第27話 精霊祭
精霊祭。
それは、年に一度、精霊の民が精霊達に感謝の祈りを捧げる儀礼である。
「大いなる精霊の深き恵みの下に、その祝福と加護が我ら精霊の民の行く道にとこしえにあらんことを――」
厳かな雰囲気が周囲一帯を支配する中、エルフ、ドワーフ、獣人の最長老であるシルドラ、ドミニク、アースラの三人が精霊に捧げる祝詞を唱える。
同時に、この日、最低限の警備を除いて集まったほぼすべての精霊の民が、ドリュアスの宿る大樹の下で祈りを捧げていた。
シルドラ達が祝詞を唱え終えると、儀式用の装束を羽織ったオーフィア、アルマ、サラの三人が精霊に捧げる舞を踊る。
「綺麗……」
それは非常に幻想的な光景だった。
三人の舞をリオが真剣な表情で眺めている隣で、ラティーファはその神秘的な光景にぼんやりと見惚れていた。
ドリュアスも三人の舞を楽しそうに見つめている。
「皆の者よ! 今年も無事に精霊祭を執り行うことができた。これも皆の者の日頃の協力と精霊に対する尊い祈りがあってのものだ。今後もゆめ精霊達への感謝を絶やさぬように」
精霊への奉納の舞を終えると、シルドラが厳かな口調で精霊の民達に呼びかける。
決して大声で話しかけているわけではないが、精霊術により拡音がされているために周囲一帯にその声が響き渡っていた。
「では、引き続き、ドリュアス様の加護の下、祝福の儀を執り行う」
その声に、ビクり、とラティーファが身体を震わせた。
例年、一定の年齢に達した精霊の民の子供達は、精霊祭の時に、簡単な紹介とともに、ドリュアスから精霊の祝福を受けるのが習わしとなっている。
ラティーファは既にその年齢を経過しているが、途中から里に合流したため、この場でドリュアスの祝福を受けることが事前に取り決められていた。
なお、ドリュアスの祝福を得ることにより、精霊契約ほどではないが、僅かにオドの総量と精霊術の適性が向上し、子供達はドリュアスの祝福を受けた状態で精霊術を習得することになる。
シルドラ、ドミニク、アースラの三人が精霊の民の子供達の簡単な紹介を行い、紹介された子供達が次々とドリュアスのもとへ向かっていく。
自らの下にやって来た子供達の額に、ドリュアスが祝福のキスを贈ると、子供達の身体を僅かな光が包み込んだ。
「――また、昨年より我等に加わった新たな仲間もいる。狐獣人の子ラティーファだ」
最後にラティーファの名前が呼ばれ、名前を呼ばれたラティーファもドリュアスの傍に近寄った。
無数にいる精霊の民達の視線を受け止め緊張しているのか、その仕草はどこかぎこちなく、固まった状態で直立しているラティーファを、リオは苦笑しながら眺めていた。
やがてドリュアスが祝福のキスをすると、ラティーファの身体にも淡い光が灯る。
「そしてラティーファを救い出してくれた御仁もこの場で紹介したい。彼は人間族でありながら同じ人間族の貴族により奴隷として捕らわれていた彼女を救出し我が里まで連れて来てくれた。その際、我らの誤解により少なくない迷惑を与えることになってしまったが、彼にはそのこともすべて水に流してくれた恩がある」
ドリュアスがラティーファに祝福のキスをしたところで、シルドラが最後の一人の紹介をするために開口した。
そう、この場において紹介されることが決まっていたのはラティーファだけではなかった。
リオも紹介されることが事前に決まっていたのである。
「紹介しよう。彼がラティーファの、そして我らの恩人であるリオ殿だ」
シルドラの紹介に合わせて大樹の根元にある壇上に登っていくと、リオは深く頭を下げた。
すると、リオのおかげで新たなレシピが精霊の民にもたらされたことを指摘し、その功績を褒め称えるようにシルドラが語る。
さらに、リオが準高位精霊と契約を結ぶ人物であることを告げると、精霊の民達が大きくざわめいた。
