後は釜を使って焼き上げれば完成だ。

 ミートパイも作らなければならないし、結構な人数の分量を造らなければならないため、気を休める暇はない。


 それから二時間ほどかけて料理を作り終えると、リオを含めて調理をしていた者達も祭りに加わった。

 広場では高揚感をもたらしてくれる祭りの空気が出来上がっていた。

 リオは広場の端で腰を下ろし、ドラやウメと一緒に村の特産品である醸造酒を片手に会話を楽しんでいた。

 自ら騒ぎこそしないが、食事と酒を堪能しつつ、楽しそうに歌い踊る村の若い者達の姿を眺めている。


「それにしてもリオがこの村に来てからもう二か月くらいか。早いもんだなぁ」

「本当だよ。今じゃリオがいるのが当たり前になっちまった」


 まだリオが来てから二か月程度しか経過していないが、ドラとウメの中ではすっかりとリオは村人の一員になっていた。


「皆さんには本当に良くしてもらって、ありがとうございます」


 感慨深そうにしているドラとウメに微笑みながら、リオが礼を告げる。


「なに、あたりめぇのことよ。こっちだってリオには――」

「お~い、ドラ! ちょっとこっち来いよ!」


 何かを言いかけようとしたところで、ドラを呼び出す声が響いた。


「おっと、呼び出しだ。まぁ、こっちだってリオには世話になってんだ。そんな水くせぇことは言わなくていいってことよ。じゃあ、ちょっくら行ってくる」


 晴れやかに笑うと、軽い足取りでドラはその場から立ち去った。


「そういうことだよ、リオ。あんたのおかげで少しずつこの村の生活は良くなってんだ。そんな水臭いことは言わないでおくれ」

「はい」


 立ち去るドラの後姿を眺めながらウメがそう言うと、薄く笑ってリオが返事をした。


「それにしてもいずれリオがこの村から出て行っちまうと思うと、今から寂しくなっちまうねぇ」

「それは……はい……」


 リオがこの村をやがて去ることは最初から村人たちに伝えてある。

 今までもこうやって旅をして色んな場所を巡り、たくさんの人達と出会ってきたが、別れ話をする時はどうもしんみりとした空気になりやすい。

 こういった時にどんな表情をすればいいのか、リオはいまだに正しい対処法を見いだせておらず、曖昧な笑みを浮かべていた。


「それに村の若い女どもの中にはけっこう本気であんたに惚れている子もいるんだ。あの子らも悲しむだろうねぇ」

「え、えっと……」


 僅かに呆気にとられた表情を浮かべ、リオが言葉に詰まる。

 そんなリオを横目で見て、ニヤリと笑みを浮かべると、ウメはこう続けた。


「リオ、好きな子でもいるんだろ?」

「え……?」


 その言葉に、リオが戸惑ったような表情をのぞかせた。

 ぴたりと自分の心の内を言い当てたウメに驚いたのだ。


「どうしてわかるのかって顔をしてるね。まぁ、女の勘ってやつさ」

「女の勘……ですか?」


 少しばかりいぶかしげな声で、リオが言った。

 そんなものが本当にあるのだろうか。


「はぁ、その様子だとリオは女ってもんをよくわかっていないねぇ」


 そんなリオの考えが伝わってしまったのか、ウメが呆れたように首を左右を振った。

 ウメの言葉に否定できないものを感じ、リオは苦笑する。


「あの子らもなんとなくわかっているはずさ。はなから自分に勝算がないことくらい。リオがいずれこの村から出ていくことも知っているだろうしね」


 単純な労働作業が主となる農村は女達が生涯一人で生きていくには辛い場所で、女達は若いうちから自分の生活を支えてくれる男を見つけなければならない。

 理想ばかり追いかけていつまでも結婚できませんでした。

 そんなことになることだけは絶対に避けなければならないのだ。

 だから、女達にとって男が自分に気があるかどうかを察するスキルは必須となる。

 彼女達は現実を直視する。

 叶わぬ恋はしないし、引き際も早い。 


