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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第三章 両親の故郷の地で

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第32話 村での生活 その二

「ドラ、今日からうちの村でしばらく暮らすことになったリオだ。あんたんとこの娘から既に情報は行き渡っているだろ。こう見えてなかなか体力もある子だからみんなよろしくやっておくれ」


 朝食を食べたリオはユバに案内されて村の狩人のもとへと案内された。


「ご紹介にあずかりました。リオと申します。未熟者ですが助力できれば幸いです」


 ユバの紹介に続けて、自らも簡単に自己紹介を行う。


「おう! よろしく頼むぜ!」


 すると、ドラと呼ばれた男は晴れやかな笑みを浮かべて答えてきた。

 大熊のような体格の男だが、性格もなかなかに豪快なようである。


「だが、どうして俺だけのとこに? ひょっとして……」


 何か思い当たる節があったかのように、ドラがユバに視線を送る。


「ああ、あんた、狩りの後継者が欲しいって嘆いていたからね。この子は経験があるみたいだから丁度いいと思ったんだ。おそらくだがかなりのやり手だと私は踏んでいるよ」


 と、妙にリオのことを信頼した様子でユバが言った。

 先ほどの料理でリオの言の一部は実践証明されたことになる。

 その影響だろう。

 ドラも長老であるユバの言葉なら信用できるのか、素直に喜びの表情を露わにした。


「狩猟経験者か。そいつは助かるな。でも話からするとリオはずっとここに住むってわけじゃないんだろ?」


 しばらく暮らすという冒頭のユバの言葉を思い出したのか、ドラがそんなことを言った。


「ああ。だから、この子の狩りの具合を見て余裕が出来そうだったら、若手から後継者候補を見繕ってその育成に時間を充てればと思ってね」

「本当か!? そいつは助かる!」


 妙案だ、と言わんばかりの表情を浮かべて、ドラが喜色めいた声を出した。


「じゃあとりあえず今日はペアで行動してみるか。どれくらい出来るのか確かめてみたいしな」

「わかりました」


 精霊の民に里においては、メンデルの法則を踏まえて食肉用の牛、豚、鶏等の家畜化にも成功しているが、生活態様や気性等の関係で家畜化は難しいが美味い肉を持つ生物もいた。