「静粛に。リオ殿の中に人型精霊が眠っていることはドリュアス様がご確認なされたことである以上、間違いはない。準高位精霊と契約を結ぶ程の御仁を蔑ろにすることは我等にはできない。そこで我ら精霊の民の盟友としてリオ殿を受け入れることが決まった。ドリュアス様に祝福の口づけを賜ることをもってその証とする」
厳かだが朗々とした声でシルドラが告げると、周囲一帯に沈黙がおりた。
「ふふ、よろしくね。人間族の小さな英雄さん」
そんな厳粛な雰囲気の中、ドリュアスがにっこりとほほ笑みリオの額に祝福のキスをする。
リオの身体に強い光が灯った後、僅かな静寂がながれると、精霊の民達が一斉に拍手を捧げた。
「さぁ、これにて式は終了だ! 宴だぜ! 戻って準備だ!」
拍手が止み始めた頃、厳かな空気を打ち壊す様に、ドミニクが式の終了を告げた。
この後はドリュアスも交えて里で宴を開くのが習わしとなっており、ドミニクの言葉により精霊の民達の空気も宴に向けて高揚し始める。
一気に騒がしくなった雰囲気に、シルドラが僅かに呆れたように苦笑し、宴の準備へ移行することを告げる。
「うむ、そういうわけだ。新たに加わった同胞達を歓迎するためにも盛大に執り行おうではないか」
シルドラの言葉をきっかけに、精霊の民達が里へと戻るために綺麗に散っていった。
「リオ殿、掌を返したかのような我らの要望を受け入れていただき感謝の言葉もない」
すると、周囲一帯が騒がしくなっている中で、そう言ってシルドラがリオに深く頭を下げてきた。
「いえ、自分にとっても悪い話ではありませんでしたから」
と、薄く微笑を浮かべてリオは
そもそもどうしてリオが精霊の民の盟友となることが決まったのか。
それは、リオがドリュアスと会った日以降、アースラが手際よくかつ早急に事を運んだからだ。
彼女は、リオに準高位精霊が宿っているという話を長老達に伝え、リオを精霊の民の盟友とするように取り計らった。
アースラが狙わんとしていることはリオにも薄々と呑み込めてはいた。
これまでリオは、人間族であるにもかかわらず、客人として例外的にこの里に暮らすことが認められていた。
だが、リオがいずれラティーファを残してこの里を立ち去った後、再度里への立ち入りが認められるかどうかは話が別であった。
たしかにリオが精霊の民にとって恩人であるということは彼らにとって友好的な事情であるが、それと同じくらいにリオが人間族であるということも見過ごすことのできない要素である。
異種族であり部外者でもあるリオをそう簡単に何度も里の中に招き入れるのは、里の運営上あまり好ましい事態とはいえなかったのだ。
だが、リオが精霊の民の盟友として扱われることになるのならば話は変わる。
一度里を出たとしても再度の立ち入りはすんなりと認められることになり、リオとラティーファが再会することも容易になる。
それを見越した上でのアースラの采配であった。
「そう言っていただけると助かる。今までリオ殿に不信感を抱いていた者達も今日限りでその疑念を払拭したことだろう。今後、リオ殿の流す血は我らの流す血と考えてリオ殿と接していくことを、最長老の一人である私の名をもって約束させてもらう」
と、真剣な面持ちでシルドラが誓約を行う。
「ありがとうございます。私も精霊の民を裏切ることはないとラティーファの名に懸けて誓いましょう」
それにリオも答えた。
薄っすらと笑みを浮かべたまま、二人は固い握手を交わした。
それから、里に戻り、間もなくして精霊祭の宴が開始された。
里の各所にある広場には所狭しと料理が並べられ、杯を片手に精霊の民達が談笑している。
「がはははは! リオの小僧、中々良い飲みっぷりじゃねぇか!」
と、リオと一緒に酒を飲んでいるドミニクが豪快に笑いながら言った。
「ええ、精霊の民の里はどれも実に素晴らしい酒ばかりですね」
飲み干して空になった杯を、リオは見惚れたように見つめた。
宴には多くの種類の酒が出されているが、どれも人間族が飲む超一級の酒以上の品であると言っても過言ではない程の美酒ばかりである。