「だからあんたのことをちやほやしても、過度に言い寄る子は一人もいないだろ」


 ウメの話は続く。


「それでもあんたから言い寄ってくる分には大歓迎だろうから、アピールだけはしてるけどね」

「は、はぁ……」


 僅かに引きつった面持ちで、リオは言葉を濁した。

 どうやら村社会の女達の恋愛事情は思っていた以上にシビアだったらしい。


「まぁ中にはそれでも気持ちを抑えつけられない子もいるみたいだけどね……」


 と、寂しそうな笑みを浮かべ、付け加えるように、ウメは言った。

 その表情の変化に気づき、リオは改めて真面目な表情を浮かべる。


「サヨの気持ちには気づいているんだろ?」


 と、ウメはストレートに人物を名指しで特定した。


「え? えっと、いえ、まぁ……」


 戸惑い顔で言葉を濁しつつも、リオは肯定に近い返事をした。

 他の村の少女達が気があるのかなと思わせるくらいの素振りしか見せてこない中で、サヨだけはリオに真っ直ぐと気持ちを伝えるような行動に出ることが多い。

 サヨ自身は必死に隠そうとしているのだが、他の少女達のように上手に立ち振る舞えていないのだ。

 だから、流石に、リオも彼女の想いには薄々と気づいてはいた。

 とはいえ、どうして彼女が自分のことをこんなにも想ってくれているのか、それはよくわかっていないのだが。


「あの子はあんたからもらった贈り物を大事にしているよ」


 と、ウメは先日リオが彼女に送ったプレゼントについて言及した。

 そう、先日、王都に行った際に、リオはサヨにかんざしをプレゼントしたのだ。

 普段のリオならば無暗に異性にその気があると受け取られかねない行動をすることはない。

 だが、あの時だけは、女商人のセールストークにより巧みに空気を演出され、例外的な行動をとってしまった。

 リオとしては深く考えずにした行為だったが、空気を読まずに贈り物などしない方が良かったのだろうか。

 そんなことを思ってしまった。


「別にあんたがあの子に贈り物をしたこと咎めているわけじゃないさ。そんなことを言ったら人と人の関わり合いを否定しちまうことになる。人の心を弄ばない範疇でなら私も怒りはしない」

「……」


 リオは黙ってウメの話を聞いていた。


「ただ、あの子は少し純粋だからね。あの家は両親を早いうちに亡くして兄妹だけで暮らしている。シンはああ見えて過保護だから、それが災いしてサヨはちょっと精神的に未熟なところがあるのかもしれない」


 男女の恋愛観や結婚に対する現実的な一面というのは、本来ならば親が子に教えていくものだ。

 サヨはそれを教えてくれる母がいなかったせいか、周囲の大人の女性達が教えることになったわけだが、兄のシンがいる手前、過度に口を出すこともはばかられた。

 その結果、サヨはあまり恋愛に対して擦れたところのない純情な少女になってしまったというわけである。

 だから、ある日、外からやって来たリオに一目惚れし、今日まで一途に恋をし続けてきた。


「あの子の気持ちを弄ぶようなことはしないでくれると助かる。リオはそんなことをする子じゃないっていうのはわかるんだけど、どうも私はおせっかいな性質たちみたいでね」


 言って、苦笑するウメ。


「まぁ、あんたがこの村に残り続けるっていうんなら、あの子とくっつくのは大歓迎さ。相変わらず憎まれ口をたたいているけど、シンも反対はしないはずだ。いや、むしろ裏ではサヨを応援しててもおかしくはないね」


 そんな彼女に、リオは曖昧な微笑を浮かべて応えた。

 リオはいずれこの村から出発する。

 それは絶対に変わることのない事実だ。

 だから、この村でリオがサヨと一緒に暮らす未来を選ぶことはできない。

 その事実を教えた方がいいのだろうか。

 そう考え、遠まわしにでも伝えてみようかと口を開きかけたその時――。


(っ?)


