大豆の多収栽培-秋まさりの生育で反収600kg

ダイズは、野生のツルマメから栽培化されたと考えられている。野性のツルマメは、中国東北部、日本列島、中国南部など、東アジアに広く分布している。ソ連の遺伝学者のニコライ・ヴァヴィロフ(1887-1943)は、「栽培植物の発祥中心地」(1926)および、「ダーウィン以後における栽培植物の発祥に関する学説」(1940)において、ダイズの起源地を東アジア地域としている。

ダイズは、根に着生する根粒菌によって窒素が供給されるので、一般的には窒素肥料をあまり必要としないとされている。たとえば、標準的なダイズの施肥基準は、10a当り窒素1~3kg、リン酸8~10kg、カリ8~10kgである。東アジアはダイズの原産地にもかかわらず、日本のダイズの平均収量は10a当たり200 kgほどで、アメリカの平均反収の6割しかない。

10年くらい前に豆の本を作ったとき、東アジアはダイズの原産地なのに、どうしてアメリカよりも反収が低いのだろうと思っていた。もちろん、十数年前には、転作ダイズが捨て作りされている圃場がそこらじゅうにあったので、「平均の反収」が低い理由は知っていた(最近の様子は知らない)。しかし、なかにはダイズを本気で栽培している農家もおり、そういう本気農家の目標反収が300kgくらいだった。

だいぶ昔に、数年間、庭の畑でダイズを試験栽培したことがある。毎年、10株ほど種を播いても、ほとんどまともに生育しなかった。実もわずかしか着かない。最初の年は無肥料でやってみてダメだったので、翌年は鶏糞を少し施用してみたが、やはりダメだった。施肥を変えてもまったく生育しない理由は、今までダイズを植えたことがない畑のために、土の中にダイズの根粒菌がまったくいないと考えるほかなかった。同じ畑なのに、ソラマメやインゲンは旺盛に生育する。それは、ソラマメに共生する根粒菌と、ダイズに共生する根粒菌の種類が違うためである。

それで、生産現場でも、ダイズの品種に適した根粒菌の接種が、多収栽培のポイントのひとつに違いないと思っていた。当時、積極的に根粒菌接種を奨励していたのは北海道の産地だけだった。

2000年代に紹介されていた反収400kgレベルの農家の技術は、密植とうね間潅水だった。しかし、この技術では、トップレベルの農家でも反収400kgにしかならない。昔にくらべて完全にレベルダウンだ。30年くらい前の1980年代の山形県には、反収600kgを達成する篤農家がすでに存在していた。

当時の多収栽培の技術を文献で調べてみたが、指導機関や書いている記者たちもなぜ多収できるのかの理由をよくわかっておらず、要領を得ない。ただし、当時の篤農家の言葉として、「多収ダイズは秋まさりの生育をする」と書いてある。

「秋まさりの生育」というのは、初期の生育はゆっくりだが、生育中期ごろから旺盛に生育して、生育後半に充実した稔実と十分な登熟を迎えるということであろう。このような生育にするには、もっとも旺盛に生育する生育初期~中期に、同化養分が地上部(茎葉)に集中し過ぎないようにする必要がある。生育前半は、同化養分を、地下部や茎の養分貯蔵部にできるだけ多く蓄えておかなければならない。

簡単な数学の問題だが、貯蔵養分を効率よく蓄えるには、植物体の容積を大きくしなければならない。容積の大きさは、植物体を作る材料の量と形状に左右される。植物の細胞壁は、セルロースやリグニンなどの多糖類で作られており、細胞は小さな箱を積み上げたような形になっている。この箱の中に養分が蓄えられる。細胞壁の材料の量は、光合成による同化量≒乾物重に左右される。つまり、肥料などの条件が同じなら、日照量に左右される。

仮に日照量が平等で材料の量(同化量≒乾物重)が同じなら、もっとも容積を大きくするには、風船のような球体にするのがよい。これを、圃場のダイズで考えてみる。単位面積当たりのダイズの茎数をn本とする。養分は、円柱状のストローに蓄えられると仮定すると、単位面積当たりの乾物重(同化養分)は、円柱の側面の面積の合計に近似できる。