「当たり前だ! 俺等の里で作るのは本当の酒だけだからな! 人間の作る酒みたいに酔えりゃ良いってもんじゃねえのさ!」
自分達の作る酒を称賛され、ドミニクが上機嫌に笑う。
「んで、こいつは精霊の民とっておきの霊酒だ! 飲んでみろ」
ミスリル製のカラフェとグラスを取り出すと、ドミニクが酒を注いでリオに差し出してきた。
「これは……」
グラスに酒を注いだ瞬間に、香りだけで酔ったと錯覚してしまうような芳醇な香りが、リオの鼻を刺激した。
ドロリとした液体に惹きつけられるように、グラスを口へと運ぶと、リオはその中身を口に含んだ。
瞬間、リオの全身に衝撃が駆け抜ける。
口に含んだ瞬間に蒸発したかのように酒が消失した。
否、酒はリオの喉を確かに通過した。
だが、あまりの味わいにさらりと一瞬で飲み干してしまったのだ。
度数が非常に高く、なのに飲みやすく、まさしく霊酒の名にふさわしい極上の味わいだった。
「どう? それ、私の樹液も含まれているのよ」
と、脇からそんなことを言いながら、杯を片手に持ったドリュアスが現われた。
「ガハッ、ガハッ」
思わず、といった感じでリオが
「きゃ、何よ、もう。急にどうしたの?」
迷惑そうな表情を浮かべて、ドリュアスはリオを軽く睨んだ。
「じゅ、樹液ですか?」
自分の一部が材料になっていると平然と言ってのけたドリュアスにその真否を尋ねる。
「そうよ。霊酒って言ったでしょ。精霊である私の本体の樹の液を材料に作りだしているからこそ霊酒って名づけられているの。私の樹液は霊薬の材料にもなるんだからね」
と、ドリュアスは得意げな表情を浮かべて言った。
「な、なるほど……」
確かに至高という言葉がこれ以上にふさわしい酒は存在しない。これほどの酒を生み出せる材料になるのならば良い薬にもなると思えた。
「それにしてもリオって酒豪なのね。そのお酒をまともに飲めるなんてドワーフ並みよ」
「まったくですな。人間族にしておくのがもったいないですわ」
感心したように言ったドリュアスに、並々ならぬ量の酒を飲んでも平然とした顔をしているドミニクが賛同する。
「確かに強いお酒ですね。それなのにするりと飲みこめてしまうのが恐ろしいですが」
ある種の畏敬の念を込めて、リオは新たに霊酒を注がれたグラスを見つめた。
「でしょう。普通はああなるのよ」
と、どこか愉快そうな表情を浮かべて、ドリュアスが視線をリオの後方へと移す。
それをリオが追った。
「っ」
すると、傍目から酔っているとわかるくらいに顔を赤くしたオーフィアが、ふらふらとした足取りで、リオ達の所へやって来るのが見えた。
「リオひゃま、にょんでまひゅか?」
普段の彼女からは考えられない姿にリオが意識を奪われている中、ぺたり、とリオの隣に座りこむと、オーフィアは回らない呂律でそんなことを言った。
「え、えっと、オーフィアさん。少し飲みすぎなのでは?」
引きつった笑みを浮かべながら、とりあえずリオはオーフィアの身を案じる言葉を投げかけてみた。
「ぁ、ら、らいじょうぶれすよ。こんにゃの、にゃんでもありまひぇんから」
全然大丈夫には見えないだろう、と、リオは内心で突っ込みを入れる。
すると、何故かオーフィアがリオにくっつくように身体を寄せてきた。
「しょんなことよりリオひゃん! いつまでそんなに堅くるしい話し方をしゅるんでひゅか?」
「えっと、堅苦しい話し方とは?」
「でひゅから、その人と距離をおいたようなひゃべり方のことれすよ」
いつものおっとりとやや天然なイメージに反して、オーフィアは妙に据わった目つきでリオを見つめている。
そのどこか有無を言わせぬ迫力にリオはたじろいでいた。
「ラティーファひゃんとはとっても仲よひになれたのに、リオひゃんとはひっとも仲よひになれてまひぇえん。れあってから一年以上経つのにこんなの許へまへん」
酔っぱらって熱く語るオーフィアの扱いに困り、助けを求めようと周囲の人物達に視線を送ろうとしたが、いつの間にかリオの周囲には誰もいなくなっていた。
(おい!)