 そういった生物達は狩猟の対象となり、リオも精霊の民の里で狩りについて行かせてもらって狩猟に必要な技術を学んでいた。


 他方で、人間族の社会の中でも家畜を飼っている。

 だが、それらは、物に満ち溢れている都市を除いて、肉体作業の労働力、食卵用、搾乳用、売買用の資産であることを前提に飼われることになる。

 それゆえ、村で飼われる家畜は、野菜の採れなくなる冬場、祭りの時、怪我や年齢の関係で働けなくなった時でもない限り、食用となることはほとんどない。

 狩人は村の食生活に肉をもたらすという重要な役割を担うことになり、その後継者がいないということはわりと深刻な問題であった。


「後は二人に任せてよさそうだね。後継者については二人までなら労働力に余裕があるから、良さそうな子がいたら教えておくれ」


 リオとドラの様子を見て、とりあえず上々な初対面を終えることができたと判断し、ユバがそう言った。


「わかった。一人はうちの娘の許嫁にでも任せようと思っている。後の一人はどうすっかなぁ。まぁ、決まったら長老のとこに伝えに行くぜ」


 というドラの言葉に頷くと、ユバは自宅がある方へと歩いていった。


「おし、じゃあ今日からよろしくな。リオ」


 ユバが立ち去ると、ドラが爽快な笑みを浮かべて言ってきた。


「はい。こちらこそよろしくお願いします。ドラさん」


 気風の良い人だなと思いながらリオも再度挨拶を返す。


「はは、むず痒いし、そんな堅苦しい口調じゃなくていいぜ。狩りの最中に非常時が起きたら言葉遣いなんて気にしていられないしな」


 どこか照れた様子で、ドラが言う。


「そう、ですね。では、よろしく。ドラ。緊急時はもっと言葉を砕きますけど、今はこれで勘弁してください。癖みたいなものなので」


 リオは少し恥ずかしそうに苦笑めいた表情を浮かべた。


「ほう、変わった奴だな。だが、そういうの、嫌いじゃないぜ」


 そう言って、ニヤリ、とドラが笑う。

 どうやらこの人物とは上手くやっていけそうだと、リオは思った。

 リオに狩猟を行わせようとしたユバの采配はドラの人柄も関係しているのかもしれない。


「じゃあまずは簡単なハンドサインでも決めておきますか」


 と、狩猟を行うにあたってリオがそんなことを言った。


「ハンドサイン? なんだそりゃ?」


 するとドラが不思議そうな声を出す。


「音をたてたくない時に、手の動きだけで意思の疎通を図ることができるように、あらかじめルールを取り決めておくことですよ」


 リオがドラにハンドサインの意味を教える。


「ほう。そいつは便利そうだな。なるほど、やってみるか。どんなのがあるんだ?」


 なかなか乗り気なドラに、リオが精霊の民の里でも用いていた狩猟用の簡単なハンドサインを教えていく。

 ドラは興味深そうにしつつも、ハンドサインの重要性をすぐに理解したようで、真剣にリオの説明を聞いていた。


「よし。んじゃ早速行ってみるとするか!」


 その後、ドラから、この辺りで生息している動物や、ドラが決めている狩りのルールを教えてもらうと、二人は狩りに向けて村の近くにある林の中へと歩きだした。

 林に入ってからは少しずつ会話を減らしていき、やがて最低限の会話以外はしないようになり、視線とハンドサインを織り交ぜて意思の疎通を図っていく。


「上手いな」


 レンオウ鳥という身が柔らかく脂の乗った鳥に、リオが射った矢が突き刺さったのを見て、ドラが感嘆したように小さく呟いた。

 自然に溶け込むように気配を消し、獲物の痕跡を目ざとく発見する観察力を持ち、獲物の習性に対する知識も備えており、獲物の足取りを追跡する洞察力もあり、獲物を見つけると素早く確実に一発必中の矢を放つ。

 傍目から見て文句のつけようのない程に完成された狩人の姿だった。

 肉に臭いが付かないように行う血抜き作業も手慣れたものだ。

 犠牲となる生き物へ感謝の念を捧げている姿もドラからすれば好印象に映った。


 それから、林の生態系を崩さないように一カ所で獲物を狩りすぎず、適度に拡散して狩りを行っていった。

 次に見つけた獲物は野兎だ。

 野兎が通った僅かな痕跡を発見すると、その足取りを追跡していく。

 ふと、その足取りが消えるポイントがあった。

 おそらく天敵から身を守るために意図的に強くジャンプして痕跡を隠したのだろう。

 だが、被捕食者に回ることの多い動物がこういった行為を行う場合は、たいていその付近で休息をとる時だとリオは経験則で弁えていた。

 気配と物音を消して、付近を念入りに捜索していくと、じっと動かない一匹の野兎を発見した。

 運が良いことにまだ野兎はリオとドラの存在には気づいていないようだ。


 ハンドサインで合図を告げると、リオは野兎の脇に回り込んだ。

 そして静かに弓を構える。

 狙うべきは頭だ。

 胴体に矢が当たると出血で肉が傷んでしまうのだ。

 全神経を集中させて獲物の呼吸と自分の呼吸を同調させていくと、リオが矢を射る。

 矢は静かな風切音を立てて進んでいき、グサリ、と野兎の脳天に突き刺さった。


「よくやった。流石だな」


 野兎を仕留めたことを確認し、リオが野兎の元まで歩んで行くと、ドラがやって来てそう言った。

 野兎はまだ生きているようで、足を動かそうとして逃げようとしている。

 だが、上手く動くことはできず、そのまま息の根を絶つため、リオが止めを刺した。

 何かを祈るように目を瞑り黙祷を捧げると、ぐったりとした野兎の血抜きを始める。

 そして、ものの数分で水洗いも含めて血抜きを終えた。


「ご苦労さん。じゃあ次の獲物だな」


 リオの作業を黙ったまま見つめていたドラだったが、リオが作業を終えると、労う様に優しくそんなことを言った。

 リオは小さく頷き、狩り終えた野兎を腰の袋に入れた。

 それから、何匹か獲物を狩ると、いつの間にか昼前の時間となっていたので、二人は村へと戻ることにした。


「いやはや、大したもんだぜ。俺なんかよりもずっと素質があらぁ。今日は久々に大猟だ」


 村の手前まで戻って来たところで、ドラが豪快に笑いながら言った。

 それまでのピリピリとした空気が嘘のようであった。


「ドラさんが追い込みを手伝ってくれたのも大きいですよ」


 そう、ドラはリオが狩りを行いやすいように獲物の注意をひきつけたり、追い込みをかけたりしていた。

 ハンドサインのおかげもあるのだろうが、即席の連携にしては実に息の合ったものとなった。


「ははは、謙遜すんな。その腕前なら何処に行っても一流の狩人になれるぜ。お前の姿を見てたらウズウズしてきちまった。午後は別の狩場をいくつか案内するが、次からはもうその必要もなさそうだな」