 何やら村の魔術結界の中に立ち入ってくる者達がいる事に、リオは気づいた。

 人数は十人。

 気配を隠すつもりはなく、敵意も感じられない。

 現在、外出している村人はいないはずだ。

 ならば部外者となる。


「……すみません。少し席を外しますね」


 申し訳なさそうにウメにそう告げると、リオは立ち上がった。

雉を撃ちに行くのだろうと、ウメも特に引き止めることはしない。

 リオはそのまま村へとやって来た者達がいる方へと足を進めた。


 そこにいたのは十人の男女だった。

 それぞれが只者ではないことが身のこなしからうかがえる。

 特に先頭にいる高価な衣類を身に纏った二人の男女の実力はずば抜けていることがわかった。


 武器は時空の蔵の中だ。

 取り出すとすれば一瞬のタイムラグがある。

 相手に敵意はないが、警戒しておくにこしたことはない。


「この村に何かご用でしょうか?」


 相手もリオが只者ではないことに気づいたのか、僅かに構えた様子が伝わってきた。

 だが、先頭の二人だけは僅かに反応が違った。

 まるでいわおのような風格を持った年配の男に、温和で物静かな雰囲気を纏った同年代の女性は、身体を震わせたようにリオの顔を見つめていた。


「も、もしや……リオ様……、リオ様であらせられるのでは?」

「え、あ、はい……」


 まったく見知らぬ年配の男性にいきなり様付けで呼ばれたため、リオが呆気にとられて目を見開く。


「おぉ! やはり!」


 すると何やら感極まったような声を男が出した。


「えっと……」


 いまいち事情が呑み込めず、リオが困惑したような声を出す。

 目の前にいる人物達とはどこかで会った記憶もない。

 この国に来てからというもの、リオはほとんどこの村に滞在していたのだから、それ以外の場所で会った人間の顔はどれも覚えているはずだ。


「申し訳ありません。お会いした記憶がないですが、どちら様でしょうか?」


 冷静さを保った声色でリオは静かに男達の素性を確かめた。

 その若さにそぐわない落ち着きを感じさせる物腰に、先頭の男は感心したように小さく唸った。


「これは失礼しました! サガ=ゴウキめにございます! こちらは家内のサガ=カヨコであります。後ろに控えているのは連れの配下の者共です」


 ゴウキと名乗った男性が、慇懃な笑みを浮かべて、一行の紹介を行った。

 一行は衣類が汚れることをいといもせずに、地に足をつけてひざまずいている。

 それはまさしく臣下の礼だった。


「は、はぁ……」


 唖然として、リオはゴウキ達を見つめた。

 あまりの急展開に、流石にリオも事態を理解しきれていない。

 だが、こうして跪かれると、居心地悪いのは確かだ。


「衣類も汚れてしまうので、とりあえず立ち上がってください」


 困ったように、リオが言う。


「しかし……」


 渋ったような声を出して、畏まった様子で、男達はその場に跪き続けた。


「まずは事情をお聞きしたいので、本当にお願いします。とりあえず移動しましょう」


 と、リオが緊迫感を感じさせない口調で言った。


「……はっ、それでは、畏れ多くも失礼仕ります」


 リオの想いが伝わったのか、ゴウキが頷き、男達はゆっくりと立ち上がった。


「それでは参りましょう」


 そう言って、リオは男達を広場の外れへと案内し、ユバを呼び出した。

 ユバはゴウキ達の姿を見ると、大きく目を見開いて――。


「やっぱりゴウキ殿がこの村に直接やって来ましたか……」


 と、苦笑めいた表情で、言った。


「久しいですな、ユバ殿。どうやら豊穣祭を行っているようだが、お騒がせして申し訳ない」

「いえ、もうそろそろ落ち着いてくる時間ですので」


 どうやら会話の内容からして、二人は旧知の仲であるようだ。


「とりあえず我が家に移動いたしましょう。話はそちらで」

「かたじけない」

「いえ、呼び出したのはこちらですからな。では、参りましょう。リオも付いてきておくれ」 

「わかりました」


 事情はよくわからないままだが、只事ではないようだと判断し、リオはユバの言葉に従うことにした。

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