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図のようにダイズの容積は茎数の逆数に比例するので、乾物重が同じなら、茎数が少ないほど、容積が大きくなる。貯蔵養分量を大きくするには、単位面積当たりの根や茎の本数を少なくして、それぞれを太くしなければならない。つまり、適度に疎植にしなければならない。これが二つめのポイントである。

ダイズの根粒菌は、生育初期に土中に窒素(硝酸)が多いと生育が悪くなることがわかっている。また、反収600kgに達するような多収ダイズでは根粒菌からの窒素の供給量だけでは、窒素が不足することもわかっている。

この矛盾を解決するには、生育初期には窒素を与えず、中期以降に窒素を効かせればよい。当時、ダイズの栽培技術を主導していた有原丈二先生は、土壌中の地力窒素を重視して、堆肥の施用を奨励していた。堆肥を入れると増収するのは、地温が低い春先には窒素が効かず、地温上昇とともに微生物によって有機物が分解され、生育中期以降に窒素が効くためだろうと思っていた。また、生育中期にうね間潅水すると増収効果があるのも、水分によって地力窒素が有効化しやくすくなるためだろうと考えていた。

しかし、一般に転作ダイズが多く作付けられていたのは、水田単作地帯である。水田単作なので、減反のための転作に困り、ダイズが栽培される。水田地帯というのは平地なので、必ず住宅地が近くにある。住宅地があるところは、畜産農家がほとんど消滅している。悪臭などの苦情のために、畜産経営ができなくなる。水田地帯には、畜産農家がほとんどいないので、水田に入れる堆肥がない。いくら、ダイズの栽培には堆肥施用が有効だといっても、入れられなければ意味がない。

すなわち、値段が安く入手しやすい化学肥料を使うしかない。値段の安い窒素肥料は、尿素や硫安だが、これらは、速効性なので、中期に効かせるには、途中で追肥しなければならない。しかし、追肥はすでに作物が植わっているので、手間がかかる。転作のダイズ栽培は、広い水田で機械を使って行うのであるから、基肥でやるほうが楽だ。緩効性肥料が一番作業の手間が少なくすむが、これは値段が高い。ただでさえもうからないダイズ栽培に、よけいなお金をかける農家はいない。それならば、安い肥料を基肥時に深層に入れておけば、生育初期にはダイズの根が届かず、根が届く中期以降に効かせられるのではないかと考えた。

以上をまとめると、①品種にあった根粒菌の接種、②疎植、③深層施肥もしくは緩効性肥料の施用。このような観点で、栽培試験している論文がないか、論文データベースや、Web上のサイトを調べまくった。それにぴったりの論文が、新潟大学の大山卓爾先生たちの研究だった。試験では、石灰窒素の深層施肥と根粒菌接種で、反収600kgが可能になるという。私の予測とよく似たやり方で、80年代の反収600kgと同じ収量を実現していた。

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ただし、論文では、大江先生たちは、「疎植」(栽植密度)についてはほとんど注目していない。栽植密度5株/m2のほうが、9株/m2よりもかなり多収にもかかわらず、その理由として栽植密度が関係しているとは考えていないようだ。また、秋まさりの生育=貯蔵養分を生かす栽培法と考えているわけでもない。これらは今後の研究が必要であるが、ダイズの多収栽培の研究など、いまの若い研究者が熱意を持って取り組むであろうか?

理屈からいえば、肥料は石灰窒素や被覆尿素である必要はない。有機栽培や特別栽培で行うなら、窒素成分の高い鶏糞堆肥や豚糞堆肥を基肥にして、深めの溝施用にすればよいのではないだろうか。

文献
ニコライ・ヴァヴィロフ、栽培植物発祥地の研究、八坂書房、1980
ダイズ 2つの問題点をクリアした2つの方法《深層施肥と根粒菌接種》

大山卓爾・ティワリカウサル・高橋能彦、深層施肥と根粒菌接種、農家直伝豆をトコトン楽しむ、農山漁村文化協会、2009
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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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