遠巻きに不敵な笑みを浮かべてドミニクとドリュアスがリオのことを見ていることに気づき、リオが内心で突っ込みを入れる。
そんなリオとオーフィアの場所へ、一人だけ、近寄ってくる人物がいた。
サラである。
「あー、もう! オーフィアったら、リオ様が迷惑するでしょ」
そう言って、手に持っていた杯を空にすると、サラもスッとリオの隣に座った。
一見すると意識がしっかりしていそうなサラだったが、この時点でリオの警戒センサーは最大限の警報を鳴らしていた。
オーフィアといい、サラといい、こうやって積極的に交流を図ろうとしてくる程、リオと仲が良いわけではない。
ラティーファを起点にして会話をすることはあるが、ラティーファがいなければ仲良く話す間柄ではない。
友人というよりかは顔見知りに近い、そんな距離感になるようにリオは二人と接してきた。
だというのに、サラも、オーフィアと同じように、密着するようにリオにくっついて来てきている。
「けどリオ様もよそよそしくないですか? リオ様もドリュアス様の祝福を受けて私達の盟友になったんですから、私達はもっと仲良くしたいです」
どこか焦点の合っていなさそうな目でサラがリオを見上げてきた。
「そーれす。サラひゃんの言うろーりれす」
それに賛同するように、反対側からオーフィアがリオの腕を引いてきた。
(どうしてこうなった?)
何故か、ハイエルフと銀狼獣人という精霊の民の中でも高位に位置する美少女達を、両手に侍らせるリオ。
周囲の男達からすれば殺意を抱きかねない状態だが、当の本人からすれば何とも居心地の悪い状態であった。
「むぅ、オーフィアお姉ちゃんとサラお姉ちゃんずるい!」
そこに追い打ちをかけるようにラティーファがリオの背後から抱き着いてきた。
「ラティーファ、も酔っているのか……」
首を動かし至近距離まで顔を近づけてきたラティーファへと顔を向けると、その口から僅かに霊酒の甘い香りが漂ってきた。
遥か後方にはアースラが愉快そうにカラカラと笑っている姿が見える。
「まったく、いくら美味しいからといって三人とも霊酒の飲みすぎです」
と、呆れたようでいて、どこか楽しそうな声色でリオに語りかけてきた少女がもう一人。
「こんばんは。私もご一緒してもよろしいですか?」
アルマであった。
「ええ。どうやらアルマさんはまだ酔っていないようですね」
二人の視線が交差して、軽く挨拶をすると、酒の入った小瓶を片手に、アルマはリオの正面に座った。
「ドワーフはお酒に強い種族ですから」
少し照れくさそうにはにかんでアルマが言った。
「アルマひゃん可愛い~」
するとオーフィアがアルマに抱き着く。
「わわ、オーフィア姉さん。くすぐったいですよ」
アルマは照れながらも、されるがまま抱き着かれている。
「昔のアルマは泣き虫で私達の後を追いかけてきたというのに、最近ではすっかり大人になってオーフィアも寂しいんですよ。昔は今みたいに姉さんって言う呼び方じゃなくてお姉ちゃんだったというのに、それに――」
「わっ、サラ姉さん! 何を言っているんですか!? 少し酔いすぎです!」
昔話を語ろうとしたサラをアルマが慌てた様子で止める。
「アルマちゃんの昔話は私も聞きたいな! ね、お兄ちゃん?」
慌てるアルマのことを楽しそうに眺めながら、ラティーファが言った。
「そうだな」
そんなラティーファの言葉に、リオが少し愉快そうに賛同する。
「り、リオ様まで……。い、今はリオ様と親交を図る時です!」
と、アルマはサラとオーフィアに遠まわしの休戦協定を申し向けた。
「そーれす! わらひはリオ様ともっと仲良くなりたいれす!」
それにオーフィアが乗っかる。