 と、陽気な様子でドラがそんなことを提案してきた。


「そうですね。ドラさんには後継者の育成もありますからそちらを優先してください」

「ああ、ありがとな」


 村へ戻ると、狩った獲物たちを逆さ吊りにして、解体を行った。

 精霊の民の里で本格的に狩りを習い始めた頃はリオも抵抗感を覚えていたが、今ではその残酷な行いを必要なこととして受け入れていた。

 人は他の生き物の犠牲なしには生きていけない弱い種族で、こういった作業も誰かが行わなければならないことだ。

 生きるとはそういうことなのだから。

 だが、血抜きの瞬間もそうだが、何度経験しても、死んだばかりの生き物を解体するのが気持ちの良いことではないことは確かだ。

 自分が何を糧にして生きているのか、人がどれだけ傲慢な種族なのか、それを目の当たりにして、罪悪感を覚えずには、心が震えざるにはいられない瞬間だった。

 だからリオは狩った動物たちに感謝を捧げるのだ。

 自分の糧になってくれてありがとう、と。


 その後、仕事を終えて家に帰ると、狩った食肉を土産に、リオはまっすぐに家に戻った。

 身体にこびり付いた獣の血の臭いを落とすため、石鹸を使って身体を洗う。


「うわ、リオからすごく良い匂いがする!」


 身体を洗って広間へ行くと、リオから放たれる香りにルリが機敏に反応した。


「石鹸を使ったんですよ」


 そう言って、リオはルリに液体の入った瓶を見せた。


「せ、石鹸!? これが?」


 石鹸は高級品で、おいそれと平民に手を出せるものではなく、ましてやこのような村で目にすることなどまずないものである。

 ちなみに人間族の間で用いられているのは固形の石鹸で、平民の間では一般的に石鹸の代用品として酢が用いられることがある。

 そんな物が目の前にあると言われて、ルリが驚きの声を上げた。


「ええ。薬が作れると言ったでしょう。石鹸も作れるんですよ」


 リオは手洗い用と髪洗い用の液体石鹸を常時持ち運んでいる。

 旅の最中だと身体に匂いをつけてしまうために使用する場面は選ばなければならないが、衛生面から欠かすことのできないアイテムである。


「ふええ~、お婆ちゃんも薬師だけど石鹸の作り方は知らないと思うよ。リオ、すごいね」


 ルリがリオに尊敬の眼差しを送る。


「材料さえあれば結構簡単に作れるものなんですよ。家に置いておくのでルリさんも自由に使ってください」

「え!? わ、私が? 石鹸なんて貴族様が使うものだって聞いているから、なんかむず痒いな」


 どこか恥ずかしそうにそう言うルリの手は、日々の作業でささくれて荒れている。


「そのうち肌荒れ用の薬と一緒に村人達の分も作りますから遠慮しないでください」


 そう、リオは村の中の衛生面を改善しようと考えていた。

 例年、村人の中で病気にかかる者は多い。

 酷い時は死者がである有り様だ。

 その原因が衛生面にあるとリオは踏んでいる。

 不衛生は万病の元だ。

 下手をすれば村が壊滅しかねない。

 石鹸を使った手洗いを習慣づけるだけで感染症による被害をかなり防ぐことはできるだろう。


「ええ? そんな高級品を村人に配っちゃっていいの?」

「まぁ、村人達の分程度なら問題はありませんよ」


 たしかにその人数の石鹸を作るのは面倒だが、村人の人数などたかが知れている。

 自分の家だけで衛生面を徹底させても、村人経由で病原菌が運ばれては意味がない。

 さすがにここが街や都市ならば無料での配布は諦めるが、そこをケチってユバやルリが病気にかかる方が問題だろう。


「う、うん。じゃあ、ありがたく……」


 リオから瓶を受け取ったルリが恐る恐る石鹸を手につける。


「やっぱり良い香り。これ金木犀の匂いだよね?」


 リオの指示通りに手を動かし泡立たせると、ルリが匂いの成分を尋ねた。


「ええ、そうですよ」


 興味深そうにすんすんと鼻を動かすルリに、リオが微笑を浮かべて答えた。


「良い匂いだよね~」


 鼻歌交じりで手を洗うルリは非常にご機嫌な様子だ。

 そんな彼女のためにも、新たな石鹸を作るため、早いうちに近場で薬草の採れる位置を調べなくてはならないなと、リオは思った。

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