酔っぱらってはいるものの、何かを訴えかけるような姿勢はリオにも伝わってきた。
「自分と……ですか?」
僅かに解せないという表情をリオは浮かべた。
「はい、ラティーファの兄というのならば私達にとっても兄弟と同じです。ずっと仲良くなりたいとは考えていたんです。だけど、リオ様が疎遠というか、そのきっかけがなかなか掴めなかったというか、とにかく、積極的に仲良くなろうって私たちなりに考えたんです。嫌とは言わせませんよ?」
そんなリオに酔いながらもどこか真面目な雰囲気でサラが事情を説明する。
笑ってはいるものの、どこか言い逃れを許さない迫力があった。
すると、リオの口から思わずといった感じに笑いが漏れた。
「な、何がおかしいんですか?」
酔いのせいか、面と向かって仲良くなりたいと告げたことの気恥ずかしさのせいか、サラは顔を赤くしてリオに尋ねた。
「いえ、すみません。おかしくて笑ったんじゃないんです。ラティーファが貴方達のような方に恵まれて良かったなと思いまして。嬉しさから来る笑いです」
「そ、そうですか。なら、いいですけど……」
リオの視線を正面から受け止め、その言葉に、どこか恥ずかしそうにサラが頷いた。
「そう言えば、きちんと礼を言っていませんでしたね。サラさん、オーフィアさん、アルマさん、ラティーファと仲良くして頂いて本当にありがとうございます」
と、微笑を浮かべて、リオは礼を告げた。
「い、いえ。当たり前の事ですから」
「そうれすよ」
「サラ姉さんの言う通りです」
と、どこか気恥ずかしさを覚えたように、三人は言った。
「それと私で良ければ是非友人として接してください」
少し照れくさそうな笑みを浮かべ、リオが軽く頭を下げる。
「は、はい!」
その言葉に三人は非常に嬉しそうに返事をした。
酒の勢いを借りてはいたものの、リオと仲良くなろうと思っていた気持ちは本物のようだ。
「ふふ、これでようやくみんな仲良しだね!」
と、リオに抱き着いたまま、ラティーファが嬉しそうに言った。
「がはは。上手いことまとまったみたいだな。どれ、料理と酒を持ってきたぞ。これで親交を深めてくれ」
そこに豪快に笑いながらドミニクがやって来た。
すぐ後ろにはアースラもいた。
「やはり貴方達も一枚絡んでいたんですね……」
「ほほ、想像通りに上手くいったようじゃな」
と、アースラが好々然とした笑みを浮かべて言った。
「ドミニク大爺様。これで親交を深めろとは?」
差し出された大量の料理と酒を目にして、アルマが不思議そうに尋ねる。
「んなもんお前もドワーフなんだから、一緒に酒飲んで飯食って笑えばいいに決まっとるだろうが」
と、ドミニクは豪快だが人を不快にはさせない笑い声をあげて言った。
「私までそういう脳筋な種族として括らないでください」
それをアルマが冷たい視線をもって叩き斬る。
「ぐはっ。ったく、こいつは。どうだ、リオの小僧。少々きつめのジョークも言う奴だが、器量は良いし、これでなかなか可愛いところもあるんだ。せっかく精霊の民の盟友になったんだし、ここは一つ精霊の民から妻を娶ってみるというのは」
晴れやかな笑みを浮かべてドミニクがそんなことを言い出した。
そういえば初対面の時もそんなことを言っていたような気がすると、リオは思い出した。
(どこまで本気なんだか……。ま、冗談なんだろうけど)
「ばっ、馬鹿なことを言わないでください!」
ドミニクの言葉を受け流すように笑みを浮かべていたリオだったが、アルマが顔を真っ赤にして抗議する。
「そうですよ。そういうのは本人の意思を尊重すべきでしょう」
と、リオも少し呆れたように彼女を擁護する。
「なんでぇ。アルマはリオの小僧が気にくわねぇのか?」
「い、いえ、別にリオ様が嫌というわけではなくてですね……。まだ私達も若いんですし、もう少し手順というものが……」
顔を赤くしながらも変に生真面目に答えてしまうアルマ。
「アルマひゃんは可愛いなぁ。じゃあわらひもリオ様のお嫁さんになる~」
と、そんなアルマの事が可愛くて仕方ないという様子で、彼女の頭を撫でながら、オーフィアが言った。
「ほほほ。これは負けてられんな、ラティーファ。それにサラもな」
「うん!」
「ど、どうしてそこに私も含まれるんですか!?」
素直に返事をするラティーファに対して、サラは顔を赤くして抗議した。
「がはは。なんなら四人揃ってリオの小僧に嫁いじまえ。精霊の里は一夫多妻だぞ~」
霊酒を片手に顔を赤くしたドミニクがガラガラと大声で笑って囃し立てる。
「本格的に酔っぱらってしまっていますね。このご老人は……」
そんなドミニクにアルマが呆れた視線を送る。
本当に幸せな時間だった。
こんなに笑えたのはいつ以来だろうか。
気がつけばリオも笑っていた。
そうして、笑って、騒いで、余興をする者が現れて、気づいた時には広場にいる精霊の民の大半が酔いつぶれていた。
リオの傍ではすやすやとラティーファ、サラ、オーフィア、さらには酒に強いアルマまでもが眠っている。
アルマは恥ずかしさを紛らわすように強い酒をほいほいと飲んでいたのが原因だ。
「うむ。なかなかの惨状じゃな」
アースラが苦笑しながらリオに話しかけてきた。
「そう思うのならばもう少し早く助けてくださいよ……」
少し酔ったように顔を赤くしているが、リオは淀みなく返答した。
「かっかっかっ、リオ殿もいつになく楽しそうだったではないか。精霊術を使えば酔いなどすぐに回復できるが、せっかくの祝いの席でそんな無粋な真似をするわけにもいくまい。皆本心から楽しんで酔っ払ったのじゃよ。リオ殿ももう少し羽目を外してもよかったんじゃぞ?」
「いえ、十分に楽しめましたから」
愉快そうに語るアースラに力ない苦笑を返すと、リオは幸せそうに眠っているラティーファへと視線を移した。
リオと出会ったころは栄養失調気味でガリガリだったラティーファだったが、今では第二次成長期を迎えた年相応の身体つきをするようになっている。
身体中にあった虐待の跡もエルフの薬のおかげで完全に消えている。
良くなったのは外見だけではない。
今のラティーファはよく笑いよく喋る活発な少女になった。
もちろん完全に心の傷が癒えたわけではないのだろうが、すやすやと眠る少女の寝顔からはかつて奴隷だった頃の冷たさは感じることはない。
「そろそろラティーファに伝えようと思っています」
具体的に、何を、とは言わない。
それはリオがこの里を出ていくとラティーファに告げることだが、それを言わなくとも二人の間ではその件についてだと共通認識が出来ている。
「そうか。少し早い気もするが頃合いかもしれんのう。それでもまだ一年くらいはこの里におるんじゃろ?」
シルドラやドミニクからの教えを受ける時間を考えると、それくらいが目途だろうとアースラは考えていた。
「ええ、少なくともそれくらいはいるつもりです」
リオとしてはラティーファの生活が安定している今の時点で伝えるのが最善だろうと考えている。
あまりに直前だとかえって彼女の覚悟の時間がなくなるかもしれない以上、ある程度早めに伝えて考える時間を与えてあげたかった。
「ふむ、当事者は二人じゃからな。その子が寂しくならないようにできることは最大限するつもりじゃが、第三者である儂が解決できる問題でもない。せいぜい説得を頑張ってくだされ、兄上殿」
穏やかな寝顔でリオの膝で眠るラティーファを愛おしそうに見ると、アースラはリオに激励の言葉を贈った。